渡辺京二のレビュー一覧
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熊本大学での講演が中心で、そのため非常に読みやすい。もし講演を実際に聴いていたら、一生懸命メモをとっただろう。実は、まるで学生のように、本に線を引いて、簡単なレジメを作ってしまった。なんというか「お勉強心」が刺激される。
「近代」の両義性についての著者の考えが、かみ砕いて語られている。「近代化とは何か」というテーマは、決して議論されつくしたわけではないとあらためて感じた。自分がいかに無意識に、通説的な歴史観の枠組み内でものを考えているかということを痛感する。
アカデミズムとは距離を置いてきた著者ならではの、射程の長い考察で、もっと突っ込んだ話を聞きたくなる。もう八十歳をこえられたそうだが、「進行中の仕事が一つ、これから書きたいと思う大きなテーマが二つ」あるとのこと。うーん、すごい。 -
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ネタバレおどろおどろしいタイトルではあるが、講演録なので内容は平易である。
近代とはどういう時代であったか?
それは市場経済が世界化することによって始まり、かつてない衣食住の向上(ゆたかさ)を人類にもたらした。
しかし、それが皮肉にも「ふたつの呪い」に転化していく。
一つ目。ゆたかさをインターステイトシステムのなかで維持していくためには、強力な国民国家(民族国家)づくりが必要だった。その結果、民衆世界の自立性は解体され、民衆は教育された「国民」として国家に拘束されていった。
二つ目。急激な経済成長と人間中心主義を前提とする近代科学は、自然を資源として収奪し、自然と切り離された生活世界の人工化=カプセル化を推し進めた。
これが近代だ。本書はそういう著者の思想のエッセンスとなっている。
個人的には、近代の起点として神話化されたフランス革命が決してバラ色ではなかったと説く第三話が強く印象に残った。 -
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近代化・西洋化に伴い滅んだ「日本の文明」を、幕末・明治期の外国人の訪日記から考察。
外国人が驚愕・混乱・嘲笑・嫌悪・称讃する当時の「日本の文明」は、2026年現在を生きるわたしにとっても驚きばかり。せこくて、だらしなくて、だが正直で自由——かつての日本人の生き方が少し羨ましくなった。
著者は公平な立場から各記録を引用し、意見を述べているようだが、あまりに的外れと思しき箇所については辛辣www
小泉八雲&セツ夫妻をモデルにした朝ドラ『ばけばけ』(ふじきみつ彦, 2025〜2026)が放送されている現在。個人的にはタイムリーな読書となったが、八雲は特殊すぎるのか本書では全く引用されず。
ただし、長い! 読み終えるまで半年近くもかかってしまった! また、わたしが買った一冊には「読書人垂涎の名著」と書かれた帯が巻かれていたが……それほど珍しくて優れているのか? -
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ファンタジーが好きならば呼んでおけと友人がお勧めしてくれました。
渡辺京二さん。初耳です。
もう亡くなられていますが、80歳を過ぎて講演で話した内容を書き起こした物のようです。口語体で書かれているので話しかけられてる風です。
ファンタジーの王道、ナルニア物語、指輪物語、ゲド戦記等等の著者や当時の時代背景、友人関係、作品の紹介などなどとにかく情報が多い。
最初CSルイスの生涯から始まるのですが、ナルニア物語を私は読んだことがないので作品の紹介を少し触ったところで一端読み飛ばして次の章へ(ネタバレ好まない、さらの状態で読書は楽しみたい派です)トールキンも彼の紹介はすっかり読んで、指輪物語の章はパス、、、。
さあお待ちかねルグウィンの番。ゲド戦記は半分まで読みましたのでそこまでの箇所を読んでみたらこれが面白い。京二おじいさんの解釈で
、そう、あらすじもわかりやすいし、物語の背景の紹介とか、ポイントとなる場面が実にスッキリと紹介されてまして唸りました。作者の背景も詳細にお調べされているようなので作品の解釈が奥が深いんですよ。
→これは、絶対に一度ファンタジー自体を読んだ後に読むべき本だと確信しました。そうすればものすごく楽しめる本であります。
というわけで、最後まで沢山の作家さんと、著名な作品の紹介が続くので随時読み飛ばしながら一端終了。ちなみに上橋さんやJKローリングなど今の時代の作家さんは紹介されてません。
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幕末から明治初期にかけて日本をおとずれた外国人の印象記を渉猟し、それらの記録で語られている、現在はうしなわれた「文明」について論じている本です。
著者は日本人の歴史研究者のなかに、サイードの「オリエンタリズム」の考えかたを流用して、江戸時代の日本および日本人を称賛する外国人のことばを否認する傾向が見られることを指摘し、それを批判します。たしかに、そうした賞賛のことばをひっくり返して否定しさえすれば、日本の伝統の「本質」が把握されると考えるのはまちがっています。
しかしその一方で著者は、「私の関心は自分の「祖国」を誇ることにはなかった」といい、「私は現代を相対化するためのひとつの参照枠を提出したかったので、古き日本とはその参照枠のひとつにすぎなかった」と述べています。
外国人によって賞賛される日本および日本人にかんするさまざまなエピソードは、自分たちとは異なる文化に出会った彼らの驚きが出発点となって語られた言説であり、それによって日本および日本人についてのなんらかの本質的な規定をそこから引き出しうるようなものではありません。著者自身も、「私はことごとに「日本」を問題にしなければならぬ状況にうんざりしている」と、率直に語っています。本書に引用されている数々の証言は、個々人の体験という一点景にすぎないとはいえ、同時にそれは点景として把握された事実でもあります。
前近代の文明から遠く離れてしまった現代の日本に生きるわれわれにとっても、外国人の訪問者とおなじく、それらの点景を通じて日本の過去を知ることも可能であり、また過去から学ぶことも可能でしょう。著者がめざしたのは、そうしたしかたで現代のわれわれがそのなかで生きている文明を相対化する準拠点のひとつを示すことであり、それ以上でもそれ以下でもなかったと考えます。 -
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開国後に訪日した外国人の書き記した文献や絵画から当時の日本を眺めることができます。
現代の日本人はストレス過多で、人の目を気にして自分の気持ちを押し殺しながら日々の糧のために生きていると感じているのですが、
この本に書かれた日本人は愛嬌があり寛容で働きながらも祭りや季節の行事を楽しんでいて、何やら違う民族の話を聞いてるような感覚になります。
けれども、本来そう言った気質があったということは、現代日本人にも素質はあるのではないか?と希望を見出せるのではないでしょうか。
困難なことでもその中から独特な発想で解決を導き出したり、遊びが好きな気質などがそれに当たるかと。
昔に戻ることはできませんが、目指すことはできます。過去称賛ではなく、良いものに目を向けそれを伸ばしていく。本書からはそんなきっかけが得られるかもしれません。 -
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著者の五つの講演をもとにした文章を収録しています。
日本における近代的な国民国家の成立は、中国の女性革命家である秋瑾を讃嘆させました。しかしこのことは、近代以前の民衆がそのなかに根を下ろしていたはずの、イリイチ的にいえばコンヴィヴィアルな活動が、国民国家という枠組みのもとで再編成されたということを意味しています。著者は、近代につきまとうこのような二面性の双方を見わたして、現代を生きるわれわれが直面している問題の輪郭をえがき出そうと試みています。
また本書には、著者のフランス革命にかんする考察と、大佛次郎にかんする考察が含まれています。著者が大佛次郎賞を受賞したことを契機として、『ドレフュス事件』や『ブゥランジェ将軍の悲劇』などの大佛の作品を読みなおし、フランスの第三共和政についての関心を呼び起こされたことが、これらの講演につながっています。そこで著者は、フランス革命の暴力性に目を向け、近代の病巣の根深さを指摘しています。
いずれも講演で語られた内容がもとになっているので非常に読みやすく、著者の問題意識の所在が明確に示されているように感じました。 -
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本書はエッセイ集であるが、不思議な感覚を持った本だった。
「あとがき」に、この本の成り立ちが書かれているが、筆者がインタビューを受けたものを文章に起こして新書化したもののようである。インタビューがベースになっているので、書いてあることが「軽い」感じがする。また、筆者が「自分の話したいことを話す」ということで出来ていると思うが、従って、テーマが割と広範にわたる。
全部で6章の構成となっている。1章は、筆者の生い立ち。2章はどちらかと言えば「年寄りの繰り言」的な話。3章は幸福論とでも言うべきもの。4章は江戸時代、5章は国民国家についての内容。最後の6章は「無名のまま生きたい」という題名であり、本書全体の書名とも重なっており、筆者の人生観を示している。面白く読める部分もあれば、あまり面白くは読めない部分もある。
私が本書を手にとったのは、筆者が書いた「逝きし世の面影」という本を10年前くらいに読んだことがあり、それがとても面白かったからである。10年ぶりの渡辺京二であるが、その間、筆者の他の本を読まなかったのは、この方の本を書店で見かけることがあまりないから。
渡辺京二は1930年8月1日生まれ。本書は2014年の8月20日の発行なので、筆者が80歳代前半の時のものだ。この本は、特に面白い本だとは思わなかったが、80代になってこのような本を出版出来ること自体が既に驚異的なことであり、敬意を払わざるを得ない。
筆者は昨年の暮れ、2022年12月25日に亡くなられている。92歳であった。亡くなられたという報道を読み、筆者の作品を読んでみようと思い立ち手にとったのが本書。他の著作も続けて読んでいく計画。 -
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ネタバレ「近代とは何だったのか」をテーマに、日本や世界の近代化を問い直している。一般に、近代がわれわれにもたらしたものは人権・平等・自由の三点に漸くされる。しかし、江戸時代においても無秩序状態というわけではなく、その時代に即した人権のとらえかたがあり、前近代社会よりも一面では近代社会のほうがキュウクツで、江戸時代にもそれなりの平等はあったことなどを興味深い内容だった。
筆者が考える近代の恩恵は「衣食住の豊かさ」である。フリーな市場経済の世界化が衣食住の貧困を克服させた。その大小として2つの近代の呪いを人類は背負い込むことになったという。ひとつはインターステイトシステムであり、もうひとつは世界の人工化である。
生活のゆたかさを新たにとらえ直し、経済成長がなくなればこの世は闇というような考え方を克服することは難しい。具体的にどうしたらいいのか。