ニーチェのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
そんな時に読んだニーチェは僕を鈍器でぶん殴ったようだった。
ニーチェとのコミュニケーションで僕が学んだことは以下のことだ。
現生に希望をもてるよう向き合うことが人生だ。
虚栄心ではなくよく生きようとする情熱に生かされなさい。
しょうもない歴史が繰り返し、自分もその歴史の一部分だとしても、そのことを真摯に受け止め、そしてそれを超克しようとする人々を超人という。
かなり恣意的な解釈も含まれるが、こんな感じである
ニーチェの言っていることの9割は理解できていない、しかしその1割を理解するだけでも人生に大きな影響を与えるニーチェはやはり偉大なのだろう。 -
Posted by ブクログ
この自叙伝が書かれたのは、ニーチェが44歳のとき。この年が彼の正常な精神活動の最後の一年だったらしい。
彼の精神活動の最後に遺されたこの自伝は、ニーチェの思考と著作の全体について自ら細かく解明していく構成になっている。
シニカルな余裕に満ちた箴言、大上段から一気に振り落とす傲慢な名句に心踊るニーチェ好きには、目次からどストライクかもしれない。
・なぜわたしはこんなに賢明なのか
・なぜわたしはこんなに利発なのか
・なぜわたしはこんなによい本を書くのか
言うまでもなく『この人をみよ』の「この人」とはニーチェさん自身のことである。
とはいえシニカルな余裕というよりは、自己欺瞞にすらも目を背ける、傲 -
Posted by ブクログ
ニーチェが発狂する1888年の前年の秋に書かれた。
題名のラテン語“Ecce homo”は新約聖書『ヨハネによる福音書』19章5節から引用されてる。
各章の表題が笑わせてくれる。
◆なぜ私は、こんなにも賢いのか?
◆なぜ私は、こんなにも利発なのか?
◆なぜ私は、こんなにも良い本を書くのか?
◆なぜ私は、一個の運命であるのか?
もー、この表題見ただけで、好きになった。
だって、おかしい。
笑わせようとしてる?
これを書いたとき、すでに狂い始めてたのでは?と考える人もいる。
でも、たしかに彼は「こんなにも良い本」を書いた。
彼の苦闘し続けた人生を、こんなふうに表現できるなん -
Posted by ブクログ
生きているということは実はとんでもないことだったんだと思った。と言っても罪の意識なんかはまるで感じないのだが…
道徳には二種類あって、高貴な者の道徳と、奴隷の道徳。
高貴な者は強く、比類なき能力があり、自ら是とするものを「よい」こととなす。彼そのものが価値の創造者である。
奴隷は高貴な者に奉仕するために存在し、命令され、過酷で悲惨な生活を強いられる。彼らは、強いものを恐怖する。彼らにとって恐怖させるものが「悪」である。その反対である彼ら自ら弱いものが「善」となる。
ニーチェさんの時代、種々の要因から高貴な者の道徳が廃れ、奴隷的な人間が増大したため、危機感を抱いてこの書物を書いたそうである -
Posted by ブクログ
ニーチェ自身がニーチェについて語る。書名の「この人」とはニーチェのことであり、当時世間から理解されることが少なかったニーチェが「(愚民ども)この私を(もっと)見よ!」と言っている。(笑)
「解説」を読むとこんなにも深淵な大望が記されているのかと思いをいたすが、普通に読んでいると随所で笑いがこみあげてくる。(笑)
章立てをみると、
「なぜわたしはこんなに賢明なのか」
「なぜわたしはこんなに利発なのか」
「なぜわたしはこんなによい本を書くのか」
といった感じでこれだけでも抱腹ものだ。(笑)
「ひとにわたしのことを悪く思わせる技術を、どうしても身につけることができなかった」ニーチェさん。(笑)食べ物