蒲郡風太郎が殺しすら用いてのし上がり、その果てに……という話。
取り込もうとした会社社長の娘の、美しい三枝子と不美人な正美。
秋遊之助という作家。
追って来る刑事や、その子供や。
超個人的な話で始まるのだが、さらに会社が水俣病に似た公害を引き起こしたり、政治家に野心を抱いたり、社会的な話にもなってい
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(このへんで三島由紀夫「青の時代」を連想したり、南米小説の成り上がりものを思い出したり。)
(石牟礼道子「苦海浄土」も。)
とにかく苛烈な成り上がりで、しかし悔恨と虚しさに常に苛まれている……このあたり、悪の権化的な扱いに反して、ナイーブで純粋だ。
「私は美しいものがすきズラ。美しい人の心が欲しいズラ。だけど人の心が美しいとは思わんズラ。この世に真実というものがあれば、命をかけておいもとめるズラ」
彼に関わる正義面や女やのほうが、道徳を普段言い立てるくせに実は醜悪。
信じられない。信じるに足るのは金だけだ。
しかし最期……、原稿用紙に「人間の幸福について」と書こうとして、平凡な生活を思い浮かべてしまった自分に絶望して。
(原稿用紙に囚われていく感じ……また、刑務所の格子が連続するコマとか……回想とか……漫画表現的にもアヴァンギャルドで、分析の意義がありそう。)
「いつも私だけが 正しかった この世にもし真実が あったとしたら それは私だ
私が死ぬのは 悪しき者どもから 私の心を守るためだ
私は死ぬ 私の勝ちだ 私は人生に勝った」
秋遊之助≒ジョージ秋山の言葉。
「てめえたちゃ みんな銭ゲバと同じだ もっとくさってるかもしれねえな
それを証拠にゃ いけしゃあしゃあと 生きてられるじゃねえか」
キャラやコマ運びや、どうかなーと思うところがあるが、とことん突き詰めた問いとしての漫画、ずっしり残る。
普通の暮らしを送ろうとしている自分の中に、蒲郡風太郎が一ミリもいないと言える人は、いないのではないか。
こうはならなかった可能性としての自分。