石井妙子のレビュー一覧
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ノンフィクション作家の業のようなものを感じる。当人と会ったこともない人が良くぞここまで対象を掘り下げることに感嘆する。
あの小池百合子を描いた「女帝」が面白くまた本当に内容を信じられるか微妙なところもあったので同じ作家の別の作品として本書を読んでみた。
日本映画史上に残る女優原節子。40を過ぎて突然の引退。謎の多い生涯。雑誌、新聞記事から生涯を推測していく。人気女優でありながら実は映画界が嫌いであったというところ。代表作とされる小津安二郎の作品を当人は気に入らなかったところなど新鮮な内容が多かった。
ずっと過去の膨大な資料を探し出す作家の力量はおそろしいほど。執念のようなものを感じる。
ノンフィクション作家としての松本清張に匹敵する作家と言っても過言ではないように思えた。 -
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原節子。
日本人離れした美貌、きりりとした佇まいから、「永遠の処女」と呼ばれた、昭和を代表する美人女優である。
小津安二郎の紀子三部作を始め、112本の映画に出演。燦然と輝くキャリアを持ちながら、42歳という働き盛りに引退し、銀幕から、いや世間からも身を隠し、半世紀もの間、隠遁生活を送った。2015年の逝去すら公表されたのは2ヶ月経った後だった。
本書はこの原節子の真の姿に迫ろうとする評伝である。
50余年、世間との関わりを断っていた人物の素顔に迫るのは容易ではない。著者は原の評伝を書くことを伝えようと、何度か自宅を訪ねている。だが、生前、一度も面会することができなかった。
時には藪の中をさまようように感じながら、丹念な、執念を感じさせる調査・取材で、じわじわと伝説に隠された人間・原節子に近付いていく。
そこに浮かび上がってくるのは、女優・原節子を演じ、それを自らの手で葬り去った1人の勁い女性、会田昌江の姿であった。
原節子=会田昌江は、14歳で女優の道に進んだ。映画監督をしていた義兄に勧められてのことだが、必ずしも当人の希望ではなく、家庭の経済的理由が大きかった。成績はよかったが女学校を中退し、家を支える決心をしたのである。昭和10年のことだった。
当時の映画界は、河原乞食と蔑称された演劇界よりもさらに一段下に見られており、一般家庭から女優になる例は少なかった。さらには監督が絶対的存在として君臨し、女優の地位は最下辺である。どこか身を持ち崩したような癖のある人物が多い映画界に、初めから原は馴染めなかった。
世間ずれしていない無口な少女は、その清純さから、若き天才監督、山中貞雄に見出され、大きな役をもらう。その撮影中に、ちょうどスタジオに来ていたドイツ人監督ファンクとの記念撮影に応じる。のちにその縁で、日独合作映画に出演することになる。日独関係を強固にするための国策映画『新しき土』である。この映画の宣伝で原はドイツ、フランス、アメリカを回る。
一躍スターとなった形だが、女優という仕事に真摯に向き合おうとする原の姿勢と、映画界や世間の思惑の齟齬は、すでにこのあたりで露わになりつつあったのかもしれない。原は清楚に見える一方で、言いたいことは主張する強さも持つ女優だった。水着やポートレートの撮影は女優としての仕事に関係があると思えなければ断った。女優ならば容姿でなく演技で評価されるべきだという考えからである。それが世間からは「大根役者なのに生意気だ」「洋行帰りでいい気になっている」と叩かれる元になった。
戦時中は、戦意高揚映画にも出演する。凛として美しく、戦地に男たちを送り出す役どころである。原のイメージにはぴったり合っていた役ではあったのだろう。
原の映画人人生で大きかったのは義兄、熊谷久虎の存在だったという。
義兄は前のめりで、かつ少々偏った思想の持ち主で、九州に独立国家を建てようとしたこともあったようだ。原は監督としての義兄を評価しており、何本か、彼の監督で作品も撮っている。だが、どれもあまり世間的にはよい評価は得られていない。その上、この義兄との映画の撮影中に、カメラマンを務めていた実兄が不慮の事故で命を落としており、そのことがのちの引退につながる一因と見る向きもある。
戦後は小津安二郎のほか、黒澤明や成瀬巳喜男など、名だたる監督とも仕事をともにする。
だが往々にして、原自身がやりたいと願った作品は高評価を得られない傾向があったようだ。
彼女が真にやりたかったのは、自己を持つ強い女性、お人形さんではなく主張する女性だったのだろう。終生、細川ガラシャを演じたいと願っていたというのが興味深い。
おそらくは原が出演した作品の中で最も評価されている小津作品を、彼女自身は気に入っていなかったというのもおもしろいところだ。
一見、華やかな女優人生の陰で、私生活は幸せとは言えなかった。
彼女はただ一度の恋に破れている。あまり著名でなかった助監督・脚本家であるが、会社に仲を引き裂かれる形で別れている。
終始、強いライトを当てられたために、目も病んだ。失明寸前までいったという。
それでもなお、ストイックに演技に打ち込もうとし、それでもそれを正当には評価されなかったのが原節子という女優であったのかもしれない。
確かに大女優とは言われた。だが、人々が見ていたのは、見たいと思ったのは、彼女の外面であり、演技者・原節子ではなかったのではないか。
いいや、違う、私が演じたいのはこれではない、と原は叫びたかったのではないか。
半世紀の隠棲生活を選んだ心情を外野が推し量るのは難しい。
だがこれほどきっぱりと身を処したその陰には、やはり相当に強い決意があったのだろう。
表紙のポートレートの凛としたまなざしの奥で、彼女は何を思っていたのだろうか。
原節子という稀有な1人の女優の人生をたどるだけでもおもしろい。
本書ではその上に、戦前・戦中・戦後の日本映画史が、またその時代を生きた映画人たちの息吹が重なる。
読み応えのある評伝である。 -
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ホラー小説、にしか見えない
本人の弁が特にあるわけでもないし、都民でもないので完全に読み物として
と思っていたのだがどうやら、単行本出版とこの文庫化時に取材を申し込んだが応じなかったらしいので、よりホラー度が増した
単行本時仮名だった人が実名に変わっており
リスクまで取って書いているのに怒るわけでもなく
取材に応じるわけでもなく
はたまたメディアの反応もなく
ホラーとしてしか…
僕個人は唯一コロナ真っ只中で次々と謎の造語を作り出して発信していた時だけ、天冥の標2巻がフラッシュバックし救世軍と対する勢力だーと1人SFしていた
発信力自体は素晴らしいと思うけどね
普通に読み物として面白かった(怖かった)
読後も。 -
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ネタバレもしここに描かれていることが全て本当なら、恐るべきホラーだと思う。
美内すずえあたりに漫画化してほし…いや、『ガラスの仮面』の続きを早く。
上昇志向が強くて、権力者に近づいては、大ぶろしきを広げすぎて失敗する。
そんな父親に振り回された少女時代。
芦屋に住んでいれば皆お嬢様というわけでもないだろうに、レッテルを貼ってしまえば疑うことのない日本人の特性(?)を逆手にとって、お嬢様で通す。
カイロ大学に籍を置いたという事実だけで、首席で卒業したと触れ回る。
気づくと周囲に迷惑をかけ通しだった父親と同じ生き方をしている。
笑顔で近づき、権力者に引き立ててもらう。
利用価値があるうちは横にべったりと侍り、利用価値がなくなったら、または自分を軽んじていると思ったら、あっさりと次に乗り換え、過去を顧みることをしない。
節操なく政党を渡り歩き、その都度大衆に受け入れやすいワードを連呼して、人気を博す。
不要の人間は容赦なく切り捨て、自分と対立した物には徹底して報復をする。
嘘を書いているとは思わないが、これはあくまでも徹底した取材を行った著者の見方。
本人の弁を聞いて判断しなければ、事の真偽はわからないと思う。
しかし、著者が直接の取材を申し込んでも、彼女からの返事は一切ないのだという。
これがすべて真実だとしても、小池百合子を女帝とは思えない。
東京都庁という狭い帝国のなかなら女帝なのかもしれないけれど。
つまり振り回される職員の方たちがお気の毒という意味で。
でも、女帝(男帝でも)って、自分が背負っている背景に固執する。
自分の帝国にプライドがあってもコンプレックスがあっても、帝国を守る。
彼女はいつか、都政を捨てて国政に戻るのではないか、都を切り捨てるのではないか、という危うさはぬぐえない。
だから彼女はヤドカリではあっても、女帝ではないと思う。 -
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学歴詐称疑惑が最近また話題になっていたので、気になり読んでみました。
書かれてあることが本当だとしたら、小池百合子さんはある意味凄い。サイコパス。こんなにも嘘を塗り重ね、信条の無い中でも国会議員や都知事ができてしまうという日本の政治とマスメディアに怖さを感じます。
学生時代に多少遊んでいても、その後しっかり仕事をする人もいます。ただ、小池さんはこの本を通して政治家の仕事ぶりを読んでみても、政治を任せてはいけない人なのではないかと思いました。環境大臣時代の水俣病やアスベスト問題との向き合い方、都知事になってからの豊洲移転問題やオリンピックの問題、コロナの対応など、とても適切な仕事をしたとは思えず…。一時は総理を目指し、またメディアや私達国民も担ぎ上げていたと思うと怖いなと思いました。
いち大人として、有権者として、選挙については色んな情報源から多角的に情報収集をしていかなければいけないなと思いました。 -
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キャスターから国会議員へ転身、大臣、さらには都知事へと、権力の階段を駆け上ってきた小池百合子。しかしその半生には、数多くの謎が存在する。「芦屋令嬢」時代、父親との複雑な関係、カイロ留学時代の重大疑惑――彼女は一体、何者なのか?徹底した取材に基づき、権力とメディアの恐るべき共犯関係を暴いた、衝撃のノンフィクション!
いやーびっくりするような話で、政治家って多かれ少なかれ嘘があると思うんだけど、もしこの本の内容が全て正しかったらマジで小池百合子すごいなと思っちゃう。ここまで堂々とバレないって一種の才能じゃないかね。もちろん嘘は良くないけど、正直日本国民やマスメディアにこの嘘を見破れる人は少なくてみんな政治に興味を持っていないと思う。側近や組織の中でまともに働いている人がいてくれればトップは飾りで十分だとも思うけれど、実際都の職員は大変なんだろうな。見た目や言葉の上手さによらず、もっと女性政治家が活躍してくれたらいいなと思う。 -
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世間をガヤガヤさせている文春砲の威力か。こっわ。
しかもメガ粒子砲クラス(古い)の長編ルポ。私は免疫がないので0.3掛けで読んだけど、それでも途中から「これ小説?」と思わずにいられない破廉恥な内容だった。
小池百合子はただの尻軽パリピ?と信じてしまう。
仮にそうだとしても、小池氏を当選させたのは市民だし、そう仕向けて煽りまくったのはマスコミ。本文中の証言からも窺える。マスコミの急先鋒である文春は一体なにを問題として取り上げたかったのか。小池個人を叩いて目先の売り上げを出したい、ようにも映る。
文春流ジャーナリズムは、何かを良くしようとする気はなさそう。それは、やってることが小池さんと大差ないと言えるのではないか。
誰かを叩くのはもうたくさん。これほどの取材力と構成力があるのなら、日本全体を上げる方向にこそ使ってほしい。編集者になった入社動機って、こんな消費コンテンツを作るつもりじゃなかったのではないですか。
──(小池百合子氏は)計算というより天性の勘で動くんでしょう。(中略) 無理をしているわけでは無いから、息切れしないんだと思います(池坊保子氏の証言)─
それはそれで大きな強みだよね。逆に羨ましいと思える。著者は若干20歳というが、この人間の凄みはまだ分からんだろう。
いや、40代の自分も半分くらいしか分からんけど。 -
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映画『MINAMATA』をきっかけに読んだ。映画より本のほうがあとに書かれているが、取材は14年以上前まで遡る。アイリーンとユージン、それぞれの個人史や水俣病前史まで、映画の時間軸よりずっと長く書かれている。アイリーンの家族の歴史もかなり遡って掘り下げられていて、それだけで一遍の映画ができそうだ。
映画がどこを脚色しているかも、ある程度わかる。アイリーンとユージンの結婚までのいきさつはほぼフィクション。暗室の火事もたぶんフィクション。一方で、ユージンがチッソで受けた暴行は、映像より実際のほうが過酷だ。少しショックだったのは“水俣のピエタ”と呼ばれた有名な写真は、被写体家族の意思に反して使われたということ。アイリーンは長く封印していた使用許可を、この映画には出した。俳優による映像の再現度もかなり高かったから、実物を使わない選択もあったと思う。
水俣病の発見から認定、保障の闘争も、詳しく、しかし手際よくまとめられていて、改めてその苦闘を思い知らされる。これを読むと、水俣市が映画上映を後援しなかった事情、一方でつなぎ美術館は上映した事情もおぼろげに見えてくる。
読みやすく心をつかまれるノンフィクションで、映画を観て水俣に改めて関心を持った人には一読を勧めたい。そしてもう一本の映画『水俣曼荼羅』も観たくなった。 -
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最近のゆとり世代は原節子の写真を見ても恐らく誰かは分からないのであろう。全く嘆かわしい。原節子の写真を見てぱっと誰かを認識できないような人間は、リベラルアーツの欠片もないということであり、「(とても)若き老害」、「中道左派の保守主義者」を自称する私としては、文科省の教育プログラムの再考を促したいところである。
さて、国民的女優として銀幕を舞台に活躍しながらも、42歳で引退した後、半世紀もの間、沈黙を貫いた名女優、原節子。本書は、第15回新潮ノンフィクション賞を受賞した、原節子の生涯を巡るノンフィクションであり、女優という仕事に対するプロフェッショナリズムの高さを痛感できる一冊である。
本書を知って認識を新たにしたのは、日本においてはかつては女優という仕事が、低俗なものとみなされていた時期があった、ということである。そうした世間の風を背後に、ひたすらに自らの演技の質の向上だけを考えて生きたように見える彼女の姿は、現代においても珍しいほどストイックな印象を与える。それは「女優は恋愛・結婚すれば演技が磨かれるはずだ」という世間の批判に対する「じゃあ人殺しの役は人殺しにしかできないの?」という反論にも、端的に表れている。
改めて小津安二郎の「東京物語」における彼女の美しい姿を見てみたいと思う。 -
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石井妙子(1969年~)氏は、白百合女子大学文学部卒、同大学院修士課程修了のノンフィクション作家。新潮ドキュメント賞(2016年)、『女帝 小池百合子』で大宅壮一ノンフィクション賞(2021年)を受賞。
本書は、小池百合子氏が、TVキャスターから政治の世界に入り、男性社会に在りながら常に「風」を巻き起こし、国会議員から大臣、更には東京都知事へと権力の階段を駆け上がり、女性初の総理大臣候補と言われるまでになった半生と、そこにつきまとう疑惑について、100人を超える関係者の証言と、3年半に亘る取材のもとに描いたものである。そこでは、「芦屋令嬢」、破天荒な父の存在、カイロ留学時代等、これまで表に出ることのなかった(少なかった)小池氏の多くの謎が明らかにされている。
私はノンフィクションを好んで読み、社会問題にも関心を持っているつもりだが、現代日本の政治、殊に政治家については、そのレベルの低さに興味も薄く、これまで彼らの自伝・評伝の類を読んだことはないのだが、小池氏に関しては、最近改めて学歴詐称疑惑が注目されており、今般新古書店で本書を入手し、飛ばし読みをしてみた。
読後感としては、小池氏個人に関しては改めて書くまでもないが、加えて問題なのは、こうした小池氏の虚像ができる過程において、メディアが少なからぬサポート(積極的に、ではないにしても)をしてきたことだろう。著者も書いているが、メディアが自分たちのビジネスに都合の良い部分ばかりを取り上げ、事実を正確に伝えなかった(それどころか、事実を調べようとさえしなかった)責任は小さくない。
そして、もう一つ感じたのは、小池氏の姿が米国の前大統領トランプに重なることである。どちらも、自分の政治信念などは持たず、敵を意識的に作っては、それとの対立軸を殊更に強調して人々の関心を集める、典型的なポピュリスト政治家である。(小池氏はよく、自身をジャンヌ・ダルクに喩えるが、ジャンヌ・ダルクは、トランプがよく言う「魔女狩り」の犠牲になったのだ。。。) こうした政治家に騙されないためには、有権者一人ひとりが意識を高く持つしかない。政治家は、我々が選ばなければ政治家になれないのだから。
これが日本の政治(家)の現実と思うと情けなくなってくるのだが、読み物としてはなかなか面白い一冊とも言えるだろうか。
(2024年4月了)