【感想・ネタバレ】ノラやのレビュー

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Posted by ブクログ

内田百閒が、愛猫ノラが行方不明になってずっと泣いている一連の作品集。
昭和32年3月27日昼過ぎ、百閒の愛猫ノラは行方が分からなくなりました。翌日から内田は「ノラの事が非常に気に掛かり、もう帰らぬのではないかと思つて、可哀相で一日ぢゆう涙止まらず。やりかけた仕事の事も気に掛かるが、丸で手につかない。」と惨憺たる様子ですが、その後もノラは一向に見つかりません。
朝日新聞に猫探しの広告を出し、警察署にも届けを出し、NHKでも放送をしても見つからない。4月に見つかったとの報を受け、「うれし涙にむせて、声が途切れて、口が利けなかつた」と感涙するも結局違う猫でがっかり。心労で7kg以上痩せて、目も霞むほどになります。
(尚、内田の弟子の高橋義孝は、ノラは皮を剥がれて三味線になっていると酔っていたずら電話をしてしばらく内田邸を出入り禁止にされています。)
そんななか、5月16日に出会い、その後もしばしば目にするようになったのがノラによく似た迷い猫でした。翌月になって百閒は、名をクルツとつけています。クルツのおかげで、内田はノラが好物にしていたタマゴの寿司を出していた寿司屋の出前を取ろうという気にまでなりました。しかし、そのクルツも五年半ほど経て死んでしまいます。今度は内田と妻と女中が号泣する前での死でした。
愛猫家ではなく、ノラとクルツが特別な猫であったという内田の愛情がどこかユーモラスな雰囲気を交えながら、しかし必死に駆け回り泣き続ける悲劇性とともに一体となっている名随筆だと思います。
尚、三十二年秋に刊行された『ノラや』(文芸春秋新社)バージョンには、内田の敬愛する夏目漱石の鉛筆画の猫が1ページに挿し入れられているそうです。『クルやお前か』の装丁口絵は斎藤清画伯。愛猫家の斎藤が、猫の足裏に墨を塗って紙の上を歩かせた装丁も特徴です。

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2022年08月20日

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文豪内田百閒先生がいなくなったネコを探してオロオロ、メソメソ。
わかりますとも、その気持ち。
でもちょっと、度を越してはいませんか?
奥さまや周りの方々はたいへんだったことでせう。

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2021年11月21日

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猫好き必読の本か何かで取り上げられているのを見て手にした一冊。裏表紙の説明に「消えてしまった」、「病死した」という単語を見て、ちょっと萎えて、しばらく積読。
やっぱり、猫飼いとしては、胸が痛かったですね。飼い猫が出かけた切り帰って来ない。看病むなしく病死する。いやぁ、耐えられない。
最初はノラと比較して、仕方なしに飼っているんだというスタンスだったクルにどんどん情が移っていくのが分かりやすい。
内田百閒読むの初めてですが、昭和30年代、40年代でも旧仮名遣いだったんですね。

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2021年02月17日

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「先生」の家に現れた野良猫。内田百間の師、夏目漱石の『吾輩は猫である』を思わせる微笑ましい猫との出会いが、2章目から急展開する。犬猫を飼ったことのある人なら涙なくして読めないだろう。

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2020年08月30日

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猫を飼おうかなと思っている人に、是非読んでほしい一冊。
猫のノラとクルツに対する、著者の愛が半端じゃない。
いなくなった猫を可哀想に思って、70代のじいさんが連日声を上げて泣いているのである。このままではおかしくなってしまう、と言いながら。
厳格だと言われた作家をここまでメロメロにした猫を、いつか先にいなくなってしまうであろう猫を、それでも飼えるだろうか...?
猫のいる生活に憧れていたが、私はちょっと無理かもしれない。
きっとこの作者のように、なってしまいそうだから。

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2020年07月11日

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百鬼園先生の情の深さに失礼ながら笑いを禁じ得ず。こんなにも涙もろいなんて、阿房列車を読んでいる時には微塵も感じなかった。先生は漱石の弟子であり、リアルタイムで『吾輩は猫である』を見知っていることから、百鬼園版猫エッセイだと思ったが、ノラが失踪した辺りから先生の涙話が累々と続き、決して不快ではないのだが「これで本が出せたのか?」ということに驚かされた。ノラの名代となったクルツの名はさすがにドイツ語講師と思わせ、彼の衰弱してから死へ向かう描写に涙が溢れた。

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2017年09月01日

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いつの間にか家族となった猫への愛情が痛いほど伝わってきて、涙なしには読めない本です。
私も猫という家族がいますので、共感しっぱなしでした。
猫はこんなにも人を魅了してしまうのかというところは猫好きでない方にも読んでいただきたい点です。

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2017年08月20日

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誰ですか猫好きにオススメとか言ったの!
文庫の裏に愉快な連作とかあるけど、愉快じゃないですよ!!

1本目の「彼ハ猫デアル」以降、(所々でかわいい猫の所作の描写が含まれるものの)胸が苦しくなる話ばかりじゃないですか……

百閒先生、ネコは特別好きではなかったとか言いながらノラとクルのために東奔西走する姿に共感を覚えます。
先生の「ノラもクルもどこにでも、いくらでもゐる駄猫で、それが私には何物にも換へられない」っていうのはすべての愛玩動物飼い達の本心だなあとそう思います。

すごく良かったけど、ネコ可愛い!もふもふ!フフフッてほのぼの読める話ではないので、猫好きに紹介するときは一言添えて薦めようと思います。

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2017年08月17日

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百閒先生は、ペットブログの創始者なんじゃないかと思う。
失踪した「ノラ」に思いを馳せ、傷心している明治男を垣間見た。

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2017年03月14日

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百聞先生の代表作「のらや」。学生のときに手にしたことはあるのだけど全く面白さが分からず途中でやめたけど、この年になると面白い。
謹厳かつ気難しいと表された百聞先生が、ひたすらネコの行方を気にして毎日泣く。ひたすら嘆く。ただ、それだけのことが、屈指の名文家の手にかかると、散文のお手本となる。素晴らしい
しかし百聞先生も「のらや」が代表作と言われて泉下でどんな顔されているやら。

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2016年12月20日

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時代の空気を感じるとともに、段々居た堪れなくなってくる本。
ネコの可愛いところは耳とか、ネコバカを炸裂させています。百鬼園随筆では日記を3日でやめたお方が、帰ってこないことを嘆きを綴り、少しずつ弱っていくのが、可哀想になってきます。

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2016年07月02日

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明治から昭和初期の方の作品ということで私が読んで、面白さがわかるかな?と思いつつ、猫好きとして読んでおきたい!
結果、とても面白かった。
おじさん愛しい。堅物なのだけどユーモアもあって…ダメな人なんだけれどとっても魅力的。
そんな印象を受けました。
ノラや…が口癖になってしまっている、という逸話は頭に残っています。
私も猫好きではなく、猫が勝手に居ついてしまう、そんな猫との暮らしを始めたいな。

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2016年05月08日

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シンプルな文章なのに、ノラに対する愛情やノラの可愛らしさがすごく伝わってくる。
筆者やノラやクルツを愛さずにはいられない。

大切な相手を失うことについて考えさせられる。

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2015年06月12日

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ホンマに泣きっぱなし。竹藪で姫を探す翁さながら。新聞広告や警察に捜索届まで出しちゃう。冷やかしもあるが、殆どは優しい。
ノラのことを考えると可哀想で堪らない百閒先生が可哀想で(可愛くて)堪らない。同じ表現を繰り返すのは、読み返すのが堪らないからなのか。それがまた堪らない。クルに当たるけど、結局クルやクルやとも言う。堪らない。

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2015年03月24日

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読み終わってすぐ、
飼い猫の顔を見に行った。

今も昔も、女も男も、
年齢も関係なく、猫を飼っていると
可愛く見える姿、仕草は同じ。
猫可愛いな。おじいちゃん可愛いな。という本。
そして、猫を飼ったことがあれば、
涙は止められない本。

たんたんと同じことを繰り返す。
飽きそうになると、すぐ変化が付く。
素晴らし文章。

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2013年12月27日

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百閒先生が愛おしくてたまらなくなる。ほんとうに感じる力の強い人なのだろうな。猫と暮らしたことのある人は必読。

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2017年04月09日

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内田百閒先生の猫溺愛ぶりが父と重なって仕方がない。しかし、父は死後の猫に対しては案外冷静なのに対して、先生の未練には驚いた。風呂には入りましょう。

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2024年04月09日

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いつも散々変なこと言って変なじいさんだと思って面白がっていたが、家族の一員を立て続けにな(失・亡)くして泣いてばかりいるじいさんを文を通して時代をこえても、哀しくて仕方がない。
でも風呂には入って。
平山君の解説を読んでも当時の周りのサポートも推して測るものがある。
また、百閒を心配して手紙を寄せる人達の温かさというものも感じた。ノラも百閒もクルツも、みんなから愛されていたんだと思う。

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2023年04月08日

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多分1956年あたりが初出かと。
内田百閒先生ですから、エッセイというか、文章というか、雑文というか。

ノラという猫を飼っていた内田百閒先生。
もう老齢です。
ノラが迷子になってしまって狂乱して探す百閒先生。
見つからずに泣きくれる百閒先生。

そのうちに迷いネコをなし崩しで飼い始める百閒先生(と奥さん)。
クルツというその猫を飼いながら、ノラを思って泣いたりする百閒先生。
だがそのクルツも病に倒れ、また泣き崩れる百閒先生。

今から65年くらい前の東京、今と比べると猫や犬の死は多かったことでしょうが。

なんとも取り留めもない中に、そこはかとなく格調と人間性が諧謔の風味の中に匂い立つ、唯一無二の百閒先生。
代表作と言って良い一冊を、ご縁が無くて読んでいませんでした。
猫好きな方は是非。いや、泣いちゃうから忌避されるか…。

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2022年07月25日

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ネタバレ

・動物が苦手な人も、ひょんな事から飼い始め、自分の手からご飯を食べる姿や成長する姿を見ると、可愛いと思えてくるのがおそらく一般で、母性なんだなぁと思う。

・可愛い子が他所で叱られないように、皆んなから可愛がられる様に躾ける父性もとても大事。

・虐待のニュースとか観ると、ふと思い出す『ノラや』。

・最後までノラが帰ってくると信じて読み進めていたけど、ついに帰ってこず、読み終わってからも気掛かりで仕方ない。

・クルがノラなのか。。とかも思ったけど、クルはクルで可愛いし、ノラの代わりはいないし、クルの代わりもいない。

・兎に角切ない。

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2021年03月09日

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「うちの可愛すぎる猫が行方不明で俺がどうにかなってしまいそうな件」

猫を飼った事がある人、又その猫が行方不明になった事がある人、またその猫を看取った事がある人は到底他人事としては読めない一冊でした…電車内で読んで居て、変な声出しそうになりました。以上。

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2019年03月27日

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内田百閒が野良猫を飼った時の話。
猫がかわいくてたまらない様子が伝わってきて、猫好きには是非読んでほしい一冊。
飼っていた猫が急にいなくなってしまい、筆者が毎日泣くほど辛い気持ちになるのが猫を飼っているとわかる。
とっても読みやすいし、情けない筆者に共感する。

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2017年12月03日

Posted by ブクログ

内田百間の飼い猫ノラとクルの話。
野良猫のノラが居なくなって、毎日泣き暮れ何年経っても悲しみつづける狂おしい様が、最初は呆れながら読んでいたものの、そのうち哀れで可笑しくなってくる。ああ、猫ってそうだよね、分かる分かる...と、いつしか百間と気持ちが同期してしまった。

ノラが居なくなって、暫くしてから住み始めた野良猫のクルも当初はノラと比較され容赦なくノラより劣るとされていたのに、5年も飼えば情が深くなり、病死してからの百間の嘆きようは凄まじく、やはり少し愛らしさと可笑しさがこみあげてくる。

なんとも、いい本です。

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2017年03月16日

Posted by ブクログ

迷い込んできたノラが、百閒先生の家に住み着き、やがて失踪する。
その後に、ノラによく似た猫、クルツが内田家に住み着き、数年後に、寿命がくる。
これだけの顛末を描いた文章なのに、面白い。
昭和三十年代の東京、麹町あたりの町の雰囲気もよくわかる。
近所の人が、入院した百閒先生の奥さんの代わりに、入れ代わり立ち代わり、世話にやってくる。
庭の木賊や、花が咲く木々、雨の様子が、今の東京では考えられないほど、瑞々しい。

ノラを探す百閒先生の届いた手紙に、阿房宮列車ではあんなに偏屈な百閒先生が、猫のことになると、こんなに情に厚いなんて、といった趣旨のものがあったが、まさに同感。
最初、百閒先生が泣いているという記述を、レトリック上のことだと思っていたのだけれど、本当に、時にはわんわん泣いていたと分かった。
老境に差し掛かり、涙もろくなっていたのかな。
ねこは飼ったことはないけれど、心配でしかたない、他の猫では代わりにならない、という気持ちはわかる。
結構、かわいいお爺ちゃん、なのかも?

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2016年05月31日

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猫好きなら一度は読むべき!と言われる本書。
百閒先生の家に住みつき可愛がられていた野良猫のノラ。
ある日突然戻ってこなくなり 四方八方 手をつくしてノラを探すもいっこうに見つからず 百閒先生は嘆き悲しみ 涙にくれる日々… 先生の「ノラや!ノラや!」の声が聞こえてきそうです。

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2015年06月02日

Posted by ブクログ

行方をくらました飼い(半ノラ?)猫を想って、オジサンがひたすらめそめそする本。

ノラが可愛くて可愛くてしかたなくて、本当に愛していたんだなぁ、という思いがひしひしと伝わってくる本。猫好きは百閒先生と一緒にしんみりしちゃうこと間違いない。
寺田寅彦の『どんぐり』といい、この本といい、近代文学は真摯にグッとくるのがいい。

表紙の猫が「トラ柄ブチ」でないのがひたすらガッカリ。

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2015年05月18日

Posted by ブクログ

百閒はふとした縁から野良猫「ノラ」を世話をするようになる。老夫婦を癒し、心の拠りどころにもなっていたノラは、ある日突然姿を見せなくなる。ノラを懸命に探し数年が経った頃、軒先に迷い猫「クルツ」が現れる。

「ノラやお前はどこへ行ってしまったのか」
突然姿が見えなくなったノラを案じ、迷い猫探しの広告を作成し、日々の空虚を日記にしたため、外国人が保護しているかもと想像力を膨らませ英字版の広告も用意し…と猫探しに奮闘する日々。「似た猫がいる」という連絡があれば確認に赴き、一喜一憂します。愛猫が帰らない毎日に涙する様子に胸がきゅっとなる…。
猫が見つからないという事実を前に、ここまで悲哀の想いが吹き出し、言葉が生まれ、1つの作品が仕上がることに驚きます。
悲劇は喜劇とはいうものの、私はこの作品に“愉快さ”を感じられませんでした。けれど、「ノラや、ノラや…」と懸命に愛猫を捜索する百閒の必死さから人の温かさと優しさと愛しさに触れ、溢れんばかりの猫愛が伝わってきます。
とことん切ないけれど、動物を心から慈しむ姿に触れ温かい気持ちにさせてくれる1冊でした。

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2015年03月24日

Posted by ブクログ

当時はこんな言葉は無かっただろうけど、完全なペットロス。辛かっただろうな。
居なくなったノラに比べて、手を尽くして見送ったクルへの文章がさっぱりしているのが印象的だった。
居なくなっても心に生きているのだから、という文が染みた。百けん先生と並んで正座をして眠っているクルちゃんを見つめているような気になった。

しかし、自分は猫好きではないと先生は頻りにおっしゃるが、立派な猫バカだと思います。

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2018年03月21日

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2015/12/09
猫を飼ったことはないけれど、小鳥を何羽か飼ってたのでこの気持ちはよーくわかる。(それにしても泣きすぎだけれども 笑)
そして、どんなに小さな命でも、それを大切に思う人の心の中で、ずっとずっと生き続ける。

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2015年12月09日

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「臆病な自尊心と尊大な羞恥心から変わっちゃう話で」「それはトラや」「ネットによく転がっている」「それはコラや」「アンクル・トムの」「それは小屋や」「大げさな嘘のことを」「それは法螺や」「講談社の創業者の話かな?」「それは野間や」「大洪水にまつわる方舟の話で」「それはノアな」「ウッス」「プロレス風に返さなくていいから」「ちなみに名前はイプセンの小説かららしいね」「ノーラだね」「ラピュタに出てくる空中海賊の」「ドーラだね」「大草原の小さな家の」「ローラだね」「傷だらけの」「それは西城」「「ヒデキ、感激!!」」

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2015年06月03日

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