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レオナルド・ダ・ヴィンチは無神論者
若桑みどりさんのダ・ヴィンチ論か面白すぎたから次はダ・ヴィンチについて研究しよ。
若桑 みどり
(わかくわ みどり、1935年〈昭和10年〉11月10日 - 2007年〈平成19年〉10月3日)は、日本の美術史学者。千葉大学名誉教授。専門は西洋美術史・表象文化史・ジェンダー史・ジェンダー文化論。旧姓は山本。東京に生まれた。山本政喜の二女[1]。父・山本政喜は福岡県出身の英文学者・翻訳家である[2]。兄は有斐閣の編集者だった山本阿母里、ロシア文学者の川端香男里。東京学芸大学教授だった哲学者の若桑毅は元夫。玉川学園中学部・高等部を経て、1953年に東京都立駒場高等学校芸術科(後に東京都立芸術高等学校として分離独立するも閉校)を卒業。1958年東京藝術大学美術学部卒業。1960年同芸術学専攻科修了。1961年から1963年までイタリア政府給費留学生としてローマ大学に留学。東京藝術大学音楽学部教授を経て、1988年から千葉大学教養部、後に文学部史学科教授となる。2001年の退官後、千葉大学名誉教授。2001年から2007年まで川村学園女子大学教授。2007年10月3日、虚血性心不全により東京都世田谷区の自宅にて死去。71歳没。葬儀は世田谷区北沢のカトリック世田谷教会で行われた[3]。喪主は長男で音楽家の若桑比織[3]。
「驚いたことには、美術史の講義はいつも立錐の余地もないほどの人気で、休講などをするとブーイングがでるくらいである。美術史ばかりでなく、現代美術のゼミもたいへんな人気で、大勢の学生をことわらなければならないほどである。彼らの話では、美術史の講義を大学の教養部で聴いて、はじめて美術がこんなにおもしろいものかと悟ったということである。それまでは、美術史などは縁のないもの、あるいはせいぜいひまな趣味人がやるものと思っていた学生が多くて、これには私のほうが驚いた。 美術史は、思想史や科学史や経済史や一般的な社会の歴史と同様に、人間の歴史の重要な一部であるから、これを欠いては人類の創造してきた世界の総体を理解することなどとうていできはしない。つまり、美術は人類の歴史のとても重要な資料なのである。そればかりでなく、美術史の知識や方法論というのは、過去の芸術品を理解するばかりでなく、現在身の回りにたくさんあふれているイメージを解釈したり、イメージを作り出したりするためにたいへん役に立つものなのだ。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「それと同時に、人間というものが言語によってばかりではなく、イメージによって、ことばでは表せないようなじつに意味深いものを表現する、あるいは表現してきた生きものであることもはっきりします。いいかえれば、言語による表現と行為やイメージによる表現のすべてを理解してこそ、人類なり人類の歴史なりがトータルに理解され、意味づけられるのです。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「たとえばある画家を考えてみてください。その画家は特定の社会に生まれて、その社会のなかで生活し、そこにいる人やそこにある作品から学び、そこにいる人たちに絵を売って生きているわけですから、自分の生きている社会や時代から無関係ではいられません。その先生や、見た作品から教えられた技術や、その当時のテクノロジーから生じたテクニックやメディア、ものの考え方や共通のイメージで絵を描くわけです。 そういうわけで、すべての画家は、個人的な様式と同時にその時代、一二世紀なのか二〇世紀なのか、そういう時代の特徴を否応なくもち、また、西洋人なのか日本人なのかという、ある民族や文化の長い底深い伝統からくる特徴をもっています。それらを全部ふくめて様式といっているわけです。したがって、様式とは、個人的なものであると同時に社会的なものであり、また歴史的なものです。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「つまりルネサンス(これを古典様式とヴェルフリンは考えています)は平面的で、バロックは奥行き的、古典様式の形は明晰でバロックは不明瞭、古典様式は統一的で、バロックは部分強調、古典は閉ざされており、バロックは開放的、古典は構築的で、バロックは絵画的という分類です。これは、実際にはずいぶん単純化しすぎた分類ですが、しかし、実際に、ラッファエッロの絵は明晰で優美でわかりやすく、秩序があり(図 1)、レンブラントの絵は、明暗がはげしくて曖昧な暗闇があり、強烈で深刻な印象をあたえますから(図 2)、こういう分類にはずいぶん妥当性があります。 また、ラッファエッロの先生のペルジーノはやはりそういう様式で、ラッファエッロの同時代人の絵にも類似の特徴があります(図 3)。いっぽう、レンブラントの先生のラーストマンははげしい明暗様式で知られ、またその先生のカラヴァッジョはバロック明暗様式の開祖で、レンブラントの多数の弟子たちはまた師匠とそっくりの、明暗法で描いて一七世紀オランダ派を形作っています(図 4)。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「千葉大学にいってからしばらくしたある日、私はたいへんショッキングな経験をしました。電車のなかで工学部の学生に会ったのですが、彼は私にこういいました。「先生は気の毒な人ですね。芸術なんてあんなに役に立たないものを研究しているのですから」。私はそのまえまで芸術大学に三四年もいたものですから、あまりのカルチャーショックに目がくらくらしました。 役に立つということがほんとうはどういうことなのか、という論議はさておいて、とりあえず、この学生は芸術というものは社会や政治や経済や技術など、人類の歴史を動かしている根本的な機構とは無関係なひま人のお遊びだと思っている、ということはたしかなことでした。いまの日本の教育では、そういう考えがでてくるのはしかたがないのかもしれません。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「 たしかにわれわれは一目でこの芸術に圧倒され、戦慄さえおぼえるのですが、その理由を知るには知性を働かせなければならない。芸術にいちばん似ているのは人間です。人間を一目見ただけでその威厳や美しさに戦慄することはよくあることです。でもわれわれが戦慄したのは、その人間の目の光や、身振りや、いったことばやしたことのせいなのです。人間は外観であると同時に複雑な意味の発信体なのです。 したがって、この芸術の常ならぬ偉大さは、その伝えている意味の偉大さに由来する部分がすくなくありません。ですから、ほんとうに芸術をわかるためには、その意味についても知らなければならないということになります。異なった文化を享受するには、異なった文化を理解しなければなりません。芸術とは、はっきりいいますが、作るにせよ、享受するにせよ、きわめて思想的なことなのです。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「およそ、このヴァティカンといい、システィーナ礼拝堂の天井画といい、われわれのようにキリスト教の文明に生きていない者にとっては、それを理解するには多くの予備知識が必要です。けれども、まさにそのことこそ、異文化を理解するもっともわかりやすい入り口は美術だということを示してもいるのです。なぜなら、旧約聖書に書かれている、宇宙の創造の最初の瞬間から、人類の長い苦しい試練の歴史をこえて、ついにこの世界の終末の瞬間をむかえるまでを、この礼拝堂の天井画は描いてしまっているわけですから、この空間にはキリスト教徒の全世界がつまっているともいえるのです。 実際に、中世では、教会に描かれた絵は「貧者の聖書」とよばれていました。文字が読めなかった当時の庶民はこの絵をみて、聖書の教えを感覚のすべてで体得したのです。なかでも、この礼拝堂の正面祭壇いっぱいに描かれたこの世の終末《最後の審判》は、多くの人びとを震えあがらせたにちがいありません(図 9)。私たちも、この絵の前にたつと理由の知れない恐怖に襲われます。この宇宙の終末ということはだれもが恐れつつ予感していることですが、われわれはそれをぼかして生きているというところがあります。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「レオナルド・ダ・ヴィンチの科学的世界観 今日はレオナルド・ダ・ヴィンチの話をします。レオナルド・ダ・ヴィンチは美術の歴史の上でどんな役割をはたしたか。彼は非常に革命的な役割をはたしました。レオナルドが偉大だというのはなんだか俗っぽい。ベートーヴェンが偉大だというよりもっと俗っぽい。あまりにも常識化され通俗化されたこのレオナルドという名前が、われわれを逆に退けてしまって、その真価を見ることをじゃましているところがあります。 けれど一応そういう俗説をすべて跳ねのけて、ほんとうにレオナルド・ダ・ヴィンチは何をしたのか、それをまず考えてみましょう。それから、彼が描いたものが、ミケランジェロの多かれ少なかれ宗教的な世界とまったく対立するもうひとつ別の世界を示していたということに、理解をしぼっていきたいとおもいます。 まず結論をいっておくと、レオナルド・ダ・ヴィンチは無神論者です。ミケランジェロと同じ、あるいはルター、カルヴァンと同じ時代において、つまり科学も政治も道徳もすべてが神の名においておこなわれていた、戦争さえもが神の名において、金儲けさえもが神の名においておこなわれていたこの時代において、心の底では神をもはや信じていなかったひとりの個人。これが浮かび上がってきます。 彼の《モナ・リザ》という絵が今日の講義の目的となるわけですが、これもまた絵葉書になってみたり、ポスターになってみたりして、驚くほど通俗化されたイメージですが、そういうことを跳ねのけて、《モナ・リザ》のほんとうの謎とはいったいなんなのか、そういうふうな話をしたいとおもいます(図 16)。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「ひとつの結論をいってしまいますけれども、レオナルド・ダ・ヴィンチが《モナ・リザ》に隠した謎とは、ひとくちにいえば神のいない宇宙観です。もしもこのとき彼が自分の思っていることを言語でいっていたなら、彼は首がとんでいたでしょう。人びとはそこになにかが秘められていることを正しく読みとったのですね、そしてこれは謎だといい伝えてきました。 もっとも、それは主として「女は謎だ」というような超ロマンティックなことだったのですが。彼はミケランジェロとはちがって、イメージでもって自らの世界観を示すだけではあきたらなくて、ことばでも書き残したのです。ミケランジェロはことばがだいきらいだったんですけれども、レオナルドは非常にことばが好きで、多くは散逸してしまいましたけれども、マドリードであるとかミラーノであるとかパリであるとか、とくにイギリス女王のもっているウィンザー城のライブラリーに膨大な手書きのノートを残しています。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「芸術は工房で教えられていた まず、レオナルドが最初に描いたという絵が、ウッフィーツィ美術館にある《キリストの洗礼》です(図 17)。もっとも、この絵の作者はレオナルドの先生のヴェッロッキョで、レオナルドが描いたのは左側の天使と、その付近の背景だけです。これは、第一日目にお話しした絵のようなフレスコではなく、テンペラです。彼は、教会全部をおおうようなフレスコ壁画は描いていません。もっぱらタブローでした。タブローというのは額にはめられている、比較的小型で、ポータブルな絵のことです。それにはさまざまな理由がありますが、基本的にレオナルドは制作がおそかったのです。仕事のおそい人は、フレスコにむかないのです。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「フレスコというのは、壁に漆喰を塗って、それが乾燥するまえに急いで描かなきゃならない。レオナルドはしみじみ油やテンペラで描く。一日に一筆描いて、あとはカエルのおなかなんか切っていた。彼の制作の態度とか、彼自身が芸術に対して求めていたものがなんであったかというさまざまな理由で、彼はタブローしか描いていないんですね。 それからもうひとつの理由は、彼は人に強制されることがきらいですから、大きな権力とお金を背景にした大事業を引き受けていない。引き受けても完成しなかった。非常に個人的な世界を守りぬいていったので、作品は大変少ないんですね。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「人間から人間へ、先生から弟子へと、生活をともにして伝統芸を伝えていく。職人さんたちはそうですね。落語なんかもそうですね。そういった中世的な工房というものが教育の現場であると同時に、一種の技術研究所であり、同時に制作工場でもあったのです。 この工房の概念というのは一時人びとをいたく魅惑しました。芸術というものは、大学や美術学校で教えられるべきでない。工房にもどろうという運動が一九世紀の末にイギリスとドイツにおこったのです。ウィリアム・モリスという名前を聞いたことがあると思いますが、この人は中世の工房へと芸術創造の現場をもどそうとしましたし、この考え方をそうとうに取り入れて、バウハウスという施設がヴァイマルに一九二〇年代にできたのはご存じのとおりです。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「クラシックというのは、まさにそのようなスタイルと考えていいとおもいます。ルネサンスの研究者は、このクラシックを実現したのは、レオナルドをはじめとするごくわずかの人物だけだと考えており、また、その時期は、社会的にもイタリアが最盛期をすぎた上記の時期だとみなしているわけです。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「 私は、レオナルドは「美」の観念を導入したと思っています。それも両性具有的な美です。ルネサンスの工房は、全部男性社会なのです。そこにかわいい少年たちが弟子入りしてくるわけです。レオナルドは、ヴァザーリによると、どんな憂鬱な人でも、彼を見ると、こころが晴れるほどの美貌の持ち主だったということです。ルネサンスの古典期におけるホモセクシュアリティと男性美などというテーマは、興味本位のものではない。いずれにしても、芸術表現にセクシュアリティというものは切りはなせないものです。だからこそ、人間にとって切実なものであるわけです。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「 私は、レオナルドは「美」の観念を導入したと思っています。それも両性具有的な美です。ルネサンスの工房は、全部男性社会なのです。そこにかわいい少年たちが弟子入りしてくるわけです。レオナルドは、ヴァザーリによると、どんな憂鬱な人でも、彼を見ると、こころが晴れるほどの美貌の持ち主だったということです。ルネサンスの古典期におけるホモセクシュアリティと男性美などというテーマは、興味本位のものではない。いずれにしても、芸術表現にセクシュアリティというものは切りはなせないものです。だからこそ、人間にとって切実なものであるわけです。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「レオナルドが描いた天使に、絶対にそれまでの絵画にないものが表されていたのです。まずいくつかの特徴をあげますと、「理想的な美」のあらわれです。ヴェッロッキョが描いた、正確だけれどいかにも醜いキリストにくらべて、この天使の姿形はすべてがたとえようもなく美しく優しい。現実に離反しているものなどなにひとつなく、かえって微妙で緻密な描写があるけれども、そこに現実以上の美がくわえられている。つまりそれが大きなちがいです。最初はわずかなちがいだったけれども、それがやがてひとつのハイ・ルネサンス・スタイル、またはクラシック・スタイルという様式を創るようになっていくのです。 もうひとつは心のなかの思いを暗示しているということです。リアリズムは表層の現実をよく描写しましたが、人物の感情はまったく描いていない。一五世紀絵画の無表情はだれも指摘しないが、じつに特徴的です。ところが、この天使のひとみは憧れにきらめいていて、唇は声を発しているように見え、体はよじっていて、複雑な姿で、神と人の仲介者として、また、主たる儀式(洗礼)の侍者としての役割をはたしています。 ここには、姿、外形のみではなく、感情が表現されたのです。非常に敏感な人たちは、ここから新しい時代を表現する新しい様式を予見しました。解剖学を知り、遠近法を知り、なおかつあらゆる光と影の明暗というリアリズムを全部マスターしたとき、レオナルドは、リアリズムの上に美と精神表現をつけくわえたのです。そこでひとつの、時代精神の飛躍がおこなわれたのです。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「古典主義の形式的な特徴は、まず簡潔であること。最小限の要素で、もっとも簡潔、単純な完璧さを追求する。第二に、自然らしさ、真実らしさを保つこと。第三が、全体として均衡と比例がととのっていること。第四に、主題がもっとも適切な形式によって正確に伝達されていること、いいかえれば、ひとめ見て主題が明白であることです。複雑で、不自然で、一部が圧倒的に強調されているか、全体が部分をおしひしいでいるようなアンバランス、また、主題が難解であるものなどは、すべて反古典主義的な特徴であるといえます。 一口にいえば、古典様式の特徴は「バランス」ということだと思います。この「バランス」は、ルネサンス古典様式の理論家とされているレオン・バッティスタ・アルベルティの『絵画論』(三輪福松訳、中央公論美術出版、一九七一年)によると、「部分と全体の比例、部分と部分との比例」のことです。これは、個人と全体の比例にもたとえられる、市民社会と市民のモラルを支えている基本理念でもあります。このあと、強大な権力によって国家を支配する絶対主義王政の時代には、まさに、圧倒的な過剰さと複雑さをもつバロックが時代を表現するようになるのを見れば、支配的な時代精神が、支配的な様式を作り出していることがわかります。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「一四、一五世紀の絵にありがちな、大理石の腰板とか、刺繡のはいったテーブルクロスとか、テーブルの上のこまかい食器などのよけいなものを、レオナルドは全部省略してしまった。古典主義とは、ある意味では省略のことです。本質的でないものは全部消してしまう。いっぽう、レオナルドは、キリストの頭にさす光のような超自然的な要素もとった。ただ、左上からさす光が、すべての人を照らし出している。ただひとりの人をのぞいて。そのひとりがユダです。ユダだけが、光に背を向けて座っている。暗いシルエットをつくる横顔は、驚きを示してはいても、とりわけ邪悪ではない。彼はただ、光に背いた人であるだけです。 そういうことを考えると、レオナルドは、目に見えた事実にそむかぬように、「真実らしさ」というものに非常に誠実であったばかりでなく、主題のもつ思想的な、また精神的な真実、つまりはことがらの本質を描き出そうとした画家であったことがわかります。本質はかならずしも目に見えているわけではないのです。ここから、目には見えないけれども、本質的な意味をあらわすことが、目に見えたみかけの真実らしさよりも重視されるような傾向が生まれてきます。この傾向がまさると、芸術はしだいに主観的な、幻想的な、現実ばなれしたものにつきすすんでいくことになる、そのぎりぎりの、いわば分水嶺のような高みがレオナルドだ、といえるでしょう。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「 映画のカメラアングルなどでもそうですが、こうした視覚はなにかしら劇的で深刻な気分をよびおこします。その上、画面が水平の箱のように閉じられていないで、奥へ奥へと深まっていき、晩餐を用意する台所まで見えている。奥のほうにも光や闇が複雑にからみあっていて、空間はジグザグですから、見ている人間も、ものごとの焦点がはっきりしない。レオナルドの逆で、なにが本質的なのかが見ただけではわからないのです。それどころか、目に立つものは付随的なもので、ほんとうの主題は隠されている。第一、キリストがどこにいるのかちょっと見ただけではわからない。いちばん目立つのが犬です。 でも、もしかしたら、真実が見ただけでわかるということのほうが、実際はまれなことかもしれません。真実は多くの場合隠されていて、われわれが目にするのは、じつは付随的なものや、いつわりのものかもしれない。その見せかけの表面から、隠された真実を発見していくほうが、かえって感動が深いかもしれません。実際に、ティントレットがこの絵を描いた時代というのは、「最後の審判」と同じように、ルターが宗教改革をおこしてカソリック教会が大騒ぎをしていた時期で、宗教的な真実が見えにくくなっているときでした。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「こうして前後をみると、レオナルドの絵の簡潔さや明白さが、じつは大変まれなことだということがある程度わかっていただけたと思います。青く見える、はるかなたそがれの地平線と、悲しみに満ちたイエス・キリストの顔。これが主題をはっきりと表現しています。彼だけが永遠のなかに顔を出しているのですが、他のものはみな現実のなかでうごめいています。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「さて、レオナルドがミラーノで描いたもうひとつの傑作である《岩窟の聖母》を見てみましょう(図 27)。これは一四八六年くらい、《最後の晩餐》よりも前に描かれています。もともとミラーノのサン・フランチェスコ聖堂のために描いた祭壇画ですが、いまはルーヴル美術館にあって、同美術館の宝物になっています。レオナルドの絵のなかでもっとも完成度の高い、しかも保存のよい作品になっているもののひとつです。この《岩窟の聖母》はいろんな意味で彼の心にとって重要な問題をふくんでいたので、ていねいに描かれました。 だいたい、レオナルドは母性を主題とすることがもっとも多かったのです。キリスト教会では、このころマリア信仰が非常にさかんだったから、マリアの主題にかこつけてレオナルドは、生涯を通じて重大な関心事項であった母性の問題に没頭しました。このあたりから、今日の主題である《モナ・リザ》への関連がでてきます。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「 彼の異性関係のなさは有名で、同性愛者であったという人もいます。正常な異性愛にまで成長できなかったのはたしかで、あるスケッチのなかで彼は男女の交合図を描いて、これを動物的で屈辱的な状態だとコメントしています。また、学者たちは、この図が実際の姿勢ではありえないところから、レオナルドには経験がなかったといっています。 それにもかかわらず彼は妊娠した女性の死体を何体も解剖して、胎児や胎盤を詳細にスケッチしノートに記述しています(図 28)。生命の継続ということが、またすべての生命の根源である母親というもの、ひいては女性というものが、彼にとっては神秘的で絶対的な謎であったことはたしかです。こういう問題があるので、彼はとりわけ聖母の出てくる絵には熱心でした。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「私は『薔薇のイコノロジー』(青土社、二〇〇三年)という本を書きました。そこで小さな分析をいれておきました。レオナルドは大変な植物の研究家でして、たくさんのデッサンを、葉脈であるとか雌しべ雄しべであるとか、あるいは灌木であるとか喬木であるとか、植物について植物学者のような写生をのこしているのです。《岩窟の聖母》に描かれているすべての植物を分析してみたところ、植物が非常に雄弁に、そして明確に意味を語っていることがわかりました。 たとえば、イエス・キリストのそばに咲いているのはスミレです。スミレというのは謙遜の花であって、イエスの最大の美徳は謙遜なのです。キリスト教の中には七つの美徳と七つの悪徳があって、中世を通じて最大の美徳は謙遜で、最大の悪徳は傲慢です。天国へ行くことを禁じるのはじつは傲慢である。それは神をもっとも恐れないものなのです。バベルの塔というのは傲慢によって滅ぼされたのです。ここで、イエスは神の子、天の子でありながら、だれよりも低く地面に座っている。これこそ究極の謙遜です。 また、岩の上にも天国を示す花がたくさん咲いている。それらのひとつひとつを読んでいくと、レオナルドがここで語っていることがわかってくるわけですが、ナショナル・ギャラリーの画面を見ると、それが全部消えてただの草になっている。ですからそれでにせものだということがわかります。 次に岩窟とは何かということですが、レオナルドは手稿の中に岩窟の話を書いています。洞穴には生命の神秘が隠されている。これは、レオナルドが洞穴を大地の神秘と考えたと同時に、女性の子宮を洞穴、つまり生命の神秘の暗黒と考えて、大地と女性とを同一視していることを示しています。人類の母性であるマリアを、巨大な大地の子宮である岩窟の中において、神の子の受胎の秘密を語ろうとしたのです。 これからさきは私の考えですが、洞穴のマリアから見て左手の入り口は岩でふさがれていて、右手は開かれてそこから光がはいってくる。この光が神からさしてマリアの子宮にはいってきた霊で、ふさがっているのが、処女性の象徴ではないかと思います。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「それで母体を解剖し、胎盤であるとか、へその緒であるとか、それを全部調べあげて横断面に切って、桃の花の花弁のような血管を出して、これで何が伝わるんだろうとやっていたわけですね。今私たちはそれをおもしろいと思うけれど、夜中に蠟燭かなんかで照らしながら、妊産婦を切っているというのはかなりすごい状態だったと思います。それで多くの人が彼を魔法使いだと思い、気持ち悪いと思ったのは当然のことなんですが、あえてそういうことをやっていたレオナルドの心の中を思うと非常におもしろい。 おそらく彼は世間の人から見ると、魔法使いだったり悪魔だったり、冷血の男だったりするでしょう。多くの人は彼には感情がないと思ったかもしれないのです。レオナルドについて書いた人がたくさんいます。レオナルドの心の奥底が知れない。美しい青い瞳の奥はだれにもわからない。けして泣いたことも驚いたことも笑ったこともない人だというふうに、非常に謎めいているわけです。彼の無表情さというのは有名で、彼の日記帳というのが残っていますけれど、だいたいお金の計算だけなのです。およそうれしいとか悲しいとか、彼の感情はいっさいない。これは激情的なミケランジェロとは対照的な存在だったのですね。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「死んだ胎児も冷静に観察できたという、それから、生命がどこにあるかということを胎盤を切って調べたという、こういう精神がおそらく人びとに非常に冷たい、冷血動物のように見えていたと思うのです。それはあるひとつの見方からすればそうなんですけれども、別の面から見ると大変よく理解できます。彼は人びととちがう眼鏡でちがう世界を見ていたのです。そして人びとに自分が何を見てるかをわからせるのをやめただけなのです。 つまり、彼は冷たい人だったのではなく、宇宙や人間の真理を知ることに賭けていたのです。教会や聖書がいってくれない真実です。彼はこの無原罪受胎の話に、神学的というよりむしろ彼自身のもっている、生命の伝達、あるいは生殖、あるいは母体、あるいは霊魂の継承についての観念を関係づけて、生命の神秘そのものを表現したと思います。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「この二つの似た主題の絵をくらべてみると、絵というものが、そのころには、芸術家の芸術についての理論の実践の場でもあり、思想の表現の場でもあり、いずれにせよ闘争的なものであったことがわかります。芸術とは何かという考えを伝えるのは、ことばではなく作品そのものですから、闘争があればあるほど、作品はにぎやかになりゆたかになります。というよりは、思想をことばではなく作品で示す思想家のことを芸術家というのだと私は思っています。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「レオナルドの作品のなかにはつねに曖昧、多義的なものがあるのです。そう思って見ると見えるし、そう思って見ないと見えない。そうとうに巧妙にいろんなものが隠された隠し絵ともいえます。私がルーヴルに行って見たときに、たしかに変で、石がやわらかいのです。だからこれはやっぱり胎盤だと思うわけです。レオナルドは胎盤をいっぱい描いていますからね、解剖図で。描こうと思えばすぐここに描けるわけです。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「レオナルドの絵にいろいろなものが隠されているということは、フロイトも感じたようです。あろうことか、マリアの足のところが、鳶が飛んでいる形をしているといいだしたのです。鳶とはいったい何かというと、鳶の尻尾が男性生殖器だというのです。レオナルドの手稿のなかに、「乳母がいなかった、だれもいなかった、そこへ鳶が飛んできた。私は非常な恐怖のあまり逃げたかったけれども、だれも私を救出してくれなかった。鳶が飛んできて、私の上に座って尻尾で私の頭をたたいた」という幼年の記憶を書いたところがあるのです。 彼はその手記で、それくらい私の記憶はよかったというのと、子どものときに鳶が私を祝福してくれたので、私は飛ぶことにあこがれたと、そんなふうにいろんなことを示唆しています。たしかにいまローマの空港は、レオナルド・ダ・ヴィンチ空港といわれていますが。フロイトはそれを非常に性的な意味に解釈しました。それは彼のいちばん最初の性体験だろうといっているわけです。乳母がいないというのは乳飲み子のときにお母さんと引きはなされたことを意味します。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「つまりこのアンドレーアが幼いレオナルドに同性愛的行為をしたのではないか。それが飛んできた鳶であらわされているというのです。フロイトによれば鳥は非常に性的なものであって、飛翔する夢とは性的な夢だというわけです。だが、このようなリビドー万能の精神分析には限界があるでしょう。たしかに作品の解釈に心理学は有効な方法です。われわれはもっと進んで共同研究をしなければならないでしょう。とくに図像学があまり役に立たなくなった現代美術の理解には不可欠です。 ところで、もしもアンナの足元にあるやわらかい赤い石が胎盤であったとすれば、これはまったく非宗教的な注釈であったということで、ややぞっとするわけです。まだ神様だ、聖霊だ、純潔だということを信じていた、信じなければ異端で首がとんでいた時代に、レオナルドは冷静に生命と生命をつなぐのは生殖であり、そしてまた胎盤であるという注釈をつけたことになります。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「四元素の中でもっとも軽くダイナミックな元素である火と、それから流動的でこれもまたエネルギッシュな空気と、さらにより冷たくて重い、しかし流動的な水、断じて動かなくて冷たい固定的な土と、これが上から順にならんでいくのが彼の宇宙です。火、空気、水、土というこの四元素の中で、彼は何にいちばん興味をもったかというと、彼の科学的な手稿の中でもっとも多い記述が水です。 彼は水にたいしていちばん多く実験をおこない、水にたいする考察がいちばん多いのです。もちろんほかもやっていますけれども。なぜ彼は水に固執したのか。ほかの元素よりもなぜとりわけ水にひかれたのかということを、ケネス・クラークが分析しています(『レオナルド・ダ・ヴィンチ』丸山修吉・大河内賢治訳、法政大学出版局、一九七四年)。これはすぐれた「レオナルド・ダ・ヴィンチ論」です。 彼はこういっている。レオナルドが水に関心をもち、水に興味をしぼりこんだ最大の原因は、彼の手稿をよく読んでみればわかる、と。彼が一貫して興味をもったのは、いうなれば、プリンシプル・オブ・コンティニュイティ。つまり連続性の原理だったと。そしてその連続性というものは、とくに水のもっている性質であると。 彼の水の研究の根本にあるものは、水が空気とまじり、それから土をさらってすべてを連続的に変化させていくという性質であって、ケネス・クラークによれば、レオナルドのあらゆる関心のうちでもっとも長くとりつかれていたものは水の運動である。なぜならば、それは水が自然の推進者であったからであり、水が動かざる元素ではなく、連続的なエネルギーの体現者であったからです。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「 彼がイタリアに住んでいたからこういう結論になるわけですね。テキサスに住んでいたら、こうはいかなかったかもしれない。デッサンのなかで、雨が大量に降ることによって谷と谷のあいだの町がいっきょに壊滅するというカタストロフを描いている。イタリアではありがちなのです。そのように、たえず性質を変え、天と地をめぐるヘルメス(天と地をつなぎ姿を変えるギリシアの神。商業や泥棒の神でもある。水星と水銀を支配する)的エネルギー元素として、彼は水に非常に興味をもったのです。 そしてこの水のはてしない動きと生成は、人間の死と生の連続に似ているというわけです。そして彼は水についてこういっているのです。水は時には走り、時には止まり、時には生命の原因となり、時には死の原因となる。そして時には大洪水をもってひとつの町を埋める。水がなければ人は生きられない。生命の原因であり、同時に死の原因である。走ったり止まったり澱んだりして、結局は空に昇りかつまた降りてくると。 レオナルドにとって、ゆたかな川とアルプスのある北イタリアに滞在したことが、とくに意味があったと思います。もっとも、子どもの時にアルノ川のほとりで遊んだということが決定的でした。神がすべてを決めて、神が創った運動が最後の審判までちゃんと行くという体系とはちがう。神がすべてをはじめて、そして神が終わらせるというキリスト教の時間とレオナルドの時間はちがうのです。 元素は感情もモラルもなく、みずからの運動をくりかえし、性質を変え、万物は流転し、たえまない変貌をとげていく、やがて終わるとしても、それは元素がその組成を変えるにすぎない。それはわれわれの観念と似ています。レオナルドが見たのは、神のいない、元素の変化による世界の生成であった。万物は変化する。天の上にも地の下にも内にも外にもいかなる静けさもない。そして何物も水をとどめるものはない。すべての場所を通過し、すべてを動かして千変万化する。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「レオナルドはまた、大地と人体のあいだに神秘的な相関があると思っていました。水脈は無数の枝に分かれて、大地の肉体中をかけめぐる。血もまたからだの中をかけめぐる。ご承知のように、血液の循環を最初に書きとめたのはレオナルドでした(図 33)。神々や自然を擬人化して見る考え方をアントロポモルフィスム(アンスロポモーフィズム)といいます。すべての宇宙の動きや形状を、人間と相関させて解釈する見方です。宗教学や神話学では神人同形説といいます。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「《モナ・リザ》のモデルはだれか さてこういった文脈でいよいよ《モナ・リザ》について語る用意ができました。実際はこの《モナ・リザ》のモデルがだれであるか、いつ頃描かれたかということは特定できないのです。有名な作品であるにもかかわらず、その身元は依然としてわかっていないという非常に妙な例がここにもあります。通説では一五〇三年頃だといわれています。でも最近の研究ではずっとあと、《聖アンナと聖母子》よりもあとに下げて考える人もでています。 一五〇三年頃という根拠はどこにあるかというと、ジョルジョ・ヴァザーリが、そのころレオナルドはフィレンツェの市民ジョコンドの妻、モンナ・リザを描いたといったのです。そのリザを描くとき、そのほほえみをいつも絶やさぬために、音楽家をそばによんで音楽をいつも聞かせたと書いてある。ヴァザーリはうそつきであるにもかかわらず、ほかには証拠が全然ないので、一応これを信じて人びとは伝説を組み立てたのです。 ジョコンドの妻リザはたしかにいたのですが、子どもを産んでほどなくして死んでいることがわかっています。しかもたくさんの疑いが出てきている。その疑いのだれもがいだく最初のものは、もしもリザの肖像ならば、出来上がったときにどうしてジョコンドの家にこの肖像画を納めなかったのかということです。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「彼が手稿に書いているように、理想的な比例というものを指数で割り出して、それを描いたのか、実物写生なのか、それとも本来観念的な創造物なのか。グラフィックな類似性だけでは結論は出せません。いつも似た比例で描くこともある。画家はいつも自分に似た顔を描くという俗説もあります。それからある顔をそっくりに描いてみても、そこには基本的に誤差があって、つい自分が思っている好みの顔に仕上げているということがあるのです。 芸術という曖昧でとらえがたいものを科学技術でとらえるのは、ある表層の事実だけですから、思想的前提をじゅうぶんに熟させてもちいなければなりません。したがって歴史的なドキュメントがはっきりと出てこないかぎり、モデル探しは決定的なものではないのです。大事なのは、なんらかの第一次資料、契約書であるとか、あるいはレオナルドのたしかな手記であるとか、そういう記録、資料が出てこないかぎり、できるかぎり真実に近く、できるかぎり矛盾のない仮説を作っていく以外、やり方がないと思います。決定的なことは、記録、解釈、科学的データの三つがそろわなければいえません。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「レオナルドは、中世的な職人のギルドに束縛された、昔ながらの芸術の生産システムをきらっていました。手だけを重要視して知性を教えない徒弟制度をきらっていました。ですから彼は学問というのは知的なものだ、芸術もまた知的なものだと信じていました。そしてプラトンがアカデメイアを作って、知的なことを会話によって知性から知性へと教えたように、芸術も知的なもので、身体で教えこむものではなくて、知性によってことばによって教えるものだとレオナルドは思っていたのです。 彼は工房ではなく、アカデミーを作りたいと思っていたのですが、自分がそれを作ることはできないと考えていました。だから彼は自分が空想の中で作るアカデミーの紋章をデザインして、自ら足りていたのです。さっきいいましたように、ほんとうにレオナルドが考えていたようなアカデミーかどうかわからないけれども、とにかく知的な言語を媒体として教授するアカデミーが近代西欧にはじめてできたのは、一六世紀に、コジモ・デ・メディチが絶対主義王国フィレンツェにおいて、ジョルジョ・ヴァザーリを院長にしてミケランジェロの教えをもとに美術学校、つまりアカデミーを作ったときです。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「この女の人が笑っているのは《聖アンナと聖母子》の笑いであって、あなた方は何も知らない、私が知っているのはほんとうの真実だ。この世は確実に水か火によって滅びる。それは自らの運命によって滅びる。四元素の必然の運命によって地球は動き、そして絶え間なく老いていき、やがて終末を迎える。これはすべての人間の運命であると同時に地球の運命でもある。つまりすべてを知るものの笑いであるというふうに、私はフマガッリやクラークとユイグの説を総合して思います。 それにたいして、非常に感性のするどい多くの人びとは、《モナ・リザ》の笑いを見て、何か笑っているけどいったいこの笑いは何だろうと感じました。なつかしく思い出されますが、一九五〇年代に私が東京芸術大学ではじめて《モナ・リザ》の講義を聴いたとき、私の恩師は、この謎は女性の心の謎であるといいました。たいそうロマンティックで、私はせいぜい二〇歳でしたが、この謎を研究してみようと思ったのです。人は《モナ・リザ》のいちばん正確なメッセージを読みとっていたということになります。メッセージの内容はともかく、彼女が謎を隠していることだけは、感じたのですから。目は笑っていない。唇だけが笑っています。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「国立芸術大学の発祥というものは、どこの国でもその国の産業奨励、ならびに文化奨励政策といったものと結びついているわけですけれども、まさにフランスの国力、あるいは文化力増進のために作られたアカデミーが、いちばんできる学生にあたえる賞金あるいは称号を、プリ・ド・ローム(ローマ賞)といいます。アメリカでもいちばんできる学生がローマに留学するのは今でも変わらないのです。 そして驚くべきことに、フィレンツェにはいまも、二八から三〇にもおよぶ西欧諸国の大学の研究所や美術研究所があります。このうちもっともすぐれた研究所は、なんとドイツ研究所なのです。私が毎年勉強に行っているのも、じつはこの「ドイツ研」です。イタリアをもっともよく研究しているのがドイツだ、ということは、この南北の関係をよく示しています。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「ミケランジェロが、ひょっとしたらエゼキエルの顔にサヴォナローラの顔を描いたかもしれないと私は考えていますが、ここでもそのことが考えられます。また、もしそうであれば、私の考えでは、犬というのはサヴォナローラが属していたドミニコ会のエンブレムだということも考えられ、これまた私の推論ですが、トカゲはどちらかというと犬に踏まれそうになっているので、法皇アレクサンデルの家紋、ボルジアの紋章であることも考えられます。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「わからないことは何か ところで、以上がルネサンスの人間観を理解する上で大変だいじな、デューラーの代表作についての定説とでもいえる解釈なのですが、最後に二つ、少しちがうことをお話ししたいと思います。数年前ですが、私が千葉大学の教養部の講義で、やはりこのことを話したのですが、そのとき、建築学科の学生が、多面体のなかにガイコツが見える、といい出したのです。どうですか。見えますか。(大部分の学生が見えると答えた) みなさんには見えますか。私にはいまひとつ確信がもてないのです。ただ、ガイコツかどうかわからないが、なにかぼんやりとした不気味な顔のようなしみがあるのはたしかだとおもいます。もし、それが確実だとしたならば、この意味不明な多面体は、まだ形を確定していない石の状態を象徴しており、そこにぼんやり浮かびあがってくるガイコツのような人の姿も、その石と同様に、まだ不完全な人間の状態をあらわしているのかもしれません。こういう解釈はたぶん、世界でまだだれもしていないでしょう。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「けれども、画家がただ見えたものを描いた場合にも、彼がなぜそれを見たのか、どのように見たのか、というところにこそ、写真とはちがう創造の意義があるのです。人間のつくったものは、みななんらかの意味があります。人生をどう見ていたのか。自然が平和なものと見られていたのか。赤い花ではなく黄色い花を描いたのはどうしてなのか。なぜわれわれがそれを見て楽しくなるのか。 絵を見るという行為は、いつでも、作者の見た目で、世界を見るという行為です。また、見る人間もそこに参加します。そうして、今度は自分の目でそのイメージから自分の意味をひき出すのです。そこにはいつでもさまざまな体験や感情や経験をもった人間のコミュニケーションが成立します。そして人間はいつでも、ことばによってのみコミュニケーションをするのではなく、ことばにならないものを、イメージによって伝えてもいるのです。 芸術のコミュニケーションは、知性ばかりではなく、感性をもふくんでいますから、知識ばかりでなく感動もあたえ、人格の全部を動かします。その点で、あらゆる人間のコミュニケーションのなかで、もっとも複雑で、もっとも深く、もっとも総合的なものだといえるでしょう。そのうえ、たとえそこに描かれた思想や信仰が今は滅びてしまい、意味を失ってしまっているとしても、絵は残ります。絵の生命は死ぬことはなく、古びることもなく、それを人が見て美しいと思うかぎりつねに現在です。それこそが芸術のほんとうの力なのです。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著
「カソリックの聖職者は一生涯童貞であることが決められていますから、その不自然な苦痛をしのぐためには、女を憎み悪魔のように思うことによってのみ切り抜けられるということがあります。さまざまな神学者によって女は肉欲の権化であり、肉であり誘惑であり悪魔の手先であるということがいわれてきたので、聖母マリアを崇拝するために、またイエス・キリストも女の腹のなかから生まれてきたのだという矛盾を乗りこえるためには、マリアはエバよりも前に存在しており、マリア自身が男と女の性交によって生まれたのではない、つまりマリアの根本純潔説というのが大切なのですね。」
—『イメージを読む (ちくま学芸文庫)』若桑みどり著