山崎亮のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
NHK Eテレで放送されていた『ニッポンのジレンマ』
2013年3月に放送された回の未公開部分を含めた書籍化。
この番組を知ったときには、もう後半戦というか、残り回数が少なくなっていて。
もっと早く知りたかった番組でした。
一度だけ番組の公開収録にも行きましたが、本当に楽しくて有意義な時間で。
盛り上がる議論というのは、聞いていてとてもおもしろいです。
もっと続いてほしかったなぁ。
本書は「僕らの復興論」と「僕らの地域活性化作戦会議」の2回をまとめたもの。
当時は東日本大震災の後ということですが、この時の議論が今どこまで実現されているのか。
そんな風に見てもおもしろかったです。
難しい単語も多くて、私の頭では理解できてないところもありますが。
多職種の人たちが同じテーマを見ると、全く違う角度で違う意見が出てくる。
これはいつの時代にも言えることで、お互いを知ること、多様性を認めること、そんな姿勢は忘れずにいたいですね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ地方から都会へと人口が流入していく昨今、
人口が減り高齢化がすすむ〝ふるさと〟に
活気を取り戻すためのコミュニティデザインという
仕事についての入門書です。
地方を活性化させるためのコミュニティデザインは、
そこに住むひとびとの参加があってこそやっとできるものらしい。
ただのお客さん状態から参加者状態に、というのだけれど、
それでもまだfastなやり方だとぼくは思うんです。
お客さん状態から参加者状態への途上の段階を一段、
踏んだほうがいいのではないかな、と。
というのも、
ぼくみたいな人見知りなタイプからすれば、
いきなり参加者になってアイデアをだしたり目標を共有したりせよ、
とされるのには大きな抵抗があるから。
参加者はなんらかのコミュニティの一員となることで参加者となる。
その段階でまず、信頼や安心を得る必要があるように思う。
そこで登場するのが、目的的ではないコミュニケーション。
ただそこにいっしょにいること。それもリラックスしていれること。
会話の内容よりも、信頼を持って話し共感を持って聞くこと。
そうやって生まれる親密さ、友人感が大事で、
「参加者」になるのはそのあとなんじゃないかな。
そういうslowさが大事なようにぼくには感じられる。
slowのなかの、一見無駄にみえるプロセスのなかに、
信頼や安心を生みだすものがあるんじゃないかな。
お客さんから参加者へすぐ移行させる考えはfastだと思う。
slowなやり方は時間がかかるけれど、
そこにほんとうがありそうじゃない?
いきなり、「ほれ、つながれ!」
とやられて無理に繋がるのは(まあ、それでうまくいくひとはいいけれど)、
内向的なタイプだとかそうはうまくいかないし、
slowなやり方のほうが無理なく、
ある程度シームレスにお客さんから参加者へ移行できそうだよ。
などと、本の感想というよりぼくの意見になってしまいましたが、
終盤の「土の人」のいろいろなケースを紹介するところが
いちばん面白かったです。
コミュニティデザイナーは「風の人」であって、
その土地で種から花を咲かせていくのが「土の人」と表現してました。
楽しんではたらいて、それが〝ふるさと〟の再生につながるのは
きっと面白いでしょうね。
うちの街もたいへんな街ですが、なにかのきっかけで浮上すると面白い。
住民に必要なのは、「意識」と「知識」だそうです。 -
Posted by ブクログ
人と地域とのつながりを生む事を生業とする著者は、これをコミュニティデザインと呼称して活動している。
本書の内容とは少し逸れて、かなり個人的な話になるけれど、読みながら、学生時代に深く関わっていた学生団体での活動を思い出していた。
「デザインとは何か。見た目が良いものを作る事ではなく、人の意識・無意識のところに働きかける何かしらの場や物や仕組みを仕掛ける事だと思う。」とか、
「コミュニティとは何か。完全にフラットな組織はあり得ないが、ワンマンであってもならない。」
「楽しめなければ意味が無いけれどビジネスとして成り立たなければならない。」
「イベントやワークショップなどの場に集まりたがらない人を取り込むにはどうしたらいいか。」
「自分達がしている事・やろうとしている事は確かな共通意識として在るのに、自分達の活動や意義を外向けに説明し辛い現状をどう打開するか。」
そういったような事を、
ファシリテーターが誰かを明確にした上で、ブレーンストーミング、KJ法、シナリオキャスティング、マインドマッピングなどを用いて、かなり深く濃い議論を重ね、チームごとやプロジェクトごとに動き、
かと言ってサークル活動のような馴れ合いにはしたくないという確固たる意志があった。
あの頃に自分達が描いてそこに向けて考え動き、けれど成し得なかった、外向きに説明する事も困難な活動やヴィジョンだった「何か」の完成形の一つが、この著者の在り方とstudio-Lという会社が行っている事なのではないか、と強く感じた。
その事について、少し悔しくも寂しくもあり、嬉しくも有難くもある、不思議な感想を抱けた。
今後このコミュニティデザインがさらに大きな広がりを見せる事を期待すると同時に、著者も述べているように、コミュニティをデザインする職業などが求められない社会が、本当は望ましい。
近隣の住民が皆顔見知りで、どこかの世帯に何か変化があればすくに周囲に知れ渡るような、個人の自由が制限される窮屈なほどに、繋がりが濃い関係は暮らし辛い。田舎である地元において昔から今もずっとそう思う。
ただ、近隣住民について何も知らず、災害など何かあった時に協力や連携がし辛いほどに、繋がりが皆無の社会もまた、孤独死や引きこもりを増加させている一因に他ならない。
お互いに丁度良い距離感は難しい。価値観もライフスタイルも皆違うのだから。そして時代や世代によって変化し続けるのだから。
それでも丁度良い距離感・暮らしやすい地域を、国が、個人が、模索し続けていける社会になれば、それがきっと、一番良い。 -
Posted by ブクログ
とても読みやすく、コミュニティデザインの仕事が何たるかを書いてある本。
コミュニティデザインについてWhat、Why、Howについて書かれているため、イメージがしやすい。
Studio-Lについても触れられている。
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■地方の繋がりの衰退
つながりとしがらみのあるコミュニティから、仕事の専門化と分担により、つながりが希薄化した。
しかし行政の弱体化などにより、昔の様につながりが必要となって来た。
■街が寂しくなった理由
・地縁型コミュニティ:自治会や町内会などの地域密着型。
こちらのコミュニティの衰退により、屋外(公共スペース)の活動が少なくなり、街の活気がなくなった。
・テーマ型コミュニティ:福祉・環境・趣味など、テーマ別に集まる人々。
デザイナーは公共スペースのデザインが古くなり、且つかつてのコミュニティスペースのユーザーだった地縁型コミュニティが衰退したことにより、活気がなくなったとしている。あらたな公共スペースのユーザーとなりえるのがテーマ型コミュニティ。
テーマ型コミュニティは定住している必要はないため、「活動人口」と言える。
ただ、よそ者が入ってくる事になるため、公共スペースのマネジメントが併せて求められる。
屋外の活動が減ったのは、室内で出来る活動が増えたことも要因としてある。
■住民参加型のデザイン
住民参加型の地域デザインは、色や雰囲気のデザインを決めることではない。
そうした専門的な部分は建築家・デザイナーに任せておく。(収拾がつかなくなるので)
住民にはその空間をどう使うか、というコンセプトデザインに参加してもらうこと。
■住民参加の良い事例
ブライアンオニール。クリッシーフィールズの行政職員。
国立公園の来園者にワークショップを通じて金銭をもらいながら、自然回復をさせる取組。
植物を植えたら成長が気になりリピーターとなる。 -
Posted by ブクログ
2012年7月7日に出た。
このタイミングは、いま思うとなかなか意味深長かも。
2011年3月11日の東日本大震災と
2013年8月の『里山資本主義』の間にあたる。
藻谷浩介が、『デフレの正体』(2010年)を出して
ベストセラーとなった。
独特の人口論で、なぜ消費が延びないかを謎解いた。
なんのことはない、消費したくとも若い働き盛りの世代に余裕がないからで、その機会を奪い取っているのが団塊世代という仕組み。
そして震災。
ここから考え方が大きく変わった。
お金で買えないものへの価値。
普通に家に帰って、普通に家族と語らってという暮らしの尊さに気付いた。
山崎亮が『コミュニティーデザインの時代』を出したのが2012年9月。
つまり、この本で、藻谷と対談、というより、藻谷から経済成長でない幸福のあり方を、経済という観点から問いただした。
どうも、藻谷はこの段階で『里山資本主義』の出版が視野に入っていたのではないかと思える。
安保法制が成立し、若いひとたちから始まった平和を求めるうねりが生じた2015年。
地方創生のかけ声が生じたこの年から、もう一度、
震災で変わった価値観をどう描くかを真剣に考えた2012年という時代の2人の問いかけから掬い上げることのなんと多いことかと感じた。
藻谷が概論的に経済学的観点からの幸福論をもう少し精細にした本が読んでみたいところ。
とくに「限界効用の逓減」あたりについて、より詳細な論考を望みたい。 -
Posted by ブクログ
なんとなく、わかったようなわからないような結論の本。もちろん、藻谷さんは、経済成長がなくたって幸せになるといったような感じで話している。
自分だったらこう説明する。
経済成長の前提のGNPというのは、技術的な微妙な差を無視すれば、国民のその年の所得合計額。
この所得合計額というのが、日本は生産年齢人口が減少するというマイナス要因、イノベーションが起こりにくくなっていることなど、かなり深刻な理由で伸びなくなっている。これを無視してのばそうとしてもかなり難しい。
その中で、所得を維持し、もしかしたらマクロでは微減する中で、これまで先輩、自分たちがつちかったストックを活かして、幸せを感じることはできるはず。
ただ、その前提としても、ある程度の所得は維持されなければいけないから、個々のビジネスはきちんと税金にたよらず(税金というのは結局たこ足食いだから)、自分の付加価値をつけてもうけていくことが大事。
わかった?
こんな感じの説明だな。ちなみに、藻谷さんの説明の仕方は、東大、慶応、一橋(このあたりが経済学の本流)の経済学の説明の仕方とかかなり異なることに注意した方がいい。それ自体、現場経済学として十分おもしろいが。