磯崎憲一郎のレビュー一覧
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ネタバレえっ、コメディ?(笑)
タイトルから、暗~いしみじみした地味な話かなぁと思ってたら、なんかこのダメ男くんおもろいんだけど!
妻が分からん・・・女は怖い・・・・ともがき続けながらも8人と不倫て!www 逆走くん?なんなの?
8人と次々に不倫してるぐらいだし、会社でも出世してるみたいだからエリートのモテ男なんだろうけど、その内面が結構行き当たりばったりで、本当に直面しないといけないことからは逃げ続けてて、挙句の果てに延々もんもんと悩み続けてる・・・て、なんかもはやギャグですなw
最後はいきなり、えっ、しまこうさく!?と思った・・・。案外そんな出世コースをたどるのかも。 -
Posted by ブクログ
果てしない時の流れを感じる文体は『肝心の子供』からそうだったのか。途切れない命の積み重なり、あるいは永遠なる命の流れ。川が流れるのと同じように、命も流れていく。そして、それがブッダであるかラーフラであるか、またティッサ・メッテイヤであるかは大きな違いではない。誰も皆、同じ命、太古の昔から続いてきた命であることに変わりはないのだから。
最後に収録されていた対談の内容は、あまり良く分からなかった。小説家ってこんな難しいことを考えているんだ、ということで。そして、二人の話が本当にかみ合っていたのかどうかも疑問。それは単に私が内容を理解できていなかったからか。 -
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利他とは何か、という題名だったので利他の本質について追求していく本なのだと思っていたが、「利他」という事柄をそれぞれの専門家がそれぞれ定義づけし、考察するような内容となっており、「利他についての諸考察」等の題名の方がしっくりとくる気がしている。
様々な角度から利他を語り、全体を俯瞰して見るとぼんやりと全体像が見えてくるような。
まるで、ピカソの多視点画をみながら全体像を探っているような本だと思った。
しかし、この本を読んで最終的に絵の全体像が見えてこない気がするのは、各専門家が利他について相互に刺激を受け、お互いの観点を踏まえた一段上の視点を提示するのが少ないからだろう。
せっかくこれだけの人材を持ち寄り、研究しているのであればもっと各専門家の視点がクロスオーバーしながら語るような内容があつくても良かったのではないかと思う。 -
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読む前
利他はほとんど存在しないでしょう
見返りを求めたり、「利他」的な行為をする自分に酔ったりしてるだけなのでは→結局は利己
でも、親が小さな子を守るみたいな行動は利他だといってもいい?
↓
いずれの章にも共通するものとして、「余白」「うつわ」、つまり自分の意志以外のものの介入を許しているということがあった。逆に、その介入を許さない場合、それは利他ではない
利他が「生まれる」(「する」ではない)時は、自然に、すなわち「オートマチックに」生まれるものであり、それは自分の意志ではなく何か大きな力がはたらいてこそのものである
3章〜5章で論じられていることが利他に結びついているのかあまりわからなかった。そもそも話の構造を理解できてないだけかもだけど
当初の私は利他を否定しつつも、これは利他といえるんじゃないかと思える事例が何個か思いついていたので、「余白」という言葉がしっくりきた -
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利他に関する論考集。
第一章の伊藤亜紗氏は、合理的利他主義や効果的利他主義といった利他についてのトレンドを概観し、その根底には利他の効果の数値化があること、数値化により漏れてしまったり失われてしまったりすることがあると説く。利他の効果を数値化することは、自らの利他的行為が相手に与える影響を規定することに繋がり、押しつけや他者の支配に繋がる。そうではなく、予測不可能性を受け入れること。予想外の他者の反応によって、自らの方が変わること。これを「うつわ的利他」と表現しているが、相手を享けることのできる利他が、良き利他ではないかと述べている。
第二章では、中島岳志氏が、贈与論から利他を考察している。贈与は暗黙に返礼を要求しがちであり、古来より相手の支配や権力に繋がってきた。利己的でない利他をするためには、返礼を前提とせず、しかし「不確かな未来」による結果論的な間接的互酬性によって、良いことが返ってくることが望ましい。
インドで助けられたときに、ありがとうと言ったらかえって嫌がられたというのは、最近読んだ『ヘタレ人類学者、沙漠をゆく』にも繋がっていて、面白かった。
第三章以降は、民藝・中動態や意思と責任・小説史について論じられる。…が、利他という本書のテーマから見ると、寄せ集め感、取ってつけた感があるというのが正直なところ。「はじめに」で、5名の著者が共同研究しており、単なる論考集ではないと説明されるが、やや無理がある印象。
個人的には第四章の中動態の話は、その考え方のよい導入となったので興味深く読んだ。他の章も、読む価値が無いとは思わない。ただ、本書のテーマからは、やはり乖離がある内容だったとは思う。
なぜ利他が必要なのか、という点をもう一度考えてみたいというのが読後の印象。利他の必要性も、個人と、社会システムなどとでは異なるだろう。「必要」という考え方そのものが、利他とはそぐわないような気もする。
第一章で紹介された効果的利他主義は、共感を排除するという。共感ベースだと、身近な人や見えてる人以外への支援ができなくなってしまうからだという。一面では理解できると思う一方で、それは利他というより政治の領域なのでは?とも思った。政治に期待できないからそういうことになっているのかもしれないけど、でも、寄付や社会貢献的な文脈で利他を語るなら、政治や行政の働きとの区別については気になった。 -
Posted by ブクログ
遊びと利他を読んで、利他を、もう少し知りたくて。
後半になるにつれて、どう利他に関係するんだろうとかわかりづらくて飛ばし飛ばし読んでしまった。
数値的利他は、違和感を感じた
数値ですぐに結果がでない社会課題への支援や関心を廃れさせてしまうのかなぁと。、
利他というと何か押しつけがましく、意識高い系に思ってしまっているけど、
うつわ的利他、、、
自分のやったことをいいでしょ、ではなくて、
その結果自分に戻ってまた変化の可能性がある余白があるものとして捉えた方がよいのでは
ということかなぁと。この考えはしっくり来るし、自分のボランティアのスタンスと同じだなぁと思った。