内田百間のレビュー一覧
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迷い込んできたノラが、百閒先生の家に住み着き、やがて失踪する。
その後に、ノラによく似た猫、クルツが内田家に住み着き、数年後に、寿命がくる。
これだけの顛末を描いた文章なのに、面白い。
昭和三十年代の東京、麹町あたりの町の雰囲気もよくわかる。
近所の人が、入院した百閒先生の奥さんの代わりに、入れ代わり立ち代わり、世話にやってくる。
庭の木賊や、花が咲く木々、雨の様子が、今の東京では考えられないほど、瑞々しい。
ノラを探す百閒先生の届いた手紙に、阿房宮列車ではあんなに偏屈な百閒先生が、猫のことになると、こんなに情に厚いなんて、といった趣旨のものがあったが、まさに同感。
最初、百閒先生が泣いてい -
Posted by ブクログ
百閒はふとした縁から野良猫「ノラ」を世話をするようになる。老夫婦を癒し、心の拠りどころにもなっていたノラは、ある日突然姿を見せなくなる。ノラを懸命に探し数年が経った頃、軒先に迷い猫「クルツ」が現れる。
「ノラやお前はどこへ行ってしまったのか」
突然姿が見えなくなったノラを案じ、迷い猫探しの広告を作成し、日々の空虚を日記にしたため、外国人が保護しているかもと想像力を膨らませ英字版の広告も用意し…と猫探しに奮闘する日々。「似た猫がいる」という連絡があれば確認に赴き、一喜一憂します。愛猫が帰らない毎日に涙する様子に胸がきゅっとなる…。
猫が見つからないという事実を前に、ここまで悲哀の想いが吹き出し -
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百?先生の食にまつわる随筆を選んで編まれた随筆集です。
なんというのか百?先生の文章は本当にお酒が好きなんだなあ、ということが文章からにじみ出ている感じです。本当においしそう、なんですよね。お酒も、食べ物も細かい料理法を書くのではなく、あくまで食べる人の観点から描かれているのですが何となく味が連想できるような気がするのです。こんな味かなあ、おいしそうだなあ、と。そしてそのご馳走を前にお酒を飲む。これがまたおいしそうで。
…ビールが飲みたくなるし、お酒の美味しい燗が飲みたくなるのです。
そんな先生だから戦時中はきっと苦労をなさったんだろうなあ、と。文章の端々からその苦労はうかがい知れます(が、 -
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グルメなんだか、ただの大食漢なんだか。
ちょっぴり偏食気味のわがまま
百ケン先生の綴る
食べ物に関するエッセイ集。
お酒が大好きで
度を超してはいかんと思いつつも
やっぱり失敗してしまったこと。
子供の頃に岡山で食べたものが
東京では手に入らないことに関する不満。
食べ過ぎに関する医者との攻防(笑)
座敷で酒を追加注文したのに来ないから
厨房をのぞきにいったら
「あそこの客にこれ以上飲ますな」と
仲居さんが叱られてるのを見てしまった
…というネタは
よっぽど腹立たしかったのか
2回も出てきますƪ(˘⌣˘)ʃ
どこを拾い読みしても、なんとなく愉しい。
やっぱり好き。 -
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アイスクリームを「食べる」とするか「飲む」とするか、百閒さんが表現迷ってるところがあって、ああ新しい食べ物に対しては連なる動詞も最初は決まってへんのか、とおもった。あとソップがスープのこととか、へーそんな風に言うてたん。そんな習慣があったん。みたいなのが多くて面白かった。
でも、百閒先生自身がものすごーく食い意地がはってるかというと、どうだろって思うのね。だって戦争云々抜きにして、空腹を我慢して生活してるとこたくさん出てくるでしょう?あと詳しい調理法にもいうほど興味が無いようで(おからにレモンを絞るとかその程度である)、昨今のグルメエッセイを読み慣れてると、どうも物足りない感じの主観者なのよ -
Posted by ブクログ
おや、百閒先生のアンソロだと手に取って買って帰ったら家にもう一冊あった…。そうか、後で読もうと買ってあったのか…
それにしても百閒先生は精神年齢が幼い気がする。物凄い素直で嘘のない人だけれども物事に対する接し方というか生き物に対する接し方があまりにも幼い。欲しいと思うとどうしようもなくなってしまう衝動のようなものを大人になっても抱えている人ってのは大変だろうなぁ。だからこそ彼の文章は今も読まれているのかもしれないけれども。
私はノラやを読む前に他の随筆を読んでいたので元々は猫キライの小鳥飼いな先生の方が印象に残っていたのでそうか、百閒先生というと猫好きってイメージを持っている人も居るのかぁ