ダニエル・カーネマンのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
タイトルとパラ読みで即買いした一冊。
著者はフランスの心理学者です。
原題は「Psychologie de la Connerie」というもので、「Connerie」とは、愚かなことや愚行という意味ですが、英語にすると、bullshitとか卑俗な四文字単語の表現になるようです。
日本語の単なる「バカ」よりもっとタチの悪い意味のような気も…
ただ、本書で取り上げられるのは、勉強ができない、無知である、IQが平均以下、などということではありません。
なぜ人間はバカなことをしでかしてしまうのか、というのが本書の大きなテーマのようで、その定義や世界は実に奥深いものです。
以前読んだ「ファスト&スロー」(ダニエル・カーネマン)や「知性の罠」(デビッド・ロブソン)にも通じるところがあります。
本書では、世界の錚々たる知性が、「バカ」についてあらゆる角度から真面目に考察を加えていきます。
印象に残るキーワードを列記すると、認知バイアス、ヒューリスティック、アンカリング、偶然への期待、錯誤相関、常識の欠如、知性の欠如、ハロー効果、ナルシシズム、フェイクニュース、トートロジーなどなどですが、心理学や脳科学の領域にまで踏み込んでおり、実は読み応えある学術的な書物であったりもします。
自分自身も、本書で示すバカの定義に色々と思い当たるフシがあるのですが、少なくとも自分がバカであることを自覚していれば、愚かな行動や思考を未然に防げそうです。 -
Posted by ブクログ
あらゆる本で引用されてる古典なのでずっと気になっていて、いざ手に取って読んでみたが、いやはやなんとも素晴らしい。
SNS中毒、スマホゲーム中毒、フェイクニュース、陰謀論、ポピュリズム、トランプ現象など昨今の問題を理解する上で必読と言える。
ビジネス書では研究エビデンスを本文中に盛り込むことが多いが、取ってつけたような形が多く、読みにくいし印象に残りにくい。その点、本書は項それ自体のテーマを裏付ける研究であるし、著者本人が考えて生み出した研究であるから固有のエピソードもあって面白い。
やはり一次情報は強い。
身近な人を思い浮かべると、システム1優位な人もシステム2優位な人も思い浮かぶ。
しかし本書の別の項の例を読むと、今度は同じ人であっても、THEシステム1的なあの人も、あの部分はシステム2的だな、などと思い出されたりする。
となると、単純にAさんはシステム1でばかり考える、といった評価はやはり短絡的だ。誰しもがコンディションや環境条件などによってシステム1と2をコロコロと使い分けていて、ただAさんの目立つ一面が1だったり2だったりして、私が偶然そこを頻繁に、ないし強く印象付けられているだけなのだろう。
プライミングに関する記述は非常に編集工学的だ。
自分の思考は、事前に何らかの形でインプットされた別の情報によって左右される、という事実が、自己という枠が非個体的であることに繋がる。
起きてすぐに耳にしたTVのある音楽フレーズが一日中頭に流れ続けたり、ふと広告から目に入った食べ物が食べたくなってランチ選びに影響したり、夢に見た内容がポジティブなものかネガティブなものかでその日のテンションが変わったり。
絶えず目から耳から肌から伝わってくる情報、更には養老孟司がいうような脳内で情報をグルグル回すことで生まれる情報もある。
こうして自分と他者、自分と世界の境目というのが非常に流動的で、液体同士が混ざり合うような構造をしていることが分かる。
文化資本の差が子供の人生に影響する度合は数値化しにくいが、プライミングの強力さを考えると相当な影響力だろう。
その一方で、平均への回帰の存在もまた良くも悪くも刺激的だ。
変数が少ないものや、直近の未来予測などには相関関係が大きくみられるのに対し、変数が増えるほど関係は薄くなり、運要素の大きい、確率の問題に収束していく。結果、平均へと回帰していくと。
生殖細胞のDNA組み換えの際のランダム性によって平均へ回帰し、身長が高い人同士が交配し続けても巨人にならないように、プライミングによる影響も、社会で求められるスキルの変化や、子どもの素質といった変数によって大いに回帰しうる。
SNSや悪書に触れる機会量が自分を毒していくことへの注意意識と、その逆に「結局そこまで悪いことばかりではない」という安心を同時に得られた一冊だった。 -
Posted by ブクログ
様々なバカがあちこちに蔓延する現代、そもそもバカとは何なのかを考察している一冊。
「頭が悪い人」がバカなのか、あいつをバカだと思っている私とあなたはバカではないのか…などのバカげた深遠なる探求へ本書が読者を導きます。
天才には限界があるがバカには限界がなく、しかも彼らは増殖しているように見えるほど目立つ性質を持った生き物です。
様々な専門分野からバカを考察した結果では定義も様々となるわけですが、子供=バカなのかという問いには一貫してNOとなります。
思慮不足、経験不足から引き起こされるバカげた結果は“粗相”であり、もたらされる結果がどんなものかわかっていながらバカげた行動を起こしてしまう大人こそがしっかりと成長したバカなのです。
故に知性とバカは無関係であり、猛獣などに襲われた際にアルゴリズム的知性で「逃げるべきか留まるべきか」などと考えるよりも合理的知性で「とにかく逃げろ」と即決するべきで、状況に応じて知性を使い分けられない人間がバカなのだと考えさせられました。
もし自分がバカをやらかしてしまった場合にも触れられており、やはりというか当然というか…謝罪が一番効果的なようです。
しかし、本書は紛れもなく良書です。
バカをただバカにするのではなく、入念な研究と考察により親身になってバカがどのようにバカなのかを解説しています。 -
Posted by ブクログ
【書名】
ファストアンドスロー上 ダニエル・カーネマン
【目的】
自身のバイアスに自覚的になり、自身の判断エラーを防ぎたい。
そのために、システム1、システム2という概念を知り、判断エラー事例に触れる。
結論、辛かったがその分何かが身についた気がする。
【要点】
アンカリング効果、プライミング、問題の過度な単純化、平均回帰、ハロー効果、後知恵効果、が事例を通じてどう判断エラーにいたるか提示されている。
多くの直観に反する実験結果が提示されている。
【印象に残ったポイント】
わたしの理解力だと、難解で読みにくい。
ただ、数々の書籍で参照されていた本書の概念が身体知的にインストールできた気がする。
【具体的に生活や仕事にどう活かすか】
自分を疑い、システム1で安直に判断してるんじゃないか?とシステム2を動作させる。
【ふりかえり・気づき】
知ってはいたけど、以前に比べると本書の概念を活用できている気がする。
ファクトフルネスなんかも、合わせて読むとより、自分へ実装できそうな気がする。
わざわざ読むか迷ったが、本からの学びは、向き合った労力と有意に関係すると実感した。
読みにくい本書に対し、システム2を動員し長時間向き合ったおかげか(辛かった)、本書で提示されている概念が頭から取り出しやすくなった気がする。 -
Posted by ブクログ
判断あるところにノイズ(バラつき)あり。
この本を読んで、本当に肝に銘じるべき言葉だと思った。
裁判や医師の判断、人事評価、間違いなく客観的と思えるような科学的捜査法など、
均一な判断が下されるべきものにも、実はその判断には想像以上にバラつき(ノイズ)がある。
裁判であれば、裁判官ごとや、同じ裁判官でも事例や時と場合によって、判断にバラつきがある。
それは言わば、くじ引きやガチャのようなものと言っていいくらいにバラつきがある。
ノイズ(バラつき)はエラーを引き起こす要因になるが、
バイアス(偏り)が注目されやすい一方で、ノイズ(バラつき)は見落とされやすい。
本書では、そのノイズの例を上げるとともに、どのようにノイズを減らしていけばいいのかが解説されている。
統計的視点を取り入れる、ルールやアルゴリズムを設定する、複数の判断者がいる時は独立して判断させてから判断を統合するなど、
組織内で判断を下すときに無視されたり、その視点がないようなアドバイスも多かったと思う。
『ファスト&スロー』では、心理的バイアスが中心的に扱われ、本書はその続編としても読めると思う。
合わせて繰り返し読み返すべき本だと思う。 -
Posted by ブクログ
# 組織的エラーの仕組みと正しさへの道標
## 面白かったところ
- バイアスが強いエラーなのか、ノイズ起因のエラーなのか、この下巻を読むことでより明瞭になった点
- 企業理念やルールや規範が人間社会で長生きしている理由がわかる点
## 微妙だったところ
- 特になし
## 感想
組織により踏み込んだ、エラーとバイアスについての内容。
特に面白かったこととして、アメリカの指紋分析官の話があった。国家随一の専門職である指紋分析官という役職に加えて、指紋鑑定という信頼度の高い(より正解に近い)証拠という組み合わせだからこそ、容疑者の冤罪をなかなか立証できなかったという事実。
これは組織の中で輝かしい存在、例えばエキスパートとかスペシャリストなどの肩書だと身近に映るだろう。
この人たちの決断が必ずしも正解とは限らないし、反芻努力の欠如が無関係の人を悪い意味で巻き込むことになる良い事例だった。
上記の特別な人達も `人間` なので、文字通りヒューマンエラーを起こしうる。
この現実を教訓として我々は意味のあるルールや規範を整える必要があるし、より正解に近づくために時にはノイズをかけて群衆の叡智の力を借りねばならんということなんだろう。
アニメ『PSYCHO-PASS』の世界観と照らし合わせると、どこか自分の中で腑に落ちた。
人間じゃない何かが決断し、裁き、すべてが決められた社会では、ノイズが起きようもないしバイアスのみが存在する。
人間の判断というノイズがないとバイアスの方向転換はできないし、人間社会とは到底言えないものである。
主人公の常守朱が発したセリフの中で、よいものがある
常守「法が人を守るんじゃない、人が法を守るんです」
法を `バイアス` 、人を `ノイズ` と読み替えると、どちらかが悪や正義ではなく共存するものだということがよく理解できた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ上下巻感想
自分の判断、会社としての判断は正しいのか?大丈夫?と考え読み始めた。
例えば難民認定の許可は審査官によって大きく違い、ある人は5%ある人は88%の許可していた事や100人の精神科医の診断結果は54%しか一致しなかったなどなどの沢山の事例や調査結果に驚かされた。そう言った判断は明確な基準があり間違いがないと考えていたがほとんどの場合、大きな乖離があるという。ではそれが何なのか?その原因は大きくバイアスとノイズに分類され違いは簡単に言うと、銃で的を狙い一定方向に的を外す要因はバイアス、上下左右などランダムに外す要因がノイズということだった。ノイズにもいろいろなものがあり、発生の事例や要因や測定方法や対処法が分かりやすく書かれていた。この本を読むことによって自分が思っているより自分が冷静で客観的な判断ができていないという事実を認識して、対処法を講じていく必要があると感じた。またアルゴリズムでの判断と人間の判断の違いや有効性は人事評価などノイズが発生しやすい場面で適応できるシステムの必要性を感じた。
また、前作でも感じたが作者がノーベル賞受賞者でありながら、専門家の無能を辛辣に笑い飛ばす語り口がとても痛快だった。自分の馬鹿さ加減も深く認識させられる。 -
Posted by ブクログ
バイアスについての名著『ファスト・アンド・スロー』の内容の繰り返しにならないかを懸念してたのですが、杞憂どころか、ノイズという全く新しい視点で書かれた目から鱗の内容でした。統計学的な中央値のずれがバイアスなのに対し、標準偏差の大きさがノイズです。
経営判断や司法判断などの一度きりの判断は、繰り返しや結果の検証がされないために、信じられないほどのバラツキを持っていることが認識されていません。本書はその衝撃の事実をデータで示してくれむす。さらに、判断者ごと、判断ケースごと、または偶然性によるもの、などの要素にノイズを分解して、ノイズ全体がその要素の二乗和になっていることが説明されます。
バイアスを減らす重要性が広く認識されてきた中で、本書はノイズという新たな課題を突きつけます。下巻でその方法論がどの様に語られるか、楽しみです。 -
Posted by ブクログ
第16章 パターン
パターンノイズについて話そう
「あなたはずいぶん自信ありげだが、この問題はそうかんたんではない。情報はいろいろな可能 性を示している。別の解釈も可能だということを見落としていないだろうか?」
「君と私は同じ候補者と面接し、いつものように同じような質問をした。なのに、君と私は正反 対の判断に達している。このパターンノイズの原因は何だろう?」
「人間いろいろで性格もちがうからこそ、イノベーションが生まれる。さまざまな個性は興味深 いし、刺激的でもある。だが判断ということになると、話は別だ」
第17章 ノイズの原因
ノイズの原因について話そう
「判断の平均レベルのちがいにはすぐ気づく。だが気づきにくいパターンノイズも大きいのでは?」
「この判断ミスはバイアスのせいだと君は言うが、結果がちがってもそう言っただろうか?ノイズの存在は考えたことがあるか?」
「バイアスを減らす努力をすることはもちろん正しい。だが同時に、ノイズを減らすことにも取り組むべきだ」
第18章 よい判断はよい人材から
つまり、認知反射や認知欲求のテストは注意深い遅い思考に取り組む傾向を計測するのに対し、開かれた思考テストはさらに踏み込み、自分の判断は未完成であり必要に応じて修正したいとする謙虚な思考態度を計測する。
よい判断を下せるのはどんな人かについて話そう
「君はたしかに専門家だ。しかし君の判断は結果で検証可能なのか、それとも不可能なのか?」「われわれは二人の専門家から得た助言のどちらかを選ばざるを得ない。しかし、彼らの専門的な能力や過去の実績は何もわかっていない。だから、知的能力の高いほうのアドバイスを採用することにしよう」
「ただ、知的能力がすべてというわけではない。認知スタイルや思考態度といったものも重要だ。 われわれが選ぶべきなのは単に頭のいい人間ではなく、開かれた思考のできる人だと思う」
第19章 バイアスの排除と判断ハイジーン
バイアスの排除と判断ハイジーンについて話そう
「いま減らしたいのがどういうバイアスで、どんな具合に結果に影響を与えているのか、はっき りしているのだろうか。もしわかっていないなら、複数のバイアスが作用している可能性を考え なければならない。その場合、どのバイアスが強く作用しているのかを見きわめるのはとてもむずかしい」
「話し合いを始める前に、まず意思決定プロセスのオブザーバーを指名しよう」
「今回は判断ハイジーン手順をきちんと実行できた。よい決定を下せたのはたぶんそのおかげだろう」
第20章 科学捜査における情報管理
情報管理手順について話そう
「判断のあるところノイズあり。 指紋鑑定も例外ではない」
「この件についてはいろいろな情報が入ってきている。だが知っていることをすべて専門家に話すのは、彼らが判断を下すまでやめておこう。バイアスがかかりかねないからだ。向こうからどうしても必要だと要求してきた情報のみ提供することにしたい」
「セカンドオピニオンを求めるにしても、その人物が最初の判断を知っていたのでは、独立した意見にはならない。三番目の人物もそうだ。確証バイアスのカスケードが起きてしまう」
「ノイズと戦うには、まずノイズが存在することを認めなければならない」
第21章 予測の選別と統合
…超予測者の特徴は、分析的、確率的に感がられることだったのである。
超予測者は問題をどのように捉え、どのように構造化するのだろうか。たとえば重大な地政学的問題(EUから離脱する国はあるか、これこれの地域で戦争が勃発するか、政府高官が暗殺される可能性はあるか、など)に取り組むとき、彼らはいきなり漫然と予測するのではなく、まず構成要素に分解する。直感だの虫の知らせだのには頼らず、「答えがイエスになるのは何が起きた場合か」「答えがノーになるのは何が起きた場合か」を考える。次に、そこから派生する問いまた考える。こうして問いと答えを重ねていく。
超予測者は「統計的視点」から考えることにも長けており、基準率をつねに探す。ガンバルディのケース(第13章)で述べたように、ガンバルディの経歴や人柄に注意を払う前に、平均的なCEOが二年の契約期間を全うできる確率を知っておくことは役に立つ。どうやら超予測者には、基準率を調べる習慣が身についているようだ。一年以内に中国とベトナムが国境紛争をめぐって武力衝突する可能性はあるか、と質問されると、超予測者はすぐさま中国とベトナムがいま何をしているか調べたりはしない。おそらくその件についてニュースや解説記事を読んで自分なりの直感は働いているにしても、それはひとまず棚上げする。彼らは、直感に従うとだいたいにおいてろくなことにならないと知っているのだ。だから基準率を調べる過去の国境紛争が武力衝突に発展したケースはどのくらいあるのか。もしそういうケースが稀だとすれば、まずその事実を押さえる。その後に初めて中国とベトナムの現状に目を向ける。
要するに、超予測者を際立たせるのは彼らの絶対的な知的能力ではない。それをどう応用するかが重要なのである。
サトパの推論によると、ある人の予測精度が他の人より高い理由、低い理由は主に三つある。
第一に、精度の高い人は予測に必要なデータを見つけて分析するスキルに長けていると考えられる。このことは、情報の重要性を示唆する。
第二に、一部の人は一方の側に偏ってエラーを犯す傾向がある。一〇〇回の予測のうち、何かが起きる確率をほぼ必ず過大評価する人は変化を好むバイアスが、過小評価する人は安定を好むバイアスがかかっていると考えられる。
第三に、一部の人はノイズが小さい、つまりランダムエラーが少ない。判断と同じく予測でも、ノイズを誘発する要因はたくさんある。ある種の情報に対する過剰反応(これはバターンノイズの一種である)や機会ノイズのほか、使う尺度がちがう場合にもノイズが生じる。
選別と統合について話そう
「四つの独立した判断の平均をとることにしよう。こうすれば確実にノイズを半分に減らすこと
ができる」
「私たちは永遠のベータ版であり続けなければならない。超予測者のように」
「この状況を検討する前に、該当する基準率を知っておくべきだ」
「このチームは人材揃いではあるが、判断の多様性という面で不安がある」
第22章 診断ガイドライン
医療のガイドラインについて話そう
「医師の診断には想像以上にノイズが多い。X線撮影を行った場合ですら、専門医の意見が一致しないことがある。患者にとっては、受ける治療がくじ引きで決まるのとたいして変わらないとさえ言える」
「月曜日でも金曜日でも、あるいは朝早くでも午後遅くでも、つねに安定した診断を下している医者は言いたがる。だが実際にはそうではない。疲れは診断に影響する」
「医療ガイドラインが導入されれば、医師の診断ミスで患者が犠牲になるケースは減ると期待できる。ガイドラインは診断のばらつきを減らすことになるので、医師にとっても大いに助けとなるはずだ」
第23章 人事評価の尺度
評価尺度について話そう
「わが社の人事評価制度には膨大な時間を注ぎ込んだが、それでも実態はといえば、ほんとうに能力や実績に基づく評価は四分の一にすぎず、残り四分の三はシステムノイズという体たらくだ」
「この問題に対処するために三六〇度評価や強制的ランク付けも試してみたが、事態はますます悪くなった」
「レベルノイズがこれほど多いのは、たとえば”すぐれている”と“きわめてすぐれている”の解釈が評価者によってちがうからだ。具体的なケースをアンカーとして評価尺度に付け加えれば、評価者の間の不一致を減らせるだろう」
第24章 採用面接の構造化
この問題を克服するために、グーグルでは評価を事実に基づいて行うだけでなく、項目ごとに独立して行うことを徹底した。「構造化行動面接(structured behavioral interview)」、まさにその具体的な例である。この面接では、面接官には候補者を気に入ったかどうかを決めることは求められていない。面接官の役割はもっぱら評価項目に必要な情報を収集し、項目ごとに採点することにある。そのために、候補者の過去の行動についてあらかじめ決められた質問をしなければならない(「これまでに、これこれの状況に遭遇したことはありますか、あなたはそのときどうしましたか、そのどうなりましたか?」といった類のである)。また採点に際しては、あらかじめ定められた統一的な尺度に従うことが大切だ。その尺度には、質問ごとに「ふつう」、「よい」、「きわめてよい」の例がこまかく記載されている。前章で紹介した行動基評価尺度にいくらか似ていると言えるだろう。こうした共通の尺度があれば、ノイズを減らす役に立つ。
くだけたおしゃべりのあるおなじみの面接とはずいぶんちがうぞ、と感じただろうか。それは当たっている。じつのところ、構造化行動面接は口頭試問か尋問に近い。しかも一部の調査では、面接をする側も受ける側も構造化面接を嫌っていることが判明した(すくなくとも非構造化ほうを好む)。それに、どのような構造化されていると言えるのかについてはまだ結論が出ていない。それでも、一つ確実なことがある。それは、従来の構造化面接に比べ、将来の実績との相性がずっと高いことだ。相関係数は0.44~0.57、PCで言えば65~69%である。つまり、よい人材を選べる確率が七割近い。これは、非構造化面接の56~61%と比べると顕著な改善と言ってよい。
加えてグーグルは、いくつかの評価項目では他の情報も考慮する。たとえば知識については、プログラマー志望者にはコードを書いてもらうというふうに実務試験を行う。調査によると、将来の仕事の出来不出来に関する限り、こうした実務試験の予測精度が最も高いことがわかっている。グーグルは、社内の照会も参考にする。これは、候補者が指名した照会先ではなく、たまたま本人を知っている社員に会する方法である。
第三原則は、総合判断は最後に行うというものだ。かんたんに言うと、直感を禁止するわけではないが、最後の最後まで遅らせるということである。グーグルの場合、最終判断は採用委員会が下す。委員会では面接ごとに各評価項目についてつけられたすべての採点を集めたファイルおよび結果など他の評価に基づき、各委員が対等の立場で発言し、そのうえで誰に内定を出すかを決定する。
グーグルはデータ指向の強い企業として名高いにもかかわらず、そして評価の統合は機械的に行うほうが臨床的に行うよりすぐれているという数々の証拠があるにもかかわらず、最終決定は機械的に行わない。グーグルといえども、そこは人間の判断に委ねられている。それはそうだろう、採用委員会であらゆる情報を集約し、勘案したうえで議論するのは、「この候補者はグーグルでうまくやっていけるか?」ということなのだ。
判断を分解する、評価は独立に行う、総合判断は最後に行うという三つの原則は、必ずしもすべての企業に当てはまるとは言えない。それでも、これらの原則は組織心理学者がずっと前から提唱してきたこととおおむね一致する。
構造化面接について話そう
「構造化されていない標準的な面接では、候補者のことを理解できたつもりになったり、ウチの会社に合わないと決めつけたり、といったことは避けられない。こうした直感を鵜呑みにすべきではない」
「標準的な面接は危険だ。バイアスがかかりやすいだけでなく、ノイズも大きい」
「面接を、いや人材選抜プロセス全体を構造化すべきだ。まずは候補者に何を求めるのかをもっと具体的にはっきりさせよう。そして、項目ごとに独立して評価するというルールを決めて実行しなければいけない」
第25章 媒介評価プロトコル
媒介評価プロトコルの手順
1.判断を媒介評価項目に分解する
(繰り返し行う判断では、1度決めれば流用できる)。
2.各項目の評価では、可能な限り「統計的視点」を取り入れる
(繰り返し行う判断では、可能であればケース尺度を使い、相対的に評価する)。
3.分析段階でも、可能な限り項目ごとの評価の独立性を維持する。
4.意思決定を行う会議でも、媒介評価項目を1つずつ切り離して評価する。
5.会議はデルファイ法に沿って進める。
6.最終決定に臨むまでは直感を働かせないが、最終決定に際しては直感を禁じない。
媒介評価プロトコルについて話そう
「わが社では採用決定のプロセスを構造化した。採用だけでなく、戦略的な意思決定にも構造化を導入してはどうか?考えてみれば、選択肢は候補者のようなものだから」
「この決断を下すのはむずかしい。 媒介評価項目の採点はどうなっているのか?」
「この計画について、直感に基づいて総合的な判断を下すことは重要だ―しかし、いまではな い。まず先に独立した評価項目ごとに検討しよう。その後のほうが、われわれの直感はずっとうまく働く」
第26章 ノイズ削減のコスト
ノイズ削減に伴うコストについて話そう
「教育におけるノイズを減らしたいなら、かなりの支出を覚悟しなければならない。生徒の採点に関する限り、先生たちはノイズだらけだ。同じ課題を採点しても、五人が五人ともちがう」
「ソーシャルメディアが人間の判断に頼らず何らかのアルゴリズムを導入し、文脈を問わずある種の言葉を含む投稿を機械的に削除したら、たしかにノイズはなくなるだろう。だがたくさんのエラーを生むことになる。治療は時として病気より悪い」
「バイアスのかかったルールやアルゴリズムが存在することは認めよう。だが人間の判断にもバイアスはある。われわれが問うべきは、ノイズがなくバイアスも少ないアルゴリズムを設計するのは可能なのか、ということだ」
「ノイズを排除するには、たしかにコストがかかる。だがコストをかけるだけの価値はあるだろう。ノイズのある判断はきわめて不公平だ。もし、ノイズを減らすために講じた手段が行きすぎと感じられる場合、たとえばガイドラインやルールがあまりに硬直的だったり、逆にバイアスを第生んだりするなら、全部を投げ捨てるのではなく、よりよい手段を試みるべきだ」
第27章 尊厳
尊厳について話そう
「多くの人が対面でのやりとりを重視し、ぜひとも必要だとさえ主張する。自分の不安や苦情を生身の人間に聞いてほしいのだ。だから、人間に裁量の余地を与えるべきだという。もちろん、そうなればノイズが生じることは避けられない。だが人としての何物にも代えられないという」
「道徳的価値観は絶えず変化するものだ。あらゆることを厳密に規定するルールを導入したら、変化する価値観に対応する余地がなくなってしまう。ノイズを減らす方法の中には、あまりに硬直的なものがある。あれでは、変化をまったく受け付けない」
「不正行為を防ぎたいなら、ある程度のノイズは容認しなければならない。学生たちが、論文の盗用をしたらどんなを受けるかわからない状態にしておくほうがいいのだ。そうすれば、盗用を慎むだろう。ノイズの形でいくらか不確実性を残しておくことが抑止効果を高める」
「ノイズをなくしたければ、明確なルールを決めるしかない。そうしたら、よからぬ輩は必ず抜け道を見つけるだろう。だからノイズは、ルールの裏をかくような行為を防ぐために払う価値のある代償だと言える」
「創造性ゆたかな人間には、それを発揮する場を与えてやらなければならない。人間はロボットはではないのだ。どんな職業でも、人間には判断の余地を与える価値がある君を規則でがんじがらめにしたら、君はノイズを出さないだろう。だが全然楽しくないから、独創的なアイデアも出てこなくなる」
「結局のところ、大方のノイズ擁護論は説得力がない。人間の尊厳を重んじ、価値観の変化に対応する余地を確保し、創造性を発揮できるようにしつつ、ノイズの不公平とコストを抑える方法はいくらでもある」
第28章 ルール、それとも規範?
ルールと規範について話そう
「ルールはやることを単純にし、ノイズを減らしてくれる。規範しかないと、状況に応じていちいち判断しなければならない」
「ルールか規範か?まず、エラーが多くなるのはどちらか考えよう。次に、ルールなり規範なりを決めて運用するのはどちらがかんたんか、どちらの負担が大きいかを判断しよう」
「本来ならルールを決めるべきときに規範を設けていることが多い。それは、ノイズに注意を払
っていない証拠だ」
「世界人権宣言からノイズをなくせとまでは言わない。すくなくともいまは。だが、ノイズがきわめて不公平であることは強く言いたい。世界中の法制度はもっとノイズを減らすことを考えるべきだ」
まとめと結論 ノイズを真剣に受け止める
ノイズを(そしてバイアスも)減らすには
原則1 判断の目標は正確性であって、自己実現ではない
原則2 統計的視点を取り入れ、統計的に考えるようにする
原則3 判断を構造化し、独立したタスクに分解する
原則4 早い段階で直感を働かせない
原則5 複数の判断者による独立した判断を統合する
原則6 相対的な判断を行い、相対的な尺度を使う
付録B 意思決定プロセス・オブザーバーのチェックリスト
バイアス発見のためのチェックリスト
1 判断に臨む姿勢
(a)置き換え
・情報や証拠の取捨選択や議論の焦点に問題はないか? 本来判断を下すべき困難な問題を、答えを出すのが容易な問題に置き換えていないか?
・重要な要素を見落としたり無視したりしていないか、また無関係な要素を不当に重視していないか?
(b)統計的視点
・検討に際して統計的な視点を取り入れているか?絶対的な判断ではなく相対的な判断を試みているか?
(c)多樣性
・何人かにバイアスがかかっていて、同じ方向に偏ったエラーが出る可能性はないか?
・重要な意見や専門家としての見解があるのに黙っている人がいると感じる点はないか?
2 予断と時期尚早な結論
(a)議論開始前の予断
・ある結論にいたると得をする人はいるか?
・すでに結論を下してしまっている人はいるか? 何らかの偏見や予断を疑うべき妥当な理由が存在するか?
・何にでも反対するタイプの人はいるか?その人は意見を述べたか?
・極端な意見に引きずられて議論があらぬ方向に迷走する恐れはないか?
(b)時期尚早な結論、過剰な一貫性
・早い段階で検討された選択肢に予期せぬバイアスがかかっていないか?
・他の選択肢も十分に検討されたか、他の選択肢を裏付ける証拠を積極的に探したか?
・都合の悪い情報や不快な意見を無視したり抹殺したりしていないか?
3 情報処理
(a)入手可能性、顕著性
・最近起きたとか、劇的であるとか、個人的に重要な意味があるといった理由から、あまり関係のない出来事や情報を過剰に重視していないか?
(b)情報の信頼性
・個人的な体験、断片的なエピソード、説得力のある物語や比喩といったものに過度に依存していないか?報の裏付けをとったか?
(c)アンカリング
・正確性や信頼性の疑わしい数字に最終判断が左右されていないか?
(d)非回帰的予測
・平均への回帰を無視した推定、見積もり、予測を行っていないか?
4 決定
(a)計画の錯誤
・予測を参照する場合に、情報源や有効性をチェックしているか?統計的視点を活用して予測を検証しているか?
・不確実な数字について信頼区間を設けているか?その区間は十分な幅があるか?
(b)損失回避
・意思決定者のリスク選好は組織の方針と一致しているか?慎重すぎないか?
(c)現在バイアス
・計算に使用される数字(現在価値への割引率など)は、組織の短期的長期的優先順位のバランスを適切に反映しているか? -
Posted by ブクログ
第1章 犯罪と刑罰
量刑のノイズについて話そう
「調査によると、同じ犯罪に対して刑の厳しさに大幅なちがいがあるらしい。これは不公平だ。どの判事が担当するかで量刑がちがうのはどう考えてもおかしい」
「重さが裁判官の機嫌だとか、その日が暑いとか寒いといったことに左右されるべきではない」
「量刑ガイドラインはこの問題に対処する方法の一つだ。だがガイドラインを嫌う人も多い。適切な判断を下すにはある程度の量の余地が必要なのに、それを狭めてしまうからだという。たしかに、どのケースもそれぞれにちがうとは言えるかもしれない」
第2章 システムノイズ
保険会社のノイズについて話そう
「保険会社では、プロフェッショナルが下す判断の質が非常に重要だ。私たちは、誰が担当しても判断はほぼ同じだと考えていたが、この前提はまちがっていたようだ」
「システムノイズは予想より五倍も多かった。つまり、容認できる水準の五倍もあった。ノイズ検査を行わなかったら気づかないままだっただろう。ノイズ検査のおかげで、一致の錯覚は打ち砕かれた」
「システムノイズは由々しき問題だ。損失は数億ドルに上るだろう」
「判断のあるところノイズあり。それも、思った以上に多く」
第3章 一回限りの判断
一回限りの判断について話そう
「これはたしかにめったにない出来事ではあるが、いまのアプローチだとノイズが多くなりそうだ」
「一回限りの判断も、繰り返し行う判断がたまたま一回だけだったケースにすぎない。このことを忘れないように」
「あなたが判断のよりどころにしている過去の経験は、今回の判断と関係があるのだろうか」
第4章 判断を要する問題
プロフェッショナルの判断について話そう
「これは判断を要する問題だ。となれば、みんなが完全に一致することは期待できない」
「たしかにそうだ。それにしてもいくつかの判断はあまりにかけ離れているから、まちがっているにちがいない」
「あなたの候補者選びのやり方は単に好みを表しているだけで、まじめに判断したとは思えない」
「決断を下すには、予測的判断と評価的判断の両方が必要だ」
第5章 誤差方程式について話そう
誤差方程式について話そう
「バイアスを減らしても、それと同じだけノイズを減らしても、正確性におよぼす効果は同じらしい」
「予測的判断のノイズを減らすのはとても効果的だ。このとき、バイアスが多いか少ないかは関係ない」
「真の値を上回る予測と下回る予測の比は八四一六だったから、バイアスはかなり多い。それでも正規分布であれば、バイアスと同じだけノイズが存在することになる」
「どんな意思決定にも予測的判断が関わってくる。予測的判断においては、正確性が唯一の目標であるべきだ。だからあなた個人の価値観は、事実から切り離しておくように」
第6章 ノイズの分析
・レベルノイズは、判断者ごとの判断の平均的なレベルのばらつきである(たとえば厳しめの裁判官と甘めの裁判官)。
・パターンノイズは、特定のケースにおける判断者の反応のばらつきである(再犯者に厳しい、共犯者に甘い、など)。
量刑調査では、レベルノイズとパターンノイズはおおむね等しいことがわかった。だがバターシノイズには一過性の原因による機会ノイズが含まれている可能性が高く、機会ノイズは偶発的ランダムエラーとして扱う必要がある。
ノイズ分析について話そう
「裁判官によって厳しさのレベルにちがいがあるときは、レベルノイズが存在する。ある特定の 被告を厳罰に処すか寛大な措置にするかで裁判官の意見が一致しないときには、パターンノイズ が存在する。パターンノイズの一部は機会ノイズだ。つまり、同じ裁判官が別の機会には別の判断を下す。」
「完璧な世界では、被告は正義の裁きを受けられる。だが、現実には、ノイズの多いシステムに翻弄されるのだ」
第7章 機会ノイズ
ヘルツォークとヘルトヴィヒによる意思決定者へのアドバイスをかんたんにまとめると、次のようになる。独立した第三者に意見を求められるなら、そうするほうがよい。これはまさに「群衆の知恵」であり、判断精度を向上できる可能性が高い。だがそれができない場合には、自分の中に群衆を作って、同じ質問をもう一度自分にしてみることだ。
機会ノイズについて話そう
「判断はフリースローのようなものだ。どんなにがんばっても、同じ動作を正確に二回繰り返すことはできない」
「あなたの判断は気分に左右されている。気分だけでなく、直前にどんな話をしたかとか、今日 の天気とか、そういうことにも。人間はいつも同じ人間ではないと考えなければならない」
「君は先週の君と同じではないかもしれないが、ありがたいことに、今日の他人よりは先週の君 に近い。つまり機会ノイズは、システムノイズの最大の要因ではないということだ」
第8章 集団によるノイズの増幅
個人の判断に入り込むノイズだけでも由々しき問題だが、これが集団になると一段と問題は大きくなる。とかく集団というものは、本来は無関係のさまざまな要素に左右され、とんでもない方向に迷走しがちだ。 誰が最初に発言したか、誰が最後か、誰が自信たっぷりに話したか、誰が黒を着ていたか、誰が誰の隣に座ったか、絶妙な瞬間に笑ったのは、眉をひそめたのは、頷いたのは、首を振ったのは誰か、といったことが結果を大きく左右する。組織では、さまざまな決定が集団で下されているはずだ。採用、昇進、支店の閉鎖、広報戦略、大学入試、 新製品の発売時 環境規制への対応、さらには国家安全保障にいたるまで、一人で決断するということはまずあるまい。
…メイシーらが指摘するように、「最初に動いたごく少数の人がたまたまどちらに転ぶか」が、その後の形勢を決してしまうほどの影響力を持つ。
…集団極性化とは、集団で話し合うと、個々人の当初の考えよりも集団の意思が極端な方向に振れやすいことだった。
集団での意思決定について話そう
「どうやら、最初に人気が出るかどうかですべてが決してしまうらしい。新製品が発売第一週で話題になるよう、戦略を練るべきだ」
「いつも思うのだが、政治家の発言も経済学者の提案も映画スターとたいして変わらないのでは ないだろうか。誰かが好きだとわかると、みんなが好きになるという点で」
「チームが集まるといつも意見が一致して自信満々になり、ものすごい勢いで突き進む。これが どうも不安で仕方がない。意思決定プロセスのどこかにまちがいがあると思えてならない」
第9章 人間の判断とモデル
「人間は判断を下すときに、複雑で微妙なルールを見つけたと考えがちだが、複雑で微妙な斟酌はだいたいにおいて単に時間の無駄だ。そのようなものが単純なモデルの精度を上回ることはまずない」
「ポール・ミールの著書が発表されてから六〇年以上が経つが、機械的な予測のほうが人間より上だと聞くといまだにショックを受ける」
「要するに、人間の判断にはノイズが多すぎる。だから、ある人の判断から生成した近似的なモデルのほうが本人に勝つことになる」
第10章 ルールとノイズ
ルールとアルゴリズムについて話そう
「大量のデータが存在する場合には、機械学習アルゴリズムのほうが人間や単純なモデルより精 度の高い予測ができる。ごく単純なルールや式ですら、人間の判断を上回るという。これは、ノ イズがないことに加え、複雑で微妙な匙加減などしないからだ。そういうものはだいたいにおいて予測の役に立たない」
「結果についてのデータが何もない状況では、均等に重み付けしたモデルを使うのがよい。最適の重み付けをしたモデルとほとんど同等の予測精度が期待できる。それにとにかく、人間の場当たり的な判断よりはるかにましだ」
「君はモデルの予測を信用していないようだ。何か折れた足のような決定的な情報を持っているのか、それとも単に機械的な予測が嫌いなのか?」
「もちろんアルゴリズムも誤りは犯す。だが人間のほうがずっと誤りは多い。それでも人間を信用するのはなぜか?」
第11章 客観的無知
答えは、こうだ。人材の採用といった重要な事柄では、信頼性がすこし上がるだけでも大きな価値がある。そもそもエグゼクティブたちは、わずかばかり利益率を上げるために日々改善や改革の努力をしているではないか。もちろん、成功が保証されてはいないことを彼らはよく知っているはずだ。それでも成功の確率を高めると考えられる決定を下す。エグゼクティブたちは、確のこともよく承知している。当たる確率が五九%のくじと六五%のくじが同じ値段で売っていたら、前者を買う人はいないだろう。
問題は、エグゼクティブたちにとって値段が同じではないことだ。五九%のくじ、つまり直感に頼る場合には、ご褒美がある。「これでよし」と言ってくれる内なるシグナルだ。だから内なるシグナルに匹敵するか、さらに上回るような確実性の感覚が得られるなら、彼らは直感を断念して予測精度の高いアルゴリズムを採用する気になるだろう。だが、内なるシグナルのご褒美を諦めてまでアルゴリズムを採用しても、予測精度が人間よりたいして高くないのであれば、払う代償が大きすぎると感じられてしまう。
客観的無知について話そう
「予測のあるところ無知あり。それも、思った以上に多く。われわれが頼っている専門家たちがダーツ投げをするチンパンジーよりましなのかどうか、チェックしたほうがいい」
「何か決定的な情報を知っているわけでもないのに、自分の勘に頼って満足している。そういう姿勢を、客観的無知の否定と言う」
「モデルの予測精度はつねに人間より上だが、大幅に上回るわけではない。人間の判断の精度がひどく低い場合、モデルはだいたいにおいてそれよりいくらかましという程度だ。だとしても、精度がいいに越したことはない」
「この種の決定を下すときにモデルを使うのを渋るのは、自分で判断して”内なるシグナル”を感じたいからだ。だったら、モデルを使わずに済むよう、われわれの意思決定プロセスを改善しなければならない」
第12章 正常の谷
統計的思考と因果論的思考
本章では、統計的思考と因果論的思考を対比させた。後者は遭遇した出来事を即座に正常か異常分類してのけ、思考の労力を大幅に省いてくれる。異常だとなって初めて、状況と記憶の両方から必要情報を探すという労力が動員される。静観して続報を待つにしても、忍耐という努力が必要だ。対照的に正常の谷に収まる出来事には、ほとんど頭を使う必要がない。道ですれ違ったお隣さんが愛想よくにっこりしても、上の空で会釈しただけでも、どちらもよくあることなのであなたはたいして注意を払わない。お隣さんが満面の笑顔で何か言いたそうだったり、むっつ不機嫌にあなたを無視したりしたとき、あなたは検索モードに入り、記憶の中から原因を探す。因果論的思考は、異常な出来事を察知する警戒は怠らないものの、無用の努力は避けるのである。
対照的に、統計的思考は相当な努力を必要とする。まず、注意力という貴重なリソースを動員しなければならない。これは、システム2にしかできないことである。「ファスト&スロー」で述べたように、システム2は熟考、意思的な努力、秩序を要する遅い思考を司る。統計的思考をするには、ごく初歩的なものを除けば専門的な訓練が必要だ。まず集合を見て、個々のケースは大きなカテゴリーに属す例だと考える。たとえばジョーンズ一家の立ち退きを一連の出来事の結果とはみなさない。ジョーンズ家と同じ予測的特徴を備えた大量のケースをあらかじめ分析したうえで、統計的に起こりうる(または起こりそうもない)結果だとみなす。
理解の限界について話そう
「相関係数が0.20(PC=五六%)は、人間に関する事柄ではごく標準的な数字だ」
「相関関係は因果関係を意味しないが、因果関係は相関関係を意味する」
「大方の出来事は、予想してはいないが、起きても驚きはしない。こうした出来事には説明は不要だ」
「正常の谷に収まる出来事は、とりたてて予想はしていないにもかかわらず実際に起きても驚き はしない。なぜ起きたのか、すぐに説明がつく」
「どうしてこういうことになったのかわかったつもりでいるが、だからといって、こうなると予想できただろうか」
第13章 ヒューリスティクス、バイアス、ノイズ
判断にかかっているバイアスは、多くの場合、真の値を参照することによって突き止められる。エラーがおおむね一方向に偏っている場合には、バイアスが存在する。たとえばプロジェクトチームが完了までの日数を見積もるケースでは、見積もりの平均が実際に要する日数を大幅に下回ることが多い。このおなじみの心理的バイアスを「計画の錯誤(planning fallacy)」と言う。
ヒューリスティクス、バイアス、ノイズについて話そう
「心理的バイアスはたしかにどこにでもある。だからといって、何でもかんでも漠然とバイアスのせいにすることは厳に慎まねばならない」
「熟考を要する質問をかんたんな質問で置き換えれば、エラーが起きるに決まっている。たとえば確率を判断すべきときに類似性で置き換えたら、基準率を無視することになる」
「結論バイアスがかかっていると、自分が最初に抱いた印象とつじつまが合うように証拠の解釈を歪めることになりやすい」
「第一印象というものはすぐに形成されてしまう。そうなるとそれにこだわり、対立する情報をあとから入手しても軽視しがちだ。こうした傾向を過剰な一貫性と言うらしい」
「心理的バイアスは、多くの人に同じバイアスがかかっている場合には統計的バイアスを生む。ウス、バイアス、ノイズだがそれぞれにちがう方向にバイアスがかかっていれば、システムノイズを生むことになる」
第14章 レベル合わせ
統計学的に言えばまったくばかげた予測に行き着くという事実にもかかわらず、与えられた情報をレベル合わせに使う誘惑に抵抗するのはむずかしい。セールスマネジャーは往々にして、営業成績が去年抜群によかった部下は今年もそうなると予想する。人事担当役員が輝かしいキャリアを積んできた採用候補者に出会うと、ゆくゆくは社長になるだろうと期待する。映画プロデューサーは、前作が大ヒットした監督は次もヒットを飛ばすだろうとそろばんを弾く。
こうしたレベル合わせ予測の例は、だいたいにおいて失望に終わる。一方、与えられた情報があまりにネガティブな場合には、レベル合わせで予測すると実際以上に悲観的になりやすい。与えられた情報に基づいてレベルを合わせる直感的予測は、情報がポジティブであれば過度に楽観的に、ネガティブであれば過度に悲観的になりがちだ(この種の予測エラーを専門的には「非回「帰的」と表現する。なぜなら、「平均への回帰」という統計的現象を無視しているからだ)。
レベル合わせについて話そう
「二人ともこの映画がすごくよかったという点ではたしかに一致した。だがあなたは私ほど感動していないように見える。使った形容詞は同じでも、使っている尺度がちがうのだろう」
「このテレビドラマシリーズはシーズン1がすばらしかったので、シーズン2もヒットすると思った。つまりレベル合わせ予測をして、みごとに外したわけだ」
「論文を採点するときに一貫性を保つのはむずかしい。順位をつけるほうがいいと思う」
第15章 尺度
尺度について話そう
「われわれの判断には大量のノイズがある。これは、各自の尺度の理解がちがうせいだろう」 「最初のケースがアンカーになって、ちょうど尺度上の基準点のように作用することを忘れないように」
「ノイズを減らしたければ、順位の判断に切り替えるほうがいい」