アレックス・カーのレビュー一覧
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ネタバレ<目次>
第1章 日吉大社・慈眼堂・石山寺(滋賀県)
第2章 羽後町田代・阿仁根子(秋田県)
第3章 能登半島(石川県)
第4章 八頭町・智頭町(島根県)
第5章 奄美大島(鹿児島県)
第6章 萩(山口県)
第7章 三井寺(滋賀県)
第8章 南会津(福島県)
第9章 青ヶ島(東京都)
第10章 三浦半島(神奈川県)
<内容>
東洋文化研究者で、徳島県の祖谷や長崎県小値賀島に滞在型の古民家宿を経営しているイギリス人。彼の「隠れ里」探しの旅の記録。著者の人生の話も出てくる。われわれ日本人が気づいていない、日本のよさを教えてくれる。圃場整備が進んでいない棚田。ブルーシートで屋根や田畑が覆われていない、茅葺や杮葺きの村、寺、神社。近代の杉が意図的に植林され、放棄された山ではなく、いわゆる里山(これとて原生林ではない。近くの村人がかつて管理していた林)。そこに美しさを見出す。高度成長期に日本人が陥っていた、駆け足の「物見遊山」ではなく、その地域の自然を文化をじっくりと愛でる旅。これからの社会で必要なのは、稼ぐために、どこでも同じ金目のものを作り(駐車場や土産物屋)、乱暴に管理し(木の枝は「ごみ」を出すから伐採するとか)、荒らしていくのではなく、”今そこにある状態”をゆっくりと眺める旅、観光なのだろう。 -
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隣の町に立派な多目的ホールができたら、オラの町にも造ってほしい。民間ベースでは、採算がとれない話でも、一度動き出した箱物事業は、誰にも止められない。まるで、太平洋戦争に突き進み暴走する軍部のように。
この本が書かれたのは、約20年ほど前だが、ここで警鐘が鳴らされた事は、さらに悪化している。東海村の臨界事故よりも、さらに進んだメルトダウンが発生し、一部の先端技術では優れていても、それは危機管理などの技術を後回しにしてきたことが露呈した。赤字財政は止まることなく、国土強靭化計画が大号令のもと進んでいる。今はうまく回っているネズミ講のように、考えたら、そのスキームが破綻してるのは、誰にでもわかるのに・・・。
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基幹産業が重厚長大型から観光のようなサービス型に転換するという大きなパラダイムシフトの中で、国、地方がどう対応していくべきかの指針になるような一冊。個人的に、国内外問わず地方への観光客が増えれば、例え爆買い中国人とかであっても、その地方の経済が潤うと思ってたけど全くそうではないことを知って、今までの考え方がいかに短絡的やったんや、、となった。「2020年に4000万人の訪日外国人旅行者」は難しくなったけど、アフターコロナで観光業が盛んになった時には必ず役に立つようなことが書かれてました。
・人口減少と空き家問題という大問題を抱える中で、成長余地が十分に残された観光産業の育成は日本にとって数少ないそれらの救いの道。ただ観光も万能ではない(バルセロナの例)
・観光立国を果たすには世界の誰をも受け入れた上で、その状況をコントロールするのいう構えが重要
・ティッピングポイント
・観光立国が早急に必要とされていたのは都会ではなく地方部なのに、民泊新法で全国一律での管理になった。日本のマネジメントとコントロールにおける従来のシステムの弱さが如実に表れてしまった。その土地の実情を肌で知る自治体が足元を照らした条例やルールを作る動きになれば、地域の生活文化は救われる
・地方は美しい自然がある一方で、新しい産業機運に乏しく仕事、雇用の問題とともに空き家も多い。エアビなどの新しい仕組みで活性化する余地もあるり
・アルベルゴ・ディフーゾ
・タイのパーイ、徳島県の祖谷の事例
・オーバーキャパシティ→総量規制+誘導対策で対応するも、観光産業が持つ経済的なインパクト低下もある。観光のオーバーキャパシティ問題を緩和する市場原理としての予約制度の導入か入場料の設定。一律に入場料を徴収するのではなく、融通が効く制度を設計する。
・パーク&ライド
・地域全体の魅力に焦点を合わせるのではなくスポットとしての有名寺院や歴史遺産の魅力だけに頼ってしまうのが、地方の観光振興が陥りがちな典型的なミス。
・車優先の考え方は前世紀的な固定観念
・古民家再生の地元経済への影響→地場の工務店は古民家再生を手がけることでプレハブ住宅とは違った床張りや壁の塗り方に関する知識や技術を蓄積できる、空間の中にふさわしい家具も要するため、県内の家具職人や木工職人にも仕事の機会が生まれる、宿泊施設であれば維持管理に携わる人も必要なので雇用も発生。都会から田舎に移住したい場合、農業や林業はハードルが高いが観光業に携わるのであれば少し低くなるため人口定着にもつながりうる
・様々な文化や生活習慣を背景に持つ観光客に対してどのようにマナー喚起するか→マナーゲート設置、飛行機や新幹線内でのマナー講座(飛行機の緊急時対応の説明のように簡潔に要点だけを述べる)、NYのタクシーでドミンゴがアナウンスをするように日本の著名人やアニメキャラによるアナウンス、罰金。看板は必要性を吟味し、必要であればデザインと位置に留意した上で設置。
・文化継承の際のゾンビ化とフランケンシュタイン化、稚拙化
・クォンティティーツーリズム→クオリティーツーリズム -
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<目次>
プロローグ
第1章 国土~土建国家
第2章 治水・治山~災害国家
第3章 環境~ステロイド漬けの開発
第4章 バブル~良き日々の追憶
第5章 情報~現実の異なる見方
第6章 官僚制~特別扱い
第7章 モニュメント~大根空港
第8章 古都~京都と観光業
第9章 新しい都市~電線と屋上看板
第10章 鬼~モニュメントの哲学
第11章 「マンガ」と「巨大」~モニュメントの美学
第12章 総決算の日~借金
第13章 国の富~お金の法則
第14章 教育~規則に従う
第15章 教育のつけ~生け花と映画
第16章 国際化~亡命者と在日外国人
第17章 革命は可能か~ゆでがえる
<内容>
日本人にとって哀しい本である。多くの指摘が正しい。そして、日本人はそれを変えることができない(気づいていないし、気づいても変えるのにはあまりにエネルギーがかかる)。この種本が出版されたのが2002年。それから17年がたち、一番の元凶とされる、官僚と教育のうち、教育はもしかすると変わるかもしれない。文科省が重い腰を上げたからだ。しかし、「ゆとり教育」の時もそうだったが、ちょっとでも痂疲が見えたとき、経済界(ここの提案が文科省を動かしたのだが)やそれと同調するマスコミ、その後で政治家がどのような反応を見せるか…。そうすると日本は二度と立ち直れなくなり、22世紀の世界史では、偉大なる失敗国家として語られるだろう。その時に日本といく国家が存在しているか…。 -
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インバウンドが2000万人を突破、今年は3000万人を上回る、2020年には4000万人だと、浮かれている間に、国内の観光名所は大変なことになっているようです。
たとえば京都。
既に清水寺や二条城といった超の付く名所だけでなく、京都駅南側のお寺や神社でも、今は人で溢れ返っています。
伏見稲荷大社は、鳥居が「インスタ映えする」として、いつ行っても鳥居の下に人がびっしりいて参拝もままならない。
美しい禅庭のある東福寺も紅葉の季節になると開門からすぐに、庭を一望できる通天橋の上に人が連なり、立ち止まることも出来ないのだとか。
他の有名観光地でも、「観光公害」とでも呼ぶべき事態が起きています。
これでは、「観光立国」どころか「観光亡国」だというのが著者の見立て。
では、インバウンドは不要なのか。
いえ、そうではありません。
「適切なマネージメントとコントロールが必要」と著者は説きます。
具体的なアイデアも提出しており、注目しました。
たとえば、祇園に「花見小路レーン」、観光名所に「マナーゲート」を設けたり、大型バスや公共の乗り物の中で「マナー講座」を義務化したり…。
いずれもやや突飛な発想ですが、「そもそもイノベ―ティブなアイデアというものは、常識の外から出てくるもの」と著者は指摘します。
神社仏閣に数多ある「撮影禁止」の看板の撤去には、私も賛成です。
世界的には、有名な博物館や美術館でも撮影を解禁するのが今の流れだそうです。
「ゆるキャラ」や「顔出し看板」もそろそろいいのではないでしょうか。
本書にはこのほか、「クオンティティ(量)よりクオリティ(質)を」「地域のプライドを取り戻すことが重要」など真の観光立国を成し遂げるための貴重なヒントが盛りだくさん。
私の住む空知はインバウンドが大挙して押し寄せるような観光地ではありませんが、インバウンドが少ないからと言って嘆く必要はなさそうです。
まずは地域の資源を発掘し、それを磨いて、できれば結んで、本当にこの空知が好きだという人に何度も来てもらい、お金を落としてもらう。
そんな観光を目指すべきではないかと、本書を読んで思いました。 -
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観光におけるオーバーツーリズム等に警鐘を鳴らす良書。
大型バスによる量的なものではなく、質が高く地元に金を落とす観光の在り方というのはごもっとも。
政府は2020年に、年間4千万人の訪日旅行客を目指すというが、それだけの数が来日しても対応できるのか。既に都内では外国人観光客でごった返しているのに、これ以上物理的にも“おもてなし”的にも対応できるかは疑問がある。
また、本書に書かれていた、島しょ部での場所に合った港の在り方では小笠原諸島が思い浮かんだ。小笠原では現在、おがさわら丸などの「船」でしか行くことができない。島を離れる際の出航風景(フェリーに併走してダイブしてくれる)は、船だからこその旅ではないかと思う。
一方で島民からは空路建設の要望もあると聞くが、開設されれば利便性は高まるだろうが、滞在期間は極端に短くなるだろうし、競争に負けてフェリーが撤退でもすれば、貨物輸送としての機能が失われかねない危険な事態に陥る。
なんでもかんでも便利に、都会のように開発をという「ファスト風土化」はよろしくないなと。 -
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ネタバレ<目次>
はじめに
第1章 テッィピング・ポイント~「立国」が「亡国」になるとき
第2章 宿泊
第3章 オーバーキャパシティ
第4章 交通・公共工事
第5章 マナー
第6章 文化
第7章 理念
おわりに
<内容>
40年来、日本で日本文化を研究し、徳島県の祖谷の古民家や京都の古い町家を改造して、宿泊施設を作り、運営している著者の本。彼の視点は、日本を客観的に見れるし、実際に高度成長期で固まってしまった(成功体験にしがみ付いている)日本人と渡り合ってきた経験値で語られているので、適確だと思う。また出されている提案も、無難なものが多く「規制緩和」と「古い固定観念」を崩せれば、すぐに実現で来るだろう。ただ日本人のこの「古い固定観念」を崩すのは難関だろう。コンクリート賛美、ハコモノ行政、法の規制などなど。若い者たちが海外から日本を見て、発想の転換をしてほしい。 -
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長年日本に住んできた米国人による、これはなかなか面白い日本社会論である。
本書のスポットは特に日本の行政(官僚)を中心とした社会・経済・環境破壊の動きに向けられており、ここでは「ビューティフル」と日本文化を褒め讃えるのではなく、ひたすら「異常さ」を追究している。
明治以降、とりわけ戦後において日本式「官僚制」がすべてをコントロールする強大な権力の中心となってきたことを指摘する。この「官僚制」はマックス・ウェーバーも詳細に議論したように、どこの国にも見られる腐敗・硬直化する構造物なのであるが、とりわけ日本のそれは甚だ強烈で、政治家の力を持ってしても歯止めをかけることは難しい。
戦後の日本はとにかく建設業を推進するべく、国の財源をひたすらそこにつぎ込んで、「成長」を目指した。それはある程度成功し、経済成長の著しさによって各国を驚かせたが、しかしそこには「病」と呼ぶべき異常な構造があった。そのしわよせは必ずやって来る。そして、バブルが崩壊し、その後も決して立ち直ることなく現在にまで至る。
日本の官僚については、国民はこれを監視できない。だから選挙によって選ばれた(ということになっている)内閣が行政をコントロールするはずなのだが、長年官僚と癒着してきた自民党に、行政を本当に改革するつもりはさらさらない。この点は完全に制度の不備であり、憲法を改正するというなら、ここだろう。
行政組織はトップダウンで、いったん方針が上の方のどこかで決められたら、黙って延々とそれをやり続けるのである。その事業自体の善悪も、現実世界における有効無効もまったく判断されない。これがお役所仕事だ。
しかし、日本人(というか、日本文化によって育成された人間)は、官僚制と極めて親和性が高く、一般の企業ですら官僚制のシステムに従っている。
日本の労働者は、役人も一般サラリーマンも、ただひたすら沈黙して「組織」に隷従するようしつけられている(そのはじまりは学校教育にある)ため、たとえ組織において明らかな「悪」があっても、それを告発する従業員はほとんどいないのだ。だからかつての三菱自動車の商品の欠陥隠蔽のような、「組織的隠蔽」がはびこるわけだ。
本書のタイトル「犬と鬼」は、韓非子に載っているエピソードで、皇帝に尋ねられた画家が
「犬は描くのが難しいが、鬼は想像しながらただ派手に描けば良いので、簡単だ」
と答えという話に因っている。
つまり官僚組織がかかげる「大義」は、現実から遊離した「建て前」すなわち虚構にすぎず、その虚構をエネルギーとして国内のすべてをコントロールしようとしているのである。
意味のないところにもひたすら舗装道路や無用な橋を作り続け、海岸線をすべてコンクリートで固めてテトラポッドを並べ、あらゆる山林を破壊する。つかうわけでもない巨大な建造物を「モニュメント」として各地にうちたてて景観を壊し、そういうくだらない、シュールなまでに無意味な公共事業を繰り返す割には、民衆が本当に必要とすることには全く目もくれない。
戦後の無意味で無残な環境破壊・文化破壊を本書は大量に列記しており、なかなかに切実である。
それと、もう一つ重要なのは、官僚システムが多用する「建て前」という嘘による、「情報の隠蔽」である。
「情報の隠蔽」というと、3.11後、特に安倍自民党によるあくどいやり口が目立っているが、それはもっとずっと昔からの、日本社会の得意技であったようだ。
官僚たちは作文することによって、黒も白と言ってのける。数値のデータでさえ、かなりのごまかしが混入しているから、一般の国民はまんまとだまされてしまう。
つまり、アメリカが今ごろになって「ポスト・トゥルース」などと言って騒いでいるのはアホらしい、日本社会にはそもそもトゥルースの時代はなかったのである。いわば、永遠に「プレ・トゥルース」のままなのだ。
やはり日本社会は幼稚な三流社会であり、近代社会にさえなりきれなかったようだ。
そんな幼稚な国の幼稚な国民は、最近では「かわいい」という子どもっぽい価値観に席巻されており、本書はこのへんの滑稽な動向も指摘している。
要するに非常に面白い読み物だった。一読をおすすめする。 -
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米国イェール大学 日本学部卒業。
この本では写真を多用して日本の景観の悪さを「これでもか!」というくらい指摘してくれている。京都も例外でなく観光都市としてあるまじき建築物や町並みつくりがしてきされている。あのグロテスクな京都タワー、ちっとも京都らしさを感じさせてくれない京都駅ビルなど。
全国の観光地や神社仏閣公園などにおける親切すぎるしつこい立て札のセンスの悪さ。
電柱が倫理する古い町並みの写真。電線は、地中に埋めるべきとの指摘。埋めるのには膨大なコストがかかると日本人は思い込んでいるが...コストと効能を比較したら安いものとの指摘。
公共工事でどんどん自然にそぐわないハコモノ建造物などが作られている。もう十分過ぎる!これからの公共工事の予算は不要な建造物を取り壊す予算に回すべきであるという指摘はすばらしい。私が議員になったら予算を取ってきて、ハコモノや橋や道路をつくります。だからアタナの一票をいれてください!という議員や完了や有権者の頭の転換が必要との指摘は素直に理解できる。 -
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日本の魅力を発信するアメリカ人による、日本の問題点をした本。日本のバブル後の失われた20年に起こった日本の課題を指摘している。断片的な事象もって日本の官僚組織を批判したり、一部の意見をもって日本の特性と断定したり、分析・評価に説得力のない点が多いが、外国人から見た当時の一面としては、参考になる。経済的な基礎知識が欠如していると思われ、残念。
「瑞々しく青々とした山々、エメラルド色をした岩の上を流れる清流など、世界でも有数の美しい自然環境。東アジアのあらゆる芸術的財産を受け入れ、何世紀もの間日本特有の感性でさらに練り磨いた、アジアで最も豊かな文化遺産。先進国でも屈指の優秀な教育制度や、高度なテクノロジーを誇る日本。工業分野の成長は各国の称賛を浴び、その過程で得た利益で、ひょっとすれば世界で最も裕福な国となったかもしれない。世界をリードする新たな輝かしい文明を築くところまで来ていた。だが、1990年代の日本はどういうわけか意気消沈してしまった」p6
「日本の器用に組み立てられた「行政」という名の機械は、致命的に重要な部品が一つ欠けている。それはブレーキだ。いったん進路を取り始めると、他の国々では考えられないほどの過剰な次元に行きつくまで、継続する傾向にある」p15
「(ロバート・マクニール)広島から東京まで、延々800キロ続く退屈な風景にはうんざりした。味もそっけもない効率一点張りのゴミゴミした眺めは見るのもつらく、トンネルに入るとほっとしたほどだ」p23
「(土建国家・日本)巨額の補助金が建設に流れ、驚くことに、国の歳出予算のなんと40%が公共事業に充てられている(アメリカでは8~10%、イギリスやフランスでは4~6%)」p28
「日本は秋草や紅葉に埋もれた野山を愛でる国で、日本の美と聞いて思い起こすのは地味、繊細、白木、素焼きなどである。だが現代日本は、それとはまったく反対の道を突き進んでいる」p41
「日本人はよく「きれい」という言葉を使うが、それは「美しい」と同時に「きちんとして清潔」という意味もあり、ブルドーザーでならしたばかりの山腹や、コンクリートで改修したばかりの川岸についてもいう。すらっとした人工のものが「きれい」だというのは、1950年代から60年代の「発展途上国」時代の後遺症である。当時、田舎の道はまだほとんど舗装されていなかった。でこぼこの泥道になめらかなアスファルトが敷かれ、朽ちかけた木の手すりが輝くスチールに替わったのを見た時、人々がどんなに喜んだか想像できる」p44
「台風で砂がバケツ一杯流されただけでも、山のてっぺんから石ころがひとつ落ちただけでも、それは行政が対処しなくてはならない」p47
「(企業の廃棄物投棄)田舎の道路際はゴミだらけで、空きビン、古い冷蔵庫、エアコン、自動車、がらくたの詰まったビニール袋など、さまざまなゴミが捨ててある。海岸にはペットボトルが散乱している。メースンは言う「京都の北山をドライブすれば、道端には必ずゴミが落ちている。コロラドなどでは考えられないことだ」。コロラドだけではない。ヨーロッパのほとんどの国でも、シンガポールやマレーシアでもそれは同じである」p80
「元警察官はパチンコ業界に天下り、またプリペイドカードの利益の一部が警察関連組織に流れるから、全国にパチンコ店がはびこってしまった。建設省河川局の役人は儲かるから数百となくダムを造る。無用なモニュメントがあちこちに建ち、海岸がセメントで埋め立てられるのは、建設会社が政府機関から特別扱いをされているためだ」p164
「(加藤シヅエ)ラフカディオ・ハーンの文章を読み、美しい風景を期待して日本を訪れる多くの外国人は、美しく比類のない文化遺産を日本人が無残にも破壊しているのを目の当たりにして驚き、憤っているであろう」p194
「(日本は)伝統文化そのものを見直すことだ。日本の伝統文化には、競争心という傾向が清貧と共存している。かつてならや京都に都を築いたとき、朝廷は肩越しに中国や朝鮮をうかがっていた。奈良時代、真っ先になすべきこととされたのは、国の総力をあげて東大寺を建立することだったが、その目的は唐の都・長安にある巨大な寺院と張り合うことだった」p271
「ウォルフレンが指摘しているように、コンセンサスや遵奉が重視されるために、責任者がだれもいないという状況が生まれる。一度進みだしたら、日本はもう止まらない。舵手がいないから、国家という船が進み始めると、ギアをバックに入れ直すことをできる者がいない。船はどんどん速度を上げていき、ついには岩に激突してしまうのだ」p276