中勘助のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
どこかの中学校の教材、ということだけ記憶に残っていて手に取る。
章句ごとに話がつながっているわけでもそうなく、その時々に見ているものが違う。退屈と感じる時もあれば、描写や心情がスッと入ってくるときもあり難解。
3、4歳くらいから始まってような気がして、ちょっとずつ大きくなっていると思ったら、なんかいきなり青年になった。さっきまで山門で遊んでたのに。
よく知らないものへの畏怖とか、自分の思うようにしたい欲求とか、そんなのが子どもの感じるように書かれていた、と思う。
別れた幼馴染と運命的な再会はしないことも、あんなに可愛がってもらったおばさんの老いや死に淡白なのも、子どもらしいリアル。
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Posted by ブクログ
はじめて読むタイプの文章だった。
子どもの頃の思い出を「こんなことがあったな〜懐かしいな〜」という目線で書くのではなく、その思い出を、そのときの自分の目で見たものや心の感じ方をそのまま美しい文章にしているような…
思い出を振り返ると必ず記憶が曖昧な部分が出てくると思うが、そういう言い訳のような文は一切出てこない。「この文章を書いている現在の自分」の存在を排除しているように感じる。
風景や人物描写も含めて、すべて実写映像ではなく、色鉛筆やクレヨンでスケッチブックに描いた絵のような印象というか…「現在の自分」は排除しているのに、文章から立ちあがるイメージが、子どもの頃こんなことあったな、という輪郭がぼやけたもので、一定の距離がある、という二面性が面白い。
『銀の匙』という繊細であたたかみのあるタイトルもすごくこの文章の雰囲気に合っている。
この著者は熱心に詩歌に取り組んでいたというのもうなずけて、たまにハッとするような言い回しも出てくる。
あとこういう近代日本文学の美しい女性の描写、儚げで美しくて大好き。
p.27
職人たちのなかに定さんは気だてのやさしい人で、削りものをしてるそばに立って鉋の凹みからくるくると巻き上がって地に落ちる鉋屑に見とれてるといつもきれいそうなのをよって拾ってくれた。杉や檜の血の出そうなのをしゃぶれば舌や頬がひきしめられるような味がする。おが屑をふっくらと両手にこぼすと指の又のこそばゆいのも嬉しい。定さんはいつも人よりか後に残りぱんぱんといい音のする柏手をうってお月様を拝んだ。私はいつまでも仕事場にうろついていてそれを見るのを楽しみにしていたが、ほかの職人さんたちは定さんに 変人 というあだ名をつけて、ああいう野郎はきっと若死にする なぞといっていた。
p.152
そのときの不愉快と不快……のうちに夕べの空にひとつふたつ輝きはじめる星、それは伯母さんが神様や仏様がいるところだと教えたその星を力に懐かしくみとれていれば兄は私のおくれるのに腹をたてて
「なにをぐずぐずしている」
という。はっと気がついて
「お星様をみてたんです」
というのをききもせず
「ばか。星っていえ」
と怒鳴りつける。あわれな人よ。何かの縁あって地獄の道づれとなったこの人を 兄さん と呼ぶように、子供の憧憬が空をめぐる冷たい石を お星さん と呼ぶのがそんなに悪いことであったろうか。
p.202
大きな丸髷に結っていた。まっ黒な髪だった。くっきりとした眉毛のしたにまっ黒な瞳が光っていた。すべての輪郭があんまり鮮明なためになんとなく馴れ親しみがたい感じがしてすこしうけ口な愛くるしい唇さえが海の底の冷たい珊瑚をきざんだかのように思われたが、その口もとが気もちよくひきあがって綺麗な歯があらわれたときに、涼しいほほえみが一切を和らげ、白い頬に血の気がさして、彫像はそのままひとりの美しいひとになった。 -
Posted by ブクログ
風景描写がすごい。後編の十四の冒頭「地上の花を暖い夢につつんでとろとろとほほえましめる銀色の陽炎のなかにその夢の国の女王のごとく花にはここかしこに牡丹がさく」なんか、難しい単語は使ってないのにどうしたらこんなうつくしい文章が書けるんだ…
ただ四三のお蕙さんと仲直りした場面の
「長いまつ毛が濡れて大きな眼が美しく染まっていた。そののち二人の友情は、いま咲くばかり薫をふくんでふくらんでる牡丹の蕾がこそぐるほどの蝶の羽風にさえほころびるように、ふたりの友情はやがてうちとけてむつびあうようになった」
とか、終盤の友達のお姉さんが出てくるとことか、女性が関わる場面は他より甘美な気がして、作者の欲望が透けて見えるというか、なんだかな〜と思ったりした。 -
Posted by ブクログ
書斎の引き出しに昔からしまってある一つの小箱。子安貝や椿の実・・・こまごましたものがいっぱい詰めてあるが、そのうちに一つの珍しい形の銀の匙のあることを、かつて忘たことはない。
病弱で臆病だった幼少期から、多感な青年に成長する日常を、細やかに描写した自伝的小説。
創作ではあるのだろうが、かなり著者の人生が投影されている小説なのだろう。
とくに起伏もなく、この主人公、特に幼少期はぐずぐずと泣いてばかりだし、時代的なこともあるかもしれないが、青年期の女性への態度も自意識が高すぎて、どうも好きになれない。
でも、情景描写はとても微細で、特に『お恵ちゃん』との件などは面白く読めた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレそもそもこの小説に興味を持ったのは、ある私立難関校で教材として使用されており、3年間で1冊を読むという名物授業があるというのを知ったからだった。
3年間で読むような本とはどんなものなのだろうという興味があった。
購入したのはもうはるか昔のことで、それからまったく読む気にならず、ずっと積読状態だったが、ふと読んでみようという気が起こり購入から約10年経ってやっと手に取った。
なお、私が読んだのは本当は角川文庫から出ているものなのだが、検索したところ電子書籍版しかヒットしなかったので、仕方なくこちらに感想を書く。
何せ大正時代に書かれたものであるから、言葉も今とは異なっており、非常に読みづらいというのが第一印象であった。
また、著者の好みなのか漢字を用いず、「私の書斎のいろいろながらくたものなどいれた本箱の~」(冒頭)などとひらがなで書いてあるのも、どこで単語が切れるのかわかりにくい。
190ページほどの短い小説であるが、読み終わるのに1日半ほどかかった。
特に起伏もなく、淡々と日常が描かれており、起承転結のある小説というより日記やエッセイに近いかもしれない。
四季や時節の行事について触れられていることが多いので、枕草子を思い出した(枕草子を全編読んだわけではないので、あくまでイメージです)。
そんなわけで描写や言葉遣いに興味がある人以外にはつまらない内容ではないかと思う。ただ、時々はっとするような表現が出てくることがあり、そういった部分については夏目漱石の「きれいだ、描写が細く、独創がある」という称賛もわかる気がする。
そういった表現の中で特筆すべきは、お蕙ちゃんと月明かりに腕をかざして、蝋石のように見えるのを楽しんでいるシーンであるかと思う。
描写の表現も美しいし、窓辺で男女の子どもが二人、月明かりに肌を晒している姿が想像できる。
それから一番最後、訪ねてきた友人の姉と夕食をともにする際の、食べものの描写がとても良い。
全体的に描写は細かく丁寧であるが、もっとこういう食べ物に関する描写を読みたいと思った。
並んでいるものはご馳走ではないけれど、色、質感、味が容易に想像できる描写の素晴らしさで、とても魅力的に感じられた。
また、主人公とその兄との会話でも好きなところがある。
星を眺めていたところ、兄に何をしていたのか問われ、「お星さまをみてたんです」と答えたところ、兄に「ばか。星っていえ」とどなられてしまう。
この後の「あわれな人よ。なにかの縁あって地獄の道づれとなったこの人を にいさん と呼ぶように、子供の憧憬が空をめぐる冷たい石を お星さん と呼ぶのがそんなに悪いことであったろうか。」(p.140)という一文が美しく、とても良い。