ヴィクトール・E・フランクルのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
これは幸せなことだろうけど、ここまで追い詰められた状況におかれたことが無いから共感・感動の感情を持てない。苦しいときに絶望、とか生き難い、とか感じることがあればまた違う気持ちを持つかもしれないが、まだ自分はその経験がない。
この本は私たちが経験し得ないほどの極限状態、絶望の状況でどんな精神となるのか、生きることをどう考えるかを綴っている。そんな過酷な状況でなくても、生活の中で落ち込み絶望する場面で、客観的に自分を見れるきっかけになるんだろう。
どれだけ厳しい時も、自分がどのような精神的存在になるかについて、決断は下せるし、どう考えるかは自由である。自分の有り様が完全に制限された中で、どう覚 -
Posted by ブクログ
終戦記念日だから、戦争というものがどういうものかを読んでいる。
ラーゲリから愛をこめてっていう映画と驚くほどに似ていた。この映画はシベリアの強制収容所の話だ。人間の残酷さ、戦争というものは大義名分をもって人間性を奪うものだということは普遍なんだと思った。
気をつけてないと、注意深くコントロールしていないと繰り返される。だからこそ、先人たちはこの経験を語り継いできた。
人間というのは、軽薄で楽観的な一面もあり、この「戦争」というものがどういうことかすぐに忘れる。自分とは関係ないという根拠のない楽観に身を置くのは、よくあるヒトの心理らしいので今の私達の楽観はただの根拠のないファンタジーかもしれない -
Posted by ブクログ
イスラエル建国の歴史や今のパレスチナの問題から疑問に感じていることとして、ホロコーストを経験したユダヤ人たちがまるで無神論のようになってしまったのではないか?と言う点があります。
今の状況はホロコーストの帰結としては理解できますが、少なくとも私の倫理観からは理解できません。
本書でも、人間とは人間とは何かを決定する存在であると言う表現や、人生に期待するのではなく、かけがえのないと思う人や事柄がその人と言う存在に意味を与え、人生そのものがその人に対して具体的にどう行動するか期待している言う点など、どちらかと言えば神の不在を肯定するとも取れる内容もありましたが、しかし私にとってもその内容は納得で -
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収容所で何が行われたか事細かに書いてあるものではないが、それでも早く戦争が終わってほしい、早く解放されてほしいという思いで読み進めるのが辛かった。
解放後、希望にしていた未来が来ることがない人々の失意は想像できる範囲でも悲惨で、なんて惨たらしいことをしたんだろうと思う。
「こうしたことから、わたしたちは学ぶのだ。この世にはふたつの人間の種族がいる、いやふたつの種族しかいない、まともな人間とまともでない人間と、ということを。」
訳者のあとがきにもあるように、現在のイスラエルの戦況を見ると憎むべき相手を間違ってはいけないとは思いつつ、複雑な思いだ。 -
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本書は、実際に強制収容所での悲劇のなかにあった筆者、ヴィクトール・フランクルが自分の経験を心理学的に捉えるという試みを通して、人間の真相に迫る、ホロコースト文学。読破してまず感じたことは、これは自分には理解しきることはできないだろう、ということ。
一つには、自分がまったくの傍観者でしかないことがある。これは、筆者もたびたび言及していたことだが、絶滅収容所にいたことのない傍観者の自分には、当事者たちの境遇、心もちを完全に解することは敵わない。
また、人間の恐ろしさ、これも自分には理解しきれない。今までの健やかな生活も、豊かな感情も、すべてを人間から奪う存在がほかでもない人間である、という惨 -
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心理学者が強制収容所を体験して得た知見をしるした本。今年は8月15日に向け本書を選ぶ。こんなに本の書き出しから心が不安定になり鼓動が高まる体験は初めてだ。
一 …とにかく生きて帰ってきたわたしたちは、みなそのことを知っている。わたしたちはためらわずに言うことができる。いい人は帰ってこなかった、と。(P5)
いわゆる体験記で事実を語るものとは一線を画し、著者フランクルが無機質な数字に置き換えられ番号119104として収容された体験を被収容者として心理学者として後世に書き残す。
残虐な強制収容所での現実が被収容者の心にどのように影響を与えたのか、第一段階「収容」第二段階「収容所生活」三段階「 -
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感想が全然まとまらない
読む前の印象
強制収容所での体験記が脚色ありで語られるものだと思っていた。
読んだ後
体験記ではあるが、「これが辛かった、苦しかった」だけでなく、もっと自身や周囲の人々を俯瞰して観察していた。
収容所で行われていたことは、外部から(現在から)見ると人間の所業ではないと思う。
しかし、すべて人間が行ったことであり、そのような状況の渦中にいると異常が日常になるということがよく分かった。
これは著者が体験した強制収容所だけにとどまらず、現代でも「人間が行う、人間とは思えない所業」はたくさんある。
感情が乖離して心が死んでいくが、「何を思って生きるか、何を思って死ぬかは自由 -
Posted by ブクログ
息子へ)
この本を君に紹介すべきか悩んだ。
お父さんがこれまで読んだ本の中で最も衝撃的で、生きるということを考えずにはいられなかったから。
でも、紹介したいと思う。
この本からしか学べないことだし、経験して学ぶ内容ではないからだ。誰も2度と経験してほしくないと祈る内容だから。
本書の原本のタイトルは「心理学者、強制収容所を体験する」だ。第2次世界大戦中、ナチスドイツがユダヤ人を迫害した。強制収容所で強制労働を強いて、人を人して扱わなかった。そこを生き延びた心理学者が、学者の立場で、人間心理を分析するというのが本書の内容だ。
人としての尊厳を完全に奪われた状態。
究極の状態で、人は何を思うか? -
Posted by ブクログ
何度読んでも、人間の強さと、この状況を生んだ酷く脆い人間の弱さに、考えさせられる。
フランクルさんが行き着いた人生の意味。私たちは、人生からの問いに、正しい行為によって答える存在。意味を問われているのはこちらなんだ。
そして、苦悩の中にも一回的な運命を見なければならない。苦悩も幸福も、経験する当人から奪えるものは何もないから。
あとがきまで読んでフランクルさんの主張を理解したつもりになるけど、巻末の収容所の写真を見て、何も理解できてない気持ちになる。
でも、そんな経験をした人間がなお、誰かのためにこの本を残してくれたこと。出版社の序「知ることは超えることであるということを信じたい」とい