幸田露伴のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
寡黙で芸術家肌の十兵衛と、義理堅く面倒見がいい源太、2人の大工の五重塔の建立をめぐる物語です。
谷中の寺にて五重塔が建立されることが予定されていた。
世間に鈍と揶揄されるが、丁寧な仕事と高い技術力を持つ大工の十兵衛は、その仕事をやり遂げたいという強い思いに苦しめられることになる。
本来なら、その施工は源太が請け負う予定だった、また、十兵衛は源太に日頃お世話になっていたが、十兵衛は上人に熱意を伝える。
源太は十兵衛に一緒に作ることを提案するが、十兵衛は一人でやり遂げたいと頑として聞かない。
当時の日本はまだノベルの黎明期だったにもかかわらず、戯作文学の名残を感じさせない、現代の小説に近い内容を感じました。
「、」や「。」の使い方が今とは違い、また、文体も難しく、読みづらいと感じるところもありますが、戯作文学のような韻やリズムを持った文章ともなっておらず、著者の意見を全面に出さないため、比較的読みやすい作品でした。
筆者の意見や戯曲のように会話だけですすめる部分も少なく、写実主義作品であることを改めて感じることができました。
また、実直に仕事に打ち込めば素晴らしいものができ、その結果はいがみ合っていたすべてを丸く収める力があるという点、理想主義を理念として掲げた幸田露伴らしさも感じる作品です。
それほど長くなく話もわかりやすい、読みやすい作品だと思いました。 -
Posted by ブクログ
今月の千年読書会・課題図書、ちょいとタイムオーバーになってしまいました。
ざっというと、谷中感応寺への「五重塔」の建立を司る大工の匠頭候補となった二名の腕利きの大工の、ちょっとしたボタンのかけ違いからくる群像劇、といった感じでしょうか。
一人は十兵衛、大工としての卓越した腕を持っていますが、気難しさ(不器用さ)ゆえに、社会的には不遇で、奥さんにも迷惑をかけているとの自覚もあります。
もう一人は、源太。大工の腕で十兵衛に劣るわけでもなく、人柄もよく、周囲を動かして大規模な建築もこなします。いわゆるマネジメント力も十二分に兼ね備えつつ、イマイチ社会になじめない十兵衛の面倒も見ている、親分肌ないい男。
元々は、感応寺を建立した源太に依頼があった「五重塔」の追加案件、普通であれば源太の差配の元で建立が進められるはずでしたが、、そこに十兵衛が自分の腕を不器用ながらに売り込んでくるところから、物語が動き始めます。
塔の発注者となる上人の慈愛、「二人で納得するように話しあいなさい」との気持ちはよくわかります。恐らくは、不遇をかこっている十兵衛に花道をつけてやってくれとの、源太への期待もあったのでしょう。そんな上人の優しさを両名ともにどことなく感じとっているだけに、二人ともが懊悩します。
十兵衛は、日頃世話になっている源太の顔を立てたいと考えながらも、技術的には己の方が!との矜持から逃れられず。源太も、腕では負けているつもりもなく、感応寺本体を建てたとの矜持も持っています。それでも男気から、最終的には十兵衛に全てを譲ります。
その源太、時に譲られた十兵衛のあまりの融通のきかなさに対し底知れぬ怒りを覚えながらも、それを押し隠し、職人としての自信も棟梁しての矜持も捨てることなく、十兵衛の仕事を見守ります。それが発露するのはクライマックスの、街が大嵐に襲われた日の、二人のふるまいでしょうか。
どちらもが職人としての矜持を持っているのは同じ、その発露の仕方がちょっと違うのかなと。それを知ってか知らずか上人がうまく大団円にするのは、なるほどなぁ、、とも思いました。
なんて思いながら、自分の周辺を眺めてみると、、“技術”さえあれば何をしてもいいとの風潮は、現代でも確かにあるな、と。今仕事をしている業界ならではってのもあるかも知れませんが(ICT業界)、時に結構なクレームにつながることもあります。そういった意味では共感を覚えるのは源太の方だったりも。
ん、技術は大事ですが、技術だけではやっていけないと、そんな風にあらためて感じた一冊でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ幸田露伴原作作品。
話は明の太祖・洪武帝が皇太子を亡くし、皇太子の子、つまり洪武帝の孫を皇太孫として立て、その波乱に満ちた生涯を閉じようとするところから始まる。
洪武帝は貧農の末子として生まれ、疫病(あるいは餓死)によって家族が死に絶えたことから、僧となり托鉢で命をつなげていた。その生活も盗賊の紅巾軍によって寺を焼かれ、終わりを告げる。
盗賊に拾われた彼はやがて賊の中で頭角を現し、やがて治世に不満を持つ者たちを見方につけて中国を平定する。明の誕生である。
策に長け、器量もあった洪武帝だが、晩年となり後継者として立てていた長男が若くして病死すると、次の後継者を誰にするかで頭を悩ませる。
皇帝の器に相応しいのは四男の燕王(えんおう)であると洪武帝は思っていたが、次男・三男を差し置いての燕王の即位に反対した廷臣の諫言により、仕方なく皇太子の子を次の後継者に選ぶことになる。
この皇太孫(こうたいそん)、允炆(いんぶん)(建文帝)は、まだ十六歳で、優しいと言えばそうなのだが、かなり気弱で頼りない。
こんなに気弱では、クーデターを起こされれば、すぐに倒されてしまうだろうと懸念した洪武帝は、今まで共に国を支えてきた名将、功臣をことごとく粛清する。その数、数万。
そして、洪武帝に建文帝のことを託された廷臣、斉泰(せいたい)・黄子澄(こうしちょう)は、更に各地に領地を持つ洪武帝の息子達・王の勢力を恐れ、これを排除しようとする。その先には洪武帝が皇帝の器に相応しいと言っていた燕王の脅威を取り除く狙いがあったのだが。
一方、気弱な皇帝、建文帝は側近に起用した高名な儒学者、方孝孺(ほうこうじゅ)と『理想の国家・安寧の国家』について語り合うことで、血生臭い現実から目を背けていた。
次々と兄王が捕らえられ、あるいは流刑になり、またあるいは自殺に追い込まれていく中、追い詰められた燕王はついに兵を挙げる。
「靖難の変(せいなんのへん)」である-。
ここまでがこの本のストーリーを理解するまでの下地である。
本編はこの燕王と建文帝の運命を描き出していく。
頼りない孫帝を守るために、狂ったように功臣を粛清する洪武帝。
それが逆に建文帝の治世をあまりにも早く崩壊させていくことになろうとは。
そして、甥である建文帝に憐れみさえ感じながら、倒さざるを得ない燕王。
ストーリーはその闘いを両者の対比も踏まえて描かれていく。
そして伝承にそって、生き延びたとする建文帝の、放浪の旅の様子なども書かれている。
実際は戦いに敗れて亡くなったであろうと言う話だが。
彼が逃げ延びて、生き延びて、燕王が、永楽帝(えいらくてい )として即位し、後に亡くなった後にも生き延びて世の盛衰を見ていたという話は「話」としては面白い。
史実に基づくストーリー。
読みながら、「もし」という言葉が何度も浮かんだ。
「もし、皇太子が早世しなかったら」
「もし、燕王が次の皇太子に選ばれていたら」
「もし、洪武帝が大粛清を行わなかったら」
二度も、戦いで討ち取られそうになった燕王が、本当に討ち取られていたら」
「もし、建文帝が皇帝に選ばれなかったとしたら」
「もし」が次から次へと出てきてしまう。
しかし、歴史は沢山の血が流れる結果となった。
建文帝自身はとても心の優しい、学問好きの人であったといわれる。
燕王(永楽帝)がすんなり皇帝に納まっていたら、建文帝も好きな学問をして心安らかに暮らせたのでは、と考えてしまう。
げに『運命』とは因果なもの-。
燕王、後の永楽帝は勇猛果敢で、才気を兼ね備えていたといわれる。
彼は世界に目を向け、国外へ積極的に進出しようとしたことが、現在の華僑の始まりというのも面白い。