農協の闇
著者:窪田新之助
発行:2022年8月10日
講談社現代新書
JAの仕事というと、組合員(農家)に農業や生活に必要な物品を販売し、農畜産物や加工品を購入、営農指導などをする「経済事業」を我々は思い浮かべる。JAは他に、預金を集めたり資金の貸し付けをしたりする「信用事業」、共済商品の開発や販売をする「共済事業」があり、その3大事業で成り立っている。つまり、素人が思いうかべる農協本来の仕事「JA全農」、銀行業務「農林中央金庫」、保険業務「JA共済連」の3つということになる。こうしたのを「総合農協」といい、JAはこれにあたる。それに対して、酪農や果樹、園芸など作物別に農業者が設立した農協は「専門農協」といい、JAという言い方はしないようだ。この本は、あくまで総合農協=JAについて書かれている。
三事業、三組織に頂点に立ち、指導と監査をするいわば政治組織が「JA全中」。著者はJAグループでありその機関紙である「日本農業新聞」の記者時代、和歌山における梅の価格カルテル問題を取り上げていた。そこには、梅干しの加工業者だけでなく、二つの地域JAも関わっていることが判明。記事を書くと、その地域JAのうちの一つの組合長が筆者の携帯電話に連絡をしてきて、続報を出すなと言ってきた。無視して続報を出すと、今度はJA和歌山中央会の副会長もしている立場を悪用し、日本農業新聞に圧力をかけてきた。機関紙である以上、続報は出せなくなった。その中塚徹という人物は、現在、JA全中の会長として頂点に君臨している。
出だしからこんな話があると、タイトルにある「農協の闇」がとても深く、えげつないものに感じてしまう。日本では農林水産大臣がよく自殺をするが、農業利権や農協に絡む闇の深さが漂ってくる。本文が始まり、最もページを割いている第一章では、郵便局の自爆営業よりももっと酷いような、共済事業の営業担当の自爆営業がえぐり出される。過酷なノルマが自爆を呼び、詐欺的セールス、不正、犯罪をも横行させる。JAにこんな実体があったとは知らなかった。
しかし、この本は主にそうした共済事業における大きな問題点を取り上げているにとどまっていて、農協の利権をにぎる勢力に迫ったり、裏側に潜む巨悪の存在を指摘したりということはまったくない。「闇」というタイトルはしっくりこなかった。
1.過酷なノルマと詐欺的セールス
JA共済での営業担当は、LA(ライフアドバイザー)と呼ばれる職員。民間だとファイナンシャルプランナーの資格を取らされたりするが、JA共済のLAは名前が仰々しいわりには、研修が非常に簡単で、薄っぺらなパンフを読めば出来てしまうテストをするだけだそうだ。
過酷なノルマ(達成できなければ辞めていく)達成のために行っている詐欺的セールスの一例は、介護共済の切り替え。「一時払い」と「年払い/月時払い」の2タイプがあるが、前者で契約していた人が、後者の「年・月払い」の「全期前納」へ切り替えを勧められ、応じてしまった場合が一番不利益を被るという。一時払いと同様に全額前納させられるのに、後者には死亡給付金がない。例えば、530万円の介護共済を500万円の掛け金でかけた場合、被保険者が介護状態になると530万円が払われるが、介護を一度も利用することなく死亡した場合、前者だと500万円が戻るが、後者だと一銭も戻らない、つまり掛け捨てとなる。また、以前に入っていた「一時払い」を解約して、新規で「年・月払い」に入るわけなので、利回りが落ちている分だけ、500万円→530万円の金額の差も当然小さくなってくる。
パンフレットには、死亡の際は対応しないと本当に小さくにしか書かれていないし、LAもろくすっぽ説明しない(恐らく聞かれるまで言わないのかも)。では、なぜそんな切り換えをしてしまうのか?それは相手がJAだから。郵便局と同じで、昔からの組合員は信用し、安心し、言うなりにしてしまう。
「ライフロード」という個人年金のセールスもえぐい。加入年齢は18-85歳で、受給出来るのは60-90歳。セールスの時、ほとんどの職員は、受取開始年齢を90歳にさせるとのこと。受取期間は5年、10年、15年から選べるが、15年にすると90歳~105歳に受け取ることになる。あまりに非常識なセールス。「もしその前にお金が必要になったら解約して受け取ればいい」と言うそうだ。解約したら、受取金額が大幅に減ることだろう。年寄りだと思って、また信用されているのをいいことに、これは犯罪に近い。
LA(ライフアドバイザー、共済の営業担当)のノルマはきつく、自爆営業で負担する額は年収の何割にも及ぶ。本人はもちろん、家族や友人にも入ってもらい、その掛け金を自分で負担する。それだけじゃなく、家庭向け総合誌「家の光」や日本農業新聞などの購読ノルマも実質的に科せられる(本人が購読する何倍もの部数)。
また、LAではない職員にも共済のノルマがある。例えば、窓口業務をしている女子職員は、セールスする機会などないためノルマがこなせない。そんな時には、すでに達成しているLAがプラスアルファで取ってきた契約を譲ってもらうのだそうである。もちろん、身銭を切って。そして、女子職員の場合、そこについてくるのが体でお礼をすること。休日に妻子持ちのLAと出かけ、デートをしている姿はよく見かけられる光景のようだ。こんな酷い話はない。
他人名義の共済商品を自己負担する場合、その被保険者名義の預金口座を勝手につくり、そこから引き落とすことがあるらしい。勝手に他人名義の口座をつくること事態犯罪だが、実際に行われている。被保険者が未成年の場合、学校を出て地元に戻り、JAバンクで口座を作ろうとしてそれがバレるということもあるそうだ。
職員が重大な犯罪をしてしまったケースもある。例えば、大分では、共済加入者が必要な時に掛金の払い込み年数に応じて一時的な資金を借りられる制度を悪用し、担当職員が勝手に顧客の契約を利用して一時的な借金をしていたケースがあった。自爆営業で負担してできた借金を返済するお金、生活費、パチンコ代に窮していたという。
JAは経済事業が赤字の事業所がほとんどで、それを信用事業と共済事業で補っている。昨今の低金利で信用事業(農林中金)も厳しく、共済事業に対する収益圧力は益々高まっている。それが、このような不正義の温床となっているようだ。
2.金融依存の弊害
二章では、JAが信用事業と共済事業という金融に依存しているために、本来の業務である経済事業がいかにいい加減かげんになっているかを指摘する。秋田では、県下の地域JAを全部統合させて一つにしようという動きがあるものの、ちゃんと儲かっているJA大潟村などは最初から統合ありきの議論はお断りとして、県の評議会から脱退している。そんな秋田の事例などを紹介し、いかにダーティーな動きがあるかを紹介している。
農協の組合員には、正組合員と准組合員がいる。前者は農家、後者は農家以外のJA利用者。前者には議決権があるが、後者にはなく、運営や経営に口が出さない。ところが、2020年時点で、農家の戸数は175万戸なのに、正組合員のいる戸数は346万戸と倍。これは農協法からいうとあってはいけないこと。離農した農家がそのまま、父親からサラリーマンの息子が資格を引き継いだ、など諸事情でこのようなことになっているようだ。
3.裏切りの経営者たち
第三章は、JA秋田おばこで起きた76億円もの巨額損失問題から入っている。米の流通の不正経理が原因でこのようなことになったようで、毎日、大量に農家から運び込まれる米、反対に流通業者に出て行く米、この管理をすべて手書きの伝票で処理していたことに大きな問題があったようだ。さらには、農家への支払金額がJA全農が出している金額を参考に、そのまま地域JAであるJA秋田おばこが支払っていた、なども原因で、とにかく管理の甘さがあるようだ。
青森では、歴史的に溝がある津軽(県西部)と南部(県東部)により、JA津軽とJA南部が理事会会長人事、副会長人事で醜態をさらし続けている様子を紹介。
さらには、冒頭にも出てきたが、和歌山県下のJA紀南とJA紀州で起きた争いごと、そして、梅干しの取引業者である「紀州田辺梅干共同組合」と「紀州みなべ梅干共同組合」が価格カルテルを結び、梅干しの原料を安く買いたたいている問題を扱っている。梅干しの原料とは、果実としての梅干しではなく、洗浄して塩漬けにし、天日干し(土用干し)にしたものを言う。ここまで梅農家がして卸す。この状態はつまりは梅干しづくりとも言える。これですこしすれば梅干しとして食べられる。加工業者は、それにしそを入れたり違う味をつけたりして製品にして売るのである。原料出荷が全体の7割、果実出荷は3割に過ぎない。
価格カルテルのため、梅の価格は年々下がり、10キロで2003年は1万3000円にて農家は出荷していたが、2010年には史上最低の6000円に。これはA級の梅の値段。全等級をあわせた平均価格は4000円で、農家が終始トントンになる6000円を2000円も下回った。これではやっていけないので、農家は反発。本来はそこでJAが一緒になって共同組合(業者側)に交渉し、カルテルと戦わないといけないはず。ところが、である。なんと先の2つのJAも、この共同組合に加入していたのである。JAでも梅干しを製品として売り出しているため。つまり、カルテルで価格を叩く側になっていたわけである。その張本人が現在のJAトップということになる。
公取委から「警告」を受け、2012年からは改まった。なにが改まったかというと、カルテルの価格を示すのが、書類ではなく口頭になったというだけだった。なんというオチ。あきれる。