壺井栄のレビュー一覧
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ふと懐かしくなって読んだ。
映画を観たのも、子供向けの本を読んだのも小六か中一だから、文庫本で今回読んでみてその記憶力に我ながらびっくりした。よく覚えているものだ。あいかわらず涙なしには読めないのだが…。
あらためて壺井栄は文章がこんなにうまかったのかと思う。物語として完成した美しさである。子供時代にこんないい本を読んでいたのか!だから感動が持続するのだろう。
ユーモアたっぷりな泣ける物語の中にさりげなく、だが力強いメッセージがある。
おなじ人間として生まれた命が、みんな同じように成長していかない運命の不平等さ。それを深く深く考える一人の女性、岬の分教場の12人の一年生を受け持ち教える先生。先生自身も子供たちに教えられ成長をとげ、強くなっていく。
と書くと普通で面白みが無いようなんだが、そこがストリーテーラーの腕の見せ所、小豆島という背景と愛情とおかしみという味付けがすばらしいのだ。 -
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小豆島に行った際に購入した本。偶然にも敗戦から七十六年を経て、戦争を考えさせられた。
始まりは瀬戸内海べりの小学校に赴任した新米教師が、12人の生徒達との交流からであるが、なんとも全体を通して、展開の早さがある。
しかしその展開の早さは、まさに日本と世界の戦争の激化、それに伴う国民の生活の窮乏さが窺えると同時に、その影響が大きいことを表していよう。
昭和36年に初版が発行されたものだが、今も読むに値するのは、現代において忘れ去られている教師と教え子の時を超えた繋がり、戦争というものに対して全ての国民が耐え忍ぶことにすら疑問を抱かないこと等、戦争がこれから起こりそうな時やコロナ禍で翻弄される今日の警鐘となろう。
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瀬戸内の岬にある分教場に赴任してきた大石先生と、個性豊かな12人の教え子たちの賑やかな学校生活と、やがて戦争に巻き込まれ散り散りになってしまうそれぞれの運命を追いかけた不朽の名作。
私もこういう小説を読むようになったんだな、としみじみ。
でも新米教師と子どもたちのほっこり成長物語、と思っていたら大間違い。
戦争への怒りと悲しみ、この時代に生まれたことの不条理、女であることの理不尽……胸にずしんと重みを残していくエピソードが次から次に出てくる。選挙権は無い、子守で学校へ通えないことなんて当然、国のために散ることが栄誉、反戦思想を持てば即逮捕、疑問を持つことさえ許されない。これがかつての日本の姿だったんだ。
それでもそんな激動の情勢下で、不況や貧乏にも脅かされることなく、今という時間を駆け回りすくすくと成長する子どもたちの、なんと無垢で力強いことか。
とても良い本を読んだ。一年のせめてこの時期だけでも、こうして75年前のことを知る機会を増やし、自分なりに歴史を考え続けていきたい。 -
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小豆島合宿を前に再読。木下恵介の映画版を見てから読み直すと、思いのほか大石久子の内言がしっかり書き込まれているという印象。とくに、〈「妻」「母」として「戦争を憎む気持ち」〉が強く前景化されている。また、岬の卒業生のうち、松江と富士子がどうやら色街に売られたらしいこと、松江がラストの岬の歓迎会に姿を見せていることも気になった(木下版では松江はいなかったはず)。
1928年の小学1年生だから、岬の子供たちは1922年生まれか。1941年に徴兵検査を受けているので、おそらく最も戦死者が多かった世代にあたる。舞台こそ小豆島だが、じつは情景描写があまりない。でも、逆にそうであることで、この物語を日本列島に一般的に見られた「悲しい物語」として受容される道筋が作られているのでは? と感じる。
角川文庫版「解説」の窪川鶴次郎は、1952年の夏に作者がこの作品を執筆した背景に「日米MSA協定」「自衛隊法成立」という情勢があったことを指摘している。朝鮮戦争の最中に、まさに「戦争に巻き込まれる」不安が作者の筆を駆った、と言いたいのだろう。
アジア太平洋戦争によって列島の人々は、確かにみな家族になにがしかの欠損を抱えることになった。そのことじたいは確かに悲しく、哀れなことである。しかし、そのことは、侵略した中国、東南アジア、南太平洋の諸島も、日本が植民地化した朝鮮や台湾でも同様であるはずだ。他人の戦争が自分たちの「平和」を壊しかねない、という認識の仕方は、いかにも「戦後民主主義」的としか言いようがない。想像力は徹底して、列島の内側に閉じられる。 -
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とても有名なタイトル。
不朽の名作と謳われていながら、未読でした。
時代は昭和初期。自立した芯のある女性と無垢な子どもたちの交流を描いた物語、だと思っていました。
物語が進むにつれ、忍び寄る戦争の影に、この時代の空気を感じました。貧しくとも明るい、いたずらや意地悪さえも振り返れば懐かしく思えるような毎日が、「戦争」というものによって失われていく。時代の理不尽さを前に、怒るでもなければ、叫ぶでもなく、大事な教え子を慈しむ眼差しに、なんだか泣きたくなりました。
教え子たちを戦争に取られてしまうのも切ないけれど、平和な時代を知らない自分の息子が、戦地に行きたい、名誉の戦死を誇らしいと思うのを目にするのは、どれだけ辛いことでしょうか。
自らの命を大事にするという当たり前の価値観さえ揺らがせる、戦争というものが怖くなります。むしろ、自分を、相手を大事にするという価値観を持ち続けていては、戦争はできないのでしょうね。
戦争は悲愴。それでいて、本書は暗くない。
あとがきには、「壺井さんの文学にはえくぼがあった」と書かれているけれど、本当にそのとおりで、こんな辛い時代においても、明るさを失わない、人の温かみのようなものがある。これが、戦争を糾弾するような物語であったなら、こんなにも長く人々の間で読み継がれることはなかったと思います。
戦争はよくない。
それはもちろんのことですが、そんな時代を逞しくも生き抜いてきた私たちの祖先に想いを馳せることができる、そんな1冊でした。 -
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ネタバレ「不朽の名作」と裏表紙に記されているが、この小説は文学的価値が高いというよりは戦前から戦後に至るまでの当時の日本の生活や雰囲気、人々の思想などがリアルに描かれた歴史的資料としての価値が高い作品だと感じた。
私は、新人教師とその子ども達との心の触れ合いというのが主として書かれた作品だと思ってこの本を読み始めたため、主人公の新人教師である大石先生が作中、怪我や出産で教壇から離れる期間があること、授業を行っている場面がかなり少ないことなどから、「思っていたのと違った……」というのが正直な感想だった。
話が面白いか、登場人物の造形が素晴らしいか、文章そのものは優れているか、といった点では首を傾げてしまうが戦争の悲惨さや作者の抱く戦争に対する感情といったものはひしひしと伝わってくる作品だった。
なお、似たような設定であれば『兎の眼(灰谷健次郎)』の前半部の方が作品の出来としては圧倒的に高いため、新人教師と子ども達の心の触れ合いをテーマにした作品を読みたい方は、そちらをオススメします。
(両作品のテーマや主人公である新人教師の設定が類似していること、プロレタリア文学の要素を含んでいることなどから、おそらく『兎の眼』を執筆するにあたって、作者は『二十四の瞳』を参考にしていると思われる) -
Posted by ブクログ
時代は戦前から戦後貧しい頃。主人公である教師が小さな村に赴任してから、40歳を越えてから再び教職に就くまでの話を描いたもの。文体自体はあまり難しくなくすらすら読めるのに、いろんなことに心打たれたり強い気持ちを感じたり、盛りだくさんな印象を受けた。
戦前から戦後間もない貧しい時代での出来事を書いているからか、登場人物の生きなければならないという強い気持ちと苦しさと日常の小さな出来事に対する喜びなどがぎゅっと詰まっている。
主人公である先生はよく涙を流す。しかし、話によってその涙の意味は違う。はじめはわかってもらえない周りの大人への悔し涙。家の事情で、学校に通うこともできなくなったりした子供たちに対する先生のかわいそうという同情心を超えたもっと強い思いから出る涙。子供も産み、家族や教え子を失うことへの悲しみや憤り。そして、再び岬へ戻ってきたときのかつての教え子の面影への懐かしさと変化、それでも生きている姿を見た時の涙。個人的に一番心打たれたのは最初の、そういうつもりじゃないのにわかってもらえなかったときの涙(他はただ圧倒された)。いつの時代も、そういうことは頻繁にあるんだな(皆経験してることなのに、どうして自分も他の人にそう当たるのであろうか。不思議だ)。
これを読んでも主人公が特別芯が強いとは思えない(弱いわけでもないが)。村の人に勘違いにより冷たくされれば涙を見せるし、家に帰れば母親に愚痴を言う(しかし唯一の味方になりえる存在の母も、共感してくれずそれどころか反論さえする)。夏休みも明けて今日から授業となると憂鬱になる。戦時中の貧しさは別にして、現代社会で生きる女性は多くがこのような感じではないだろうか。時代背景は違えど、下手な恋愛小説や感動ものの話なんかよりも個人的にはこの話のほうが共感できると感じた。