ウラジーミル・ナボコフのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
本作を評して英語とのロマンスを描いているというほど言葉遊び(言語遊戯)が多い。例えもよく分からないことがある。そもそも文章が長すぎてかなり読みにくいのに。こうした特徴がそもそも翻訳小説でナボコフを読むのはどうなの?と思わざるを得ない。作中に散りばめられた文学的な挿入も英語・ロシア語圏の話で全く身近でない。読者に高度な知識と読解の忍耐力を要求している本を翻訳で読んでいるのが間違っている気がしてならない。そのとっつきにくさ緩和するためにを少女性愛というポルノをフックにしてるのだろうと思われる。
本書のいいところは読みにくい文をちゃんと読んだ後に訪れるイメージの豊かさにある。このすさまじい筆力によ -
Posted by ブクログ
ネタバレ文章力のあるオタクっぽさがあって面白かった。
始まりこそ、幼少期に特別な女の子がいて、その子と別れねばならなくなり、拗らせた結果の逃避行劇なのかしらと予想していたが…、
急にp30にて、オリジナル理論の紹介が始まってまた話の流れが変わってきた笑
さて今から、次のような理論を紹介したい。九歳から十四歳までの範囲で、その二倍も何倍も年上の魅せられた旅人に対してのみ、人間ではなくニンフの(すなわち悪魔の)本性を現すような乙女が発生する。そしてこの選ばれた生物を、「ニンフェット」と呼ぶことを私は提案したいのである。p30
などと言い出し、どこかのオタクみたいなことを言い出す奴だなと笑った。
健 -
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Posted by ブクログ
ネタバレ『ボヴァリー夫人』読後すぐに、ギュスターヴ・フロベールの章を読んだ。
フロベールの手紙も引用して『ボヴァリー夫人』を詳細に紐解く。かなり細かい説明があり、共進会の読み難かった部分は交響楽を模して表現していた事に納得した。
フロベールは対位法的手法を取り入れて書いている。この手法は、複数の会話や思考の流れを、平行して挿入したり、絡ませたりする。
また、章の中で主題が波のような流動態で移行していく、構造的移行も用いている。
正にナボコフの講義を聞いているようであった。
ナボコフは言う。良き読者は小説と同化して読まない。共感ではなく、客観的に読むということかな。そして再読し、情景を脳内に再現できるぐ -
Posted by ブクログ
異形の大作家とも形容される著者の大ベストセラー作。ロシアに生まれ、アメリカにわたって、ロシア語から英語での執筆スタイルに変えて生まれたのが本作です。
ヨーロッパからアメリカに渡ってきた主人公の容姿端麗な中年男性、自称名ハンバート・ハンバートは、少女性愛者です。偶然が重なって間借りすることになった家宅で、そこの娘、ドロレス、愛称・ロリータとハンバートは出会ってしまう。ハンバートは魅力を放つ特別な少女のことを、妖精のニンフをもじり、ニンフェットと呼びますが、ロリータこそが理想的なニンフェットだとして、本性を隠しつつ狙いを定めていく____。
本書は初め、パリにあるポルノ小説のシリーズで悪評高い -
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ネタバレ大久保康雄訳で読んだ。
もちろんロリコンの語源になった作品だが、ロリコン男がうひひひひと思いながら読むような本ではまったくない。
周りくどく分量が多い文章のために読むのにとても苦労した。これは翻訳のせいではなく、作中作である犯人の獄中記が晦渋なため。
犯人ハンバートが逮捕された理由は性的虐待容疑ではなく、道路交通法違反および殺人容疑だと思われる。ロリコン部分についてはたぶん病気として扱われている。
うっかりすると読み飛ばしてしまいそうだが、
「私のなかに棲む原始の野獣は、殺人がすんで、もはや何も気にすることがなくなり、何をしてもかまわなくなったとき、しばらくのあいだ抱いていられるような薄着の -
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ナボコフはぼくにとって躓きの作家だ。
文学の鑑賞のしかたがきっと根本的に違うから。
彼の主義主張はざっとこんな感じだと思う。
・文章はぶつ切りにして顕微鏡の下に晒せ
・描写の緻密さ・特異性こそ至高
・会話文がおおい俗な小説は犬にでもくれてやれ
・「感傷性」と「感受性」を区別すべし→青臭い感情移入は唾棄すべきだ
ナボコフはこの上巻ではゴーゴリを絶賛し、ツルゲーネフは情状酌量、ドストエフスキーに至っては「嫌い」とはっきり断言している。
現代の評価からすればむしろ逆の結果……というのは言わずもがなだが、それだから彼の評価はあてにならないということにはならない。
おそらく彼の文学観は主流ではな -
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とにかく「精読」、引用ばっか、でも…ーー
引用が非常に多い。自説の主張が乏しい。
結局は何が言いたいのか?そればかり気になっていたが、気づいた。
「読み込む事によって、小説の醍醐味をとことん感じろ!」ってことだ。
引用の分量に比べ圧倒的に少ないが、
ナボコフの鋭い(時に鋭すぎる!)指摘がそこここに散りばめられていて、盲を開かれることが沢山。
その表現が典雅で詩的な表現で書かれていて、読んでいてふくよかな気持ちをもたらしてくれる。
・・・とてもじゃないが本書のレビューなんか書けんわw どだい無理なはなしw
・・・結局、世界文学の"超"名作を(断片的ながらも) -
Posted by ブクログ
ナボコフが大学で行った講義のメモを、編集者がまとめたもの。どうやら残されたノートはかなり断片的であるらしく、この本を読んでいても、小説についての「まとめ」の批評が無いままに終わる章が多く、アレ?という気にさせられる。ナボコフはきっとアドリブで、講義の最後を華麗にまとめたのだろう。
取り上げられた「世界文学」のうち、オースティンの『マンスフィールド荘園』だけは読んだことがない。他は読んだとは言ってもかなり昔のことで、再読もほとんどしていない。ナボコフは再読を「良い読者」の条件の一つに挙げているので、私はぜんぜん、良い読者ではない。
芸術としての小説という観点にナボコフは厳しく絞り込む -
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Posted by ブクログ
ネタバレ友人Tからのプレゼント。読みにくいしなぜロリータをそんなに魅力的に感じるのか良く分からなかった。読みにくさは、表現が分かりにくいのと、よく海外文学の文章を引用して使うがそれらに馴染みがないから真意が伝わりにくいからだと思った。そして最後の方は誰が誰だか分かりづらく、なぜクィルティを殺したのかあまりよくわからなかった。最後の方は、ロリータの姿かたちも変わり望んだ再開ではないところに、少しハンバートの哀愁を感じる一方で、それでも全て通して結局一貫して一人の人をこれだけ愛せるのはすごいことだと思った。ここまで書いた後にチャットに色々自分の理解の確認や意見を求め、クィルティの部分を聞き、「ハンバート
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Posted by ブクログ
ネタバレチェスに取り憑かれたルージンの物語。ルージンの妻となる女性に一貫して名前がないこと、彼女も夫をルージンと呼び、作中で登場人物がルージンに名と父称を尋ねてもルージンが答えないこと、最後にルージンが窓から飛び降りた後に、彼がアレクサンドル・イヴァノヴィチと呼ばれることに何か意味があるんだろうか。前書きに、ルージンはイリュージョンと韻を踏む、とあったから、チェスに魅せられた彼の人生は全てチェス盤上の幻で、彼が死んだ瞬間に幻から人間性を取り戻したんだろうか。僕はゲームから降りる、と言って飛び降りたルージンの人生はチェスのゲームであったとは言えそうだけど、そこまでが難しくて頭に入ってきづらい文章だった。