レイ・カーツワイルのレビュー一覧
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ネタバレ本書はテクノロジーの進化により到来する未来を予測している。
生物の進化も科学技術の進展も、線形的ではなく指数関数的であり、加速していくものである。
現在のテクノロジーは、人間の生物学的脳の能力を超えるコンピュータを生み出す段階に達しており、数十年内には全人類の脳の能力を1台の安価なコンピュータが凌駕する時代がくる。
脳の計算能力は既にコンピュータに敵わず、脳の持つ超並列処理能力(一度に100兆の情報を同時に処理できる能力)については現在のコンピュータでは再現できていないものの、今後も到達できない理由はなく、テクノロジーが進歩すれば近いうちに到達可能であることを著者は確信している。
こうしたテクノロジーの進化によって、生物学的脳+非生物脳によって人間の知能を圧倒的に向上させる可能性や、血球程度の大きさのナノボットを血管内に入れることによる知能の大幅な向上、栄養吸収の最適化(どれだけ食べても太らない)、排泄の自動化(排便行為を要しない)、身体の自由な変形、神経の中枢を刺激することによるVRの実現 などがもたらされることを予測する。
本書の原版は2000年代に書かれたものであり、私が読んだ時点(2019年)から見ると、現実が著者の予測よりやや遅れている観は否めないが、それでも予測の内容そのものの実現性に疑問符がつくものではなく、強いinspirationを受けることばかりだった。
最後に、最も考えさせられた項目として、テクノロジーによってもたらされる脳の完全なコピーやバックアップ(非生物的な素材による)に伴って問題が顕在化する「意識」と「アイデンティティ」に関する考察がある。「わたし」は数ヶ月で物質的に完全に入れ替わるが、それにも拘わらず数ヶ月前の自分と今の自分は連続性をもった同じ「わたし」であると考えている。つまり、「わたし」とは物質的同一性ではなくパターンの同一性と連続性なのである。川に例えると、「わたし」とは入れ替わり続ける水分子ではなく、それが生み出す流れの模様やパターンそのもののことである。であればコピー可能で、コピーすれば複数の「わたし」存在することになるが、それらすべてを「わたし」として受け入れるかという問題が生じる。新しいコピーができたから古い今の身体と脳は壊してしまおうと思えるかということだが、これはできないだろう。ここにアイデンティティの問題内包するジレンマがあり、本書ではそのジレンマにたいする解を出してはいない。(ただし、本書のヒントを基にすると、パターンの連続性こそが「わたし」を「わたし」たらしめる本質であると理解すれば良いことに気づく。同時多発せず、漸次的に変質していく場合は「わたし」が維持されているという主観的認識を保てるのではないか と考える。)
また、非生物的な知能は確実に「意識」を主張し出すので、それは受け入れるべきとの主張をとる。
結局のところ、自分以外の人間の意識ですらその存在を検証することはできず、存在するだろうと想像するしかないものであるから、非生物的知能であっても、表れる現象が意識を持つように見えるなら、それを尊重すべきとの見解だ。
未来予測の視野を広げてくれた点、自分とは何かとい哲学的な問いを突きつけてくれた点で、自分の中で貴重な読書体験となった。 -
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人工知能とかAIとか,そういう言葉自体は知っていた。個人的な出会いはドラクエ4だったかもしれない。大学でもちょこっとだけかじったこともあった。でも,それ以来遠ざかっていた。そして今年。会社の筋などからも話題になっているようであり,久々に強く興味を持ったので読んでみた。
エッセンシャル版をチョイスしたにもかかわらず,読むのに骨が折れた。なかなかの大作だと思うし,約10年近く前の本だというのに,今読むにしても相当の想像力が求められる気がした。まぁ,この本のスコープは10年どころではないので,当たり前といえば当たり前。この本のひとつのスコープは2045年。この数字はよくシンギュラリティの紹介で引用される数字であり,この本が底本であることを示している証拠でもある。
人間は今後どうなるのか。ナノボットを体に埋め込むとか正直あまりイメージができないんだけど,人工知能やAIに近づくというのは間違いなくそうなのだろう。多分,日本人は非人間に対して人格を認めやすい文化(※ロボットで人型にこだわったり,AIBOを本当のペットのように扱ったり,ゆるキャラをつくったり。アトムやドラえもんだってそう。アプリモンスターズなんて直接的過ぎる例もある)をもっているので,職を追われるとか人間の生活が圧迫されなければ,そういう意味では融合が進みやすい環境にあるのだろう。そして「受け身のシンギュラリティ」に流されないように自分で泳いでいく必要があるのだろう。 -
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* 話題の本だがようやく読んだ。色々と共感も反対もできることが多くて面白かった。
* トランセンデンスでもLUCYでもそうなんだけど、技術の圧倒的進化の類の話では、ナノボット的な概念を持ち込まれると、急に想像できなくなって置いてかれてしまう。この本も大方賛成できるし(VRもAIも宇宙移住も内臓交換も全然くると思う)自分もどちらかというとテクノロジーの進化に対して楽観的な方だけど、ここでふと冷めてしまうところがある。(BMIに関しても同じようなところがある)ただこれは自分の想像力の問題なのかもだし、その研究の最前線にいる人には想像できる範囲なのかもしれない。とすると人それぞれなんだろうな。
* 内臓交換がどんどん進んだ時に「じゃあ残るのは」みたいな思考実験は面白かった。
* 心臓・肝臓・膵臓など脆くてその活動自体を直接感じていない体の一部は代替される。もはや代替されたとしても気づかない。
* 一方皮膚・口などは食べる行為・性行為などの為にも最後まで手放したくないと思われるだろう体の一部。
* 本の後半になってくると、段々と哲学的な話になってくるんだけど、その時の印象的な話として、自分の体内を構成してる分子は1ヶ月あれば完全に新しくなる、というものがある。では何を持って自分なのか。このアナロジーとして「川の流れ」を用いているのがすごく腹落ちした。水そのものは常に変わっているが、その流れ、パターンは長い時間をかけてゆっくりとしか変わらない。
* この本を読んで、普段の些細なトピックでさえも10年後、20年後はどう変化していくのか(寿命は、今の貯金の価値は、地価は、寿命・病気・保険は…などなど)というマクロな見方をできるようになったのはとても大きな収穫だと思う。 -
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その道を究め、そして広く世界的な問題についても発言をしている著名人に「人類の未来」についてインタビューをしたもの。インタビュワー・編者はNHKの吉成さん。
インタビューを行ったのは次の五人。
・ノーム・チョムスキー「トランプ政権と民主主義のゆくえ」
・レイ・カーツワイル「シンギュラリティは本当に近いのか?」
・マーティン・ウルフ「グローバリゼーションと世界経済のゆくえ」
・ビャルケ・インゲルス「都市とライフスタイルのゆくえ」
・フリーマン・ダイソン「気候変動モデル懐疑論」
面白いのは、各人が結論が出ていない大きな論点に対して明確な意見を持っていることだ。
特にシンギュラリティや気候変動については、それぞれ違う意見を持っている。チョムスキーはシンギュラリティに対して懐疑的だし、当然レイ・カーツワイルはその到来を信じている。
チョムスキーは日本の平和憲法を高く評価する。カーツワイルは情報技術だけでなく、長寿を実現するナノテクを含む医療技術やエネルギー技術、食糧生産のバイオ技術などの指数関数的な進歩が世界を変えることを信じている。マーティン・ウルフはユーロの通貨統合を失敗と断じる。フリーマン・ダイソンは温暖化を宗教と断じる。原子力には賛成だ。
面白いのは最初のチョムスキー以外の人に、それぞれ推薦図書を聞いている。特徴が出てよい。『心の社会』...読まないとな。
カーツワイルは、マービン・ミンスキー『心の社会』とガルシア=マルケス『コレラの時代の愛』
ウルフは、バートランド・ラッセル『西洋哲学史』、ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』『文明崩壊』、ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』、マキャヴェリ『君主論』、エドワード・ギボン『ローマ帝国衰亡史』
インゲルスは、キム・スタンリー・ロビンスンの火星三部作『レッド・マーズ』『グリーン・マーズ』『ブルー・マーズ』
ダイソンは、E.T.ベル『数学を作った人びと』 -
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インパク知6・4
かかった時間140分
それぞれの分野で先端を行く5人の知識人に、人類の未来について問うたインタビュー集。いくつかの、踏み込みきれなかった質問や、相手に躱された質問があるようだが、各分野の現状を整理して質問を重ねる吉成真由美と、インタビュイーたちのやりとりはエキサイティングで、(ときどきわからないところはあったものの)面白かった。
チョムスキー
トランプと民主主義についての話。「正義」は王者が独占する、ということと、シンギュラリティへの楽観的な姿勢(人間の優越性は変わらない)。
レイ・カーツワイル
シンギュラリティの話。ポストヒューマン、人間のバックアップ。サイエンスフィクションがいまやサイエンスである。
マーティン・ウルフ
グローバリゼーションと世界経済のゆくえ。
ユーロという貨幣は、政治システムが伴っていないことが失敗。世界市場にアクセスできて安全保障の力がある小国は成功する。国家が強くないとダメ、人生の意味は社会関係と献身の感覚。
ビャルケ・インゲルス
都市とライフスタイル。インタビューが電話だったようで、あんまり突っ込めていない感じ。建築はアートと工学と物理。Yes is more。建築でコミュニティづくり。
フリーマン・ダイソン
気象も(経済と同じで)説明できるが予測はできない。学校いらない、博物館ですべてオッケー。
姉妹編があるらしいので、そちらも読みたい。また、インタビュアーの方のまとめ方や問い方が的確で、何者かと思ったが、経歴を見たらMITからのハーバードで納得。
それにしても、ポストヒューマンかあ。
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(途中memo・雑考、整理前)
シンギュラリティ、ニューエイジ、サイバーパンクの夢:
シンギュラリティの論をすすめると、やたらとバカ扱いのニューエイジの夢がちらつく。
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物理的に足りなくなった大脳新皮質が外側へ拡大していくときに、スマートフォンやインターネットを通じ、点データをつないだネットワーキングやクラスタリングは爆発的に線形を飛び出し、指数関数的に拡張してゆく。
そして、バラバラの個というよりは、さざ波のようにおしてはかえす、人間、動物、生物の行動パターンや自然を観るとき、これら現象は、先人たちが追い求めた真理(神)の方程式のようなもの、本書にも断片的に述べられたωポイントへ向かう過程における、エネルギーの移り変わりやエントロピー変化の連続が繰り広げられているだけのことなのだろーか。 もしくは、すでに空間に含まれる全てが記された巻物の最後に記されているはずのオチを知るための解析、解読作業なのだろーか、とか。
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ポパーの「開かれた社会と…」は、傲慢なエリート主義で、結果のコストを負わなくていい立場での言説…というのは、そーなのかも、と思った。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ前半は少し退屈ですが、最後の「それでもまだ人間なのか?」は興味深い。
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・徐々に身体が置き換わった場合、古い私と新しい私が同時に存在することはない。
一体どの時点で、私の身体と脳は、別の誰かになってしまったのだろう、と。
・実は正常な生物学的プロセスの一環として、私の中身はつねに入れ替わっている。ところが、先の思考実験によれば、私のパターンが維持されていたとしても、その漸進的な置き換えは私の死を意味することになる。では、私はたえず、少し前の自分とそっくりの別人に置き換えられているのだろうか。
・いずれ人間は非生物的な存在に意識があることを認めるようになると、私は信じて疑わない。 -
Posted by ブクログ
ノーム・チョムスキー、レイ・カーツワイル、マーティン・ウルフ、ビャルケ・インゲルス、フリーマン・ダイソンの世界を牽引する5人の偉人たちへのインタビュー記事だった。
近い将来シンギュラリティーに到達してポストヒューマンの時代がやってくると言っているカーツワイルが、AIが囲碁のプロ棋士を破る時期を的確に当てたと、羽生さんの著書「人工知能の核心」で読んだ記憶がある程度で、ほとんど知らない人ばかりだった。
しかし、世界的に有名な人たちであるだけに、しっかりとした芯を持っており、学ぶことが多かった。
慣れない分野の知識であるだけに自分で言語化できるレベルにはなっていないが、普段はあまり触れることのない政治や経済、教育などさまざまな分野のことを知ることができた。
5人の中で、建築家の「ビャルケ・インゲルス」のことばが心に残っており、でき限り全ての要求にイエスと答えるように努力すると発言している。
両方の要求を聞き入れると破綻するプランもどうにかして両方のニーズに答えようとする姿勢が素晴らしく、そこからイノベーションが起こると信じていた。
複雑なニーズに答え、新しい発想を生み出したときの快感は計り知れず、みんなが幸せになる方向への努力は楽しいものだと思う。
最後にインタビュアーの吉成真由美さんが書かれていた言葉も印象的で一部紹介する。
「人間の記憶はカメラやビデオのようにはっきりしたものではまったくなくて、実にいい加減だ。たとえよく知っている人の顔でも、その詳細まで思い出すことができないことはよく知られている。しかしまさに記憶がいい加減であるそのことによって、まったく関係のないアイディアを自在に結びつけることが可能になり、創造性(クリエイティビティ)というものが生まれてきて、それが進化に有利に働いてきたのかもしれない。そうだとすると、もしAIの発達によって、さらにはAIと人間が一体化することによって、われわれの記憶が明確・鮮明・大容量になっていった場合、クリエイティビティのほうが犠牲になるということはないのだろうか。」
AIが人間の仕事を奪う時期がくると言われているが、こういったAIにはできない人間の良さを伸ばしていきたい。