この作品が持つ「透明感のある美しい文章」や「生と死、記憶という重いテーマへの真摯な向き合い方」が、どこか純文学のようなノーブル(上品)な雰囲気を醸し出している。
大衆小説(エンタメ)ではありますが、ただ軽いだけの日常系ではなく、人間の感情の揺れ動きを丁寧に描いた「非常に文学的で質の高いエンタメ小説」であると思います。
―前作からのバトン―
前作『今夜、世界からこの恋が消えても』は、神谷透という一人の少年の死と、前向性健忘を患う日野真織の切ない恋の結末を描いた衝撃的な作品だった。あまりに美しく、そして残酷な幕切れに、私はしばらく涙が止まらなかった。だからこそ、その「その後」を描く本作を手に取るのには少しの勇気がいった。しかし、読み終えた今、私の心を満たしているのは悲しみではなく、温かい救いと、前を向くための静かな勇気だ。
―遺された側の物語―
本作の主人公は、前作で透と真織を一番近くで見守り、二人を支え続けた親友の綿矢泉である。前作の終盤、透の記憶を日記から消すという「優しい嘘」を一人で背負い込んだ彼女の苦悩は、想像を絶するものだった。
本作は、そんな泉が大学に進学し、新たな出会いや葛藤を通じて、自分の人生と「透の死」にどう決着をつけるかを描いている。
読んでいて胸が締め付けられたのは、泉が抱える深い罪悪感だ。親友の恋人を守るためとはいえ、親友が生きた証を自らの手で改ざんしてしまったことへの葛藤。自分だけが透を覚えているという孤独。前作が「記憶を失う恐怖」を描いた物語なら、今作は「記憶を一人で抱え続ける重圧」を描いた物語であり、より大人びた、深い人間ドラマが展開されている。
―絵画が繋ぐ奇跡―
物語の大きな転換点となるのは、真織が透の記憶を失った状態のまま、無意識に彼を描き続けた「絵」の存在だ。
脳の記憶は消えても、心が、そして手が透の手触りを、声を、体温を覚えている。この「身体的記憶」とも言える奇跡的な描写に、私は目頭が熱くなった。真織が真実に気づいた時、それは再びの絶望ではなく、透が確かに愛され、存在していたという証明に変わる。泉が一人で背負っていた重荷が、真織の「心」によって分かち合われた瞬間、読者である私も深い救いを感じた。
―この物語が教えてくれたこと―
大切な人を失った喪失感は、時間が経てば消えるというものではない。本作の登場人物たちも、透の死を忘れて幸せになるわけではない。彼らは、透を失った「穴」を抱えたまま、それでもその穴を愛おしい記憶で満たし、新しい一歩を踏み出していく。
「世界から恋が消えても、涙が消えても、彼らが紡いだ想いは決して消えない」――。
この2作目を通して、ようやく『セカコイ』という物語が真の意味で完結し、登場人物たちの未来に光が差し込んだのだと確信できた。悲しみに立ち止まりそうなとき、何度でも読み返したい、私にとって大切な一冊になった。