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『四畳半神話大系』『有頂天家族』など、人気作品をポンポン世に放出する、森見登美彦先生のエッセイ集! 書くことを生業にするまでの森見先生の人生からご友人やご家族のお話、はたまた小説のネタ探しのコツまで、ファンにはたまらない贅沢な1冊です。先生の作品に心惹かれて、京都に足を運ぶファンが多いと思いますが(わたしも毎年京都に巡礼しに行きます)、東京にいたサラリーマン時代の話もあって、聖地巡礼の地が1つ増えました!
エッセイ自体は物語に比べてやや文章がお堅く見えますが、どうやら先生はエッセイがあまり得意ではないようで……。意外な先生のお姿も発見できるのも、本作の魅力です。 とはいえ、テンポよく繰り出される言葉遊びは健在! リズムに任せて軽やかに、ズンズン読めてしまうところは、さすがの森見先生だなぁと思います!
Posted by ブクログ
こんな時に読むものではない。
こんな時だからこそ読むのか。
森見登美彦は、
童貞作「太陽の塔」を書いたのは必然だった
彼は万博公園のそばで幼少期を過ごした
万博自体は彼にとってカンブリア紀であり
公園は安上がりに済ませる遊具場だった
1998年森見は京大農学部に入学した
父親は迷うことなく
四畳半の下宿を見つけた
学業も小説書きも入社も恋も腐れてゆき
彼は逃げるように大学院へ
そして四畳半小説を書くのである。
おゝまるでわたしの四畳半の大学生活
そのパラレルワールドを延々と繰り返す
何処かの男の青春のようではないか
森見登美彦とわたしを別つのは
第一作をものした
それに尽きる
そこには偶然もあったが
必然もあったのである
大学4年間の総体験を
彼は童貞作に注ぎ込んだ
その後はかなり〆切に苦しんだようだが
この時は1か月前に完成したという
わたしとは違う
以前わたしは、星新一が森見の枕元本だと書いたが、小説、ましてやショートショートではなかった。エッセイ「進化した猿たち」だった。森見とわたしは同じではない(←当然)。その後、森見の最近のそれは、岡本綺堂『半七捕物帳』、コナンドイル『シャーロック・ホームズの冒険』、薄田泣菫『茶話』、吉田健一『私の食物誌』、興津要編『古典落語』が挙げられている。
因みに『半七』をaudibleで聴き始めたが、これも必ず30分で寝落ちする。一度これを聴きながら車で帰っていたら、少なくとも数百m意識無くなったまま動いていた。危ない危ない。
Posted by ブクログ
森見登美彦氏が作家デビューした2003年から2017年頃までに各媒体に発表した散文集とのことで、まず一連の小編を読んでいくうちに、著者が書く各小説作品の根底に流れる息遣いがどこから生じているのか、ということがよく分かる。
幼少の頃よりどんなものに興味を持ち、どんなものを面白いと思い、どんなものを遠ざけてきたか、等々の赤裸々な吐露が、見事に作品群と連関していると感じる。
あまつさえ、森見氏なりの小説のレシピともいうべき、創作プロセスまでが公開されているのが、一読者としてとても興味深いことである。
私も著者とまったく同様に、大学生活前半の2年間ではあるが、四畳半一間の木造アパートに住んでおり、そして年代こそ若干異なれど、同じ地域圏内に生息していたので、それらにまつわる語りには強い共感を覚える。
また、計画通りに出来上がった小説はきっとつまらないという見解についても、生業とする分野は少々違うが、ハプニングが発生しクリエイターの創造を超えて初めて、作品は面白くなる、と私も常々感じていたクチなので、深く同意する。
他方、物語として破綻のない整合性よりも、断片的なイメージや文章の繋がりとリズムを重んじる、という創り方に対しては、がっつり左脳に偏向した私にとっては驚きであり、森見登美彦たる由縁の一端を垣間見た気がした。
自分は文学に目覚めたわけではない、と明瞭に述べられている氏だが、例えば「有頂天家族」シリーズなどは紛れもなく文学作品に昇華している点がまた、文筆家としての非凡性を如実に表している。
ただ、その「有頂天家族」誕生のきっかけとして、森見氏が京都の街の一角でタヌキを目撃したというエピソードが披歴されていたが、それは多分タヌキではなくアライグマではないかと思う。
どうであれ、「有頂天家族」は三部作であるらしいので、完結編を気長に待つとしよう…。
「じつのところ私は、地名さえあればなんとかなる、というふうに思っている。」
「計画的であることと、即興的であること。論理的であることと、非論理的であること。匙加減は作家それぞれが自分なりに掴んでおかなくてはならない。」
「映像を描写するというよりも、文章の感触を確かめながら書いている。」
「ここで私なりに重要だと思うことは二つである。一つ目は、最初から私は誰かを楽しませるために書いていたということ。二つ目は、私は「文学」に目覚めたわけではないということである。」
「ごつんごつんと暗礁にぶつかっているときは、『事前の計算を超えたものが生まれようとしているのだ』と考える。」
「小説にとって一番大切なものは、物語ではない。そこに生きた世界が感じられるということである。」
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小説・文芸
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