渡辺京二のレビュー一覧
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◯それでも人々は楽しく暮らしており、食べたいだけ食べ、着物にも困ってはいない。それに家屋は清潔で、日当たりもよくて気持ちがよい。(102p)
◯ 幸福よりも惨めさの源泉となり、しばしば破滅をもたらすような、自己顕示欲にもとづく競争がここには存在しない。(124p)
◯バードは日光の町に立ち寄ったとき、街路が履き清められてあまりにも清潔なので、泥靴でその上を歩くのが気がひけたと言っている。(135p)
◯ すこしも錘をあげる努力をしないで歌を唱うのは、まことにばからしい時間の浪費であるように思われた。時間の十分の九は歌を唱うのに費やされたのであった(239p)
◯ 江戸の独自性は都市が田園によって浸透されていることにあった。(448p)
◯今日では月の光が座敷を照らすことはないし、「月の盛」に寝られぬ思いをする者もいない。(467p)
◯ 徳川期の日本人は、人間をそれほどありがたいもの、万物の上に君臨するものとは思っていなかった。(505p)
★開国期に日本を訪れた外国人たちの記録によって、かつての日本人の姿が浮かび上がる。
★江戸時代には身分の差があって、庶民には自由はなく、貧しく、厳しい生活だった。そんな間違ったイメージは吹き飛ばされる。庶民は豊かで美しい自然にかこまれて、自由に、心穏やかに、楽しく笑って、幸せに暮らしていたのだ。
★江戸の頃には、個人と共同体の垣根が低く、いわば村が丸ごと家族のようなものだったのではないか。だからプライバシーもなく、物を置いておいても盗まれない。老若男女が混浴してもヘイチャラである。いやいやそもそも個人の概念がないのでは。人間も自然の一部、そんなに崇高なものと思ってない。だからこだわりがなく、あっけらかんとしている。などなど、私は研究者でも何でもないが、妄想が楽しい読書であった。
★もちろん現代の方が裕福で、便利で、健康的で、自由で、刺激的な生活であることだろう。大切な人を亡くすことも少ないだろう。それでも、もしも、江戸時代よりも幸せに思えないとしたら、それはまだ進歩の途上なのだと思いたい。 -
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逝きし世の面影
著:渡辺 京二
出版社:平凡社
平凡社ライブラリー 552
考えさせられる書でした。
江戸から明治に変わったときに、日本は気が付かないままに重要なものを失った。
同時代を生きた日本人にはわからなくても、異文明からやってきた外国人は分かった。
その手がかりをその外国人が残した書籍から解読していくのが本書である。
江戸時代は、世界に稀なる、稀有の文明の時代であった。それがじわじわと滅んで、明治・大正・昭和へと進んでいく。日本文化は変わらないが、江戸の文明は滅んだというのが本書の主張なのである
荒々しい日本の自然が生んだものは、共同体として生きることを選んだ日本人の誠実さや、あきらめだったと感じました。昔から、贅沢に暮らすことが幸せではなく、少し窮屈ではあるものの、共同体として生きることを日本人は体得していたんだと思います。
日本が近代化を進めるにあたって、少しずつなくなっていったものがそこにありました。
滅んだもの
・個人が共同体のために犠牲になる状況で、各人がまったく幸福で満足しているように見えること
満足しており幸福であるという印象
・贅沢に執着心をもたないこと、簡素、単純極まりないもの
清潔な家屋、広々とした部屋、部屋には家具らしいものがほとんどないこと
清潔感、街路を掃き清めるという心、生活習慣
・落ち着いた色の服装を好むこと
将軍から庶民まで、質素でシンプルである、富者も貧者もいない
本物の平等感、われわれは皆おなじ人間であると心の底から信じる心
・平和で、争いの少ない和やかな社会
礼儀と優雅にみちた気品のある民
平等で自律的な人々と社会
・忍耐強い勤労
穏やかな表情
・きわめて優秀な農業技術
欧州の農民よりも幅広い独立性を享受している日本の農民
・生活に隠しどころのない裸体の風習、混浴
人情と情愛にもとづく妥協と許し合い、その情愛を保証する性生活
女郎屋を政府が管理する異質な社会
・ムスメという独特な魅力、自由気ままを満喫している
日本の女は美しいというより、感じがいい
実質的な男女平等、隔離部屋もベールもない
たてまえとしては、男に隷従をしているが、現実は、自由で、男に対しても平等かつ自主的である
・日本のこどもは、まるで成人した大人のように賢明で落ち着いている
日本のこどもは、小さな大人である
・江戸は、自然の楽園
鳥類の天国、爬虫類や虫ですら、殺生をしない日本人
日本の建築美は自然と相互に調和している美である
人々の楽しみは、四季の自然を楽しむことである
馬、牛、鶏は、家族であり、決して殺して食べるための対象ではない
それらは、いい値で売買されてはいたが、外国人が食用として求め得るのであれば、いくら積まれても売ることはしない。それは、家族であるからだ
・日本人の寛容性、無宗教観、諦めにも似た死生観
目次
第1章 ある文明の幻影
第2章 陽気な人びと
第3章 簡素とゆたかさ
第4章 親和と礼節
第5章 尾雑多と充溢
第6章 労働と身体
第7章 自由と身分
第8章 裸体と性
第9章 女の位相
第10章 子どもの楽園
第11章 風景とコスモス
第12章 生類とコスモス
第13章 信仰と祭
第14章 心の垣根
あとがき
平凡社ライブラリー版 あとがき
解説 共感は理解の最良の方法である 平川祐弘
参考文献
人名索引
ISBN:9784582765526
出版社:平凡社
判型:B6変
ページ数:606ページ
定価:1900円(本体)
2005年09月09日初版第1刷
2023年10月29日初版第42刷 -
Posted by ブクログ
ずっしりと、どこまでも重い読後感を残す本だ。
自分が読んだもの、触れたものはなんだったのか、繰り返し問わざるを得ない本。
異邦人たちが、見て、感じて、書き残した幕末から明治初年の日本の人びとと風景。
そこには、確かな手触りと懐かしさの実感がありながら、夢まぼろしのように儚く、現実とは思えないような妖しさがつきまとう。
著者自身が何度も断っているように、もちろん単なる日本礼賛のための本ではない。
日本が近代化(西洋化)することと引き換えに、滅んでしまった文明とはどのようなものだったのか。
そして、そもそも、近代化とはどういう人類史的な出来事だったのか。
もはや後戻りはできないことが明確に分かっているからこそ、失われたものの重みが私たちの心を深々と刺すようにのしかかってくる。
近代という時代の病を考えるとき、何度も参照されなければならない本だと思う。 -
Posted by ブクログ
亡くなられた時に、書店に置いてあり購入したが、今まで本棚のすみにしまわれていた。連休に取り出したらページが進み2日で読み終えた。今まで何度か取り出しては読み進めなかったのが不思議だ。
渡辺京二は石牟礼道子の「苦海浄土」の編集者として世に送り出し、「ゆきし世の面影」の作者ですが江戸の昔は決して悪い時代ではなかったと田畑は庭園のように美しかったと書いてます。庶民の暮らしも近所付き合いも温かだった。中学生のころ体罰は受けたが暴力は決してよくないが良き思い出だとしてます。最近のイジメにもちょっと精神が弱いのではないかとも言ってるような。
水俣闘争を戦った人ですが、決して体制に反駁してばかりの人ではないようです。組織には上下の秩序は必要としてます。
180ページほどの本ですが、最終章の「無名のままで死にたい」項はたくさんの付箋と赤線を付けてしまいました。博学な多くの本を読まれた渡辺京二は先人として学ぶべきところが多いです。 -
匿名
ネタバレ20年以上に渡り、知る人ぞ知る、というのには異様な存在感を放ち続ける大著。これを完成させた作業量には感嘆するし、著者の考察も鋭くかつ温かみがあり、これを世に出してくれたことには感謝の念があるのは確かだが、江戸期を喪われた文明としてセンチメンタルに解釈するのは、結論に至れなかった人の、放棄とまではいかなくとも他者、後世への委託であるし、オチの無い尻切れ蜻蛉な読後感が強いのは否めない。
江戸期の日本人が持っていた、高い幸福感や自然への同化能力は、メカニズムとして科学する時代になってきており、もはや19世紀の西洋人の記録を含め史料という紙を突き合わせるだけの従来の歴史学は水掛論の温床になるだけである。
20世紀の知識人たちの一方的な支配を痛切に切り崩した功績は大だが、人類が真に次のステップに移るまでの間、この本の内容は保留のような扱いで冷凍されるだろうと思う。著者が言うポストモダン、踏破され尽くした近代というのは、まだ終了していないのだ。 -
Posted by ブクログ
2005年、平凡社ライブラリー。
元は1995年から週刊エコノミストに連載されたもので著者は熊本在住、市井の研究者だという。
幕末明治の外国人による日本見聞記を邦訳、原著も含めて広く渉猟し、当時の日本人、とくに庶民の人と暮らしそして社会を描きだたもの。
良いことばかりではないことを意識しつつ、いかに平穏で美しく豊かな社会であったか。それは一つの文明であったとし、自身もその時代に生きたかったと。テーマに分け14章に描き出す。
章立ては次の通り。第1章ある文明の幻影、第2章陽気な人びと、第3章簡素とゆたかさ、第4章親和と礼節、第5章雑多と充溢、第6章労働と身体、第7章自由と身分、第8章裸体と性、第9章女の位相、第10章子どもの楽園、第11章風景とコスモス、第12章生類とコスモス、第13章信仰と祭、第14章心の垣根。
とても良い本だとおもうが、巻末の解説が、戦後の左翼インテリが云々と無関係に述べ、せっかくの清涼な読後感を台無しにしている。 -
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ネタバレ-2008.06.03記
著者渡辺京二は、幕末から明治にかけ来日した多くの外国人たちが書き残した記録や文書、邦訳されているものだけでも130にも及ぶ夥しい資料を踏査、彼ら異邦人たちなればこそ語り得た、この国の姿、庶民たちの生活実相を、12の章立てで本書を構成、近代日本の夜明け前の風景が一大絵巻の如く眼前にひろがる感がある。
1. ある文明の幻影
-まずは本章の最後に置かれた著者の言を引く。
私の意図するのは古きよき日本の愛惜でもなければ、それへの追慕でもない。私の意図はただ、ひとつの滅んだ文明の諸相を追体験することにある。外国人のあるいは感激や錯覚で歪んでいるかもしれぬ記録を通じてこそ、古い日本の文明の奇妙な特性がいきいきと浮かんでくるのだと私はいいたい。そしてさらに、われわれの近代の意味は、そのような文明の実態とその解体の実相をつかむことなしには、けっして解き明かせないだろうといいたい。
-また、本章半ばあたりに展開される論
文化人類学の青木保によれば、翻訳-interpretation-不可能性の自覚こそ、異文化の核心に近づくための前提である。
Singular-風変わりな-とかstrange-奇妙な-というのは、理解不能あるいは理解の必要のないものとして対象を突き放す-そういいたければ差別する-態度の表白でもありうるが、おのれの異質なものに接した驚きを起点として、おのれの文化的拘束を自覚し、他文化をその内面に即して理解しようとする真摯な努力に道を開くものでもありうるのだ。
◇オズボーン-Sherard Osborne、1822~75-と、オリファント-Laurence Oliphant、1829~88-はともに、
1858-安政5-年、日英修好通商条約締結のため来日したエルギン卿使節団の一員。
Osborneに「A Cruisein Japanese Waters」、Oliphantに「エルギン卿遣日使節録」などの著書がある。
Os-
「この町でもっとも印象的なのは男も女も子どもも、みんな幸せで満足そうに見えるということだった」
「衣服の点では、家屋と同様、地味な色合いが一般的で、中国でありふれているけばけばしい色や安ぴかものが存在しない。ここでは、上流夫人の外出着も、茶屋の気の毒な少女たちや商人の妻のそれも、生地はどんなに上等であっても、色は落ち着いていた。役人の公式の装いにおいても、黒、ダークブルー、それに黒と白の柄がもっとも一般的だった。彼らの家屋や寺院は同様に、東洋のどこと較べてもけばけばしく塗られていないし、黄金で塗られているのはずっと少ない」
「あらゆる階級の普段着の色は黒かダークブルーで模様は多様だ。だが女は適当に大目に見られており、その特権を行使して、ずっと明るい色の衣服を着ている。それでも彼女らは趣味がよいので、けばけばしい色は一般に避けられる」
Ol-
「個人が共同体のために犠牲になる日本で、各人がまったく幸福で満足しているように見えることは、驚くべき事実である」
「われわれの最初の日本の印象を伝えようとするには、読者の心に極彩色の絵を示さなければ無理だと思われる。シナとの対照がきわめて著しく、文明が高度にある証拠が実に予想外だったし、われわれの訪問の情況がまったく新奇と興味に満ちていたので、彼らの引き起こした興奮と感激との前にわれわれはただ呆然としていた。この愉快きわまる国の思い出を曇らせる嫌な連想はまったくない。来る日来る日が、われわれがその中にいた国民の、友好的で寛容な性格の鮮やかな証拠を与えてくれた」
◇ブラック-John Reddie Black、1826~80-は、1860年代初めから15年を超える滞在。著書「ヤング.ジャパン」
「思うに、他の国々を訪問したあとで、日本に到着する旅行者たちが、一番気持ちのよい特徴の一つと思うに違いないことは、乞食がいないことだ」
◇いわゆるジャパニーズ.スマイルについて-フランス人画家レガメ-Felix Regamey、1844~1907-著書「日本素描紀行」
日本人のほほえみは、「すべての礼儀の基本」であって、「生活のあらゆる場で、それがどんなに耐え難く悲しい状況であっても、このほほえみはどうしても必要なのであった」。それは金で購われるのではなく、無償で与えられるのである。
このようなほほえみ、後年、不気味だとか無意味だとか欧米人から酷評される日本人の照れ笑いではなく、欧米人にさえ一目でわかったこの古いほほえみは、レガメが二度目の来日を果たした1899-M33-年には、
「日本の新しい階層の間では」すでに「曇り」を見せ始めていた。少なくともレガメの眼にはそう映った。
◇リュドヴィク.ボーヴォワル-Ludvic Beauvoir、1849~1929- 1867-慶応3-年来日、著書「ジャポン1867」
彼にとって、日本は妖精風のLilliput-小人国-であった。
「どの家も樅材で作られ、ひと刷毛の塗料も塗られていない。感じ入るばかりに趣があり、繊細で清潔且つ簡素で、本物の宝石、おもちゃ、小人国のスイス風牧人小屋である。‥日が暮れてすべてが閉ざされ、白一色の小店の中に、色さまざまな縞模様の提灯が柔らかな光を投げる時には、魔法のランプの前に立つ思いがする」
「漆塗りの小さな飾り物、手袋入れの箱、青銅のブローチ」など、「つまらぬものだが可愛い品々」、この「こまごまとした飾り物」こそ彼が発見した日本だった。彼はそういったものに「眼がまわらんばかりに酔わされた」、漆器にいたっては、彼の魅了されぶりは「まさに熱病そのものであった」
◇エミール.ギメ-Emile Guimei、1836~1918-世界有数の東洋博物館として知られるギメ博物館の創設者。1876-M9-年来日、滞在3ヶ月。著書「1876ボンジュールかながわ」
「東京日光散策」日本の第一印象は「すべてが魅力にみちている」、古代ギリシャのような日本人の風貌や、井戸に集う「白い、バラ色の美しい娘たち」や、ひと目で中を見通せる住居の、すべてが絵になるような、繊細で簡素なよい趣味や、輝くばかりの田園風景について、惜しみない讃嘆の声をあげる。サンパンの漕ぎ手たちが発する「調子のとれた叫び声」、重い荷車を引く車力が一引きごとに繰り返す「ソコダカ.ホイ」という歌に似た叫びや、漁師たちの櫓のひとかきごとに出す「鋭い断続的な叫び」、ホテルの窓の下を通る「幅の広い帯を締め、複雑な髪を結った」女たちの笑い声や陽気で騒々しい会話や、宿屋で見送りの女中たちが叫ぶ「サイナラ」という裏声にいたるさまざまな音に心奪われ、ギメにとって日本はなによりもまず、このような肉感的な物音のひしめく世界として現れた。
彼は、鎌倉の八幡宮や大仏を見たあと、片瀬の宿屋に泊まった。床について灯りを消すが、耳慣れぬ物音が続いて眠れぬ夜を過ごした。
まずは波の音-海が震えている、その規則正しい音に混じって、ジ.ジというリズミカルな「一種の鳴き声が家の周りを走る」。そして「木から木へ飛び移る恐ろしい呻き声」、その正体は、風が聖なる杉林を揺り動かし、山が震え唸っているのだ。「星がきらめく夜空の下で、山が海に応え、陸と海とが」二重唱を歌っているのだった。日本の夜にはさまざまの霊や精が呼吸していて、人々はその息吹に包まれて眠るのだと感じて、感銘を覚えずにおれなかったのだ。
◇チェンバレン-BasilHall Chamberlain-1873-M6-来日、1911-M44-年までの長きを滞在。-著書「日本事物誌」「明治旅行案内」
「古い日本は妖精の住む小さくて可愛いらしい不思議の国であった」。しかし「教育ある日本人は彼らの過去を捨ててしまっている。彼らは過去の日本人とは別の人間、別のものになろうとしている」
◇ポルスブルック-Dirkde Graeffvan Polsbroek、1833~1916-オランダ商館員。-著書「ポルスブルック日本報告1857-1870」
「私の思うところヨーロッパのどの国より高い教養を持っているこの平和な国民に、我々の教養や宗教が押しつけられねばならないのだ。私は痛恨の念を持って、我々の侵略がこの国と国民にもたらす結果を思わずにいられない。時がたてば、分かるだろう」
◇エドウィン.アーノルド-Edwin Arnold、1832~1904-1889- M22--年来日。原書「Japonica」
「地上でParadise-天国-あるいはLotusland-極楽-にもっとも近づいている国だ」と賞讃し、「その景色は妖精のように優美で、その美術は絶妙であり、その神のように優しい性質はさらに美しく、その魅力的な態度、その礼儀正しさは、謙虚ではあるが卑屈に堕することなく、精巧であるが飾ることもない。これこそ日本を、人生を生き甲斐あらしめるほとんどすべてのことにおいて、あらゆる他国より一段と高い地位に置くものである」
「あなた方の文明は隔離されたアジア的生活の落ち着いた雰囲気の中で育ってきた文明なのです。その文明は、競い合う諸国家の衝突と騒動の只中に住むわれわれに対して、命を甦らせるようなやすらぎと満足を授けてくれる美しい特質を育んできたのです」
「寺院や妖精じみた庭園の睡蓮の花咲く池の数々のほとりで、鎌倉や日光の美しい田園風景の只中で、長く続く荘重な杉並木のもとで、神秘で夢みるような神社の中で、茶屋の真っ白な畳の上で、生き生きとした縁日の中で、さらにまたあなたの国のまどろむ湖のほとりや堂々たる山々のもとで、私はこれまでにないほど、わがヨーロッパの生活の騒々しさと粗野から救われた気がしているのです」などと、歓迎晩餐会でスピーチをしたが、
翌朝の主要各紙の論説は、彼が日本の産業、政治、軍備における進歩にいささかも触れなかったことに、日本の軽視であり侮蔑であると憤激した。 -
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幕末から明治末年までの間に日本を訪れた外国人による日本人への眼差し。ディスカバージャパンならぬディスカバージャパニーズ。彼らの見た「幸福な日本人」は我々と同じ民族なのか?違う民族なのか?著者は言います。「文化は滅びないし、ある民族の特性も滅びはしない。それはただ変容するだけだ。滅びるのは文明である。」同じ時期に海を渡った浮世絵やパリ万国博覧会に出品された超絶技巧の伝統工芸品はタイムカプセルのように150年の時を超え里帰り出来るモノとしての文化だけど、本書に記録されているのは二度と戻らないココロとしての文明なのでしょうか?ピサロに滅ぼされたインカ帝国は、実はスペイン人が持ち込んだ感染症によっての滅亡したのである、と言われていますが、資本主義という成長至上主義はここに描かれる「幸福な日本人」にとっての感染症だったのでは?インディオがなぎ倒されるように「幸福な日本人」も絶滅したのでは?それとも今を生きる日本人の心の奥底には、「幸福な日本人」のDNAは生きているのか?今年のノーベル医学賞のスバンテ・ペーボが証明したホモ・サピエンスにネアンデルタール人が繋がっているように。本書を読みながら思い出していたのは、実は『人新世の「資本論」』です。資本主義を超えた幸せの体現が150年前の日本人の姿にあるのでは?機嫌よく、陽気で、人見知りしないで、深く考えない暮らし。たぶん、違うと思いますが…。ちょうどこの本を読んでいる時に朝日新聞の土曜日版「be」での原武史の連載「歴史のダイヤグラム」に編集者としての著者と作家としての石牟礼道子の2ショットの写真が出ていたのですが、我々の暮らしの底流には、この時代の心が生きている、という想いがこのコンビを成立させているのではないか?と思いました。
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薄々感じではいたが、明治維新を経て日本は別物になった。日本近代は江戸という文明の滅亡の上に打ち立てられたのである。渡辺はその文明の諸相を追体験するために当時日本を訪れた異邦人の記録に頼った。それを読むと我々現代人も当時の異邦人と同じ視線で当時の日本を見ていることに気づく。
江戸後期の日本は私にとっても憧れの時代である。何より羨ましいのは「この国民は確かに満足しており幸福であるという印象」と言うことだ。西洋思想と産業革命が入って来る前の日本が、どれだけ完成された文明を持っていたか。そこには欧米列強の開国要求や西洋文化、近代思想の流入という避けられないものがあって、なるべくしてなったものである。だからこそ儚くも愛おしい。今だからこそ知り、推測し想像しておきたい。我々が直接知らない昔の文明のこと。 -
Posted by ブクログ
江戸末期・明治初期の日本を訪れた西洋人が感じた「驚き」が、これでもかと紹介されている。日本人であるはずの自分だが、これを読むと、彼らと同じ目線で一緒に驚くことになってしまった。
「昔の日本ってこんな感じだよね」と漠然と考えているイメージ(たぶん、時代劇とかで作られたやつ)が吹き飛ぶ。当時の日本はこんなに不思議な国だったのだ。
逆にいうと、先祖代々続いていると思っていた「文明」が一度滅んでいたということ(少なくともそう言っていいほど「西洋化」してしまったこと)。そして、ほとんどの人が、そのことに気がついてさえいないこと。なによりも、それに驚く。
日本人ならこれは読むべき。 -
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著書は慎重に、しかし「独自の視点を持つ観察者がいて必ず観察され、その視点から言及することを逃れる術はない」というその言及に当たる事実を忘れることはない。
その目線がいかに親日的、優しいと言われようと、そう言われる土壌が、反応する培地があるはずとしてすくい上げた中に、日本人の持っていた心性と、結びついた生活感覚や生活器具、またそれらを取り巻く価値観とコスモス(エコシステム)があったと見る。
他者からの目を(この場合幕末、明治期に来日し記載を残した、外国人の記録物)、徹底的に事実(言及された本文)として取り上げ、それを多く並べ、培地を探る。その培地から上記のような日本人の心性〜コスモスまでを浮かび上がらせる手法をとっている。非常に慎重。 -
Posted by ブクログ
まず、大著であり読破するのは相当困難であると覚悟してください。あとがき、解説までで594ページ、活字のポイントも小さめで、相当に時間を要します。私はちょうど1週間かかりました。ですが、それだけの時間をかけて読む価値のある書籍であることは間違いないです。特に第一章がやや難解なので、なかなか読み進めないな、と思う方は第二章から読み始めてもよいと思います。具体的でわかりやすいです。
著者は『古き良き日本』を振り返る懐古の書として書かれたのかもしれませんが、これを読んで共感はしても、今さら便利な生活を捨てて江戸や幕末の生活にもどりたいと思う人はいないでしょう。それよりも私が印象的だったのは、ところどころに語られている日本人固有のマインドセットについてです。そこに注目する方が、この書籍を読む価値が上がると思います。『衣食足りて礼節を知る』と言いますが、足りてなくても礼節をわきまえていたのが、昔の日本人であったと知ることができましたし、それは少なからず今の我々の中にも宿っていると私は思います(やや薄れてきているのは否めませんが)。
ぜひ、一読をおすすめいたします。 -
Posted by ブクログ
読みたかった本ナンバーワンをようやく読むことができた。
10年もの連載なので長いといえば長いけど、
エピローグを読んで得心した。
とりわけ、
「アジア宣教は単に、北方プロテスタンティズムによるカトリック世界の縮小を補償するものではなかった。それは著しく後年の共産主義者の世界革命理念に似ている」
という一文に感動した。
ま、エピローグを読んで初めて全体というか、
渡辺氏の考え方が分かるというのも、
自分の拙さなのだが。
単行本にしたとき(2017年)86歳の渡辺氏。
今は90歳を迎えられたか。
肩の力を抜きつも、聡明な文章が私は好きだ。
文句なく星五つ。 -
Posted by ブクログ
近代史の専門家である渡辺京二氏による、講演を本にまとめたもの。研究が深い。論旨も明確であり、学術的で説得力がある。特に、最初の「近代と国民国家」が参考となった。近代から現代にかけて、人類が何を追い求めてきたのか、国家とは何かを示している。面白い。
「(中国人留学生秋勤しゅうきん)秋勤さんは横浜で日本人兵士が日露戦争に出征する風景を見た。そして大変感激してこう書いているのです。「日本人はかように心を合わせ、軍人をこんなに貴んでいます。だから彼は戦に生命を投げうたずにいられましょうか。だから、みな死を恐れぬ心を持つようになり、自分たちがもし勝てなかったら、国に帰って人々にあわせる顔がないと思っています。人々がみなこのような考えをもっているので、戦のたびに生命を投げうち、砲火を避けず、前が死ねば後がさらに進んでいくのです。今日ロシアという大国が小さな3つの島国の日本にこのように敗れたのも、大部分はこのためです」p12
「天皇のためであれ、人民のためであれ、自分は国家の運命と切り離せない存在なのだという自覚が成立しているのです。この成立はけっして自然なものではなく、秋勤も教育の結果だと言っているではありませんか。日露戦争時の日本人がしぶしぶであれ、よろこんでであれ「義勇公に奉じ」たのは、維新以来すでに40年近く教育されてきたからなのです」p13
「天皇制国家のために死ぬのは誤った愛国だが、民主主義国家や社会主義国家のために死ぬのは正しい愛国だというような区別はナンセンス」p16
「国家のリーダーとなりエリートとなった者たちには、立場が右であれ左であれ、国家主義であれ民主主義であれ、必ず民衆が、自分の生活ばかりにかまけて国家あるいは社会の大事に気づこうとしない能天気野郎のように見えるのです。そのような民衆を教育し、その尻を叩いて、国家の運命に目覚めさせ、国民としての責任、義務を遂行するように改造せねばならぬというのが、彼らの強烈な脅迫観念になるのです」p17
「(長谷川伸の足尾九兵衛の懺悔)前の年の節句の日、井伊掃部頭が桜田門で雪の中でやられたと聞いても、今年の正月これも江戸の坂下門で老中の安藤対馬守がやられたと聞いても、ちょっとも騒がぬ手合いです、わが国がどうなるか、心をつこうたことがない、早く言えば月給さえ貰えたら、国がどうなるか考えぬというような者と似たヤツです」p20
「河原町の油屋という家の二階で、浪士が二人暗殺されたと、噂を、その朝すぐ聞きましたが、それが坂本龍馬と中岡慎太郎だということを、聞いたやら聞かぬやら、聞いたにしろ、ほゥそうかと言うぐらいのもの、どういう人物で、どういう事件やら、私どもは知りません」p20
「(石牟礼道子の西南役伝説)肥後の農・漁民はあの明治10年戦争を、まったく天災のようにやりすごしたことがわかります。彼らの眼からすると、天朝さんと西郷さんが何で喧嘩しているのかわからないし、またそんなことにはまったく関心がありません」p22
「むろんお上はいろいろ口出ししますし世話を焼きますが、そんなものは頭を下げていれば、みんな頭上を素通りしてしまうのです。足尾九兵衛が懺悔する国家への無関心とは、実はこのような民衆世界の自律性を語っていたのです」p24
「世界経済がグローバル化するにつれて、自分が属する国民国家の地位が自分の生活に直結する例は増加するのですから、グローバリズムは国民国家を逆に強化することになります。(みなが国益を追求するようになるから)」p29
「社会の福祉化、人権化、衛生化が進むにつれ、個人はますます国家あるいは社会の管理を受け入れざるをえなくなります」p30
「個人が国家の管理に従属してゆく様相は、今後強まるばかりでしょう。それはみな、民衆世界の自立性を近代が撃滅した結果ののです」p30
「私は国家の介入を悪とする市場万能主義者ではありませんし、ケインズ主義の適切な復権こそ今日必要ではないかと考えております(民営化に反対)」p43
「国民の生活水準を維持したいならば、並立する諸国民国家との経済競争に勝ち抜かねばなりません。もちろん、生活水準なんてどうでもよろしいという生き方は、個人の信念としては可能です。だが、個人として信じる道は他者にもすすめてともに歩みたい道であるはずですから、他者にすすめても到底受け入れてもらえない道というのは、何か欠陥があるのです」p46
「自分の同胞である人々が国民国家の国民という存在形態を生きている以上、自分だけオラ知らねえといった態度はとれない。これが、反国家主義が突き詰めると成り立たぬ理由になるかと思います」p50
「(アンガス・マディソン)人類1人当たりのGDPは西暦元年には400ドルであり、これは西暦1000年まで変化しなかったそうです。つまり一千年間ゼロ成長だったのです。1000年から1820年までの間に、わずかな成長があって、1820年には600ドルに達しました。1820年以降は急激な成長が生じ、20世紀末には6000ドルを超えるに至りました」p64
「フランス革命のどこに自由や人権の確立がありましょう。個人の自由と人権がまったく無視されたのがフランス革命の特徴です」p116
「フランス革命には確かに近代的な一面があります。それは中央集権行政国家、言い換えれば近代国民国家を創設したのであります」p119
「世界の資本主義的市場化が完了すれば、あとに残るのは地球規模の均質的斉一的なモダンライフにほかなりません」p184