小笠原豊樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
SF作品だけど、描かれていたのは人間。
星新一を思わせるようなユニークな発想やオチだなと思ったら、星新一はこの作品に影響を受けてSF作家の道に進んだそう。
あの面白さはここが源流だったんだと納得。
2030年〜2057年の物語。
ちなみに旧版では1999年〜2026年の物語だったそうで、なんと今年がその最終年だった。
現実が追いついてしまったので、新版では31年ずらしたとのこと。それでも、まだブラッドベリの未来には追いついていない。
個人的には、作品によってかなり好みが分かれた。夢中になって読んだ話もあれば、正直全く理解できなかった話もある。
思い返せば以前読んだ『華氏451度』もよくわからなくて断念した。
どうやら、神や思想などの抽象的なものが苦手で、人間の弱さや愚かさが見える作品には強く惹れるようだ。
【面白かった作品】
『地球の人々』2030年
「地球から来た」と説明するも、火星人たちになぜか冷たくあしらわれる。
そして、地球人が閉じ込められた所はなんと…。
『沈黙の町』2036年
火星に一人取り残された男の行動が、人間臭くて妙にリアル。
『長の年月』2057年
火星での再会の喜びが少しずつ〝奇妙な違和感“へ変わっていく…。切ない…。読んだ後にもじわじわくる1番好きな作品。
『優しく雨ぞ降りしきる』2057年
すべての家事を完璧にこなす家。
しかし、そこにはある重大な違和感が…。
光景が心に刺さった、1番印象に残った作品。
『百万年ピクニック』2057年
最終話の余韻が残る。
それぞれが独立した話なのに、読み終えるとひとつの大きな物語になっている。
Audibleにて。 -
Posted by ブクログ
あまりSF的なガジェットが登場しない22の短編集。面白くて一気読みしてしまった。翻訳のせいかも知れないが以前読んだことのある『よろこびの機械』に比べると難解でよく意味の解らない話というのはなかった。ブラッドベリというとやはりストーリーよりも、何とも言えないブラッドベリ作品ならではの雰囲気が印象的で、アメリカ中西部の農園の風景や、季節の風の匂い、夜の市街地に響く音などの情景や、真夜中に目が覚めて寝付けなくって部屋の窓から外を眺めた時のような、未知の何かに始めて触れた時のような心情の、詩情あふれる描写が唯一無二の魅力だと思う。ポエティックで童話集のような趣の話が多くほのぼのとはしているが、案外全体としては文明批評や風刺の視点を感じる。誰かからの手紙が欲しいと思う山村に住む老婆が、村の外から遊びに来た甥に代筆と代読を頼んで手当たり次第に会社に資料請求する「山のあなたに」や、自分たちの生活が広告の中の書割として消費されることに異を唱える男を描いた「日と影」が好きだが、これらも文明社会への風刺として読めると思うし、「歩行者」「人殺し」なんかはもっと直截的で、『華氏451度』で感じた著者のそういうものに対する嫌悪がよく伝わってくる。
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Posted by ブクログ
新版で再読。旧版では年代が1999~2026年だったが、新版は2030~2057年、31年スライドしている。むかし読んだ時に感じた、SFなのに懐かしい感覚、既知感と未知感の綯い交ぜがよみがえる。
前書きで、ブラッドベリは一種の「種明かし」もしている。12歳の時から、週1作のショートストーリーのノルマを自分に課していたが、これだと長編には至らない。24歳の時に、シャーウッド・アンダーソンの掌篇集『ワインズバーグ、オハイオ』に出会い、そうかこれだと思ったという。オハイオを火星に変えて、掌篇たちを年代順に並べる。すると、アメリカ中西部のエピソードの集合が火星の植民・開拓・消滅のクロニクルになる! さあ、あとは持ち前のイマジネーションと詩的感性の発揮のしどころ。
でも、火星人とはいったいだれのことなのか。それが読者の宿題として残される。 -
Posted by ブクログ
何が好きかって、彼の作品のキャラは作者に踊らされていない
それぞれの人の欲望や信念が丁寧に描かれている
天才なんだなと思う。
何故、女性の機微をここまで理解出来るのだろうか
彼は時々、熱病そのものだったのではないかと勘繰ってしまう
そしてドストエフスキーの作品における
純粋無垢が故の悪漢
中々に気持ちが悪い
こういった気持ちの悪い人間が幾重にも重なるのだが
作品にメッセージがあるなら、幸せの所在は
狂ったかのような熱病や情動に動かされるのではなく
今ある幸せを軽視する事なく見つめ直せと
喝破されているようだ
個人的に好きなのが伯爵と主人公が対峙して露悪的な心情を吐露するシーン
伯爵が金への執着について語っていたが
これは極めて大事な事だ
理想主義に卑賎を絡めると単に自分に酔いたいだけのナルシズムが混入する
真の理想主義者とは、お金と理想双方追い続け現実世界に折り合いをつける者の事だろう
ドストエフスキーの作品を読むといつだって
自分が大切な人に幸せを届けたくなる
明日が悪い事を知っていても
どうせ自分に出来る事など、生きてやるべき事をやる事しかないのだ
そんな生きる事の苦痛と幸せを噛み締めよう
虐げられる事を止めるのではなく、そういった人のトラウマを克服させ背中を支える
いつだってそうありたいものだ -
Posted by ブクログ
ネタバレ最初どうしてもイメージできない描写がひたすらに続き、これ読み切れるかなと心配していたのだが年代が進むにつれて加速度的に読みやすくなる。でも文明のうつろいを描写で感じることになるとは……。
「優しく雨ぞ降りしきる」のスピード感と「火の玉」における信仰対象への解釈の話がいっとう好き。こういう話、自分で思いつきたかった!というタイプの面白さ。
私にはまだ言語化が難しいところがたくさんあるのだが、先に同作者の華氏451度を読んでいたのでこの辺りは作者のテーマなのかなと思った。たまに殴りかかるような風刺が飛んでくるのでまったく油断できない。
ホラーっぽいなこれ…という描写もちょくちょくあったが、巻末の解説にある掲載誌の話を見て納得した。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ火星がどんな風に侵略されたか、地球はどんな状況なのか、地球人は何を考え火星へやってきたか、それらをいくつもの短編を読んでいくことで把握できるようになっているのが面白かった。喉元にナイフを突きつけられたような恐怖を味わう話もあったし、心を押しつぶしてくるような話や、詩的で美しい話もある。
目線が変われば見えてくるものも違っていて、それぞれの立場で真実を見せてくれるのが良い。これが一人の主人公の語りであれば偏った情報しか得られないからだ。
いくつか印象的な短編があった。第三探検隊が懐かしさの中で殺された話。地球人の愚かさに抗おうとしたスペンダーの話。火の玉に出会った神父たちの話。死んだ家族を造った男の話。火星人になった話。どれも忘れがたい。きっとこうやって争いや悲しみはひとつひとつ積み上がって、戻れないところまで来てしまうのだなと思った。
ラストの水面を眺めるシーンはゾッとさせられたけれど、それ以降の年代記も読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
無実はさいなむ
女性資産家の殺人事件。逮捕されたのは養子の息子(ジャッコ)。息子は獄中で半年後に亡くなり、しかしアリバイを主張していたが、確認されなかった。二年後、事件の起きたアジール家にキャルガリという学者が訪れる。彼は二年前の事件当日、屋敷から離れた場所で逮捕されたジャッコを車に乗せた事実を伝えにやってきた。
事件当時は交通事故に巻き込まれ、その後僻地での仕事の為、彼が逮捕されたことを知らず。せめて死後であっても彼が犯人ではないという事実を明らかにする為にアジール家を訪問する。
殺人の罪で逮捕された無罪の男。彼のアリバイを持ちながら不幸により証言できず、良心の呵責を持つ学者。犯人と思われていた人物の無罪がわかり、動揺するアジール家の人々と関係者。
そして当然、事件は再捜査になり、それを担当する陰気な警視のヒュイッシ。
この作品では主人公と言われる人物がいない為、様々な目線、心情から物語が明かされていく。アジール家の人々は子供達は全員養子で性質も異なり、全員が一癖、二癖もある人物達で、その他主人の秘書やお手伝い、娘婿等人物も豊富で一体どういう性質の事件で女性資産家が殺害されたのかが終盤までわからない。また、アジール家の人々は事件を掘り返す事を拒み、それでいてそれぞれがそれぞれを疑う様な状態になっていく。屋敷全体に不穏な空気が蔓延り、様々な物が崩壊していく手前にある。
当然、二年前の事件で警察が新事実や証拠を押さえる事も難しく、更にはアジール家の人々も非協力的だ。一方、キャルガリも自身の行動によりもたらした結果が更なる不幸の連鎖になる事に責任を感じ、独自に真相を追求する。
作品としてプロットはクリスティの中でも屈指では無いだろうか。現代のミステリーでもこの様な多角的な視点でのミステリーは少ない様に思う。真実を告げたキャルガリ学者目線、再捜査により何としても事実を明らかにしたいヒュイッシ警視目線、そして養子の婿であり屋敷に留まり事件の究明に好奇心を燃やすフィリップ目線が主な視点だが、その他登場人物達の目線から語られる章も沢山あり、かつ養子姉弟という関係性を考慮しながら進行する為、少し複雑になっている(探偵や語り手が固定されていない為、その部分が不満の人もいる様だ。しかし想像してみると多角的な視点から物語の本質へフォーカスされていく様子はとても見事でドラマチックだ)。
残念な事は、最後結末(犯人が判明してからエピローグに至るまで)がまるで手抜きの作文みたいに一瞬で終わってしまう事だ。犯人を究明するパート迄至高の流れだったのにいきなりトーンダウンどころかクリスティがどこかへ行ってしまったかの様だ。実はもっと話を長くした方が重厚感や様々な人間模様が見れるし(絶望感、愛情、信念、守秘、悪意、憎悪の全てがあるはずの作品なんだ)最後の陳腐なメロドラマオチも丁寧にまとめれば傑作の一つだったのではと思う。
しかしそれでも星は5なんだ(笑)。設定、犯人の意外性、動機、悪意。これだけでもこの小説が充分に面白いと思ってしまう!! -
Posted by ブクログ
地球の人間が火星を訪れ、人間のための世界を作り、去っていく経過を描いた連作短編集。そしてブラッドベリやっぱりすごい、登場人物は皆生き生きと動き回り、情景がくっきり浮かんでくる語り口。時にファンタジー、時にホラー、時にコメディ。滑稽であったり、無常感を纏っていたり、とにかく生々しく感情の色々な部分を揺さぶってくる短編の数々。
特に良かったのは穏やかな夏の夜を楽しむ火星人たちが人間の到来を知らずの間に知覚してしまう『夏の夜』、火星に到着した探検隊の夜を描く『月は今でも明るいが』、大焚書であらゆる本が焼かれた地球を抜け出してきた男が、火星にポーの作品に出てくる陰鬱な館をこしらえる『第二のアッシャー邸』、老夫婦のもとに地球で死んだはずの息子が現れる『火星の人』。あと傑作集に収録されていた『優しく雨ぞ降りしきる』もやっぱり好きでした。でも実際のところ、全編良かったです。良かった。 -
Posted by ブクログ
スタンドバイミー、グリーンマイルを世に送った小説家スティーヴン・キングは自身の著作でこう語った。「文章とは言葉を使ったテレパシーである(要約)」と。
この言葉を真に受けるなら、このテレパスをプレヴェールほど上手く使いこなす人を私は見たことがない。
極限まで削ぎ取られた短い言葉に、ときに身も凍るような冬風の冷たさが、ときに直の太陽を浴びるよりも燦々とした輝きが、そしてときに冷たさにたまらず熾したマッチひとつ分の仄かな温かさが、読み上げた端から頭の中に情景として広がっていくさまは見事としか言いようがない。
プレヴェールの言葉選びとそれをどう組み合わせれば自分が見た・想像した物と同じ物が相手の内にできるかという計算もさることながら、訳者もまたそのプレヴェールの意を汲み、さまざまな言の葉の中から洋服を組み合わせるかのようにぴったりな言葉同士を多種多様な日本語の内から選び出して、国や言葉を越えた感動をこうして私たちの前に提供していただけたことにひたすら平伏する他なく、陰ながらも決して無視できない職人技だ。 -
Posted by ブクログ
ブラッドベリ的とは
SF小説は、未来や宇宙世界に対するワクワク感をもたらすものが多いが、この短編集はちょっと異質。
グリムやアンデルセンが動物を擬人化したように、SF小説においては舞台を未来や宇宙に置いて、時には異星人をモチーフにして、かえって人間の愚かさや面白さを浮き出させている。
収録作品には、宇宙も未来も何も出ず、ただ村人の話なんてものもあるが、まったく違和感がない。
そう考えると、「ブラッドベリ的」ということもあながち「独特な」という意味ではなくなってくる。
特にこの(初期)短編集は、カテゴリーによる「SF」というレッテル貼りが無意味に感じるほど「独特」でありながら、「普通」に面白い。
お気に入りは
「霧笛」「ぬいとり」「発電所」「草地」「歓迎と離別」「太陽の黄金の林檎」……とあげていくと、選びきれなくなっていく。
収録作品すべてに「ブラッドベリ的」な余韻がある。