バイクに特段興味・関心が無かった私でも、ちょっと本気で乗ってみたいな、と思わせられた作品。
いや、もう少し子どもに手が掛からなくなったら真剣に検討するかもしれない。
またこの、山梨県北杜市内に実在する日野春という土地をちょっと調べてみましたが、まあ〜いいところ。甲府からさらに北へ25㎞程の場所。
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その町に暮らす主人公・小熊ちゃん。
彼女の容姿については「美少女と言うには小さく野暮ったい目」「田舎の女学生という印象しか抱かれない」(p4)と書かれていますが、博先生の挿画を見る限りこれは美少女かと。
ただ境遇は中々にハードで、父親は「小熊が生まれて間もなく事故で死に」、母親は「失踪宣告の紙切れを残して姿を消した」(いずれもp4)とあり、祖父母もおらず天涯孤独の身。自治体による奨学金の支援により倹しく暮らしている。
友達も部活も趣味もなく、若くして水を打ったような日々を送っている。
そんな彼女が出会った一万円のカブ。この出会いにより、彼女の日々が少しずつ変化していく。
「自分がバイクに乗っているということをちょっと自慢するような気持ち」(p60)が芽生えたり、カブに装着する鉄の箱とカゴを手に入れた時は「体がとても軽く、自由」(p75)を感じたり、「同じカブ乗りの言うことは一言も漏らさず、真摯に自分の胸に取り入れ」(p102)てみたり、色々なものを得ていく過程がとても微笑ましい。
夏休み期間でバイク便のバイトに勤しむうちに「姿見」(p122)や「ちょっといい夕飯」(p159)や「普通自動二輪の免許」(p204)などへの物欲を持ち始める様子は、女子高生が洋服や化粧品なんかを欲しがるのと何ら変わりない気持ちではないかと。
思考回路は随分と現実的ですが。
p214の黄色ナンバープレートを片手に満面の笑顔の小熊ちゃんが素敵。
最終的には「カブに乗っている時の格好で胸を張って教師や同級生の前に現れたい。」(p229)という感情が生まれるまでに変化した小熊ちゃん。
修学旅行の出発日に一瞬熱を出して、後からカブで追いかけて鎌倉で合流する…という段取りは少々強引な気がしなくもないが、メリハリがあって良いのではないかな。
決して派手な作品ではないし、小熊ちゃんのささやかな日々を眺めるだけと言ってしまえばそれはその通りだけど、続きが読みたいなと思えた小説。
3刷
2022.5.8