ジョージ秋山のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
■あらすじ(ネタバレ注意!結末まで書いてます)
長野県松本市に生まれた蒲郡風太郎。幼少時代に父は家庭を捨て、女と家を出て行き、残された母と風太郎は極貧生活を送る。母が病気になっても医者に払う金がなく、ついに風太郎をおいて逝ってしまう。銭があれば、母を助けられたと思った風太郎は、金こそが力であり、正義だと思うようになる。
風太郎は盗みを繰り返し、人を裏切り、大事な人をも殺める。何も失うものがなくなった風太郎は、金を手に入れるために大手会社社長の車に前に飛び出し、社長に取り入っていく。社長には二人の娘がいた。美しい長女に惚れるが、風太郎に想いを寄せる醜い次女と結婚し、社長を殺害してその地位を手に入れる。最終的には、姉妹二人も、自分の子供をも殺し、孤独の蟻地獄から抜けられない。周りにいる者はみな不幸になり、死んでいく。政界に進出し、金も権力も手に入れた風太郎だったが、「幸せとはなにか?」という質問を前に、自殺する。
■感想
松ケン主演のドラマを見ていたので、だいたいのストーリーは知っていたが、ドラマとは違う漫画の独特の世界に圧倒された。銭がなければ、まともな生活も送れず、幸せを感じる余裕などないのは、貧乏を一度でも味わったことがある人なら、わかるのではないか。
風太郎の小学校の担任教師が、遅刻の罰金に五円を持ってくるようにいうシーンがあるが、家庭訪問した教師に母親はこう言う。「その五円がない家もあるんです」(すみません、手元にないので不確か)。このセリフにはいたく共感した。
だが金だけ追いかけると、心がすさむのもまた真実。相手から金をまきあげる商売などすると、相手からいくら絞れるか、自分にいくらの価値があるのか、損得でしか考えなくなるものだ。今もその後遺症は残る。
この暗い社会性の漫画が少年サンデーで連載されていたというのが、すごい。当時の少年たちはこの漫画をどう受け止めたのか。人格形成の時期に読みたかった漫画だ(でも、影響を受けすぎて、銭ゲバをかっこいいと思いそうだから、今でよかったかも)。 -
無料版購入済み
やはり絵柄は変わっています
非常に長期にわたる連載作品なので、ちらほらみていたこの作品の雰囲気とは初期の作画にはやはり差はありますが、雰囲気等は基本、一緒でした。
仕込み刀を使う場面が出てきます。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「銭ゲバ」と同時期に連載。なんと。
ギャグ漫画からの脱却をこんな鮮烈な形で行うとは。
wikipediaによれば、
>第1話が掲載された『週刊少年マガジン』は各自治体で有害図書指定され社会問題に発展した最大の問題作
>今後の主人公が宗教的世界に目覚め人生のよりどころを確立することが説明されていたが、結局、描かれないまま最終話をむかえた。しかし、『週刊少年ジャンプ』(集英社)1981年26号に読み切りで完結編が掲載されその結末では実現している。
が、
>完結編は、ジョージ秋山捨てがたき選集 第2巻『銭ゲバの娘プーコ アシュラ 完結編』(青林工藝舎)に収録。
とあるので、この文庫版はブツ切りの状態なのだ。
うーん、これはこれで凄いのは凄いので、完結編を見たいような見たくないような。
なんと、
>2012年、フルCGでアニメ映画化された
が、手掛けた監督が「TIGER & BUNNY」のさとうけいいち、というのは興味深い。
さらに、登場人物のアシュラの項目に、
>本来の構想ではもう少し連載を続けた後で法師から「命」という名前を授かる予定だった。この名前は秋山の息子の名前としても使われた[1]。
ジョージ先生、とことん全力な人なんだな……。
ちなみに手塚治虫「どろろ」は1967年~、本作は1971年~なので、影響はあるだろう。
にしても倫理的に凄まじい……というか、手塚治虫すら劇画の波に影響されていたわけで、「まんが道」で寺田ヒロオが劇画ブームに憂慮して執筆すら辞めたのも、ゆえなきことではないな、と本作で判った。
あるいは漫画業界全体が狂騒的な方向に向かった、ということなのかも。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ蒲郡風太郎が殺しすら用いてのし上がり、その果てに……という話。
取り込もうとした会社社長の娘の、美しい三枝子と不美人な正美。
秋遊之助という作家。
追って来る刑事や、その子供や。
超個人的な話で始まるのだが、さらに会社が水俣病に似た公害を引き起こしたり、政治家に野心を抱いたり、社会的な話にもなっていく。
(このへんで三島由紀夫「青の時代」を連想したり、南米小説の成り上がりものを思い出したり。)
(石牟礼道子「苦海浄土」も。)
とにかく苛烈な成り上がりで、しかし悔恨と虚しさに常に苛まれている……このあたり、悪の権化的な扱いに反して、ナイーブで純粋だ。
「私は美しいものがすきズラ。美しい人の心が欲しいズラ。だけど人の心が美しいとは思わんズラ。この世に真実というものがあれば、命をかけておいもとめるズラ」
彼に関わる正義面や女やのほうが、道徳を普段言い立てるくせに実は醜悪。
信じられない。信じるに足るのは金だけだ。
しかし最期……、原稿用紙に「人間の幸福について」と書こうとして、平凡な生活を思い浮かべてしまった自分に絶望して。
(原稿用紙に囚われていく感じ……また、刑務所の格子が連続するコマとか……回想とか……漫画表現的にもアヴァンギャルドで、分析の意義がありそう。)
「いつも私だけが 正しかった この世にもし真実が あったとしたら それは私だ
私が死ぬのは 悪しき者どもから 私の心を守るためだ
私は死ぬ 私の勝ちだ 私は人生に勝った」
秋遊之助≒ジョージ秋山の言葉。
「てめえたちゃ みんな銭ゲバと同じだ もっとくさってるかもしれねえな
それを証拠にゃ いけしゃあしゃあと 生きてられるじゃねえか」
キャラやコマ運びや、どうかなーと思うところがあるが、とことん突き詰めた問いとしての漫画、ずっしり残る。
普通の暮らしを送ろうとしている自分の中に、蒲郡風太郎が一ミリもいないと言える人は、いないのではないか。
こうはならなかった可能性としての自分。 -
購入済み
おもしろかった
宗教にハマるひとや不遇の環境で育った人の心情がリアルに描かれていた。主人公みたいなひとがこの世にいるかと思うと、こわくなったが興味深かった。一気に読んだ。
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Posted by ブクログ
生まれたのは親と言うものがいたからかもしれない、だが、アシュラが生き延びたのはアシュラ自身の生命力の強さであり、アシュラには親の手を借りたと言う事実がない。親がきちんと自分を育てようとしてくれていれば、アシュラは阿修羅となって生き延びる必要がなかった。愛されないと生まれて来ただけでな人間にはなれないんだなぁ…父親に叫ぶアシュラの「なんで生んだ」言葉は正当なんだよ…。アシュラが自分の力で生き延びたからこそ、親を許せ、許さないとお前が辛い、と言う事も言える時が訪れている…アシュラが一人で生き延びた事に対して、誰かが彼に償わずして、アシュラに人間らしく許してやれ、と言うのは酷だ。
「にくい」と言いながらそれでもアシュラは「強い」が為に苦悩する。お前の方に許してやれる権利がある、と言う様に…偽善だ、そんな事を言うだけなら誰にでも言える、と思う先に法師がいる。アシュラに解らせる為に、考えさせる為に、法師はアシュラにも解る方法で示す。
飢えに接した事のない現在社会の人間が如何に色んな事を複雑にして、それによって人間の根本を見失っていると言うのが自分の身に置き替えてもよく解った作品だった。
あとがきに同作者の『博愛の人』と言う作品があり、ここで終わった本作を掘り下げた作品になっていると言うから、こちらも読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
木原音瀬の『WELL』を読んだ時、生き延びる事で世界が好転する可能性があるのなら、人肉を食べてでも自分が生き延びる価値はあると感じた。また、一緒に生き延びたいと思う人間がいるのならなおさらタブーを犯す理由があるな、と。
コーマック・マッカーシーの『ザ・ロード』を読んだ時、人肉食いでしか命を繋げられない様な極限の世界に居ながら息子を生かす為に人肉を食べずに頑なに生きようとした父親、彼はきっと、この崩壊した世界で人類が生き延びるのは難しいと考え、それならば人肉を食べずに出来得る限り生きて、獣ではなく人間の心のままで死ぬことを選んでいたのだと思う。人間の理性を残したままで出来得る限りの命の限界まで。
自分がもしそう言う世界に放り出されたらどうするだろう、と言う事をずっと考えていて、もし家族なりなんなり、自分が生き延びる事で誰かを生かす事が出来る間は食べれるものはなんでも食べるかもしれないと思った。誰も居なくなった時には、生きたまま殺されて食われるのは嫌なので、もう何もなくなったと思った瞬間に、自分の命は手放すだろうな、と言う気がする。人の肉を食べてまで生き延びたいと思うのは、とても難しいだろうな、と。
人を食うと言う極限の選択に対して、どう言う答えがあるのだろう、と思ってずっと読みたかった作品。
アシュラは、生まれた瞬間に感じた飢えに動物の本能で反応しただけで、罪悪感などあろう筈もない。彼は生まれた時から誰の為にも生きていないので、人間性など皆無持ち合わせられる筈がない。飢えに苦しんだ事のない人間が理屈で考えるような範疇ではなく、アシュラは生きたいと言う本能だけで生きている。そこには逆に善も悪もない。善悪は人間の世界の中の観念なんだなぁ…