ヴィクトール・E・フランクルのレビュー一覧
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ネタバレ『プラハの古本屋』で出てきたタイトルで興味があったから読んでみた。大好き(というと語弊があるが)なアウシュビッツやホロコースト関連の内容で、小説かと思ったら、医者でありながら実際の被収容者で奇跡の生還を果たした作者が、心理学的に見た立場になって当時をやり過ごしてきたという内容で小説以上に驚いた。そんな視点で過酷な地獄を乗り越えてきたんだと感心させられる。中でもいかに絶望の淵にいようとも未来に希望しているかが生死を分けるというものである。まぁ、希望をもってしても理不尽に殺されたりするのだから運もあったんだろうけど。この本の中でもスピノザの話なども出てきており、哲学は偉大だと思う。ある小説では、哲
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Posted by ブクログ
良書。
ドストエフスキーの引用、「わたしが恐れるのはただひとつ、わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ」が刺さった。極限状態でも善く生きようと試みることの実現可能性を証明している。
ハードな環境を経験もしないで理想論を説かれても説得力に欠けるが、この本ではこの世の地獄のような極限にあってまでも未来や愛する他者、自らの使命を志し生きる希望を失わない人々の姿がよく描かれていた。
確かに、今この身に起きている苦痛に打ちのめされ切ってしまわないようにするためにも、外的な何かに注意の先を向けると言うのは理にかなっている。ロゴテラピーについて書かれた他の著作と併せて読むと理解が深まる。
ただ -
Posted by ブクログ
ネタバレ『新明解国語辞典』の「命」の項を思い出した。
いのち【命】㊀生物が生きている限り持続している肉体や精神の活動を支える根拠の包括的な呼称。〔一瞬一瞬生きることの繰返しとして とらえられる緊張の持続であり、客観的には有限であるものが、主体的には無限の連続として受け取られるところに、その特徴がある〕
例えば、自分のライフプランを考える時。何歳に就職し、何歳に結婚し、最後は何歳で死ぬかとイメージする。このように客観的に考える時、命は有限なものといえる。
例えば、受験勉強をしている時や、失恋をした時。例えその苦しみが1年後には終わると理解していても、一瞬一瞬が辛く、永遠に続くかのように感じる。このよ -
Posted by ブクログ
精神科医の著者が強制収容所での壮絶な体験を語る貴重な本。
4日間で150gのパンを1切れしか与えられずに労働をしていたとは信じられない。
収容所監視者は、やはりサディストが多かったようだけど、こっそり自分の食事のパンを隠して分けてくれる人もいたらしく、まともな人もいたんだと思った。
一番ショックだったのは、著者やその仲間が解放された時に嬉しいと思えなかったこと。
喜ぶという感情さえも失われている状態とは、想像を絶する。
極限的な抑圧から突然解放されることでも精神を害するようで、精神科医の著者は冷静に仲間たちの精神状態を理解して支えていたのがすごいと思った。
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Posted by ブクログ
「人生から何を我々はまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである。」P183
一生忘れないであろう言葉。
これをブログで引用した同期はエグいな。
「苦悩への勇気」って言葉も響く。
「この各個人が持っている、他人によってとりかえられ得ないという性質、かけがえないということは、ーー意識されればーー人間が彼の生活や生き続けることにおいて担っている責任の大きさを明らかにするものなのである。」P186
愛とか家族とか仕事とかのことらしいが、愛も仕事も無いやつは人生に対して責任ないってことになるのだろうか。かけがえのない個人性を持っていない奴に希 -
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