ルソーのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ルソーの不朽の教育論。
当時の社会にあって、子供をより人為的な影響から避け、子供に自ずから備わる自主性だけに頼って、子供が理解しうる概念を用いて教育するにはどうすべきかを論じたもの。
社会の環境は短期間で変わり、親の価値観は子供にとって正しいものとは限らない。ルソーが、人為を教育から出来るだけ排そうとする理由の一つとしてとして挙げるこの状況は、今日にもよく当てはまる。
また、子供が概念を理解することなく記憶だけを増やして行くことの無為さは、われわれもよく知るところである。
ただし、彼もいうように、ここで書かれているような教育、およそ今日までたくさんの人々が理想と感じ、それによって古典となったこの教育論を、現実に行うことは難しい。
だからこそ、ここに書かれている教育の至上の理想を尊重しながら現実の教育を行うのがよろしい。いわばこの本は、全ての人に向けて書かれた、教育の羅針盤といえよう。 -
Posted by ブクログ
ルソーの意識は、マルクスと同様、今ここの社会の悲惨な現状がいかにして興ったのかを知ることにある。
そのために、社会への成り立ちを、自然状態から説明する。
ルソーは、現代が自己の外=他律的にしか自己の価値が定まらないという、吉本隆明が言うところの〈関係の絶対性〉を問題視するために、
社会状態に移行する前の自然状態では、
誰ともかかわりをもたない「孤独な生活者」として人間を描く。
人に備わっているものは、次の3つ。
自己改善能力、自由意志、憐みの情。
だが、社会性のある生活ではないので、最後の項はほぼ潜伏している状態でしかない。
そこから社会への移行は、天変地異が起らなければありえない、という事態になる。
人類学的な知が進歩しはじめた18世紀ならではの、記述は面白いが、
やはりそれでもロマンチックといわねばならない。
ただ、こういった物事の想定は、寸部たがわず事実である必要はないので、
こういったやり方しかできないことも確認しておくべきである。
人とかかわりだした社会状態こそ、戦争や悪徳などの悲惨さを生んだ原因であると、ルソーは設定する。
裏を返していうと、彼は人間の源型自身を救おうとしているのだ。
さて、この論文は、主な目的は自然状態を描くことにあったから、
〈社会契約〉の具体的記述は『社会契約論』を待たねばならないし、
また関係の絶対性に関しての処方箋も出されていない。
ただ分かるのは、自然状態に戻ればいいというのではないということ、
大きな現代の悲惨さの隅に、一部、哲学や理性が残っていると言っていることから、
この哲学や理性が如何にして、他律中心の社会から自律をちょうどいい場所まで回復させるのか、といったことが私たちに投げ返されているということだ。 -
Posted by ブクログ
書かれていることは比較的抽象的な国家論であって、当時の情勢を直接記している訳でない。それでも、読んでるだけで当時の市民社会の熱気が伝わってくる。市民階級が力を蓄えて、封建体制が揺らいでいた時代、市民の積極的な社会参画への希望、といったものがよくわかる。「ベルばら」で描かれていたのはこういうことだったのか。きっと、ここでルソーがもっとも重要視している一般意思というのも、そういった市民の主体的な意思を思いっきり取り込んだものなんだろう。
ただ、国家や社会制度の行く末を決める一般意思が、どのようにしたらうまく成立し機能するのか、そこのところは疑問が残る。国家としての一つの意思として国益を優先できる意思が、個人意思からどう生まれるのか。個人意思は個々人の意思を優先しがちであるし、それの単純合計は一般意思ではないことはルソー自身も述べている。だから、一般意思が成立するような体制や仕組みが必要になると思うのだけど、それは簡単にはいかないと思うし、今でも実現していない。2世紀以上もつづく大事な課題ということなんだろう。 -
Posted by ブクログ
4年前、右も左も上も下もわからないで入学した教員養成系大学での初めての講義で、初めて読まされた本。当時は「消極教育」「不徳と誤謬から守るための教育云々」くらいしか理解できなかったが、卒業してしばらくして読み返してみると「お~」「なるほど~」と自分の成長が実感できた。…ような。…気がする。
更に4年後に読んでみたら、また違った観点、尺度で読めるんじゃないかと思う。上巻だけでかなりのウエイトがあるので、元気があれば中も下もいきたい。
自分に子どもができたらまた読めるかなとも。いつのことやら。
我が家の掘り出し物。掘り出し物なので今更レビュー。
とにかく教育原理のマスターピースってことで。(2010/06/09)