第139回芥川賞受賞作品(2008年)。
1988年の中国民主化運動に参加した主人公・浩遠と相棒の志強が辿った高揚と挫折と再生の物語。
学生として参加した民主化運動と結果としての天安門事件。そして、全てが無に帰してもなおこだわり続ける民主化への想いに反して、経済大国化への道へ舵を切った中国。見切りを
...続きを読むつけて生活に商売にいそしむ人々が増える中、家族と生活を維持していかなければならなくなった主人公・浩遠の葛藤もここにはじまる。
表現の技巧には多少のぎこちなさを感じるが、広大な大地と清々しい朝の景色の描写は読者にリアルな自然美を感じさせてくれる。
主人公たちの転機となった場面にはもう少し膨らみが欲しいところだが、逆に中編ならではの物語進行のテンポの良さがあって、時が経つにつれての主人公・浩遠の言いようのない桎梏がストレートに伝わってくる感覚はなかなか良かった。
また、「音」の感覚が十二分に取り入れられていて、早朝に湖へ向けての叫びや、宿舎でこっそり聴いたテレサ・テンの歌など、学生ならではの雰囲気を思い出させてくれるような感覚にも魅せられた。それに、効果的に挿入される中国詩などもぐっと心に迫ってくるが、なによりも中盤以降に繰り返されるBGMであり、主人公再生のキーワードでもあった尾崎豊の「I LOVE YOU」は作品全体のテーマ曲としてとても似合っていたのではないか。
ともすればベタな青春物語になりがちなのを、中国の「あの時代」に生き、そして挫折していった「一般の人」をテーマにしたことで、とっくに現代日本人が忘れ去った(物語中の日本人課長のスタンスでもある)政治の理想と現実生活の狭間でもがき苦しむ有り様を、逆に新鮮な空気感で届けてくれたといえるだろう。
折しも香港では民主的選挙制度導入を要求した学生デモが続いているが、中国政府の力の発動が繰り返されないよう祈るばかりである。