内田百間のレビュー一覧
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すごく面白くて、読み終わるのが惜しいほどだった。百閒先生のお好きなもの、タバコ、酒(いやここは「お酒」と書くべきか)、肉、魚。
食通気取りな目線とは完全に違って、「好きだから、好き」な食べ物のことが美しい文章でつらつらと綴られている。電車賃にも事欠くくらい金欠の状態で、通りがかりの洋食屋のカレーを我慢しきれず食べて、それが美味しいんだかまずいんだかわからないとか、読んでいてくすりとさせられるお話が満載だ。
歴史的仮名遣いの美しさにも耽けることができる。決して読みにくくはなく、むしろすんなりと入ってくるのは文章の美しさ故だろうか。
ところで、おからの酢の物はちょっと試してみたい。どんな味がするんだろう? -
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ネタバレ内田百間のエッセイ.
訪問した家で夕方になり,ビールとつまみを出そうとする夫婦と,そうはさせじとする百間先生との攻防,その気持ちわかるわあ.タバコに火をつける云々の話も,根っこは同じだな.
他にも,親友宮城道雄にシャンパンを飲ませすぎたら,酔いつぶれてゲロを吐いてしまった話,客をいちいち家に上げていると執筆が進まないので,玄関に人に会いたくない旨貼り紙をしてみたものの,相手の顔を見ると調子が狂ってきて,むしろ自分が“構うことはない”と力説する羽目になる話,など,抱腹絶倒である.
一番気に入ったのは,次の一節である.「一番つまらない物は,正月のお煮しめだと思ってゐたが,・・・・」 -
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百閒先生は明治二十二年に岡山市旭川の川東にある古京町に生まれたらしい。生家は岡山烏城の川向こう、後楽園と同じ町内にある志保屋という造り酒屋らしい。一人っ子で我が儘し放題のお祖母さん子であったようです。しかし旧制岡山県立中学校(後の県立第一岡山中学校、現・県立岡山朝日高校)在学当時に父が死に、実家の造り酒屋が没落するに及んで、それからは生涯金銭的には恵まれなかったようである。高額の月給取りであったようだが、友人や高利貸しから金を借りまくり、酒屋にはツケが相当あったようだ。別号で「百鬼園」を名乗っているが、これは「借金」の語呂合わせとする説もあるほどである。しかし、百閒先生は借金をしてもけっして卑屈になることはなく、むしろ尊大な態度を崩すことはなかったらしい。エピソードとして、(大正時代のことだが)一〇円の金を借りるのに、電車は二等(グリーン車)に乗って行き、駅から人力車で乗りつけた。一〇円借りるのに、一〇円のタクシー代や電車賃を使うというようなことを平気でやったようである。
さて本書であるが、本書は所謂グルメ本にあらず、食に対する百閒先生のこだわりというより、食をとおして百閒先生の生き方、こだわり、つまるところ美意識がそこに在る。
冒頭引用した文を読んでみていただければ分かるとおり、百閒先生は美食を求めず、めずらしいものを求めず、まして食通であることなど眼中にないのである。なぜなら、美食家あるいは食通に共通する性行であるところの新しい料理や稀少な食材を求め続けるところがない。そんなものよりむしろ自分のスタイルを大切にする。その辺りがなんともカッコイイおじさんである。
酒を愛し、麦酒を愛した男。常人の理解を超えた偏屈ゆえ常識人から批判もされるが、同時に一種独特の論理と諧謔で世間から愛された男。あるいは私も百閒先生の魅力に囚われてしまったのかもしれない。 -
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大正から昭和初期辺りのおいしいものについて書いてある。
夜中に料理番組を見てしまったときのように、急にお腹が空いてきてしまいます。
豆腐屋で安く買ったおからを箸で固めて、それにレモン汁をかけて食べるというのがやってみたいです。
この本の最後の話に鹿児島名物の軽羹(かるかん)饅頭というのが出てきて、
御馳走として書かれているんだからおいしいんだろうけど、何だか猫のエサのような名前で
あんまり食べてみたくはないな~と思っていたのですが、実際食べてみたら、白くてしっとり、でもふわっとした、たいへんおいしいお饅頭でした。また食べたい。さすが百閒先生。 -
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百鬼園せんせいの随筆は、扱われているものが何であれ、とにかくあの筆致を楽しみ、ウフフ、とかニヤニャしたりするもの。「御馳走」でも「グルメ」もでなく。でも、シュークリームの段などは、いいですね。お肉を食べてはいけません、菜食になさい、と忠告を受けた百鬼園が、「牛は草ばかり食べて大きくなるのだから、牛を食べても草を食べてるのとおんなじだ」と言った、というエピソードは、どの本に出てくるんだったっけ?それだけでも笑えますけどね。百鬼園せんせい、大好きです。「百?」と、この変換ソフトではちゃんと出るけど、普く表示されるのかな。心配だから、別の号をとって「百鬼園」と書いておくことにします。
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お金がなくなって、師匠である夏目漱石の旅行先にまでお金の無心に行った内田百?さん。
持っているのは片道の電車賃だけ。
怒られるのではとビクビクしながらも、相部屋に泊まらせてもらったうえに
ビールも飲んで、そのまま寝ちゃったり。
とにかく空気読まない天才。
そんな、空気読まない百鬼園先生の暮らしっぷりが詰まった1冊。
レイモンド・ブリッグズの『さむがりやのサンタ』などのシリーズで、
サンタのおじいの、ふつうなのにやけにまぶしい生活ぶりと、輝きが似ています。
好きなお茶、好きなごはん、好きな酒…。私もおばあになったらあんなまぶしく生活できるのだろうか。
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内田百閒の「食」に関する随筆集。最初に刊行されたのは1946年ということで、戦後すぐの混乱期。戦中や戦後すぐの食事事情を綴ったものもあれば、戦前のもの、幼少期を懐かしむものなど百鬼園先生らしく、時系列もテーマも書き振りも縦横無尽に描かれています。本書はその後何度か再刊され、追記もなされた版ということで400ページ程の大ボリュームになっており大変満足致しました。戦中・終戦直後の世情というのは本書のテーマである「食」についても非常に厳しいものもあったのだろうと思いますが、百鬼園先生の筆にはそのような様子はあまり見受けられず、日々の食事やお酒、そしてそれを介した人との関係を自然に楽しみつつ、ただ書き振り的にはそんなに楽しそうだったりご機嫌だったりする感じもしない淡々とした様子がいつもの魅力です。
個人的にはやはりなんといっても回りくどいまどろっこしい文体が大好きです。本作のお気に入りは『喰意地』の
「いつぞや本社の人から缶詰を数種貰ったところが、缶詰と云ってもそれは私がさう思っただけの事で、この頃の事であるから容れ物は大概罎であった。それでは罎詰を貰ったのかと云ふに、私の気持ちは素直でないから、缶詰が罎に入れてあると考へて中身を賞味した。実は果物などは輸送上の事は別として、金気の缶に入れるよりも罎に入れた方がいいかも知れないと思ひながら、桃の缶詰の罎詰はうまかったと云ふ風に廻りくどく考へた。」
という件。こんなの真似しようものならただのうざったらしい文章にしかならないのでやっぱりすごいなぁと思うのです。 -
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多分1956年あたりが初出かと。
内田百閒先生ですから、エッセイというか、文章というか、雑文というか。
ノラという猫を飼っていた内田百閒先生。
もう老齢です。
ノラが迷子になってしまって狂乱して探す百閒先生。
見つからずに泣きくれる百閒先生。
そのうちに迷いネコをなし崩しで飼い始める百閒先生(と奥さん)。
クルツというその猫を飼いながら、ノラを思って泣いたりする百閒先生。
だがそのクルツも病に倒れ、また泣き崩れる百閒先生。
今から65年くらい前の東京、今と比べると猫や犬の死は多かったことでしょうが。
なんとも取り留めもない中に、そこはかとなく格調と人間性が諧謔の風味の中に匂い立つ、唯一無二の百閒先生。
代表作と言って良い一冊を、ご縁が無くて読んでいませんでした。
猫好きな方は是非。いや、泣いちゃうから忌避されるか…。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ・動物が苦手な人も、ひょんな事から飼い始め、自分の手からご飯を食べる姿や成長する姿を見ると、可愛いと思えてくるのがおそらく一般で、母性なんだなぁと思う。
・可愛い子が他所で叱られないように、皆んなから可愛がられる様に躾ける父性もとても大事。
・虐待のニュースとか観ると、ふと思い出す『ノラや』。
・最後までノラが帰ってくると信じて読み進めていたけど、ついに帰ってこず、読み終わってからも気掛かりで仕方ない。
・クルがノラなのか。。とかも思ったけど、クルはクルで可愛いし、ノラの代わりはいないし、クルの代わりもいない。
・兎に角切ない。