中川李枝子のレビュー一覧
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表紙からも分かるとおり、服を着た動物たちが自然豊かな地で人間のように暮らす物語に、当初はシルバニアファミリーを連想させたが、内容は決して楽しさだけでは無い現実世界の厳しさも感じられて、共に生きていく事の大切さを教えてくれた児童文学作品(1929~1932年)です。
灰色うさぎの「グレイ・ラビット」は、森の外れの小さな家に、野ウサギの「ヘア」と、リスの「スキレル」と一緒に暮らしているが、家事はグレイ・ラビットに任せきりで、他の二人はほぼ何もせずにダラダラしているだけ。
それでも、元来動くことが好きなグレイ・ラビットは気にせずに仕事を続ける中、我が儘だけはよく出てくる二人の頼みに応じる内に、とある知識を得るため、物知りの「カシコイ・フクロウ」を尋ねた際には、それと引き換えに自分のしっぽを差し出さざるを得なかったシビアな場面もあり、思わずそこで読むのをやめたくなったのだが、本来子どもが読むお伽話には、こうした場面も付きものであることを思い出し、どうも大人になると文字にされていない様々な点に気が取られるらしく、これには何か意図するものがあるのだろうと、気を取り直して読み続けることに。
その後、涙に暮れながらも、ヘアやスキレルの為になることを喜んだグレイ・ラビットが家に帰ってみると、いつもいるはずの二人の姿は無くガランとした有様で、どうやらここ最近動物たちの間で噂になっていたイタチの仕業らしく、二人はさらわれてしまったようだ。
これを見てバチが当たったんだよと、我ながら嫌なことを思う中、なんとグレイ・ラビットは残された足跡を辿って二人を助けに行くのだという。普通に戦っても明らかに勝ち目は無さそうなのに、どうして・・と思った自分が恥ずかしくなるくらい、そこからの展開は胸躍るような、グレイ・ラビットの大胆ながらも知的な勇ましさでイタチに一人で立ち向かう姿に目が釘付けとなり、こう言ってはなんだが、とても爽快な気分だった。
そして、助けられたヘアとスキレルは、グレイ・ラビットにこれまでの彼女への接し方をお詫びし、心を改めて、また共に暮らすという内容で、こうした展開には、どんな相手に対しても真摯に接する事で相手の心を開かせる事もあるということを感じられたが、正直なところ、私には出来ないかもなんて思ってしまった。
しかし、この物語のよくあるお伽話と異なるところは、グレイ・ラビットが聖人君子のような完璧さで無いところにあり、自分たちの食料を得るために、時には人間の畑から作物を盗ったりするときには、自分に都合のいいように納得させていたりと、作者の「アリソン・アトリー」の中では、あくまでも人間に擬えて表現している点に、要は自分らしくあればいいってことかなと都合の良い解釈をしてしまえるところに、本書の親しみやすさがあるのだと感じられました。
ちなみに、これまで紹介してきたお話は、本書に収録された4話の内の最初の話で(要するに、最初の話で既に気持ちを持っていかれたということ)、この後はグレイ・ラビットが如何にして自分のしっぽを取り戻すかの話に、臆病者のヘアの大冒険の話に、最後はいつもグレイ・ラビットの家に牛乳を配達してくれる、ハリネズミの息子、ファジー坊やの話と、その何れの物語に於いても、グレイ・ラビットとその仲間たちの温かいやり取りに、キツネやラットといった、ちょっと怖い動物たちとの関わりも含めた、児童文学として様々な個性の人達とどのように生きていくかを表している中でも、一際注目を惹くのは、自然と密接に結びついた、その生活風景であり、グレイ・ラビットが森の中へ入っていきニレの木の枝から固くて小さい紫色の芽を採ったり、トチの木のねばねばした冬芽を欲しそうに見上げたり、プリムローズを摘んだりとしている時の嬉しそうな顔を見ていると、かつて作者が幼い頃に学校に行く時に通り抜けた、森の中に息づく自然の中の思い出に、大人になって癒やされた事がきっかけで本書を書き上げたくなった、その気持ちが私には分かるような気がして、そこにあったのは、大人の世界で苦しむ自分自身を子どもの頃の思い出が救ってくれたという、児童文学が大人にとっても大切なものであることをアリソンが知っていたからこそ、こうして伝えようとしてくれたのかななんて思うと、それこそ共に生きる事の大切さを教えてくれているようで、とても嬉しい気持ちにさせられました。
また本書は石井桃子さんと中川李枝子さんの共訳といった、私にとっては(児童文学にとっても)まさに夢のコラボであり、石井さんのあとがきにあった『一つの言葉も二人で確かめあい』や、『音楽でいえば合唱しているような感じ』に、本書にかける思いが窺えたようで印象的でした。
更に本書の絵は版権の都合により、「フェイス・ジェイクス」が担当したとの事で(これはこれで味わい深くて良いが)、後に発売された愛蔵版絵本での本来の挿絵担当だった、「マーガレット・テンペスト」の絵も是非見てみたい。
そして、肝心の「グレイ・ラビット」シリーズ自体は、この後も長く続いているそうなので、また、ふと読みたくなった時に気軽に読もうと思う。 -
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小さな動物たちのくらしをのぞいてみよう。
働きもののグレイラビットは、森のはずれの小さい家に、野ウサギのスキレルやリスのヘアとすんでいます。
小川からやかんいっぱいに水をくんだり、ヒナギクの花でお茶を作ったり、木の実やスイカズラのジャムを食べたりしておだやかにくらしています。
でも、ある日、グレイラビットがにんじんのタネを手に入れるため、町へ出かけている間に、スキレルとヘアがイタチにさらわれて……。
美しい自然の中で暮らす小さな動物たちの様子はとても楽しい。でもきけんもいっぱいでハラハラ!
物知りのフクロウや、器用なもぐら、年寄りのヒキガエル、牛乳屋のハリネズミたちもかつやくしますよ!
「ヘアは ひるめし
スキレル おやつ
ドングリ・ソースで
おいらの ごちそう」
がらがら声でうたいながら、イタチが、
家にはいってきました。 -
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「ぐりとぐら」の著者である中川李枝子さんの著者。
幼少期から深く本に関わり、保育士でもあった中川さんの視点から、保育において何が大切なのか、そしていかに「こどもがお母さんを好きか」を温かい眼差しで語られています。
我が子の、ちょっと困ったところや、心配な事も、中川さんの視点を借りれば「それってとっても素敵!面白いじゃない。」と思えるから不思議。
子どもが好きな絵本には、理由がある。
我が家の子どもは、中川李枝子さんの絵本はどれも好きでよく読みますが、やっぱり「子ども心の栄養になること」をきちんと考えて描かれているのが、この書籍を読んでよく分かりました。
この頃は、「売れればいい」と親に媚を売り、子どもを置いてきぼりな絵本も散見されますが、「良い、絵本とは」について、私自身改めて考えるきっかけにもなった書籍でした。 -
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ネタバレ【「にくまれっ子」ぐらいがちょうどいい】
お友だち同士は「対等」で付き合える貴重な関係です、きょうだいには年上年下の関係があります。友だちは力加減、手加減しなくてもいい相手。真正面から本気と本音で付き合えます。
【子どもの喜びに敏感でいて】
子どもはうれしいことは必ずお母さんに報告します。お母さんが一緒に喜んでくれたら、もっとうれしい。子どもはいいことがあったらお母さんに教えようと、ますます張り切るのです。そして喜びに敏感なお母さんは、悲しみにも敏感でした。
【『いやいやえん』は私の保育理論】
『いやいやえん』は、まさに目の前にいる、かわいいけれど手ごわい子どもに贈ったお話です。
楽しめればいい、それでいい。本当に楽しめる本は、子どもの成長の糧になります。保育者の仕事は、子どもをいかに上手に遊ばせるか。ゆえに『いやいやえん』は、私の保育理論です。