浅野裕一のレビュー一覧
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ネタバレ読み始めたときはフォン=クラウゼビッツの『戦争論』ほどの衝撃はなく、「こんなものか」と思っていたが、読み進めていくうちに「紀元前5世紀頃の成立といわれる書物とは思えない内容だ」と思うようになった。
「兵は詭道なり」、「兵は拙速を聞くも、未だ巧久を睹ざるなり」、「彼を知り己を知らば、百戦して殆うからず」など、
今までにいろいろなところで耳にしたことがある言葉が多数出てくるのだが、その大元である『孫子』の全文や解説を読むと、自分の理解はとても表面的で浅はかで、本物ははるかに深淵で広い意味もあったこともわかった。
第1章の最初から「説教くさいな」と思ったのだが、よく読むと「君主が馬鹿だと戦に勝てぬ」ということを説いている。啓蒙主義の2000年以上前に君主の浅はか・身勝手な行動を制限し賢主としての振る舞いを説くとは恐れ入った。「前線(現場)の将軍に後方(で事情の分かっていない)王がむやみに指令を送るな」という考えが通信インフラが猛烈に進展した現代社会の様々な場面で通用してしまうのは、孫子の慧眼を褒めるべきなのだが、なんとも情けないというか、人間は2500年経っても変わらないというか・・。という気持ちにもなる。
2章以降何度も現れてくるのは戦争による経済的損失の概念で、これにも非常に驚いた。兵を起こすことも戦場で維持することも経済的な負担が大きい(だからなるべくやるな)や、敵兵を破って勝つ(見方の損失もある)よりも彼我の損失なく取り込む方が上策であるということを繰り返し述べている。
シミュレーションを重視する姿勢も見える。兵を起こす前、実際の戦闘の前、つまり戦略・戦術どちらのレベルでも何度もシミュレーションをし、勝つための算段をよく考えろという内容がいくつもの章で見られる。
12章の用間篇では諜報の大切さや扱いについても述べている。これまでの章で述べてきた戦略・戦術論の大元である敵情分析、そのデータソースである敵勢の把握をする間諜についてを一つの章を割いて解説している。こういう部分でもただ戦闘をするための書ではないんだなぁと思わされた。
また、本書の全般を通して合理的で現実的な考え方をしていることにも驚いた。
今から2500年前の書物であるのでさぞ迷信も含まれているかと思いきや、「天の災いに非ずして、将の過ちなり」のように天の意思のようなものを否定する記述が何カ所もあり、全編を通して占いや迷信ではなく人の心の動きや地形に対する知識、技術を重視する姿勢を通している。
本文のあとに付いている解説も良かった。
書籍としての『孫子』の扱われ方だけでなく、その著者についてや時代背景も詳しく解説しており、本書の底本となった前漢時代の竹簡本の意味についても論じている。
『孫子』の内容を理解するうえで必須の内容ではないが、書物の周辺の事情がわかるのも面白いので、本文の前に解説から読んでも良いと思った。
本文の内容についてではないが、
以前読んだガリア戦記には多数の異本があるというのに、『孫子』は漢代のものと宋代、それ以降のものもほとんど変わらないということに驚いた。
これは『孫子』独自の特徴なのか、中国語文化の特徴なのだろうか。それとも東洋には「注釈を付ける」という文化があるため原文が保存されやすいのだろうか。 -
Posted by ブクログ
現代でも経営者らに読み継がれる古典中の古典。確かに深みのある言葉が多く、本質的な意味で「使える」思想に出会えるだろう。
本書から受け取った教訓は、例えば、
★戦う前が大事…「彼を知り己を知らば、百戦して殆(あやう)からず」(p54、謀攻篇)、「勝兵は先(ま)ず勝ちて而(しか)る後に戦い、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む」(p62、形篇)。
★結果がすべて…「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」(p41、謀攻篇)、「上兵は謀(ぼう)を伐(う)つ」(p44、謀攻篇)、「小敵の堅(けん)なるは、大敵の擒(とりこ)なり」(p48、謀攻篇)。
★成功体験を反復してはいけない…「故に其の戦い勝つや復(くりかえ)さずして、形に無窮に応ず」(p106、虚実篇)
★他人に人生を委ねてはいけない…「故に兵を用うるの法は、其の来たらざるを恃(たの)むこと無く、吾が以て待つこと有るを恃むなり」(p144、九変篇)
★将たるもの相矛盾する性格を併せ持たねばならない…「故に将に五危(ごき)有り」(p146、九変篇)、「卒未だ塼親(せんしん)ならざるに而も之を罰すれば、則ち服さず」(p168、行軍篇)、「天の災いには非ずして、将の過ちなり」(p180、地形篇)
これは座右の書だな。マストバイ。 -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
孔子という男のみじめな人生が、すべての始まりだった。
「貧にして且つ賤」の一介の匹夫が抱いた、天子にならんとする妄執――そして挫折と怨恨。
それは「受命なき聖人」の神話へと肥大し、ルサンチマンの宗教=儒教が生まれた。
儒教2500年の歴史をまやかしに満ちた復習劇として読み解き、特異な宗教の正体を完膚なきまでに暴く、衝撃の儒教論。
[ 目次 ]
序
第一章 孔子という男
1 妄想の上昇志向
2 野望と挫折
第二章 受命なき聖人
1 孔子の聖人化
2 『中庸』の孔子聖人説
3 孟子の偽装工作
第三章 まやかしの孔子王朝
1 儒教の暗い情熱
2 虚構の『春秋経』
3 『孝経』と孔子王朝
第四章 神秘化される孔子
1 緯書の孔子神話
2 国家権力との駆け引き
第五章 孔子、ついに王になる
1 王者への道
2 偽りの王冠
第六章 儒教神学の完成
1 失われた王号
2 偶像の行方
終章 ルサンチマンの宗教
あとがき
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
同著者の「図解雑学 諸子百家」もお読みの方は想像が付くかと思われるが、「孔子なんぞや」から始まる儒教に対する徹底した辛口批評本。
「論語」の記述から孔子の実像に迫る試みから始まり、後に「王になり損ねた孔子」の怨念と、その後学の徒たちの虚構に満ちた活動を切り下げる内容となっている。
論語の章はともかく、後の儒家の運動がそこまで孔子の願望に忠実にリンクしているのかという部分では首を傾げたくはなるが、最後まで勢いがあるので一気に読めて面白い。
ただし、前書きで著者本人が「一般向けに分かりやすく書けているかは自信がない」というように、儒教に対しある程度の知識は持っていないと話についていけないと思われる。さほど専門的な知識は必要ないと思うが、ある程度は中国思想に馴染みのある人向け。 -
Posted by ブクログ
徳治主義を旗印とする儒教において、聖人とされながらもほとんど現実の政治にたずさわることのできなかった孔子という存在は、その教えに対する大きな矛盾でした。本書は、こうした問題ををかかえ込んだ儒教が、その後の中国思想史においてますますその矛盾を大きくせざるをえなかった経緯をたどっています。
孔子は士官を求めながらも、その願いはなかなか叶えられることはありませんでした。本書ではまず、『論語』などに記された孔子の事績を、彼のかかえている「ルサンチマン」を示すものとして読み解く試みがなされています。
しかし、儒教と「ルサンチマン」の結びつきは、孔子の生涯とともに終わることはありませんでした。徳治主義を掲げる儒教は、聖人であるはずの孔子がなぜ王になれなかったのかという矛盾を解決するための強弁を生み出しつづけ、そのことが儒教の歴史をかたちづくっていきます。著者は、孟子がこの矛盾に直面したことについて論じています。
董仲舒をはじめとする公羊学派も、この矛盾にこたえるために苦慮しなければなりませんでした。著者は、この学派によって編まれた緯書が孔子の権威に拠ったのではなく、むしろ緯書によって孔子を王として権威づけることがなされたと論じています。さらに変法運動の指導者である康有為も、『新学偽経考』や『孔子改制考』において、この矛盾を引きついでいることが指摘されています。
孔子を「ペテン師」とみなすユニークな視点からの儒教思想史として、おもしろく読むことができました。