田中秀征のレビュー一覧
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言論人・石橋湛山ではなく政治家・石橋湛山に焦点をあてた評論。湛山の政治家としての生涯は戦後すぐの1年程度と昭和30年前後の10年にも満たない期間で首相を務めた人間としては極端と言えるほど短いのだが、その骨太さが窺える。
おそらく当時から理想論に走りすぎると言われていたのだろうが、その実経済を比重に置き対米協調を基本路線としながらも東側にも門戸を閉ざさない姿勢は現実的なものである(ただ、隙がないとまでは言えないが)。
総裁選挙の因縁もあるため岸信介とはどうしても対立軸として描かれがちであるが、岸が石橋そのものを攻撃したことは意外と少なく、ある程度の効用を認めて徒らに刺激することがなかったと言うのは新たに得られた視点だった。 -
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自民党総裁選の動きが地味に始まっている。でも、「どうせ安倍さん続投でしょ」という、諦めムードなのか全然盛り上がる感じがない。(対抗馬いないというのが大きいところか?)
一昔前なら自民党総裁選となれば、個性派の候補者が出てきて「次はどうなるのか?」という期待感があったような気がするが、最近は気が付いたら終わっていたなんてこともざら。
なんでそんなことが起きるんだろう?
そもそも「自民党」ってなんだろう?とニュースを見ていて気になったので早速本屋に行ってみた。気になったことは関連する書籍を「5冊」読むのが近藤の鉄則。一冊だけだと思想などに偏りが生まれるので必ずしも正しい情報ではないことが多い。
久しぶりに「政治」関連の書籍を手にしてみる。こういうときはまずは知っている著者から入るのがいい。時間があれば日曜日朝にTBSで放送されている「サンデーモーニング」という関口宏が司会をしているニュース番組が好きで見ている。
そこに今回の著者田中さんがコメンテーターとして出てくる。地元「福山大学」の教授だったことは知っていたが、経歴を見て元衆議院議員だったなど新たな発見があって読む前から気になるポイント満載。笑
90年代ころまでは自民党も「保守本流」と「自民党本流」と二つの勢力が拮抗していた。簡単に書くと改憲消極派の「保守本流」と改憲積極派の「自民党本流」。ひと時代前までは「保守本流」が中心勢力だったのが、今は「自民党本流」が主流。(つまり、安倍総理は「自民党本流」)
細かい違いや歴史的背景については是非、本著を手にして詳細を確認して欲しい。でも、その中でその流れが大きく変わった背景には「選挙制度」が大きく起因していることが分かった。
細川政権下で「中選挙区制」から「小選挙区制」になったことが一番の原因だと締めくくっている。(この理由についても本著で!)しかし、政治って改めて知ると面白いものだ。
追伸:
私はノンポリなので別に自民党を擁護しようとかは全然考えてないけど、今のほうが意識はあるはずなのに、中高生だった90年代のほうがよほど印象に残っている政治家がたくさんいたような気がする。。。。何だか個人的には淋しい。(その原因こそが、選挙制度なのだということが分かったのが収穫! -
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戦後、敗戦国の一員でありながらGHQと対立し、政界追放までされながら見事に返り咲き首相まで務めた石橋湛山。小日本主義をその理念とし、軍備縮小、平和国家、国民皆保険などの福祉国家の礎を築いた人物である。小日本というと聴こえはあまり良くないが、戦前の大東亜主義に対立し、軍事によるアジアへの拡大を目指すのではなく、あくまで軍事は小さく、外交•通商により世界を目指す考え方である。だから、戦後は中国との友好関係を築くために力を注ぎ、その後の日中国交正常化に繋がる流れを作った一人と言える。
石橋湛山は言わずと知れた東洋経済新報社の主筆を務めた人物であり、戦時中も帝国主義、軍国主義、ファシズムを強烈に批判し、ヒューマニズム、自由主義を掲げ続けた。戦争終結直後にも戦後の日本を憂うのではなく、新しい社会が開ける機会ととらえた石橋。一時はライバル吉田茂が裏で手を引いたとも言われる、GHQの公職追放を受けたが、第一次鳩山内閣では通商産業大臣に就任、アメリカとの対立がありながらも、共産圏のソ連との国交正常化や中国との通商の重要性を訴え続けた。その後、保守合同により鳩山の民主党と緒方竹虎の自由党の合同により、現在の自由民主党が設立されている。勿論、石橋も結党時からのメンバーである。
一言で石橋を表すなら闘う政治家であり、自身の主張、主義を変えず一心に国のために身を投じた政治家である。それは戦時中の帝国主義批判などからも垣間見えるが、自らが首相として内閣を率いた際にも、病気により早期に退陣を決意し、あっさり次の岸信介に譲り渡すなど、その潔さには「政治家はかくありたい」と評された人物である。首相在籍期間は短かったが、その後も政治に関わり続け、亡くなった後も石橋湛山派と呼ばれる様な信奉者を多く集める存在であった。
本書はその孫弟子である元衆議院議員の田中秀征氏と評論家佐高信氏との対談形式による石橋湛山を語る内容となっている。戦後政治の流れを湛山中心になぞっていく内容であるが、それはそのまま現在の自民党に続く紆余曲折の歴史の背景を理解する事につながる。対談する二人の言葉から湛山が日本の未来をどの様に予測し、国家のあるべき姿をどう描いていたのかを理解することができる。「いまよみがえる保守本流の真髄」という副題が示す通り、上辺だけではない、信念を貫いて真の保守主義を貫いた大人物の生き方、考え方を現代の政治家と比較しながら見ていくと非常に面白い。「政治家かくありき」を知る良い機会になる。 -
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なるほど、と。現在の政治の劣化は小選挙区制度と言われる。一方で当書にも出てくるが、中選挙区時代もヒドイもので、同じ党の議員でも同じ選挙区ならもちろん宿敵、もしその宿敵が審議にいないと、選挙区の有力者の冠婚葬祭ではないかとハラハラしたとのこと。所詮同じ政党、政策に大きく差はないので、同僚に勝つには金次第・・・という背景もよくわかる。
ではどっちなんだという話だが、まず日本という国家、日本国民に合った政党政治のかたちを構想するのが先とのこと。筆者はそれは穏健な多党制があるべき姿という。それに誘導できる選挙制度は中選挙区連記制ともいう。そうかもしれないしそうでないかもしれない。
いずれにしても当人たちが、「今の政治劣化している」とは言わないものなので、選挙制度改革など当分ないだろうが、このような論調は知っておいていいと思った。
その他特記事項。
・小沢一郎元自治相はとにかく口が硬い(それ以外褒めた記述なし)
・新党さきがけも、設立メンバーと途中から入ったメンバーで全然違う
・宮澤、細川両元首相の関係性は強いものであった
・細川元首相、小沢元自治相ともに政権担当時、社会党に困らされた
・村山元首相はひとかどの政治家。もし保守系政党に身をおいていれば、相当なところまでいったはず
(革新系政党にいても首相になったが) -
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自民党所属の元衆議院議員である著者が、1955年に設立された自民党の歴史の本質を、「岸信介に代表される自民党本流」と「石橋湛山に代表される保守本流」という2つの政治思想を背景とするダイナミズムにある、という観点からまとめ上げた労作。
著者の問題意識は、太平洋戦争を招いた日本の植民地政策等の対外膨張を批判し、「小日本」とも呼べる国家観をベースとして現在のリベラル勢力をも一部包含していた自民党の保守本流の流れが、”ニューレフト”と評された宮澤喜一を最後に潰えてしまい、岸信介を信奉する安倍晋三の政権下において、かつての自民党が持っていた2つの政治思想のダイナミックな政治論争とそこから生まれる多様性が消失してしまった、という点にある。
本書を読むと、いわゆるハト派の保守というものが、リベラルの一部の政治思想を包含するものであり、ハト派の復権こそが日本の政治において求められているのではないか、という感覚を新たにした。 -
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田中秀征の見識の高さは時代変わるも衰えず、と言ったところだが、受け手の佐高信が酷すぎる…。隙あらば今の自民や岸信介叩きに無理やり繋げようと平気で腰折ろうとしてくるので最早対談として成り立たないのだが、田中が上手くかわすのでなんとかなっている印象。
湛山思想そのものについて大きな異論はないが、石橋政権があのまま持続したとしてその理想を貫けたかにはかなり疑問が残る。国連軍創設などに当時主流派だった三木・松村派がついてくるとは思えず、そうなると岸派の取込みを行わなければならないので相当の制限を受けるのではないか…そもそも組閣であそこまで苦労していたという事実が抜けていると思う。
あと「自民党本流」と言う造語の定義に執着しすぎるあまり乱暴なカテゴライズになってしまっている感も否めない。湛山をいくら保守本流扱いしようとしたところで相当程度鳩山についていたことは否定できないし、細かく見ると全然噛み合ってない福田赳夫と中曽根康弘を同根扱いするのもどうかなぁと。
田中秀征が岸信介をけっこう高く評価してるのは意外だった(話題を振って岸叩きに持ち込んでやろうと舌なめずりしてた佐高が思惑外れてバツが悪そうにしてるのが文章からでも読み取れて面白かった。) -
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ネタバレ元自民党衆議院議員で、新党さきがけを結成し、細川政権において首相補佐を行った著者が、政治家・幕末の志士などを例にとりながら、判断力・決断力について記した書。
郵政改革が、参議院で否決された直後に解散に踏み切った、小泉元首相の卓越した決断力と、反小泉勢力の解散・およびその選挙戦に対する判断ミスなどを詳細に記している。
一方で、イラク戦争で、フランスの動向を予測できず、外務省とともにアメリカに同調してしまう判断の甘さも指摘している。
また、官僚の判断力の限界が現れた例として、日本の国連安保理常任理事国入り失敗が挙げられている。日本は常任理事国への加盟において必要な、国力、PKOに貢献できる軍事力、国連への財政的貢献、反テロへの協力などすべての条件を満たしているにも関わらず、各国の動向・力関係を読み切れず、また「常任理事国と非常任理事国の、拒否権の有無に対する本質的な違い」を理解しきれず、一般加盟国からも支持を得られなかったことなどが記されている。
そのほか、ヒトラーとのミュンヘン会談を終えて帰国した、フランス首相のダラディエと、イギリス首相のチェンバレンという、二人の首相の判断力などが例に挙げられている。チェンバレンの甘い判断力とは対照的に、ヒトラーの鋭い判断力と、決断力が描写されている。
一方で、その後の英仏の指導者チャーチル・ドゴールの決断力の見事さも描かれている。
最後に、石橋湛山や高杉晋作の決断力・判断力などが説明されている。
最初は政局を、後半以降は、歴史上の指導者の判断力・決断力を描写した歴史参考書のようなものでしょうか。