幸田露伴のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
506円
103p
やや難
再読
2026/08/18
文体が難しい
幸田 露伴
(こうだ ろはん、1867年8月22日(慶応3年7月23日) - 1947年(昭和22年)7月30日)は、日本の小説家、考証家。本名は成行(しげゆき)。別号に蝸牛庵(かぎゅうあん[注 1])、笹のつゆ、雷音洞主、脱天子など多数。江戸(現東京都)下谷生れ。帝国学士院会員。帝国芸術院会員。第1回文化勲章受章。娘の幸田文も随筆家・小説家。高木卓の伯父。『風流仏』で評価され『五重塔』『運命』などの文語体作品で文壇での地位を確立。尾崎紅葉とともに紅露時代と呼ばれる時代を築いた。擬古典主義の代表的作家で、また漢文学、日本古典や諸宗教にも通じ、多くの随筆や史伝のほか『芭蕉七部集評釈』などの古典研究などを残した。旧来「露伴、漱石、鷗外」と並び称され[1]、日本の近代文学を代表する作家の一人である。
「幸田露伴は、明治二十二年から二十四年にかけて、求心的な文体をつよめていって、そういう求心性のつよい文体と釣り合う構成の佳作、秀作をのこした。 『五重塔』はその頂点に達した秀作である。 のっそり十兵衛という、狷介で頑固、世渡り下手の寺社建築の大工が主人公である。腕はあるのに小才が利かぬ性格の故に、職人仲間からややもすればさげすまれ、「年が年中長屋の羽目板の繕ひやら馬小屋箱溝の数仕事」に明け暮れ、貧乏暮しをしている。 この大工が、谷中の感応寺に次いで五重塔が建てられるという を耳にする。谷中感応寺の建築を請け負ったのは、川越の源太という、日頃ひとかたならぬ世話になっている大工で、感応寺の出来栄えが見事だったので、自然、五重塔も源太にやらせようと寺の上人は考えている。」
—『五重塔 (岩波文庫)』幸田 露伴著
「 十兵衛という人物は、魔性の存在、と私はいったが、言葉をかえれば 英雄 である。彼は他人の指図を受けてはたらく「寄生木」になることも、自分の仕事に「寄生木」を受け容れることも拒む。むしろ、何もしない方がましなのである。分業を前提とする近代社会に、こういう人物ほど似合わないものはない。 英雄はその壮大な事業によって一世を風靡するとともに、取るに足らぬ卑小な敵に敗れて没落する運命をたどる。十兵衛は世の破局を思わせるような嵐にも耐える五重塔を見事に建てた。が、源太の弟子で、おっちょこちょいの清吉という男に片耳を斬られて不具になる。 この小説は、むかしから、嵐の吹きすさぶ場面の一種凄絶な文章によって人びとにいいつたえられてきた。見事な文章にはちがいないが、この嵐の描写は、ぜんたいの叙述の中の位置としては、十兵衛の魔性を証しするための手段である。嵐という人為を超えた自然の力に、十兵衛の人為による五重塔が打ち克ったというのである。」
—『五重塔 (岩波文庫)』幸田 露伴著
-
Posted by ブクログ
ある飲み会の席で、「それ、幸田露伴の『努力論』にある分福ですね」と話していたのが妙に印象的で、早速読んでみました。
タイトルは『努力論』ですが、あまり努力を云々するものではなく、心の持ち方のようについてといった内容。で、ありました、「惜福」「分福」「植福」という記述。「惜福」はいいことを丸ごといただきにしないこと、「分福」はそれを人と分かち合うこと、「植福」はさらに将来のために福を植えるというもの。この順番で、「福」が映えるということで、眼からウロコ!までは行かないのですが、表現がとてもわかりやすいと思いました。
それにしても、さすがに文章は文語体で格調高いです。父は、「四字熟語を使えるようになるとカッコいいぞ」と言っていましたが、確かに納得です。こうした文章を書けるようになりたいと思いつつ読んだ一冊です。 -
Posted by ブクログ
『青天を衝け』(大河ドラマ)を観つつ、参考としてこの本を読み始めた。書いたのは幸田露伴。渋沢没後一周年に伝記編纂事業開始、数年後、本書が上梓された。
渋沢本人と同時代を生きた人による伝記なのでそれなりに信憑性が高そう。しかも流石露伴先生。打てば響く名文、かつ淡々とした文体でとても読みやすかった。
内容は大河ドラマとほぼ同じ(原作これなんか?)若き日の攘夷志士、渋沢が江戸に出て徳川慶喜の家臣となり幕臣として渡仏。フランスで得た商工業知識を日本に持ち帰り、日本の金融産業の発展に貢献したと。平たくいえば誰でも知ってる内容だが、その尋常ならざる仕事への情熱、上司(慶喜や、大蔵省時代は井上馨)への敬慕の念、不眠不休で働ける異常な体力、エネルギー、バイタリティ。現代まで続く有名企業のいくつを作った?会社立ち上げすぎてて嘘みたいで笑える。多くのビジネスマンにとって、学ぶところの多い人物なのは間違いない。
彼は私利私欲のためでなく、5年後10年後の日本の未来の有り様を見据えて、誰もが豊かになれるそんな社会を実現するために粉骨砕身努力した人であった。
こんにちの日本の発展は、この人なくして成り得なかっただろう -
Posted by ブクログ
幸田露伴 「努力論」
努力より運命に関する記述の方が印象に残る。運命があるか否かではなく、運命を人間の力によってどうひき出すかに目付けしている。
著者は 人間の力で運命をひき出す方法を2つ提示
*英雄のように「運命を造る」
*何事も原因を自己に帰する(自己の掌より紅血を滴らす)ことで 「運命の断片である好運」を招く
運命を造る、自己の掌より紅血を滴らす という表現に、運命をひき出すには、自己の主体性を前提とした 大きな犠牲や手間を必要とする著者の強いメッセージを感じる
著者は 運命を時間や有限性から捉えている。一日が始まれば一日が終わる時が来ること、人が生まれれば死ぬ時が来ることなどを運命としている。好運、否運は 運命の断片を 人間が評価した事象にすぎないとしている。
成功者と失敗者の運命の捉え方の違いは興味深い
*成功者は自己の力を運命と捉え、失敗者は運命の力を自己と捉える
*成功者には自己の力が大に見え、失敗者には運命の力が大に見える
名言「自らを責むるほど、有力に自己の欠陥を補うことはなく〜有力に他の同情を惹くことはない〜自己の実業を成功に近づける」
名言「努力の堆積〜努力より他に未来を善くするものはない〜努力は即ち生活の充実、努力は即ち生の意義である」
-
Posted by ブクログ
教科書に出てくる幸田露伴『五重塔』
内容は十分知っている、はず
『五重塔』、教科書の場面は
嵐の中、作りかけの五重塔で
大工十兵衛がすっくと立って、夜叉のように守り通す
が強く残っている
いやいやそれはわたしの理解不完全
読み不足、ポイントはそこにない
技術はあるのに小才のきかないのっそり大工十兵衛が
力量世慣れすぐれている親方・師匠の源太を押しのけて
なんとしても五重塔の塔を棟梁になって作る権利を得たかった
義理も人情もへったくれもない、エゴイズムの
そのすさまじい、ごり押しの場面はサディスティックでもあり
願いかなって塔を作り出していく場面はマゾヒスティックでもあるのである
文豪幸田露伴さんの文学性に不謹慎かもしれないけども -
Posted by ブクログ
読んでシマッタと思ったのは、これは文語文? 読みにくい。というより、ワカラン。
出だしはこんな文章です。
「木理美しき槻胴、縁にはわざと赤樫を用いたる岩畳作りの長火鉢に対いて話し敵もなくただ一人、少しは淋しそうに坐り居る三十前後の女、男のように立派な眉をいつ掃いしか剃ったる痕の青々と、見る眼も覚むべき雨後の山の色をとどめて翠の匂いひとしお床しく……引っ掛けたねんねこばかりは往時何なりしやら疎い縞の糸織なれど、これとて幾たびか水を潜って来た奴なるべし。」(p3)
ふりがなを省いたので、さらに分かりくいですが、ふりがながあっても一度読んだだけではなんのことかワカラン。
繰り返し読むと、どうやら女性の描写であるらしい。
先が思いやられるなあ。
でもまあ100ページ足らずだし、英語で読むわけでもないんだし、なんとか意味は通じるからと思って少しずつ先に進むと、あらら不思議、そのうち慣れて読みやすくなってきた。
話の展開もかなり面白い。
作者25-26歳の頃の作品ということで、露伴はデビュー当時から天才といわれたらしいけど、それはそうでしょうねえ。
坪内逍遙が「文章として絶観なり」と讃えた其三十二の嵐の夜の描写は、それはもう、なんなんだこれはというぐらいに凄い。
また結構笑えるところもあって、なかなか楽しい。
これは新聞小説ということだけど、毎日この濃度というのは、読む方も書く方も凄い。
明治24年(1891年)の作品だから、テレビもラジオもなく、活字だけが娯楽であり情報伝達の手段だったろうから、ある意味当然なんでしょう。何度も何度も読み返され、それに耐えられる文章でなければならなかったはずだ。
いまは新聞小説を読む人なんて少ないだろう。そのうち新聞もなくなるのかもしれない。少なくとも私は家では読まなくなった。職場では情報収集用に読むけど。
ということで、文学史に必ず出てくる有名な作品「五重塔」を読むことができて、よかったと思いました。