幸田露伴のレビュー一覧

  • 努力論

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    努力:直接の努力(当面の努力)、間接の努力(準備の努力)/ 努力という事が人の進んで止むことを知らぬ性の本然 / 努力の結果が佳良ならざると
    き:努力の方向が悪い、間接の努力が欠けている / 努力して努力する、それは真のよいものではない。努力を忘れて努力する、それが真の良いものである。⇒愛か捨の体得が必要 / 進んで自ら運命を造るべきのみである。是の如き気象を英雄的気象といい、是の如きの気象を有して、終にこれを事実になし得るものを英雄という / 成功者は自己の力として運命を解釈し、失敗者は運命の力として自己を解釈して居る。…両様の見解を併合する時は全部の真となるのではなかろうか。…成功者は運命の側を忘れ、失敗者は個人の側を忘れ、各一方に偏した観察をなして居るのである / 時計の針の進行が即ち運命である / 自らを責める⇒自己の欠陥を補い行く⇒成功者の資格を得る、自らを責める⇒他の同情を惹く⇒自己の事業を成功に近づける / 自己の掌より紅血を滴らすか、滑沢柔軟のもののみを握るか。この二つは、明らかに人力と運命との関係の良否を語る所の目安である / 教には着手の処の不明なものなぞがあるべき訳はない。(高邁な教でも着手の処が不明なら、教える側が「ある程度に達していない」ということ)/ 教が一場の座談になる傾向がないか。聞く側も籠耳で終わる傾向にないか。/ 着手の処、着手の処と逼り詰めて学ぶのでなくては、百日過ぎてもまだ講堂の内に入らぬのである、一年経ても実践の域に進まぬのである。…着手の処、着手の処と逼り詰めて、人々各自がその志す所の道程においてある点を認め出した方が妙味があるであろう。汝、脚あり、汝、歩むべし、汝、手あり、汝、捉るべしである。/ 新しい自己を造り得ない道理があってではなくて、新しい好い自己を造るに適しないことを為して歳月を送ったから / 同じ貨幣は同じ価値を有するの道理である / 同一の自己=同一の運命=同一の状態=繰り返しで活力が減る=幸福を得ざるのみならず、幸福を得べき予想さえ為し能わざるに至ってしまう / 他によって自己を新にする方が、自己によって自己を新にする難行よりやり易い。我流で碁が強くなる望みはうすい / 他力によって自己を造る道の最も重要な点は、自分は自分の身を寄せて居るところの人の一部分同様であるという感じを常に存する事なのであって、決して生賢しい智慧やなんぞを出したり、自己のために小利益を私しせんとする意を起こしたりなんぞしてはならぬのである。他人によって自己を新になそうとしたらば、昨日の自己は捨ててしまわねばならぬ / 化石的自己、蓬的自己 / 自己を新たにする方法は、新にせねばならぬと信ずるところの旧いものを一刀の下に斬って捨てて、余ゲツを存せしめざること / 今までの習慣でも思想でも何でも悪い旧いものは総べて棄てなければならぬ / 従来と反対な結果が得たくば、従来と反対な原因を播くがよい / 太上は徳を立て、その次は功を立て、またその次は言を立つる / 惜福:福を使い尽し取り尽してしまわない。倹約ではなく、冥々たり茫々たる運命に預け置き積み置く / 幸運の調子に乗ってしまうのは、福を惜まぬこと / 分福:自己の得るところの福を他人に分かち与える / 動物になく人にのみあり得ること「物に足らざるも心に足りて、慾に充たざるも情に充ちて甘んずる」 / 福を惜しむ工夫をしない人は、人の下で愛重されず、福を分つ工夫が乏しい人は、人の上として信頼されない / 分福の工夫の欠けた人は自己の手脚のみを頼るわけで、人の力によって福を得ることは少ない / 植福:我が力や情や智を以て、人世に吉慶幸福となるべき物質や情趣や知識を寄与する / 有福は祖先の庇陰=尊むべきところなし、惜福=やや尚ぶべし、分福=いよいよ尚ぶべし、福を植うる=真に敬愛すべき人たり / 福を有する人はあるいは福を失うことあらん。福を惜しむひとはけだし福を保つを得ん。能く福を分つ人はけだし福を致すを得ん。福を植うる人に至っては即ち福を造るのである / 奮闘=仮想の敵、努力=自己の最良を尽くすことで、より高大、中正、明白 / 嗜好=苦しいことを忘れ、厭う感情もなく、意思と感情が平行線的、同一線上に働く、努力=意思と感情が対立する場合も意識の火を燃え立たせて感情の水に負けぬように為し、そして熱して熱して已まぬをいう⇒意識が感情を上回るのが努力 / 努力の堆積 / 努力より他に吾人の未来を善くするものはなく、努力より他に吾人の過去を美しくしたものはない。努力は即ち生活の充実である。努力は即ち各人自己の発展である。努力は即ち生の意義である。/ 教育の標的:1)正=中正公明、学問の道もおのずから大門があり正道がある。書を読んでいまだ万巻に達せず、識いまだ古今を照らすに及ばざるほどの力量分際。反対は「人の知らざるを知り得、人の思わざるに思い至り、人の為さざるを為し了せんとする傾」。2)大=力めて限界を拡大し、心境を開拓し、智を広くし識を多くし、自ら自己を大になさんことを欲せなければならぬ。人学べば即ち漸く大、学ばざれば即ち永く小。大は広の意味を含む。眼も大、胆も大ならねばならぬ。3)精=粗の対照。ゾンザイならざるもの。一事が万事。4)深=人力に限りある故に、深を標的とする場合は自ら限られたる場合でなければならぬ。専攻部面にのみこれを求むべき。人々個々によりて予め考えねばならぬ。予め自ら選択するところがなければならぬ。「ただ大なるを勉めて深きを勉めなければ、浅薄となる嫌がある。ただ精なるを勉めて深きを勉めなければ、渋滞拘泥のおそれがある。ただ正なるを勉めて深なるを勉めなければ、迂闊にして奇奥なるところなきに至る。」/ 志はまず高く、それから固く / 性格がその志に適応しなければ駄目 / 性格には高い人、中位、低い人がある / むやみに最大範囲における最高級に達することを欲せず、比較的狭い範囲内において志を立てて最高位を得んことを欲したならば、平凡の人でも知らず識らず世に対して深大なる貢献をなし得るであろう / 性癖は如何とも為し難いにせよ、人はなるべく「やわらかみ」と「あたたかみ」とを有したいものである。助長の作用を為して剋殺の作用を為したくないものである / 気が凝ったり気が散ったり過ごすのが凡人 / 少年は純気⇒長ずるにつれ凝り出す⇒内慾盛ん、外物外境を追随するに至る。駁気 / 駁雑不純が凡庸の常 / 散る気の習の付いて居る人は、瞳がその舎を守らない(チラチラ動くか、沈んで動きが鈍くなり気のみ忙しく動く)、耳がその円を保たない(聴きはずす)、血行がよろしくない / 気が凝れば脳に充血し、気が散れば脳は貧血する / 心を治め意を固くして、思うべきところを思い、為すべきところを為さんと決定し決行する / 詰らぬ事さえ全気全念を以て打対わるる健全純善の気の習 / 血を以て気を率いる勿れ、気を以て血を率いよ、気を以て心を率いる勿れ、心を以て気を率いよ、心を以て神を率いる勿れ、神を以て心を率いよ / 世に「時間」というものの存在する以上は、同一の物というものは実は存在せぬ / 努力は「力めて気を張る」のであり、気の張りは「おのずからに努力を生ずる」。不自然と自然の差、結果を求めるのと原因となるのとの差。/ わが打対うところにわが心の一ぱいになる気合 / 全幅の精神を以て事に当り務を執ることの大敵は散る気、弛む気の習癖 / たかぶる気も張る気の子気として生ずる / 張る=心が一ぱいに充ちて居る、凝る=気が注潜埋没してしまう / 張る気の起って来るところ:1)「我と我が信との一致の自覚」。信は意と情と智との融和の上に立つの信を上品とする、2)意の料簡、3)情の感激、4)智の光輝、5)美術、音楽等からの共鳴作用 / 真面目に張る気を積み積みして、終に澄む気を保つに至る。澄む気を養い得て已まざれば、終に冴ゆる気に至る。/ 凝る気は、ただ熟するという事があって更に進むという事がない / 人の朝の気は実に張っている。天地の陽性の気に影響されて然る / 昧爽より午に至るまでの気象、人須らくその気象を体得して生を遂ぐべしである。世界は生々の気に張られて居るのである。天数、人事、人寿、この三者を考察して、張る気を持続せよ。ただそれ能く日において張り得よ、夜において善く弛まん。ただそれ生において張り得よ、死において善く弛まん。進潮退潮、潮よく動いて海長えに清く、春季秋季、季よく移って年永く豊かならんである。

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    2009年10月04日
  • 五重塔

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    506円

    103p

    やや難

    再読
    2026/08/18

    文体が難しい

    幸田 露伴
    (こうだ ろはん、1867年8月22日(慶応3年7月23日) - 1947年(昭和22年)7月30日)は、日本の小説家、考証家。本名は成行(しげゆき)。別号に蝸牛庵(かぎゅうあん[注 1])、笹のつゆ、雷音洞主、脱天子など多数。江戸(現東京都)下谷生れ。帝国学士院会員。帝国芸術院会員。第1回文化勲章受章。娘の幸田文も随筆家・小説家。高木卓の伯父。『風流仏』で評価され『五重塔』『運命』などの文語体作品で文壇での地位を確立。尾崎紅葉とともに紅露時代と呼ばれる時代を築いた。擬古典主義の代表的作家で、また漢文学、日本古典や諸宗教にも通じ、多くの随筆や史伝のほか『芭蕉七部集評釈』などの古典研究などを残した。旧来「露伴、漱石、鷗外」と並び称され[1]、日本の近代文学を代表する作家の一人である。

    「幸田露伴は、明治二十二年から二十四年にかけて、求心的な文体をつよめていって、そういう求心性のつよい文体と釣り合う構成の佳作、秀作をのこした。  『五重塔』はその頂点に達した秀作である。  のっそり十兵衛という、狷介で頑固、世渡り下手の寺社建築の大工が主人公である。腕はあるのに小才が利かぬ性格の故に、職人仲間からややもすればさげすまれ、「年が年中長屋の羽目板の繕ひやら馬小屋箱溝の数仕事」に明け暮れ、貧乏暮しをしている。  この大工が、谷中の感応寺に次いで五重塔が建てられるという を耳にする。谷中感応寺の建築を請け負ったのは、川越の源太という、日頃ひとかたならぬ世話になっている大工で、感応寺の出来栄えが見事だったので、自然、五重塔も源太にやらせようと寺の上人は考えている。」

    —『五重塔 (岩波文庫)』幸田 露伴著

    「 十兵衛という人物は、魔性の存在、と私はいったが、言葉をかえれば 英雄 である。彼は他人の指図を受けてはたらく「寄生木」になることも、自分の仕事に「寄生木」を受け容れることも拒む。むしろ、何もしない方がましなのである。分業を前提とする近代社会に、こういう人物ほど似合わないものはない。  英雄はその壮大な事業によって一世を風靡するとともに、取るに足らぬ卑小な敵に敗れて没落する運命をたどる。十兵衛は世の破局を思わせるような嵐にも耐える五重塔を見事に建てた。が、源太の弟子で、おっちょこちょいの清吉という男に片耳を斬られて不具になる。  この小説は、むかしから、嵐の吹きすさぶ場面の一種凄絶な文章によって人びとにいいつたえられてきた。見事な文章にはちがいないが、この嵐の描写は、ぜんたいの叙述の中の位置としては、十兵衛の魔性を証しするための手段である。嵐という人為を超えた自然の力に、十兵衛の人為による五重塔が打ち克ったというのである。」

    —『五重塔 (岩波文庫)』幸田 露伴著

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    2026年08月18日
  • 五重塔

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    のっそり十兵衛とブチ切れ源太を中心に、狂気と人情と執念が、作中襲来した大台風のように渦巻く。源太の弟子、清吉が起こす手斧によるまさかの殺人未遂。片耳を削ぎ落とされるのっそり。それをものともせず魔性に取り憑かれた狂気で健立せしめた魔の五重塔。全編通して馴染みのない文体が逆に新鮮で興趣。

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    2026年06月27日
  • 幸福のための努力論 エッセンシャル版

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    努力すること。
    深堀りすること。
    運命のせいにしない。
    福を大切にし、浪費しない、調子に乗らない。
    そして、福を分かつ。
    学問の目的は知識、スキル、人格、社会への貢献。
    自己反省と改善を繰り返す。
    シンプルにいること。

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    2026年01月07日
  • 努力論

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    正座して読みました

    「そんなわけない嘘でしょ?」と思った方
    ぜひ本書を読んで下さい
    本書を通して露伴先生と対話することで、心が整えられ、人を疑うことしかできない澱んだ心が清められることでしょう

    露伴先生は本書において、至極当たり前に思えることを、淡々と繰り返しておるように思えます

    露伴先生は言います
    「努力をせよ、努力しないで、努力に変えよ」
    何のことかは本書を読めば、分かります
    人生を楽しむための指針となるはずです


    そして、「正座して読むなんて凄いな〜」と思った方

    詐欺に注意

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    2025年11月10日
  • 超訳 努力論

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    人生努力だろと思っている時に出会った本

    響いたフレーズ
    •物事の成果はそれにかけた時間によって決まる

    •相手に対しては過度な要求にならないように心がけるべき。また仮に要求が高いとしても、それは自分の心の底からの愛情から出たものであることを相手に理解してもらえるようにする。そういう心配りを忘れない

    感じたこと
    •かけている時間も頭を使いながら実践する。行動の質を意識する

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    2024年08月22日
  • 努力論

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     ある飲み会の席で、「それ、幸田露伴の『努力論』にある分福ですね」と話していたのが妙に印象的で、早速読んでみました。

     タイトルは『努力論』ですが、あまり努力を云々するものではなく、心の持ち方のようについてといった内容。で、ありました、「惜福」「分福」「植福」という記述。「惜福」はいいことを丸ごといただきにしないこと、「分福」はそれを人と分かち合うこと、「植福」はさらに将来のために福を植えるというもの。この順番で、「福」が映えるということで、眼からウロコ!までは行かないのですが、表現がとてもわかりやすいと思いました。

     それにしても、さすがに文章は文語体で格調高いです。父は、「四字熟語を使えるようになるとカッコいいぞ」と言っていましたが、確かに納得です。こうした文章を書けるようになりたいと思いつつ読んだ一冊です。

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    2023年11月20日
  • 渋沢栄一伝

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    『青天を衝け』(大河ドラマ)を観つつ、参考としてこの本を読み始めた。書いたのは幸田露伴。渋沢没後一周年に伝記編纂事業開始、数年後、本書が上梓された。
    渋沢本人と同時代を生きた人による伝記なのでそれなりに信憑性が高そう。しかも流石露伴先生。打てば響く名文、かつ淡々とした文体でとても読みやすかった。
    内容は大河ドラマとほぼ同じ(原作これなんか?)若き日の攘夷志士、渋沢が江戸に出て徳川慶喜の家臣となり幕臣として渡仏。フランスで得た商工業知識を日本に持ち帰り、日本の金融産業の発展に貢献したと。平たくいえば誰でも知ってる内容だが、その尋常ならざる仕事への情熱、上司(慶喜や、大蔵省時代は井上馨)への敬慕の念、不眠不休で働ける異常な体力、エネルギー、バイタリティ。現代まで続く有名企業のいくつを作った?会社立ち上げすぎてて嘘みたいで笑える。多くのビジネスマンにとって、学ぶところの多い人物なのは間違いない。
    彼は私利私欲のためでなく、5年後10年後の日本の未来の有り様を見据えて、誰もが豊かになれるそんな社会を実現するために粉骨砕身努力した人であった。
    こんにちの日本の発展は、この人なくして成り得なかっただろう

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    2021年10月07日
  • 二宮尊徳に学ぶ成功哲学

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    あの二宮金次郎像の発祥となったといわれる幸田露伴が書いた名著『二宮尊徳翁』を平易でわかりやすい現代語に訳されたのが第1章。そして、第2章には露伴の随筆や評論が収録されている。

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    2021年07月04日
  • 努力論

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    幸田露伴 「努力論」 

    努力より運命に関する記述の方が印象に残る。運命があるか否かではなく、運命を人間の力によってどうひき出すかに目付けしている。

    著者は 人間の力で運命をひき出す方法を2つ提示
    *英雄のように「運命を造る」
    *何事も原因を自己に帰する(自己の掌より紅血を滴らす)ことで 「運命の断片である好運」を招く

    運命を造る、自己の掌より紅血を滴らす という表現に、運命をひき出すには、自己の主体性を前提とした 大きな犠牲や手間を必要とする著者の強いメッセージを感じる

    著者は 運命を時間や有限性から捉えている。一日が始まれば一日が終わる時が来ること、人が生まれれば死ぬ時が来ることなどを運命としている。好運、否運は 運命の断片を 人間が評価した事象にすぎないとしている。

    成功者と失敗者の運命の捉え方の違いは興味深い
    *成功者は自己の力を運命と捉え、失敗者は運命の力を自己と捉える
    *成功者には自己の力が大に見え、失敗者には運命の力が大に見える

    名言「自らを責むるほど、有力に自己の欠陥を補うことはなく〜有力に他の同情を惹くことはない〜自己の実業を成功に近づける」


    名言「努力の堆積〜努力より他に未来を善くするものはない〜努力は即ち生活の充実、努力は即ち生の意義である」


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    2020年12月10日
  • 五重塔

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    五重塔
    (和書)2011年10月19日 19:34
    2001 岩波書店 幸田 露伴


    シーゲルこと飯島先生がお勧めしていた本です。多分全集で読んだらちんぷんかんぷんだっただろう。この岩波文庫版は全てにふりがなが振ってある。吃驚したが、手間が省けて良かった。

    建築に関しては必読書だというので読んでみました。

    建築関係の小説だったら坂口安吾の「夜長姫と耳男」がかなりお気に入りだよ。

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    2020年09月26日
  • 五重塔

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    教科書に出てくる幸田露伴『五重塔』
    内容は十分知っている、はず

    『五重塔』、教科書の場面は
    嵐の中、作りかけの五重塔で
    大工十兵衛がすっくと立って、夜叉のように守り通す
    が強く残っている

    いやいやそれはわたしの理解不完全
    読み不足、ポイントはそこにない

    技術はあるのに小才のきかないのっそり大工十兵衛が
    力量世慣れすぐれている親方・師匠の源太を押しのけて
    なんとしても五重塔の塔を棟梁になって作る権利を得たかった

    義理も人情もへったくれもない、エゴイズムの
    そのすさまじい、ごり押しの場面はサディスティックでもあり
    願いかなって塔を作り出していく場面はマゾヒスティックでもあるのである

    文豪幸田露伴さんの文学性に不謹慎かもしれないけども

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    2020年06月11日
  • 五重塔

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    幸田露伴の本は初めて読んだ。
    明治に書かれた小説なので、始めは読むのにやや苦労したが、すぐに引き込まれた。
    なんて美しい文体なんだろう。これがわずか24歳で書かれたものとは驚愕だ。
    ストーリーはwikiればすぐに出てくるので割愛する。
    私には、これが主人公のエゴイズムによる執念とは思えない、一種の魔性だ。

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    2018年12月10日
  • 五重塔

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    読んでシマッタと思ったのは、これは文語文? 読みにくい。というより、ワカラン。

    出だしはこんな文章です。

    「木理美しき槻胴、縁にはわざと赤樫を用いたる岩畳作りの長火鉢に対いて話し敵もなくただ一人、少しは淋しそうに坐り居る三十前後の女、男のように立派な眉をいつ掃いしか剃ったる痕の青々と、見る眼も覚むべき雨後の山の色をとどめて翠の匂いひとしお床しく……引っ掛けたねんねこばかりは往時何なりしやら疎い縞の糸織なれど、これとて幾たびか水を潜って来た奴なるべし。」(p3)

    ふりがなを省いたので、さらに分かりくいですが、ふりがながあっても一度読んだだけではなんのことかワカラン。
    繰り返し読むと、どうやら女性の描写であるらしい。
    先が思いやられるなあ。

    でもまあ100ページ足らずだし、英語で読むわけでもないんだし、なんとか意味は通じるからと思って少しずつ先に進むと、あらら不思議、そのうち慣れて読みやすくなってきた。
    話の展開もかなり面白い。

    作者25-26歳の頃の作品ということで、露伴はデビュー当時から天才といわれたらしいけど、それはそうでしょうねえ。
    坪内逍遙が「文章として絶観なり」と讃えた其三十二の嵐の夜の描写は、それはもう、なんなんだこれはというぐらいに凄い。
    また結構笑えるところもあって、なかなか楽しい。

    これは新聞小説ということだけど、毎日この濃度というのは、読む方も書く方も凄い。
    明治24年(1891年)の作品だから、テレビもラジオもなく、活字だけが娯楽であり情報伝達の手段だったろうから、ある意味当然なんでしょう。何度も何度も読み返され、それに耐えられる文章でなければならなかったはずだ。
    いまは新聞小説を読む人なんて少ないだろう。そのうち新聞もなくなるのかもしれない。少なくとも私は家では読まなくなった。職場では情報収集用に読むけど。

    ということで、文学史に必ず出てくる有名な作品「五重塔」を読むことができて、よかったと思いました。

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    2017年10月28日
  • 五重塔

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    筋はあっさり、五重塔を源太が建てるかのっそり十兵衛が建てるか、に半分以上ページを費やす。文体が素晴らしくテンポよく読める。はじめの1ページお吉の描写があまりにも色っぽくて買った。なれないうちは読みにくいが、テンポをつかめば読みやすい。暴風雨を夜叉に例えた描写はしょうしょうやりすぎではないか。浮いている気がする。
    とにかく文章がキレイで読んでいて心地よい。

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    2016年10月19日
  • 五重塔

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    建築の職人魂が生々しく描かれた小説。その性格から「のっそり」と呼ばれる職人が、命をかけて五重塔建築という百年に一度の仕事に取り組む。2時間ほどで読めてしまう。

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    2015年12月17日
  • 超訳 努力論

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    これまでこの手の自己啓発的な本を何冊も読んだが、どれも言い方を変えているだけで同じようなことを言っている。
    幸田露伴という古い時代の人でも現代の著者と同じ事を言っていて、時代や環境が変わっても結局人としてあるべき姿は同じなんだということを理解させてくれた。
    特に努力論の章にそのことがよく現れている。

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    2014年02月10日
  • 努力論

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    ネタバレ

    「何をしても人はよい。一生瓜を作っても、馬の蹄鉄を作っても、また一生杉箸を削って暮らしても差し支えない。何によらずそのことが最善に達したなら、その人も幸福だしまた世にも幾許かの貢献を為す。」
    最近の自己啓発書の「俺が、俺が」の暑苦しさと比べると、清清しい滋味が心に染みる。

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    2014年01月13日
  • 努力論

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    ネタバレ

    努力した人が全て報われるわけではない。だが成功した人はすべからく努力している…。

    この本にそう書いているわけではないが、とにかく努力はしないと。

    明治末、大正初めのころ、
    みずからを不幸と思い込み、悩み苦しみ、陰鬱なおもいに沈んでいる人があまりに多く、
    それを見かねた氏はこの本を執筆した。

    気の持ちよう次第で人はいかにも明るくのびやかに生きられる。
    努力論ではなく幸福論なほうが、題名としてはよいかも。
    純東洋思想から説いているから、受け入れやすい。
    厳しくも温かい、現代にも通じる幸福論。

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    2013年12月03日
  • 努力論

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    努力論というよりも心の持ち方について書かれている。僕の今の頭ではその内容のすべてを理解することはできない。何度も読み返したい一冊です。

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    2012年09月17日