壺井栄のレビュー一覧
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小学校の先生になってみたくなった
小学生の頃に読んだきりの本
20年前の私はどう感じたんやろう
大人になるまで沢山の選択肢の中で
選べる自由が私にはあって
お金にもご飯にも衣服にも困らず生きてきた
今も何にも困らず生きてるけど
今の私の幸福度は…。
十二人のこの時代の離島の子供たち
生まれたときから
それぞれにそれぞれの少ない選択肢の中で
疑いもせず
疑ったところで抗えず
純粋すぎて優しすぎて
捨てれば良いものも捨てられず
そんな選択肢すら誰も教えてくれず
ささやかなささやかな幸せと
恵まれていないことも恨まず生きていく
死んだ方がましとまでは言わなくても
死んでもそれほど惜しく -
Posted by ブクログ
戦前期の日本の生活がわかる小説。この物語を読むと、庶民の生活水準が現在と比べて低かったと想像できる。それは物資の欠如はもちろんのこと、家庭環境の影響が、現代と比べて大きく、そのせいで自分の夢を諦めて、若いうちに家庭、さらに国家に貢献するように働くのである。そのため現代人がこの本を読むと、自分たちが昔の人たちよりも、いかに裕福でかつ自由気ままに生活を送っていられるのかと感じるのではないだろうか。
しかしその一方で、たとえ全体の生活が貧しかったとしても、近隣に住んでいる人々の交流から、お互いを心配したり助け合ったりと、いわゆる共助、協働の精神がこの物語から読み取れる。このように本作は、昔と現在 -
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この小説を読む随分昔の幼い頃から何度も小豆島の祖父に連れられて、ロケで使われていた岬の分校へ遊びに行っていました。
当時はまだ今の新しい方ではなく古い方だけでした。
程なく小学生になった私に誰が手渡したのかは覚えていませんが、二十四の瞳の分厚い本と出会うことになります。
幼い頃の私は読んでも読んでも「戦争反対」以外の意図を読み取ることは出来ず、ただ聞きなれた方言のセリフに親近感を覚えていたのははっきり覚えています。
そこから30年以上経った先日、ふと思い出して読んでみようと思いました。
私は大石先生が泣きみそ先生と呼ばれる歳になっていたことも忘れて。
やはり年月が経ってから読むと違います -
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終戦から7年ほど経過した1952年、女流作家・壺井栄によって書かれました。
「瀬戸内海べりの一寒村」を舞台に、島の岬の分教場に赴任してきた女性教師と、同年に小学校に入学してきたお少年少女たちのふれあいが描かれた作品となります。
終戦から年月が経ったとは言え、まだ敗戦の空気は色濃く、文壇でも第一次、第二次戦後派の文学者たちが登場し、あの戦争の意味について振り返る風潮があった中、本作は発表されました。
個人的には二十四の瞳は、同時期に書かれた文学作品と同列に語るには異質な感じを受けます。
本作は現代も、文学というよりも一娯楽小説として読まれている気がしていて、他の文学小説に比較すると手に取る人の -
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ふと懐かしくなって読んだ。
映画を観たのも、子供向けの本を読んだのも小六か中一だから、文庫本で今回読んでみてその記憶力に我ながらびっくりした。よく覚えているものだ。あいかわらず涙なしには読めないのだが…。
あらためて壺井栄は文章がこんなにうまかったのかと思う。物語として完成した美しさである。子供時代にこんないい本を読んでいたのか!だから感動が持続するのだろう。
ユーモアたっぷりな泣ける物語の中にさりげなく、だが力強いメッセージがある。
おなじ人間として生まれた命が、みんな同じように成長していかない運命の不平等さ。それを深く深く考える一人の女性、岬の分教場の12人の一年生を受け持ち教える -
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小豆島に行った際に購入した本。偶然にも敗戦から七十六年を経て、戦争を考えさせられた。
始まりは瀬戸内海べりの小学校に赴任した新米教師が、12人の生徒達との交流からであるが、なんとも全体を通して、展開の早さがある。
しかしその展開の早さは、まさに日本と世界の戦争の激化、それに伴う国民の生活の窮乏さが窺えると同時に、その影響が大きいことを表していよう。
昭和36年に初版が発行されたものだが、今も読むに値するのは、現代において忘れ去られている教師と教え子の時を超えた繋がり、戦争というものに対して全ての国民が耐え忍ぶことにすら疑問を抱かないこと等、戦争がこれから起こりそうな時やコロナ禍で翻弄さ -
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瀬戸内の岬にある分教場に赴任してきた大石先生と、個性豊かな12人の教え子たちの賑やかな学校生活と、やがて戦争に巻き込まれ散り散りになってしまうそれぞれの運命を追いかけた不朽の名作。
私もこういう小説を読むようになったんだな、としみじみ。
でも新米教師と子どもたちのほっこり成長物語、と思っていたら大間違い。
戦争への怒りと悲しみ、この時代に生まれたことの不条理、女であることの理不尽……胸にずしんと重みを残していくエピソードが次から次に出てくる。選挙権は無い、子守で学校へ通えないことなんて当然、国のために散ることが栄誉、反戦思想を持てば即逮捕、疑問を持つことさえ許されない。これがかつての日本の姿 -
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小豆島合宿を前に再読。木下恵介の映画版を見てから読み直すと、思いのほか大石久子の内言がしっかり書き込まれているという印象。とくに、〈「妻」「母」として「戦争を憎む気持ち」〉が強く前景化されている。また、岬の卒業生のうち、松江と富士子がどうやら色街に売られたらしいこと、松江がラストの岬の歓迎会に姿を見せていることも気になった(木下版では松江はいなかったはず)。
1928年の小学1年生だから、岬の子供たちは1922年生まれか。1941年に徴兵検査を受けているので、おそらく最も戦死者が多かった世代にあたる。舞台こそ小豆島だが、じつは情景描写があまりない。でも、逆にそうであることで、この物語を日本