作品一覧

  • 中世武士団 偽りの血脈 名字と系図に秘められた企て

    中世武士団 偽りの血脈 名字と系図に秘められた企て

    ビジネス・実用

    4.3
    1巻2,530円 (税込)
    ◆彼らは“貴”たらんとして「源・平・藤原」姓を掠め取った!◆ 平安の世が長く続くとともに疲弊してゆく地方社会、そこで生き抜くために多様な出自の者たちが結託し、 やがて「武士」という集団を形成した。 朝廷から然るべき位置づけを与えられないままの彼らは、やがて自らの正統性を巧みに「創出」し、中世という時代の支配者たるための競争に臨んでいった― 「佐藤」をはじめ現代まで生き残った名字が、中世武士団のアイデンティティ闘争の産物であったという「隠された真相」を徹底的に暴き出す、驚愕の研究成果! 【本書より】 新たな時代を切り拓いた有力武士は、実は貴人でも新興勢力でもなく、時代の終焉とともに主役級の役割を終えさせられた古代卑姓氏族が、全身全霊の努力で生き残りを図り、首尾よく生まれ変わった姿だった。 【主な内容】 プロローグ 改竄された“社会の設計図” 序章 武士の誕生と名乗り──アザナと名字 第一章 「佐藤」名字と佐伯氏──佐伯姓と波多野家 第二章 「首藤」名字と守部氏──美濃と源氏と王臣子孫 第三章 「伊藤」「斎藤」「兵藤」名字と伊香・在原・平氏 第四章 「○藤」名字の源流──官職由来と古代卑姓由来 第五章 「近藤」名字と院政──出自不明の院近臣たち 第六章 奥州藤原氏の創造──秀郷流・坂上氏・五百木部氏の融合 第七章 文筆官僚「斎藤」家の創造──大江氏・葉室家・清原氏との融合 第八章 大規模互助ネットワーク──斎藤・後藤・文徳源氏・宇都宮 第九章 後藤・近藤・武藤家が織り成す大友家の礎──利仁流・秀郷流の融合 第十章 中原親能の正体と大友家の創造──利仁流×秀郷流×中原氏×大江氏 第十一章 中原氏に還流する親能の御家人的性質──田村・水谷・摂津家の成立 エピローグ 最後の謎と次なる"神話"──素性不明の鎌倉幕府 注 参考文献
  • 平安王朝と源平武士 ――力と血統でつかみ取る適者生存

    平安王朝と源平武士 ――力と血統でつかみ取る適者生存

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,287円 (税込)
    清少納言や和泉式部が仮名文学で雅な貴族の世界を描いていた裏には、暴力が支配する武士の世界があった。それは地方だけでなく、都のすぐ近くでも人が殺されるような状態だった。そして、その雅な世界は武士による収奪によって成り立っていたのだ。この凄惨な時代、拡大・縮小を繰り返しながら、源氏と平氏が武士の代表格として確立してゆく。その背景にある、血の入れ替えと相剋の過程を克明に綴る。
  • 平治の乱の謎を解く 頼朝が暴いた「完全犯罪」

    平治の乱の謎を解く 頼朝が暴いた「完全犯罪」

    ビジネス・実用

    3.8
    1巻1,200円 (税込)
    源頼朝が「真犯人」を暴いていた! 貴族の世から武士の世へ、大きなターニングポイントとなった平治の乱。 後白河上皇の最側近で天才的な政治家だった信西が死に、源氏が敗れ、少年頼朝が流罪になったことは知られているが、「だれがこの乱を起こしたか」という最大の謎には、実はまだ定説がない。 気鋭の歴史学者である著者は、この乱の実体を暴く言葉を、将軍となった源頼朝が残していたことを発見する――。 「真犯人」、そして関係者たちがおこなった壮大な隠蔽とは? 歴史はミステリより面白い!
  • 京都を壊した天皇、護った武士 「一二〇〇年の都」の謎を解く

    京都を壊した天皇、護った武士 「一二〇〇年の都」の謎を解く

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻935円 (税込)
    京都・武士・天皇と聞くと、「武士が、天皇と京都を脅かしてきた」歴史が想像されるかもしれない。しかし、事実はまったく逆だ。京都を危険に晒してきたのは、後鳥羽・後醍醐ら一部の天皇であり、その復興は源頼朝から信長・家康に至る武士がつねに担ってきた。いったいなぜ、武士は京都を護り、維持してきたのか!? 天皇と京都をめぐる一二〇〇年の「神話」を解体し、古都の本質へと迫る意欲作!
  • 「京都」の誕生 武士が造った戦乱の都

    「京都」の誕生 武士が造った戦乱の都

    ビジネス・実用

    3.7
    1巻950円 (税込)
    平安京=京都ではない! 清水寺、知恩院、三十三間堂、祇園、東山、鴨川……いずれも平安京の外だった。 では、今の「京都」の原型をつくったのは一体誰なのか。 壮絶な権力闘争と土地開発の知られざる物語を気鋭の歴史学者が読み解く。 【これを読めば「京都」通になれる】 ●武装した強盗集団に狙われ続けた平安京 ●平安京には寺を作ってはいけないルールがあった ●廷臣の邸宅を次々と移り住む天皇 ●貴族も庶民も楽しんだ「晒し首」パレード ●勝手に戦争して顰蹙を買った源氏 ●都のど真ん中で起こった殺し合い「保元の乱と平治の乱」 ●京都駅周辺を開発したのは平家だった
  • 室町の覇者 足利義満 ──朝廷と幕府はいかに統一されたか

    室町の覇者 足利義満 ──朝廷と幕府はいかに統一されたか

    小説・文芸

    4.4
    1巻1,067円 (税込)
    足利一門大名に丸投げして創立された室町幕府では、南北朝の分断などに後押しされて一門大名の自立心が強すぎ、将軍の権力が確立できなかった。この事態を打開するために、奇策に打って出たのが足利義満である。彼は朝廷儀礼の奥義を極め、恫喝とジョークを駆使して朝廷を支配し、さらには天皇までも翻弄する。朝廷と幕府両方の頂点に立つ「室町殿」という新たな地位を生み出し、中世最大の実権を握った。しかし、常軌を逸した彼の構想は本人の死により道半ばとなり、息子たちが違う形で完成させてゆく。室町幕府の誕生から義満没後の室町殿の完成形までを見通して、足利氏最盛期の核心を描き出す。
  • 武士の起源を解きあかす ──混血する古代、創発される中世

    武士の起源を解きあかす ──混血する古代、創発される中世

    ビジネス・実用

    4.1
    1巻1,287円 (税込)
    武士はいつ、どこで、生まれたのか? 七世紀ものあいだ日本を統治してきた彼らのはじまりについては、実ははっきりとした答えが出ていない。かつて教科書で教えられた「地方の富裕な農民が成長し、土地を自衛するために一族で武装し、武士となった」という説はでたらめで、都の武官から生まれたという説は確証がなく、学界は「諸説ある」とお茶を濁す。この日本史における長年の疑問を解消するために、古代と中世をまたにかけ、血統・都鄙・思想に着目し、武士の誕生の秘密を明らかにする。

ユーザーレビュー

  • 平安王朝と源平武士 ――力と血統でつかみ取る適者生存

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    あとがきで著者のエネルギーと著作への理解が進む
    野口実先生で解像度が上がった鎌倉以前、平良文の子孫がいっぱしの武力集団として血筋が広がっている事実だけで狂喜乱舞していたが、そのことには意味と必然があると桃崎有一郎先生の一連の著作で語られ知的興奮が止まらない
    源平合戦というワードが古臭いものではなく実態を表わしていたというのを桃崎流の事実の行列で実証(こういうのが沢山あるのが楽しい)
    メモ的に源平栄枯盛衰を記録する
    ①10世紀後半〜11世紀初頭(平氏優勢→源氏急浮上)
    平氏(桓武平氏)は将門乱以前から東国で勢力拡大、受領として地方収奪を強め、武士の代表格に...清和源氏(経基→満仲)は当初劣勢だったが、満仲の母系(地方有力者・武人血統)の力で突然変異的に武力を獲得し、道長時代に平氏を追い越し、源平が武士の二大巨頭として「相場観」を確立(血統浄化・力の適者生存)
    ②11世紀(源氏優勢化)
    源頼信・頼義・義家(前九年・後三年の役)で東国基盤を固め、武士の棟梁として名声を挙げる、平氏は一時相対的に後退も存続
    ③12世紀(平氏全盛→源平合戦)
    平清盛が院政と結び、平氏政権を樹立(武士として初の中央支配)血統拡大・収奪で栄華極めるが、貴族化・反発を招く、治承・寿永の乱(源平合戦)で源頼朝・義仲・範頼・義経が平氏を滅亡、勝利した源氏は内部分裂・義経追放などで源氏も自滅傾向
    ④没落と次へ
    平氏は滅亡、源氏は頼朝が鎌倉幕府樹立も、共同創業者の北条氏(平氏系)が貴種を鎌倉に入れて源氏将軍家は3代で事実上断絶(予定通り?)
    著者は平安時代、個々の武力を持った準貴姓の伝統的武人(将種・蝦夷系)+地方古来豪族(土地・支配力)+王臣子孫(中央貴姓・朝廷コネ)の3集団が婚姻で融合したのが武士であり、母系の血の導入成功例を陳列する

    0
    2026年05月13日
  • 中世武士団 偽りの血脈 名字と系図に秘められた企て

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    著者は「武士の起源を解きあかす」で、10世紀に王臣子孫が、郡司富豪層と古代武人排出士族に婿入りすることにより、武士団が形成され、武士の誕生と武士団の形成は同時に起こったとの説を展開した。今回は、武士の誕生は、婿入り以外に、王臣子孫の嫁を迎え、父系と母系とを逆にし、系図を偽造したり、外孫が養子に入ったりすること等で武士が誕生したケースもあったとの説を展開する。武士の系図などからみて、極めてリーズナブルな説と思われる。
    ・父系と母系の合成みょうじが作られ、その場合父系が上になる。官職由来と考えられてきたが、当該官職についいていない例が多い。佐伯+藤原=佐藤、守部+藤原=守藤→首藤、伊香+藤原=伊藤、在原+藤原=在藤→斎藤、平+藤原=平藤→兵藤、安倍、安曇+藤原=安藤、秦+藤原=秦藤→進藤(なお利仁母は秦氏)、越智(遠おち)+藤原=遠藤。なお官職由来の弁藤なども。
    ・院政期には、身分が低い有能な者や寵童を近臣の養猶子にする例が多く、とりわけ北面の武士は出自不明者ばかり。その際王家の平、源は憚られ、藤原氏に仮冒。
    ・大中臣→藤原→新藤は勝手に改姓。
    ・五百木部+藤原=五藤→権藤、後藤。奥州藤原氏は字を五板太夫、権太、権太郎、権太夫と称し、権はみょうじか?五百木部+坂上=五坂→権。なお蒲生氏も同じ。
    ・大友(相模の地名、波多野氏の分かれ)氏の祖、中原親能は、古庄近藤から中原家の養子(大江広元義兄弟)になり、大友氏に婿入り、古庄氏から養子能親を迎え大友氏として繁栄。鎌倉幕府御家人としての新しい形の武士団を形成。

    0
    2025年09月23日
  • 武士の起源を解きあかす ──混血する古代、創発される中世

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    近年では最高の歴史本、ついに「武士」がいつ、どこで、どうして生まれたのかが判明したのです
    武士は889年「物部氏永の乱」勃発を契機に、天皇が我が身の危険に対応する目的で、宇多天皇が890年に「滝口武士」として設置した「朝廷組織外で官職を持たない」弓馬の達者な「武士」と儒学の発想と元正天皇の詔の先例から名付けられた
    奈良時代より弓馬の道(日々鍛錬を要する非生産部門)を義務付けられていたが、平安時代より富の集中と格差がもたらす「群盗」の存在が、武勇に堪能する人材を地方に、地方の調停者として「王臣子孫」という存在を核に化学反応により生まれた「武士」、平将門の乱により段違いの武勇を得た兵士は、藤原純友の乱という働き場所をえて「滝口」という場所を得て京都で生まれた

    0
    2024年06月07日
  • 武士の起源を解きあかす ──混血する古代、創発される中世

    Posted by ブクログ

    武士の起源は何だろう?そんな疑問に正面からぶつかっている意欲作です。僕が学生の頃「生産力の向上で富の余剰が蓄積されると、その奪い合いの争いが起こる。その中で地方の富裕な農民、中でも年貢の納入を請け負う名主が荘園の中で成長し、土地や財産を自衛するために一族で武装し、武士になった。彼らは律令国家の諸矛盾の中で草深い田舎に生まれ腐敗した中央の貴族政治を克服して中央社会を切り拓いた」こう習いました。しかし、ここに書いてあることのほぼ全てが嘘だと著者は述べています。その時点で本に引き込まれました。またある学者は「都の衛府から生まれた」と言いますがそれも違うと論じてます。では武士の起源はどこにあるのか。それを紐解くには、時代背景を知らなければならず、時代というのは繋がっているので奈良時代から遡り解説されてます。京都の貴族社会、地方社会様々な角度から検証されてて勉強になりました。推測が多いと批判的なコメントもありましたが、僕は多くの文献を読んだ上での推測なので一定の価値があると思いました。

    0
    2023年12月22日
  • 「京都」の誕生 武士が造った戦乱の都

    Posted by ブクログ

    平安京のことや子供と中世への変化を考えていく上で、疑問に思ったり、「なんだか荒いな」と思っていたことが全て書いてあって面白かった。
    平安京=京都ではない、武士の論理、古代から中世へと変化していく上での産みの苦しみ。
    天皇と院政、平清盛の太政大臣就任と、激動の時代について面白おかしく読める。
    終わりかたがすごく気になる。一読して、損はないと思う。

    0
    2021年01月24日

新規会員限定 70%OFFクーポン 今すぐGET