マルコム・グラッドウェルのレビュー一覧
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とても面白かったし、タメになった。2025年に読んだ本の中で5本の指に入る本だと思うし、人生のバイブルとして置いておきたい本。すべての人が1度は読むべきだと思う。
ー私たちは、成功というものをあまりにも属人化しすぎている。個人の資質とはまったく関係ない要素が成功に与える影響力を私たちは過小評価している。私たちが社会全体として、人生を左右するような隠れた要素にもっと敏感になれば、誰もがチャンスを手に入れられるような仕組みをつくることができるはずだ。
ー彼らは、自分のしていることで成功するために、自分のアイデンティティの一部を手放さなければならなかった。なぜなら、韓国文化に深く根付く権威を重んじる態度は、コックピットでは役に立たないからだ。
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都内の東京大空襲がテーマの小さな博物館に外国人観光客が激増してるのがこの作品が原因らしい。作者はトヨタの仕事で来日して、その後、東京に寄った。イギリスやアメリカでは戦争記念博物館はすごく大きいのであまりに小さくてビックリしたらしい。太平洋戦争でアメリカも最初は「軍人は軍人と戦う」のが原則で市民を殺すのは人道に反する行為だったが、アメリカ兵士の犠牲も増えて、やがてナパーム弾のような残虐な兵器を開発して民家を焼くシュミレーションまでするようになった。やはり日本はサンフランシスコ講話で原爆や空襲についてアメリカの戦争犯罪を追及するべきたった。今もアメリカは空爆兵器を作って中東なんかで使われてる。何年経ってもチャラにならない罪として今後も問い続けなくては。
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感想。圧倒的な成功者は本人のみの素養によるものか?についての話。結論としてはそうした本人の素養を生かす時代性や地域性など外的要因が大きく影響するという話なんだけど、面白かったのは大韓航空が事故率が他社に比べて異常に高かったのはその国特有の上下関係がコクピットにおいてコミュニケーションを妨げていたという指摘や、米を主食とするアジアの地域はその作物特性から物事への対応に関する考えが生まれ、そのことによって数学の能力が高くなっているという指摘。人は生まれた場所やそこにまつわる歴史を選べないがそれに深く食い込まれていることは意識しておく必要がある。米作が何故数学にというのは読んでもらえばわかるが、作物として一年中気を配り粘り強く向き合い続けねばならない事から、勤勉に対する意識が高くなる風土が生まれるという話。それが一つの問題に深く取り組む価値観を生み、数学の能力が上がると。そこまで読むと昨今の欧米化による生活の変化は戦後80年を経てそうした意識を崩してきていると思うし、食料自給率の低下は食という人間の基本の営みから生まれる風土を蝕み、日本というコミュニティが培った気質も奪っているのだろうななどと思ったりしていた。
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それまで緩やかだった変化が、ある閾値を超えた瞬間に一気に拡大する——その転換点を「ティッピング・ポイント」と呼ぶ。これがグラッドウェルの提示する核心的な概念だ。
著者は、変化を爆発的に広げる担い手として「コネクター(広範な人脈を持つ人物)」「メイヴン(情報の専門家)」「セールスマン(人を動かす説得者)」という三種類の人物類型を挙げる。現代で言えば、新型コロナウイルスの感染拡大を一地域から全国へと広げた、いわゆる「スーパー・スプレッダー」的な存在がこれに近いだろう。また、変化が定着するかどうかは「時代の空気感」、つまりその変化を受け入れる社会的な雰囲気が醸成されているかどうかにも左右されると著者は言う。
特に印象的だったのは「ホロコースト」という言葉の普及をめぐるエピソードだ。ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺を指すこの言葉は、今日では誰もが当然のように使う。しかし1978年以前は、ほとんど使われていなかったという。転換点となったのは、同年にアメリカのNBCが放映したドラマ『ホロコースト』の爆発的ヒットだった。一本のテレビドラマが言語の使用習慣そのものを塗り替えてしまったという事実には、率直に驚かされた。
本書はほかにも、ホワイト・フライト(白人住民の郊外への流出)、ある高校での自殺率の異常な上昇、麻薬の蔓延など多様な事例を通じてティッピング・ポイントを論じる。扱う題材は広範にわたるが、一貫して「なぜ変化はある瞬間に爆発するのか」という問いに向き合っており、読み終えた後も身の回りの出来事をつい「閾値」で考えてしまう自分がいた。 -
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『ティッピング・ポイント』とは、社会が大きく変わる転換点のこと。小さな変化の積み重ねが、突然大きな変化を引き起こす。2000年に出版された同書では、「少数者の法則」「粘りの要素」「背景の力」の三原則が働いており、複雑系の世界ではそれが重要な要素だ、という話。
2025年に出版された本書『超新版 ティッピング・ポイント』、原題は『Revenge of the Tipping Point』では、世の中を動かす裏の三原則として、「空気感」「スーパースプレッダー」「ソーシャル・エンジニアリング」が提唱されている。
それぞれの詳細について、面白エピソードと科学的エビデンスで説明される。
最後に、
「第4部 結論
第9章 空気感、スーパースプレッダー、集団構成」でアメリカのオピオイド危機を例に取り上げて、社会的伝染病がいかにして起こるかを、裏の三原則を引き合いに出して解説している。
まず、アメリカの州ごとにオピオイド使用にかなりの差があることを見ていく。異なる医療政策(三枚複写かそれ以外か)がそれぞれ別の空気感を生み出した。
p.350「空気感はとても重要だ。それは人間が生み出すことができる。広く拡散することがある。協力で、数十年にわたって持続することもある。」
そしてほんの一握りの医師が、スーパースプレッダーとなって、大量のオピオイドの処方箋を書いた。「圧倒的少数者の法則」が、オピオイド危機という社会的伝染病を引き起こした。
p.376「社会的伝染病には原則がある。境界がある。伝染病は空気感に影響を受けるが、その空気感を生み出すのは私たち自身だ。
伝染病がティッピング・ポイントに到達すると、規模や様相が一気に変わるが、ティッピング・ポイントにいつどこで到達するか予測できる。伝染病は様々な人が拡散させるが、彼らを特定することは可能だ。伝染病をコントロールするための手段はある。私たちの手の届くところに。それが不道徳な輩の手に渡ることもある。だが、私たちが手を伸ばし、より良い世界を作るために活用することができるのだ。」
前作では、ティッピング・ポイントの法則をビジネスに活かせば大流行を生み出せていいね!という感じだとすると、本作では、パンデミックやオピオイド危機や自殺の流行など、起きてほしくない伝染病を防ぐには?または介入して被害を抑えるにはどうするか?という観点がメインだろう。
本書は、社会的差別解消など、より良い社会を目指す人々にも価値ある洞察をもたらしてくれる。 -
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ネタバレ著者の『逆転』は10年くらい前に読んでいて、ダビデとゴリアテのように逆転劇はどのように成し遂げられるかについてなどあり、企画書に使わせてもらっていた。本書は、25年前に書かれてヒットした前作を同じタイトルながら、全く書き直している。いかにマイナーなことがメジャーになるかについてさまざまな事例を挙げながらそのポイントを解説しているが、25年前は「少数者の法則・粘り・背景のチカラ」だったが、本書では「空気感・集団構成・スーパースプレッダー」と説く。登場する事例が面白く、銀行強盗だったり、コロナだったり、麻薬だったりする。ちょっと馴染みがない事例も多いがデータを踏まえていて納得させられる。今の言葉でいうとバズらせる方法なので、仕事でも参考になるかも。
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ネタバレ【勘?バイアス?瞬時の判断力について】
情報、データに基づく論理的思考を働かせた方がいい時と、
直感で決めたほうがいい時と、
結局どうなの?
という本。
色々な事例や側面を紹介して書かれているのですが、
私が個人的に学んだことは、
瞬時のひらめきや直感を信用する価値のある状況ー
1. 経験値のあるものについて、プロは勘が養われている
2. 個人的な人生に関わるものー自分の言語化されてないかもしれない価値観にも関わる、複雑すぎて答えがない
適応性無意識、バイアスなどについても書かれています。
1.経験と瞬時の判断。
適応性無意識とは、一気に結論に達する脳の動きのこと。
プロには、夫婦の15年後が、1時間、ときには数分の会話からもわかることがあり得るという例。
__「輪切り」は、さまざまな状況や行動のバターンを、ごく断片的な観察から読み取って瞬間約かつ無意識のうちに認識する能力のこと。
__私たちの無意識はこんなふうた働いているのだと思う。一気に結諭を出すとき、あるいは何かを「直感的」に感じ取るとき、 ・・・ 目の前の状況をよるい分け、どうでもいい要素は捨てて、これはという要素に神経を集中させる。実際、無意識はこれが得意で、「輪切り」による結論のほうがじっくり考え抜いた結論よりも優れていう ることは少なくない。
人間とのコミュニケーションは、その点で大半の人が多くの経験を積んで無意識に行っているプロの領域にあると言えるのかもしれないと思いました。そもそも遺伝的に、本能としてそのように組み込まれている、ということなのか。
マインドリーディングについて、顔、表情の動きは、文化を越えて共通にあるとの研究結果も紹介されていました。
__基本的な感情が湧いてくると、その感情は必ず顔の筋肉によって自動的に表現される。反応が顔に現れるのは一瞬かもしれないし、顔にセンサーを取りつけないと検知できない程度のものかもしれない。だが必ず顔に現れる。シルバン•トムキンスはかつて講義の前に「顔はペニスに似ている」と大声で叫んだことがある。彼が言おうとしたのは、顔にも心があるということだ。顔の動きは制御できないという意昧ではない。自発的な筋肉組織を使って自発的でない反応を抑えようとすることはできる。だがほんのわずかであっても、抑制された感情はしばしば顔に現れるということだ。たとえば、いくら隠そうとしても本当に悲しいとき、それは顔に出る。メアリーにも同じことが起きた。自発約な表現のシステムは感情を意図的に知らせるための手段だ。
だが、自発的でない表現のシステムのほうがいろんな意味でより重要で、本当の気持ちを伝えるために進化の過程で身につけたものだ。 (本文より)
また、論理的に言語で考えることで失われるものについても話していましたが、
前日読んだ、視覚思考者の脳の動き方に関連する部分があると思いました(『ビジュアル・シンカー』)。
消火活動で、火の元が地下にあることを直感的に突き止めた、という例は、たしかにプロとしての勘もあり、
また視覚的に状況を察知する能力でもあるのかな、と。
言語化したほうがうまく判断できる人と、イメージで試行したほうがいい人、もしかしたら一般化できないことなのかもしれないと思いました。
__何もしなければ問題なかったはずの顔を見分けるという能力が、顔の特徴を説明すると弱まる。 このような現象について率先して研究してきた心理学者ジョナサン•W•スクーフーは、これを「言語による書き換え」と呼ぶ。脳には言葉で考える左脳と視覚で考える右脳がある。顔を言葉で説明すると、視覚的な記憶が言葉に置き換わり、思考が右脳から左脳に追いやられてしまう。だから二度目の面通しでは、どんなように「見えた」かではなく、どんなように見えると「言った」かの記憶を引き出す。ここが間題だ。私たちは人の顔に関する限り、言葉で説明するより視覚的に認識するほうがずっと得意だ。マリリン•モンローとアインシュタインの写真を見せたら、どちらもすぐ見分けられるだろう。二人の顔が頭の中でほぼ完壁に「見える」はずだっだが言葉で正確に説明するとしたらどうだろうか。マリリン•モンローの顔について、人にわかるように文章で説明できるだろうか。人の顔については誰もが直感的な記憶に頼る。 しかしその記憶を言葉で説明するよう求めたとたんに、記憶は直感から切り離されてしまう。 (本文より)
無意識から生まれた思考は時に言葉で説明できない。
求められたら、もっともらしい説明でその場を取り繕う傾向があり、
それがその人にとって新しく事実化することもある。
熟考する機会を得れば、あとから注意深く言葉を選んで言語化できることもあるのか―と思ったり。
言葉が事実を作る、と自分さえもだましていくことにはならないようにしたい(最近読んだ、「うるさいこの音の全部」での悲劇)。
逆に、本来言葉にはなしえないということを自覚しつつ、言語化を要される場合に相手の納得のために言葉にしておく自由がある(ひろゆきさんの本)。
・・・
無意識のバイアスについても書かれていました。
より早く判断するために、人間は物事をカテゴリー化したり、単純化するけれど、
話されていることの共通点として、
一つ目に、眼の前の人を対等な人間としてよく見ることが大事だという共通点があるのではと思いました。
これは、ひらめき、とかいう話ではなく、人間関係、共存の話ですが、深堀りされていたように思います。
顔と物を見る脳の部位がことなる、
自閉症の脳の動きが、顔もモノと同じように認識しているために、
相手の感情を読み取れない、ということ。
そして、ときに私たちも、過度なストレス下、興奮、あるいは瞬時の判断時などに、
人であってもモノとして見る際の脳の部位を使う場合がある。
つまり自分に余裕がない時、
人間は認識や理解ににエネルギーを要する複雑なものだから、
そうなってしまうのかもしれません。
女性のビキニ姿を男性の脳はモノとして認識しているという悲痛な事実がありましたが、
何か似たような脳の動きが、人種差別や、他者への思い込みにも悪く働いてしまっていると言えるのかもしれない、と考えたりしました。
先日読んだ 「知らない人に出会う」でも、他者の捉え方について、実体験の積み重ね、バイアスが大きく影響することが述べられていました。
敵対感情が好意的感情より強くなると、優位になると、修正が効かなくなる、という点は、いろいろなことに説明がつくなーと思いました。
一度失った信頼を取り戻すのに時間がかかる、というように。
医者化患者を診る際の例でも、
対等なひとりの人間として見ているか。
コミュニケーションではなく、
何か人間のスキルを評価するに際にも、対等な人間、という点が重要なのかと思ったり。
その前提があって、評価の対象であるスキルのみで比較判断することができる。
著者は、人種差別についても論じられることが多いですが、
意識的な差別以前に、無意識が持つ力に注目しています。
背が高いーリーダーに選ばれやすく、よって年収が高くなる。
クラシック音楽のオーディションの例は、
人間を直接視覚的に見ることが逆に判断の曇りになっていました。
バイアスはなかなか避けられないからこそ、物理的な仕切りを用いて音のみを捉える、ことが勧められていました。
今、ここ 目の前の人を知ろうとする視点は、「風をとおすレッスン」、
その後に読んだ「聞く技術、聴いてもらう技術」でも、他者の悪魔化について書かれていました。
人と関わることについては、
生の情報ほど高密度な物はないのだろうと思います。
・・・
相手に対し、思い浮かべて自然に笑えない人は真の友ではない。・・・
生きたもの、変化するもの、生物、自然、理解を越えるもの、に対しては、
無意識が多くのことを伝えているみたいです。
単純なこと、単発のこと、IKEAでの買い物ー熟慮、データは、
マーケティングなどに惑わされずに、合理的判断することで満足度が高まるとのこと。
何を積み重ねてきているか、積み重ねるか、に自覚的になり、
経験を生かした勘を高める。
また、
余裕のある状況を意識的に作って行くことで、
バイアスにできるだけ影響されない判断をする。
そんなことを学びました。 -
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本書を読むまで、B29は日本の迎撃など相手にしないような高度からやすやすと爆撃を行っていたものかと思っていた。実際には、航続距離ぎりぎりだし、照準器の精度や気流の問題等で高高度からの爆撃では効果を上げることができず、やむを得ず低空から、やむを得ず夜間に爆撃を行ったのだということがわかった。そして日本中に行われた空襲が、マリアナ諸島にいる「現場指揮官」だけの判断だったということにも驚いた。200ページほどの著作で、たいへんコンパクト。著者は、理想主義者vs現実主義者の戦いとして、ノンフィクションを物語化しているので、ところどころ牽強付会なところもあるのかとは思うが、読みやすさには貢献していると思う。
爆撃機から正確に地上の目標に爆弾を投下すること、これはなかなか難しいことだった。正確に目標だけを爆撃できれば―白昼、対空砲が届かない上空九〇〇〇メートルから漬物樽に爆弾を落とせれば――「きれいな戦争」ができる。軍事目標だけを狙い撃ちにして、市民の犠牲はなし。その「夢」を追った者たち「ボマーマフィア」の一員が、日本への爆撃の第一陣を担った。米軍は照準器に莫大な予算を投じたが、結局、目標は達成できなかった。マリアナ諸島を飛び立ったB29は巨大な中島飛行機の工場を5回にわたって爆撃し、ほとんどかすめもしなかった。原因は、当時はばかげていると誰もが相手にしなかったジェット気流の存在だった。司令官は交代となり、現実主義の権化のような人物、ルメイが登場する。気流を避けて1500メートルの低高度から、戦闘機を避けるために夜間に、精密な爆撃を諦めてナパーム弾で市街地ごと焼き払うということになった。そして東京大空襲が決行され、数十万人が死んだ。東京だけではなく、日本中の大都市が同様に爆撃された。歴史家・ウィリアム・ラルフを引いて曰く〈これほどまでに殺傷力の高い作戦が……現場指揮官から生まれたことに衝撃を覚える。(中略)これほど重大な道義的、政治的影響をおよぼしかねない決定が、いったいなぜ一介の若い現場指揮官の手にゆだねられたのだろう? 上層部の個人的責任と積極的関与はどこにあったのか?〉 -
Posted by ブクログ
精密爆撃から無差別爆撃へ。B29による日本への空襲。なぜ大量殺戮へ発展したのかを描く。
アメリカ空軍は元々は陸軍。補助兵力だった航空機を主力兵器に。第一次世界大戦の塹壕戦、総力戦への反省から航空機によるピンポイントでチョークポイントとなる工場等の目標を狙う昼間の高高度精密爆撃。戦争による双方の犠牲を最小にする最良の手段と考えられていた。その一団がボマーマフィアと呼ばれた。
実際には精密爆撃は成功せずやがてハンセル将軍からルメイへの指揮官交代を機に低高度夜間の都市無差別攻撃へと方針は変換する。
本書は戦略爆撃の思想からどのように変化したかの裏側を描く。
現在は高性能誘導弾の発達によりある意味ボマーマフィアの理想が実現した世界。
アメリカの本だが実に日本向きな内容。そもそも東京大空襲を知らない人々も多いことだろうから、本書のような書籍が売れるのは良いことだろう。