宇野維正のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
コロナ禍の影響で(ただし本書を読めば加速装置ではあれど起爆装置ではないと分かる)凄まじい勢いで変容が進んだ映画産業。2020年以降の16作品をガイドに何が起きているかを紐解いていく一冊。作家のキャリアという縦軸と同時代の作品との比較という横軸を通して映画の中身以上に外側の産業的側面が浮かび上がってくるのが面白い。もちろん「ポリコレ」とだけ言って分析した気になっている凡庸な論調とは一線を画している。逆に言えば映画は好きでもそういった外側の話題に馴染みのない人が読むと面食らうかも。自分は今でも毎週末映画館(生活圏内にある某シネコン)に通っているが、やっぱりIMAXフォーマットみたいな映像体験として金が取れる作品が増えていくのかなと思う一方で本書を締めくくる1本が『TAR/ター』というのにほんの少しだけ夢を見たくもなる。各作品の批評内容に首肯したり、個人的に2021年ベスト級に好きだった『ラストナイト・イン・ソーホー』にはなるほどそういう構造上の難点もあるのか、といった新たな見方を知れるのも面白かった。あとフェーズ4を観るのに要する時間を可視化されると半脱落組の自分がMCUを再度追うのはもう無理に思えるw
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Posted by ブクログ
#2010s 90年代後半から、「buzz」、00年代は「snoozer(どちらかというとタナソウより、加藤亮太くんが好きだったんだけど)」に心酔してた人間としては、まさに自分のためのギフトかと勝手に思ってしまうほど、ど真ん中。タナソウの社会状況のアナロジーの紐解きや、新書の著者らしい宇野さんの業界解説とサウスやガソリン車への溢れるエモーション。個人的にはまさに2人の影響から2016年以降トラップやGoT、MCUにどっぷりハマってたので、大項目的には過去の言及を反芻するものではあったけど、それでもこれだけのボリューム、トピックがこの判型、装丁でまとまってるのは大満足。
それにしても、二人称でブルーなトーンで書かれたタナソウの後書き。まさに「すべてのこんがらがったベッドルームのために」じゃないですか。しばらく本書の余韻から2010sを追体験する活動が続く予感。。 -
Posted by ブクログ
本気で語れる彼らの関係が羨ましい。親友とはこういう関係ではないか。
田中宗一郎はエリート主義とポピュリズムの間を揺れ動くのが魅力的なのだが、あとがきで赤裸々に記しているとおり、それを解決できないとして結局自分語りに似たリベラル的アジテーションに逃げることが多いのは残念(その強引さがが良いのだが)。宇野維正はこれも対談のラストにある通りアメリカという筋を通して、それに流されず、矛盾を見逃さない。ポリコレについての両者の立場の違いでそれが顕著だが、ここは田中宗一郎が自身が嫌悪しているポピュリズムに堕ちていると思う。まあエリート主義のポピュリズムだからある意味筋が通っているともいえるか。また、新自由主義的に一見では見える宇野維正の方が人間としての温かさを感じさせるのが不思議。
全編を通して知らなかったことをわかりやすく整理して、またその整理の仕方も立場で違いがあることをも示してくれるので、とても参考になる良い本だった。続編はないだろうが、この2人の対談は定期的に読みたい。 -
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賛否両論、炎上上等!な語り口の上手さは流石「ロッキングオン」社出身、煽るのが上手い、と感心。
売名と言われようと、ネットで騒がれれば宣伝になるもんね。aikoと浜崎あゆみには少ししか触れてないのに、4人のファンが買わざるを得ないような書き方は上手いけどズルい。編集者が辣腕なのかも。
アイドル花の82年組の方が思い入れあるので、そちらの方やモーニング娘。についても読みたい。今の音楽シーンを語るのにAKBやエグザイルやジャニタレは無視って、それだけでカッコいいかも(笑)。
宇多田ヒカルについて語るなら母の藤圭子について(自死には触れてあるが)もっと語って欲しかったが、ばっさり切ってるのは聴き込んでないから?
今年(平成28年)の宇多田ヒカルのカムバックを煽りまくって終わるのは変だが、2020年の東京五輪セレモニーがAKBやエグザイルやジャニタレで埋め尽くされるのに椎名林檎が危惧しているってそれだけで慧眼。あ、リオ五輪やパラリンピックで椎名さんが出て来たのはそういう…。
日本には提灯持ちの「音楽ライター」とそうでない「音楽ジャーナリズム」が2種類いるってはっきり書いてあり、渋谷陽一は(評論家のようでいて)「誘導尋問的インタビュー」「今やRO社は雑誌よりフェス運営がメイン業務(収入源)」、「渋谷系は過大評価」と、大雑把に言ってこの3つを明記しただけで定価以上の100億点の価値がある。ロッキングオン社辞めた人はこの人に限らずこれまで言えなかったこと言うねえ。楽しめた一冊でした。 -
Posted by ブクログ
1998年は日本の音楽市場最高のCDセールスを記録した年。そして、宇多田ヒカル・椎名林檎・aiko・浜崎あゆみがデビューした年でもある。そう、1998年は我が国の大衆音楽業界にとってはメルクマールな年であったんだ!と、この本で知る。
この2つの金字塔的トピックについて、著者は該博な知識と分析力をもって、熱く深く斬り込む。その切っ先には躊躇いがなく、次から次へと納得の波が押し寄せてくる。そうそう名言にも出会った。
「原稿を書く際、絶対に使わないと心した言葉に『独自の』と『世界観』がある。何が『独自』なのかを書くのが仕事。『世界観』は何かを言っているようで何も言っていない言葉の筆頭である」。確かに『独自の世界観』となんて、目も当てられない最悪の言葉である。
歴史は年号という点だけで押さえても、何も見えてこない。「通史」という視点で俯瞰する。続いて、ひとつの出来事にフォーカス。鳥の眼と虫の眼の合わせ技をもって、事象の成り立ちを考察する。そこには必ず何らかの兆しがあり、背景が存在し、必然が浮かび上がる。
1998年は「CDがネットに浸食され始め」、「アイドルの使命である「予定調和」を認めない歌手がアーティストという“なんでもあり”の広義なカテゴリーに包含された」分水嶺な年でもあったとも読めた。4人のアーティストがなぜ今もなお特別な存在であり続けているのか?を革新・逆襲・天才・孤独をキーワードに読み解く分析は読み応えあり。彼女たちの楽曲が、流行歌であった女性には、自身の“その当時”に照らしながら読めます。保証します!