ずっと気になっていたが、読めていなかった『モモ』。
ざっくりとした内容はNHK「100分で名著」を見て知っていた。
現在、ドイツ語学習者向け『モモ』を使ってドイツ語を勉強しており、この機会に読んでみようと思い選んだ。
序盤の100ページほどを読んだ時点で、「これって本当に児童書!?」と思った。
そして『モモ』が発表されたのは1973年だと知り、さらに驚いた。
ミヒャエル・エンデを予言者のように感じてしまうほど、現代を生きる私に刺さるものがあった。
文章やストーリーは子ども向けに書かれているが、これはぜひ大人に読んでもらいたい作品だ。
時間泥棒である「灰色の男たち」は、人々から時間を奪っていく。
街の人たちは無駄を嫌い、予定を詰め込み、いつも忙しくイライラしている。
子どもたちでさえ、遊ぶ面白さよりも「将来の役に立つかどうか」が全てになっている。
大切な人との会話、触れ合い、自分を慈しむ時間。
そういうものがどんどん剥ぎ落とされ、1秒の時間も無駄にしないことが良しとされ、時間に振り回されながら生きている人々。
その姿が、現代の我々と重なった。
「仕事に役立つことをしろ」
「無駄なことをするな」
「タイパを考えろ」
そんな言葉が溢れている私たちの日常に必要な物語だと思った。
特に印象的だったのは、「時間の花」だ。
自分自身の時間というものを、こんなにも美しく、儚く描くことができるのかと驚いた。
物語の最後には、『作者のみじかいあとがき』が載っている。
このあとがきを読むと、子どもたちに向けたミヒャエル・エンデのあたたかい眼差しを感じることができる。
ぜひ最後まで読んでほしい箇所だ。
日常を過ごしていく中で一度立ち止まり、自分にとっての時間とは何か、大切にしたいものは何かを考えたくなる作品だった。
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時間をケチケチすることで、ほんとうはぜんぜんべつのなにかをケチケチしているということには、だれひとり気がついていないようでした。じぶんたちの生活が日ごとにまずしくなり、日ごとに画一的になり、日ごとに冷たくなっていることを、だれひとりみとめようとはしませんでした。
(P106)
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「時間がない」、「ひまがない」——こういうことばをわたしたちは毎日聞き、じぶんでも口にします。いそがしいおとなばかりではありません、子どもたちまでそうなのです。けれど、これほど足りなくなってしまった「時間」とは、いったいなになのでしょうか? 機械的にはかることのできる時間が問題なのではありますまい。そうではなくて、人間の心のうちの時間、人間が人間らしく生きることを可能にする時間、そういう時間がわたしたちからだんだんと失われてきたようなのです。このとらえどころのない謎のような時間というものが、このふしぎなモモの物語の中心テーマなのです。
(P401『訳者のあとがき』)