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Posted by ブクログ
大岡昇平や水木しげるの著した記録と似通うところは、後方での活動や逃避行の描写が圧倒的に多いところである。事実、戦争体験において戦闘行為は一瞬であり、時の多くを後方で過ごしているのだから。
一方で大岡らの著したものと大きく異なるところは、主人公が生還しえないところである。生還したものの手記は、事実として生還したことを前提として、また意識的にか無意識的にか戦後の生活を価値判断として織り込んでいる。そこを出来うる限り排除した場合の思考実験として本書はあるように思う。
戦場体験者の記録を、想像としての死で還元したときに見える感覚。この追求こそが作品全体を通してリアル感を出している。
それと、死者に哀悼を捧げるかのような文庫の表紙が素敵。
Posted by ブクログ
時間軸としては、
ラバウルあたりで、藤木も古谷も生きていた頃。
藤木は死んだが古谷は一緒、田辺分隊長の命令で、タコ壷での戦い。気を失って。
夜戦病院で比較的のんびり。槇田と清水と軍医。
病気、無為な行軍、自殺などで、次々死ぬ。
黄色い道をただ歩いている、現在。
現在回想するという小説の開始だが、わざと時間軸はバラバラにされている。
死が近いからこそ、子供の遊びにも近いやりとりがほほえましく、リリカルに輝く。
絵を描いたり、棒で地図を描いたり、誕生日の祝いに絵をあげたり。
具体的で詳細な描写や小物がきらきら輝いて見える。
語り手の生死はあえて曖昧にされている。
あとがき、なんてあるので、結局は助かったのだろうか。
この作為は読み手によっては鼻白むものかもしれないが。
自分の手がすでに死人の手だと思われる極限を経ては、人は前のようには生きていない。
この極限を見せてくれただけでも十分の価値がある。
新潮新人賞発表時にすでに読んでおり、その後のいくつかも読んでいる。
その上で思うのだが、大岡昇平やら水木しげるやら(堀辰雄やら)を連想することもあるが、無理につなげる必要はない。
この作者は戦後70年を狙って戦争を描いたのではない。
むしろ死に近いところで輝く描写こそが、この作者の持ち味だ。
たまたま戦争という題材が侵入してきたのだと思いたい。
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