串田孫一のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
この本を私はとても気に入っている。
再読もしたし、植物のリストも作ってその姿を写真でチェックもした。他にも色々たくさん書き出したし、付箋も貼った。それでもまだこの本に対して納得がいっていなくて読書感想として日記にあげていなかった。
3回目を読んでもっときちんとした感想をまとめてから日記を書こうと思っていたのだが、とりあえず一度読んだ本ということで載せることにした。
串田さんの本をいくらも読んでいない私だけれども、私はこの本がいちばん好きだし、いい、と思った。
また読みたい(読まなくてはいけない)とも思っている。
何がそんなにいいのかというのをざっくり大きくひと言で言うと、この『光と翳の領域』に収められた文章は美しい。
自然の姿をまさにその通りだと思う表現で言い表わしているし、串田さん的な哲学的なニュアンスも混ざり合って本当に素晴しくて美しい文章になっている。
言葉も文章も生き物みたいに本から浮き出して、色や自然になって消えてゆく感じなのだ。
こういう風にものを見れたらいいなぁ、こういう絵が描けたらいいなぁ、と憧れる。
ただ、集中して読まないと、文章が美しいがために何も入って来ずにするすると流れてしまう。一度目に読んだ時は何度となく「いかん、集中しなくては」と思ったり、何度となくページを戻ったりした。
難しいといえば難しい文章でもある。私は、多分きっと、串田さんの真意は読み取れていないだろうなとも思う。
じっくりと心で噛み締めるように読みたい1冊。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
ノートに書き写していた、とても共感したいくつかの文章を載せておく。
風景を色彩によって描くのなら、それによって共感を起こすような色をまぜてはならない。赤がAを感じさせるのは赤が単純でないからだ。(「牧歌」より)
一切の動物と、殆どすべての植物とが仮死の冬眠についているこの森は、そういう深い眠りの世界を胎内に孕んで、人間の知らない厳しさを見せ、雪の古びた匂いを交えた、ただ深海のような圧力を持った匂いを嗅がせ、更にその静寂のうちにも亦た古風な階音を聴かせた。四季を通じて、雪の森は、その巨体を一番あからさまに見せつけ、太い骨と強靭な筋肉だけになって踞っていた。(「森の絵」より)
最初は一番展望のきく河原へ画架を立ててみたが、森と向かい合っていた時のような落ちつきもなかなか得られなかった。どんなに工夫をしてみても、賑やかな風物の微動と、絶え間のない川音の中では、腰を下ろしていることさえむずかしかった。(中略)最初のころは、それがひどく気まずいようで、さっさと小屋へ戻って、ただ訳もなくぐったりと疲れた体をやすませていた。(中略)川が異様な刺戟を与えたことも事実だった。(「川」より)
二三羽の小鳥が枝から枝へと、何かの続け文字でも書いて行くように渡って行った。そして最後には、いつでも決まって、悦びとも悲しみともつかない啼声を残して飛び立って行く。小鳥はいつも同じように歌っているものなら、きっと私の方に、悦びとも悲しみともつかない気持ちがあったのだろう。(「黒い牝牛」より)
寒気は、何回かの予告のあとの、鋭利な刃物のように天上から斜めに下った。雪は谷を埋めはじめた。そして豊かさを誇り、白さを誇るように、小さな凹地を埋め、そこここになめらかな斜面を作り、巧みに襀(ひだ)を描いた。滝は、孤独な死のように静かに凍結し、光と水のもつれたそこも、そそぎ込む雪にさからう努力もなく、結氷した。流れる姿は消え去った。その時になって、この谷を訪れる光が、太陽の忠実な使者であり、たくらみのない素朴な想いに似たものであることが分かった。(中略)雪の下に滝は凍って、冬の間、青味を帯びた別の静かなおののきがあるのかも知れない。眠りにも死にも似てはいるが、絶えず水をうけ、氷に蔽われている岩の内部の犇めくような力の意味を知らないものにとっては、それは語られない神話である。(「光と水の戯れ」より)
ところで、寂しさが誘い出されるというのは、この単調な風景の一体何のせいなのだろう。晴れ渡って、空に一つの雲もないせいなのか、それとも、あまり遠くひろがる海と空との接触が、信じられないほど穏やかであったからなのか。いずれにしても、この寂しさが、私の感情にからまったものでないことだけは、まず間違いないとしたら、それを振り棄てることは出来ないし、と言って、その奇妙な寂しさに気が付いてしまった以上は、今度はそれが恐怖を誘い出すかも知れないと思われて来るのだった。(「波」より)
訴えることがなければ、他人からあれこれと指摘される筈もないその息苦しさは、生涯のある時期にはやや激しくなって、そのあとは徐々に薄れていくものかとも思っていたが、彷徨する魂がいつまでも行く先を見定めることが出来なければ、消えて行くどころか、長い歩みのために却って重く苦しく、時には、そこから逸脱してしまう卑怯な手段を夢見るようにさえなるのが分かっていた。(「晩夏の丘」より) -
Posted by ブクログ
ギリシャ神話の入門書と言われるにも関わらず、かなり複雑に絡み合った内容のものも多いですが、この本は馴染みのあるエピソードを読みやすい文章で紹介してくれました。パンドラ、オルフェウス、ペルセウス、ミダス王など子供向けの絵本や星座の由来として聞いた話をもう少し詳しく、多少の不道徳も伝承に近い形で読むことができます。いくつもある異説の中から、読んでいて気持ちのよいものを選んで書いてもらっているようにも感じられました。切り紙による挿し絵も分かりやすくユーモラス。大胆なデフォルメも神話の雰囲気にあってます。
神話の内容だけでなく、著者の言葉がまた名文です。
「神話から教訓を得ようとするのは滑稽なこと。」
「ギリシャ神話が面白く書ける状態を作って書きたかった。」
特に「知識として、教養としてという考えは嫌いですから」という言葉に目が覚める思いでした。ご存命の間に、お名前だけでも知っていたかった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレゼウスだとかエロスだとかその名前や〇の神というようなことは知っているがその中身はあまり知らない、という部分をかなり読みやすい文章で語られていおり、さくさくと読める。そして現代にあふれる様々な物語や思想の源流がここにあるのだと感じられ、これからギリシア神話の知識を深めていくには安定した一歩になったなと思う。
『ギリシア神話を教訓に利用しようなど考える人がいたら、それはずいぶん滑稽なこと』と著者の言葉があるが、読後感はまったく何度も首肯した。神として人と区別している割に彼らが持つ感情や欲望は人間のそれよりも生々しくて、神であるが故なのかそれらを発露することに躊躇がない気がする。
印象的だったのは
『愛の神エロスが恋をした話』
『月の女神と羊飼いの若者との月夜にふさわしい恋物語』
『女神の涙から生まれた花』 -
Posted by ブクログ
エッセイストとして知られる著者が、ギリシア神話をわかりやすいことばで語りなおしている本です。
著者は「はじめに」で、ギリシア神話から感動を受け取ったことがないと述べています。物語に安易な感動を求める傾向が強まっているなかで、人間の想像力の根源的な力強さをギリシア神話に見いだそうとする著者のスタンスが印象的です。
本書の「解説」を担当しているのは竹西寛子ですが、編集者だったころに著者に本書の執筆を慫慂した、いわば本書の生みの親ともいえる存在です。彼女が読みたかったギリシア神話は、「人間のわざ」として「古事記」も「ハムレット」も分け隔てなく対等にあつかうようなまなざしでとらえられた「ギリシア神話」であったことが明かされています。本書が、「人間のわざ」としての「ギリシア神話」としての性格をもっていることが、通り一遍の解説には見られない、本書の魅力なのだと思います。 -
Posted by ブクログ
知らない方でしたが、忘れられない一冊になった!
スタンダードブックスはシリーズで集めようと思っているのだけど、こういうった出会いがあって、良い。
哲学家、詩人、随筆家、小説家とあるけれど、人に対する目の向け方と、その表し方がすごくいい。
普通なら、血の通った人間と使うところを、「海の底に泳ぐ魚のようにひややかなものであるならばどうか分かりませんが、ともかく三十六度の体温を持っているのですから……」と来る。
いや、何が⁉︎ってツッコまれそうだけど、この表し方が私のアンテナにバシッと来まして、しばらくランチのパスタを食べる手が止まったのでした。
雀が煙突に落ちて真っ黒になる話、子供が緑色の色鉛筆をプレゼントする話、目の赤い象の話。
見つめ方は写真のようなのに、そこに筆者の感じ方が加わると柔らかい日差しが加わって楽しい。
もっともっと読みたくなって、やや堅い二冊を頼んでしまいましたとさ。
解説が堀江敏幸なのも、分かるー!
依頼した人、センス良すぎですね。
モノに対する見つめ方がユニーク過ぎて、私の中では二番目に好きなエッセイを書いた作家が堀江敏幸さんです。(ちなみに一番は宮本輝。) -
Posted by ブクログ
「ザ・キャラクター」を観て、やはり知識としても「ギリシア神話」は知っていなければならないなあと思い読んでみることにする。
串田孫一さんの「ギリシア神話」なら間違いないだろうと思い、膨大な数の本の中からこれを選んだ。
正解だったと思う。
あとがきや解説にも書かれているが、孫一さんが年月かけて考えた構成になっているので、とっつきやすいし、分かりやすい。
ナルキッソスとエコーの話やケンタウロスを倒す話、アポローンとダプネーの話、イカロスの翼が溶ける話…小さい頃にどこかで読んだ話と今再び再会するのは不思議な気持ちだった。
そして、他の神様やその子供たちの話は知らなかったり、話の内容が細かすぎてついていけなかったりもした。
もう一度読めば良いのかも。
気がつくと、時々字面だけを追っている。
その中でも、思わず微笑ましくなったお気に入りのお話の記録。
あとで役立つかも、あたし。
みすぼらしいが智慧を持ってるシレノスの生活とお話。
ペルセウスとその美しい母ダナエの物語。
つーか、神様殺しあいしすぎ笑。
すぐに殺して八つ裂きにして嫉妬して…
人間より質の悪いやつらであることは間違いない。 -
Posted by ブクログ
この本に書かれていることは、登山の経験が無い人には想像することが難しい部分もあるかもしれない。山という自然の中での経験が、串田さんの思想に大きな影響を及ぼしていることは疑いようがない。それを都会の真ん中でこっそりと覗かせてもらっているようなそんな気持ちになる。たまに意味するところが分からないこともあるけれど、それでも別に良いと言われているような気もする。通りすがりで良いと、そんな風に。
この本を読んで終始感じていたことがある。私の心の中にある普段は滅多に訪れることの無い場所に仙人みたいな人がいて、その人が話しかけているような、そんな感覚になるのだ。その場所は森のような草原のような、とにかく都会の喧騒を離れた大自然の中である。心地良い風が吹いていて、時間がゆっくりと流れている。私はその場所を知っているけれど、そこにいくことは滅多に無い。むしろその反対側にいることが現実だ。柔らかい笑みを浮かべて話しかけてくる仙人みたいな人は串田さん!? その場所にいることがとても自然。そこで生きている人みたい。
つまり、私の中にも串田さんと共通する部分があるのだと思う。たぶん私自身が山登りの経験から得たものに違いない。私の中にその場所が存在することを串田さんの文章を読んでいるときに自覚した。そこから静かに話しかけれられていることも。たぶん、時々はそこへ行くべきなのだろう。そんな感じがしたのだった。
本の感想としてはどうかと思うが、この本を読んでいて一番印象深いことはこの実感なのであった。 -
Posted by ブクログ
レビューを書けるほど読み込めていなくて、とりあえずサラッとひと通り読んだ、という感じ。
一つ一つのタイトルがとても分かりやすくて、◯◯ことについて、で語られてゆく。
怒ること、泣くこと、働くこと……などなど、人というのは色々の反応や行動をし、また、それが何故起こるのかについて疑問に思うものなんだよなぁと得心してしまった。
そして、こうした言葉で明かされることが、時に救いをもたらしたり、時に反発を起こすこともある。
串田孫一という人の目には何が映っているのかが、よく描かれていて、そのフィルターを通して見る人間は完璧ではないのだけれど、決して滑稽に描かれているわけでもない。
どこか冷ややかに、でも底には温もりがある。