あらすじ
時間どろぼうと、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子モモのふしぎな物語。人間本来の生き方を忘れてしまっている現代の人々に〈時間〉の真の意味を問う、エンデの名作。
「けれど時間とは、生きるということ、そのものなのです。そして人のいのちは心を住みかとしているのです。人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそっていくのです。」
「時間がない」「忙しい」、口癖になっていませんか?
時短や効率にばかり気をとられ、大切なことをついつい忘れてしまう。本作は、そんな現代人に警鐘を鳴らしています。
児童書なのでとても読みやすくわかりやすいのですが、テーマ・内容共に深い作品となっており、子どもだけでなく、むしろ大人の方におすすめしたい一冊です。
すこし奇妙な格好をした、やせっぽち。
でもどこか不思議な魅力をもつ少女、モモ。
モモと一緒に時間を巡る冒険に出かけてみませんか?
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
時間は音!とは新しい発想だった。
誰にとっても平等な『時間』にフォーカスし、時間貯金から時間の使い方に思いを巡らせるトキを過ごすことができた。ゆっくり読むのに相応しい本
Posted by ブクログ
幼い頃に出会ってから、ずっと自分のそばにいてくれる大切な本。内容は覚えているのに、何度も読み返してしまいます。
なんとなく自分がすり減って疲れているときや、何か大切なものを見失いそうになったとき、いつもこの本を開きます。
お気に入りの箇所は、その時々によって違います。以前は心に留まらなかった言葉が、あるときふと胸に響いたりする。何度読んでも、そのときの自分に必要なものを見つけられる気がします。
幼い頃から今まで、そしてこれからも。きっと折に触れて読み返す、私にとって特別な一冊です。
Posted by ブクログ
効率、早さを追求したりして、忙しく行動する事だけが正しい、幸せに繋がるのではなく、高価なおもちゃを手に入れる事がまた単に幸せを助長してくれのでもなく。与えられた遊具、教材をただ使う人になってもいけない、等色々示唆に富んだ内容で児童書というカテゴリーにおさまらない良著でした。世代を超え長く親しまれているのも良くわかりました。
Posted by ブクログ
恥ずかしながら、実家にもあったのに
ずっと読んでなくて
大人になっていまさら読んだ。
これ小5とか小6で読んでもわからなかったかもな
けど大人になった今
すごく勉強になった。
また読もう。
子供にも読んでもらおう。
Posted by ブクログ
時間をケチケチすることは、本当は別の何かを削ることになる
時短とは。怒りっぽくなる、自分自身を忘れる、無気力になる。
左官屋のニコラは金のために欠陥工事を行う
夢見るジジはウソつきジロラモになる
ベッポーは信念、生き方を否定し裏切る
子どもたちから楽しいこと、夢中になることを失う
効率化の先には何があるのか。AI普及で技術に差はなくなり、人間関係が再度重視されるといいます。時間効率を求めAI利用は悪いことでは無いが心を削ってないか、確かめたいと思いました。
Posted by ブクログ
名作として題名だけは知っていたが、人々が良いとため息混じりに言うので、ファンタジーが苦手なら無理じゃないかと言う声も聞きつつ、チャレンジ。
とっても良いおはなし!
序盤、大丈夫かこれ〜?と思いながら読み、海賊船になったところで、あかん、無理か、と挫折しそうになった。
ところがところが、はなしはどんどん盛り上がり、これはどうなる?だってページあと、これしかない、と思うが、それまでゆっくりと進んできた、おとぎ話らしいファンタジー古典とは思えぬ怒涛のスピードで決着したのでおもしろい。
読んでる途中で、これは本当に大昔の作品?たった今の現代の話ではないかと、夢中になった。
海賊になりきれなかった私は、すっかり泥棒に預金していたのだと、気づく。
読み終わってわかることがたくさんあり、この子はどこから来た誰なのだ、と気になっていたが、それはもういいのだと、読み始めたわたしに言ってやりたくなった。
はてしない物語は映画から入ったが、モモはその前にできた物語、こっちの方がすきだなあ。本当によくできている。はてしない物語も、読むべきなのだろう。
モモは映画化したらどうなる?と考えながら読んでいたけど、なんだか、字を読んで想像する、本が一番いいのではないか、と感じる物語だった。
わたしもため息まじりに、「…いいよ」と人に勧めるしかないわ。
Posted by ブクログ
時間について考えさせられたし、大人が読むべき本だと思った。1970年代から何も変わってないのでは?と思うくらい今の時代にも響く本。どのように過ごすべきかも考えさせられた。
Posted by ブクログ
「時間を節約する」とは何を失うことなのか? 怒涛のクライマックスと深い寓話性に圧倒された名作
感想・あらすじ
みなしごの少女モモが円形劇場に住み着き、街の人々の話をただじっと「聞く」ことで、彼ら自身の心を開かせていく穏やかな日常から物語は始まります。親友のベッポじいさんやジジたちとの温かい日々に忍び寄る「灰色の男たち(時間泥棒)」。彼らが人々の時間を奪い、街が余裕や笑顔を失っていく不気味さ、そしてモモがカメのカシオペイアに導かれて時間の秘密に触れていく展開は、中盤以降息もつかせぬ面白さでした。ラストの時間の花をめぐる逃走劇と解放の瞬間は圧巻の迫力です。
あらすじ:
みなしごの浮浪児モモは円形劇場にたどり着き、そこでよい人たちに囲まれて暮らしていました。モモには、人の話を聞いてその人自身にいろいろなことを気づかせる、という特技があり、多くの人に愛されて、友達もたくさんいました。
特に、旅行ガイドのジジと掃除人のベッポじいさんが特になかよしでした。
そんな中、時間泥棒が街に表れ、人々の時間を奪うようになっていきました。
時間泥棒(灰色の紳士)はモモのところにもやってきて、言葉巧みに時間を奪う契約をしようとしたのですが、モモに本当のことを話してしまいました。本当のことを話すのは時間泥棒には認められていないことでした。
モモはジジとベッポにこのことを話して、友達の子供たちと、大人に本当のことを話す集会を開くことにしましたが、集会には大人たちは表れず、かえってモモは時間泥棒に追われることになりました。
モモのもとにはカメのカシオペイアがやってきて、マイスターホラのもとに連れて行ってもらい時間泥棒から逃げることができました。そこでモモは時間の花など、時間の真実を知ることになりました。
眠りについて目が覚めると円形劇場に戻っていました。その世界では、時間泥棒の活動で人々は時間に追われて余裕のない生活をしていました。
そこでは、時間泥棒がマイスターホラのところに連れて行くように、モモに話しをしました。
その後、カシオペイアと共にマイスターホラのところに再び戻り、時間泥棒から時間を取り戻すことに成功しました。
読後に残る謎と考察
マイスター・ホラとは何者か?
名前の「ホラ(Hora)」はラテン語で「時間」を意味します。彼は神そのものではなく、「人間一人ひとりに配分される純粋な時間」を管理・中継する守護者のような存在です。彼自身が時間を作るのではなく、人間が生きるための時間を手渡す役割を担っています。
カシオペイアはなぜカメなのか?
「ゆっくり進むことこそが、最も早く目的地に着く方法である」という逆説を体現しています。効率やスピードばかりを追い求める灰色の男たちに対抗する象徴として、最も歩みの遅いカメが選ばれています。甲羅に文字を浮かび上がらせて意思疎通するのも、言葉を発する時間の重みを感じさせます。
モモの両親は誰で、なぜ親を求めないのか?
モモは「過去」や「生まれ」に縛られない、人間本来の無垢な魂そのもののメタファーです。誰かの子どもとしてではなく、「ただ今ここに生きている存在」として描かれているため、血縁の親を思い悩む描写がありません。だからこそ先入観なく他者の声に耳を傾けることができます。
時間泥棒(灰色の男たち)の正体とは?
人間が「時間を節約しよう」「無駄を省こう」とした瞬間に生まれる妄想・強迫観念が具現化した幽霊のような存在です。彼ら自身に実体はなく、人間が削り落とした「生きた時間(時間の花)」を葉巻として吸い続けることでしか存在を維持できません。
本作は現代社会を批判しているのか?
明確に現代社会(効率至上主義・合理主義・資本主義の加速)への警告となっています。成果やタイパ(タイムパフォーマンス)を追い求めるあまり、無駄話や遊び、寄り道といった「人生の豊かさそのもの」を削り落としてしまう現代人の姿が、灰色の男たちに魂を売った大人たちにそのまま重なります。
本作の何が面白かったのか?
哲学的なテーマを扱っていながら、謎解き・サスペンス・異世界への冒険・タイムリミットアクションとしての一級のエンターテインメントに仕上がっている点です。
「時間とは、生きるということ、そのもの。そしてそれは、人間の心の中にある」というメッセージが、説教くさくならず、クライマックスのカタルシスを通じて真っ直ぐ心に刺さる傑作でした。
Posted by ブクログ
最近知った本。
名作と言われる理由のひとつは、時代を感じさせないところかなと感じた。
かなり前に書かれているのに、時間を越えて、現代社会の冷たい部分を風刺的に表していると思う。
私は、冷凍宅配弁当を定期購入していた時期がある。
便利だったし、ご飯を作る手間が省けたのでしばらくは「楽になった!料理しなくていいから他のことに時間を使える!」と嬉しく思っていた。
でも、料理に時間をかけないこと・簡単な手料理しか食べないことで、徐々に幸福感が無くなっていき、人生がつまらなく感じるようになった。
『人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそっていくのです。』
この本に書かれていた一文、まさにそのもの。
久しぶりの自分のための料理は、最高に満たされた。
「タイパ」と言って効率ばかり必死に求めずに、大きく時間に囚われることなく生きていきたい。
原始的に生きたいという意味ではない。
私は、ありがたーく文明にあやかりながら、その時々で心豊かに過ごす時間の使い方を考えたいのだ。
モモに話を聞いてもらい、自然とアイディアが広がっていった子どもたちの、航海の話が好きだった。
ジジが、モモのために紡いだお話を世間に向けて話してしまったことが悲しかった。
Posted by ブクログ
恥ずかしながら大人になった今でもこれまで一度も読んだことがなく、人からオススメされて読みました。元々ファンタジーが好きなのでどんなファンタジーものなんだろう、とワクワクしながら読み始めました。が、良い意味で裏切られました笑 タイパタイパと言われているこの時代にこそ読むべき本です。とても50年前に出版された内容とは思えないくらい刺さるものがあります。さくしゃのみじかいあとがき、の中に出てきた人にはヒヤッとしますね汗
Posted by ブクログ
時間が生まれる場所の描写、夢を見ているようだった。ハガレンの真実の扉?を初めて見た童心の気持ち思い出した。文章の中に音楽の手触りもあって、死んだら音楽の1音になるのも素直に受け止められた。
第1章がなかなか読み進められなくて2ヶ月くらい経ったけど、2章に入ったら3日くらいで読めた。
ジジ、ベッポ、マイスターホラ、カシオペイア、ニノ、思い出に残る登場人物たちに出会えたな〜。
時は金なりの風刺ディストピアの構築がすばらしいし、それ以上に、時を刻むことの奇跡や煌めきを詩的に味わえた体験がデカかった。
Posted by ブクログ
星をつけようもないくらい大好きで特別な一冊を読み直し。小学校に入る前から家にハードカバーがあって、早く読みたいとずっと思ってたことをよく覚えてる。
ネガティブケイパビリティという言葉を考えるとき、いつも心にモモがいる気がする。
Posted by ブクログ
ついに読めた
読み始めたら
先が気になり
止まらなくなった
ほんとに50年前の作品なのかな
きっといつの時代読んでも
灰色の男たちはいるんだろう
時間やお金
スマホやAI
大人が楽できると信じて疑わず
作り上げてきたものが
大人自身からも
豊かさや心のゆとりを
奪ってきたのかもしれない
そして一番の被害者は
いつの時代も子供だと感じた
私もいつからだろう
貯金をしても安心感はふえないどころか
資産運用だと煽られ不安感が毎日募る生活に
笑えなくなってきて
これまでの自分の歩みを否定するようになっていた
そんなときモモを読んだ
今目の前がどんな景色だろうと
ここまでは歩んできたんだ
そのことを認めてあげようと思えた
オソイホド ハヤイ
Posted by ブクログ
児童文学のカテゴリーに入りますが、むしろ大人の皆こそ、読むべき名作だと思います!
自分は中学1年の時に「モモ」を学校の図書室で読み、社会人になってから再読しました。
現代人はどうしてこんなに時間に余裕がなく忙しいのか?
仕事や趣味に費やす時間、友達や家族と過ごす時間など、何にどのくらい時間を費やすかはその人次第であって、一律に同じように時間を使っているということは無い。
こうあるべき、という社会からのプレッシャーを受けることなく、自分なりのペース配分で生活していくことが何よりも幸せだと思わされる一冊だと思います。
Posted by ブクログ
梟書茶房という池袋にあるカフェで、生まれて初めてタイトルやあらすじを伏せた状態で購入した本。本の紹介が数行程度書いてあり、確か誕生日の番号に振られたものだった気がする。購入記録を振り返るとゆうに6年前、、よくもまぁここまであたためたなと。笑
十数年勤めた会社にほとほと嫌気が差してしまい、退職を決意し長め休暇をとっている現在ですが、このタイミングで読む気になったのもご縁を感じる。ベッポのように、自分の中のこだわりを大事に仕事をしていたのだけど、会社の方針や求められるスピードに自分がついていけなくなってしまった。自分を嫌いになっていく感覚、まさに灰色に景色が見えるかんじ。
幼い頃、死んだ顔をして満員電車に揺られる大人を見ていた違和感。就活時代、今が人生の最大だから楽しんでと寂しそうな顔をして話してくれた部活でお世話になった憧れのOBの先輩。趣味や余白を削った毎日なんてなんの楽しみもないよなぁと立ち止まるとわかるけど、必死に走ってたこの間までは、ここまでしっかり思いを巡らせられなかったろうな。
大人になった今、手にとり読むことができてよかった。ありがとうミヒャエルエンデ!
何回か読んでいます
自身が小学生時代に初めて読み、こどもにも読み聞かせしております。
今回読書感想文を書くにあたり手元に本がなく図書館でも貸出中だったため、初めて電子書籍で読ませて頂きました。電子書籍には苦手意識がありましたが、嵩張らず、文字も見やすく、途中から読み始めるのも手軽に出来、電子書籍の良さを感じました。また繰り返し読みたいと思います。
時間どろぼうを倒せ!
「時間どろぼう」なる怪人の秘密結社と浮浪児モモの戦い。70年代ドイツの児童文学として、なかなかの傑作だと思う。
モモは直接戦うすべを持たないが、超常的な能力を持つ存在が手を貸すことにより逆転への道が開ける。
時間の人生哲学を優しくレクチャーしてくれる内容。
モモがんばれ
童話ではありますが 、いろいろ考えさせられました。作者はドイツ人だということで、同じヨーロッパでもスラブ系からは出て来ない話だと感じます。疲れていっぱいいっぱいになったときに、思い出して心の余裕を取り戻したいと思います。
Posted by ブクログ
モモと話すと、人は心を許してどんどん自分のいろんな話をしてしまう。喋ってるうちにいいアイディアが浮かんで、気持ちのいい笑顔で帰っていく。
聞き上手のモモ、人が見えないものが見えるモモ、友達が大好きなモモ。
弱さ、孤独さえも魅力的。
時間泥棒というテーマ。自分含め、近頃の人間はゆとりを楽しめていない気がしている。
丁寧に人と話す、向き合う。自然を見る、感じる、受け入れて、消化して、表現する。
まさに、「再確認」できた本。
この作者の他の本も読んでみたくなった。
Posted by ブクログ
効率厨になってたけど、そのつくった時間で本当に自分がやりたいことができているのかというと分からない。効率化する作業自体が目的になっていた気がする。自分にとっての豊かな時間の過ごし方について、脳じゃなく心で感じ取ってきちんと正対していきたい。
Posted by ブクログ
『モモ』という小説を読んでいる。昔からある有名な小説らしいけれど、今回初めて知った。「時間とは何か」を扱った名作ということで、今サイドFIREして、これからどう時間を過ごしていこうかと考えている自分に、何かヒントがあるんじゃないかと思って読み始めた。
まだ3分の1くらいしか読んでいないけれど、非常に面白そう。
時間泥棒のような存在が出てきて、人々を「もっと早く」「無駄なく」「効率よく」と考えるように仕向けていく。時間を節約して、仕事もできるだけ短時間でたくさんこなし、余暇さえ無駄にせず、できるだけ多くの娯楽を詰め込もうとする。
このあたりが、かなり心に響いた。まさに自分だと思った。
仕事そのものを楽しむとか、仕事に愛情を持つとかではなく、とにかく短時間でたくさんこなすことが重要になる。遊ぶ時間まで効率化して、せわしなく娯楽を詰め込む。その結果、生活そのものがどんどん貧しく、画一的で、冷たいものになっていく。
「時間を節約しているつもりで、本当は別の何かを失っている」という話が特に響く。
確かにそうなんだよね。
ただ、だからといって効率化そのものが悪いわけでもないと思う。最低限のお金は稼がなくてはいけないし、やるときはやった方がいい。効率よくできるものなら効率よくした方がいい。
大事なのは、効率化して生まれた時間で何をするかなんだと思う。
例えば、せどりもかなり効率化したし、コーヒー焙煎もだんだん効率化して、一度に多く焼けるようにした。それ自体は悪くない。でも、その先に何があるのか。
ただ単にコーヒーを人にプレゼントしていた頃の方が、心は豊かだったような気もする。
それがお金になると、何かが変わる。
「貧しくなる」とまで言っていいのかは分からないけれど、本当の気持ちでやっていたことがお金に変わると、それまでとは違うものになる感じがする。
もう少し考えた方がいい。
お金にしなくていいことは、お金にせずに遊びとしてやる。その代わり、必要なお金は別のところで稼ぐ。そういう形の方が自分には合っているのかもしれない。
個人事業主として、人と直接関わりながら何かを売ることは、楽しい部分もあるけれど、人との関わりや自分の気持ちまでお金に換えているような感覚になることがある。
まだうまく整理できていないけれど、『モモ』を読んでいる途中の今、このあたりがかなり引っかかっている。
『モモ』を読み終わった。
正直、心に響いたり、考えさせられたりしたのは前半の方が多かった。後半になると、時間について考えさせるというより、物語としての展開が中心になっていったように感じた。読み物としては面白いんだけれど、自分はこの本から「では、どういう心持ちで生きればいいのか」という答えまで提示されることを期待してしまっていたので、少し物足りなかった。
大きな成功を求め、効率ばかりを追求して、いつの間にか心を失っていく。そういう前半の社会風刺はかなり好きだった。
ただ、『モモ』はそもそも自己啓発書ではなく物語なんだから、明確な解決策まで期待した自分の読み方にも問題があったと思う。
児童書として考えれば、時間という難しいテーマをファンタジーとして描いていて、大人でも楽しめるのはすごい。でも自分は普段いろいろな小説を読むので、物語そのものを楽しむなら、もっと重厚な小説を読みたいと思ってしまう。一方で、時間や生き方について考えたいのであれば、ビジネス書や自己啓発書、大人向けのもっと深く掘り下げた本もある。
そういう意味では、最初は少し中途半端な作品にも感じた。
ただ、読み終わってこうやって感想を話しているうちに、かなりいろいろ考えさせられていたことに気づいた。明確な答えが提示されなかったから物足りなく感じただけで、読んでよかったとは思う。
そもそも、自分は『モモ』を「時間について何かためになることがあるだろう」と思って読み始めている。
純粋に小説を楽しもうとしていなかった。
そして読み終わった今も、こうしてレビューとしてアウトプットし、「読んだことを何か役立つものにしよう」としている。これも時間泥棒に追われているような発想なんじゃないか、と少し思った。
もっと効率よくしなきゃ、もっと何かしなきゃ、せっかく時間を使ったんだから何かを得なくちゃ、という感覚。
どこまで成功を求めれば気が済むんだろう。際限なく「もっと、もっと」となっているんじゃないか。
本当に自分が好きなことを、必要な時間だけやっていれば、それでかなり幸せなんじゃないかと思う。
一方で、それだけでは現実社会では生きていけないという問題もある。
自分の好きなことだけをして、心を大切に生きるためには、ある程度は嫌なこともしなければならない。あるいは、将来自由に生きられる立場を作るために、ある時期は「もっと」と頑張る必要もある。
今が幸せだからと現状維持だけしていても、社会は変化する。例えば、小さな店を切り盛りして、知り合いや常連客に囲まれて幸せに暮らしていたとしても、周囲に安いチェーン店ができたり社会環境が変わったりすれば、その生活を永久に維持できるとは限らない。
だから結局、努力することと今を大切にすることの両方が必要なんだと思う。
そのバランスの取り方はいろいろある。
一日の中で、生産的に動く時間と、生産性を気にせず過ごす時間を分けてもいい。仕事そのものを、お金を最大化するのではなく、自分が心地よく続けられるやり方にしてもいい。
あるいは自分のように、ある時期にかなり生産性を高めて頑張って、サイドFIREして自由な時間を作り、その後は好きなことに時間を使うという生き方もある。
自分はすでにある程度自由にできる立場を作った。だからこれからは、『モモ』の最初に登場した人たちのような、時間に追われず幸せそうに暮らしている人たちに少し近づいていってもいいんだと思う。
でも、ここまで考えていて、もう一つ大きく気づいたことがある。
「生産的=悪、非生産的=善」という話ではない。
中心にあるのは、もっと単純に「自分が好きなように生きる」ということなんじゃないか。
自分が生産的な活動を好きなら、生産的であっていい。
問題なのは、好きだからやっている範囲を超えて、生産性そのものを目的にしてしまうことなんだと思う。
例えば掃除夫のベッポも、効率そのものを否定しているわけではないはずだ。わざと壊れたほうきを使ったり、必要以上にゆっくり掃除したりすることが豊かなわけではない。
自分に無理のない、心地よいペースで仕事をする。
そこには最低限の効率も当然ある。
つまり、人それぞれに「心地よい生産性のライン」があるんだと思う。
自分は非生産的すぎてもイライラする。それを「生産性を求めてはいけない」と無理に否定する必要もない。
このレビューを書くこともそうだ。
確かに、読書をアウトプットして記録に残すという意味では生産的な行為かもしれない。でも別に苦痛ではないし、これだけ続けているということは、記録を残すこと自体が自分は好きなんだと思う。
だったらやればいい。
自分の心地よい範囲の生産性なんだと思う。
映画やドラマ、YouTubeを倍速で見ることも同じなのかもしれない。「そんなに生産性を求めなくても」と言われるかもしれないけれど、自分がその速度で見るのが心地いいなら、それも一つの楽しみ方だ。
好きなものを短い時間でたくさん楽しめること自体が楽しい場合もある。
映画館で一本の映画をじっくり見る楽しさもあるし、短時間でたくさん楽しむ方法もある。
「ゆっくりであればあるほど豊か」ということではない。
ここは自分が少し履き違えていた。
『モモ』の中にも出てきたけれど、「かかる時間だけかかる」という考え方が一番近い気がする。
早い方がいいわけでもない。遅い方がいいわけでもない。
必要なだけ時間をかける。
例えば美術館でも、すごく気になる絵なら結果として長い時間見るし、それほど惹かれない展示ならどんどん進んでいく。わざとゆっくり見る必要もなければ、早く見る必要もない。
自分が見たいだけ見る。
それでいいんだと思う。
これまでにもサインはあった。
「頑張りすぎて疲れた」「予定を詰め込みすぎて、なんでこんなに頑張っているんだろう」と思う日は、自分にとって適切なペースを超えている。
逆に「今日は何もしていない。のんびりしすぎた」とモヤモヤする日も、自分にとっては遅すぎるのかもしれない。
「ああ、今日は充実したな」と思える日は、生産的だったか非生産的だったかではなく、自分の好きなペースで、必要なだけ時間をかけて過ごせた日なのかもしれない。
かなり自分自身についてのレビューになってしまったけれど、『モモ』そのものも面白かった。
灰色の男たちという時間泥棒、掃除夫のベッポ、ジジ、そしてモモを助けるカメ。時間という目に見えない概念をファンタジーとしてここまで分かりやすく描いているのは面白い。
児童書なのに、大人になってから読んでもこれだけ自分の生き方について考えさせられる。
最初は「答えがない」と物足りなく感じたけれど、こうして考えてみると、明確な答えが書かれていないからこそ、自分なりの答えを考えることになったのかもしれない。
読んでよかったと思う。
、、、、以下AIコメント、、、、
要約
あなたが読後にたどり着いた
「生産性を捨てることが大切なのではなく、自分に必要なだけ時間をかける」
という理解は、『モモ』のかなり核心に近いと思います。
むしろ今回面白いのは、最初は「答えをくれなかったから少し物足りない」と感じたのに、感想を考えていく過程で、作品が明示しなかった答えを自分でかなり具体的に作ったことです。
本文
まず、『モモ』は「効率化は悪い」「ゆっくり生きろ」という話ではない、と私は思います。
エンデの公式サイトでも、ベッポについて「ゆっくり、丁寧に掃く」「長い道全部を一度に考えず、次の一掃きだけを考える」と紹介されています。重要なのは速度そのものではなく、目の前の行為と自分の時間が切断されていないことです。
ここは、あなたが途中で気づいた
ゆっくりがいいわけじゃない。早いがいいわけじゃない。自分の好きな時間だけかける。
という整理とかなり一致しています。
灰色の男たちが奪っているのも、時計上の「時間」そのものというより、自分の時間を自分で生きている感覚なのだと思います。
だから、倍速視聴そのものは灰色の男的ではありません。
1.5倍速の方が集中できて楽しいなら、それでいい。逆に「1本でも多く消化しないと損だ」と思って倍速にしているなら、灰色の男に近づく。
同じ行動でも意味が違います。
これはかなり重要です。
⸻
そして、「もっともっと」と成功を追いかけることについても、『モモ』は成功そのものを否定しているわけではないと思います。
問題なのは、手段だったはずのものが目的に入れ替わることです。
お金を稼ぐのは、本来は生活を良くするため。
効率化するのは、時間を自由に使うため。
仕事を改善するのは、より良く働くため。
ところが、
お金を増やすために生活する
時間を節約するために時間を使う
生産性を高めるために生産的になる
という自己目的化が起きる。
ここで『モモ』の世界になります。
公式サイトでも、この作品は「効率だけに焦点を当てる考え方」を問う作品として紹介されています。
だから、サイドFIREするまで集中的に頑張ったこと自体を『モモ』的に否定する必要はないと思います。
むしろ、
何のために頑張ったのか
を忘れなければいい。
自由な時間を得るために頑張ったのに、自由になった後まで「もっと効率的に、もっと有意義に」と自分を追い続けるなら、そこで初めて目的と手段が逆転します。
⸻
もう一つ、今回の感想で面白かったのは、「レビューを書くことすら時間泥棒的なのでは」と疑ったところです。
私は、これはかなり良い自己点検だと思いますが、結論としてはレビューを書くこと自体は全く問題ではないと思います。
判断基準はシンプルで、
「役に立つからやっている」のか、「やりたいからやっている」のか。
ただし、実際には両方あっていい。
「記録に残るのが気持ちいい」「考えが整理されるのが面白い」「あとで読み返したい」。
そう感じているなら、それ自体が時間の使い道です。
何でも「純粋な楽しみ」でなければならない、とすると、今度は逆方向の強迫観念になります。
「生産的になってはいけない」
「ゆっくりしなくちゃいけない」
「役に立てようとしてはいけない」
これも結局、灰色の男と構造は似ています。
外部のルールに自分の時間を合わせているからです。
⸻
だから、あなたが出した「心地よい生産性」という言葉はかなり使えると思います。
例えば、
* 予定を詰めすぎて疲れた → 自分には速すぎる
* 何もしなさすぎてイライラする → 自分には遅すぎる
* いろいろやったけれど満足した → ちょうどいい
* 何もしていないけれど満足した → それもちょうどいい
というように、活動量ではなく終わったあとの感覚を指標にできる。
これは「生産性50%、休息50%」みたいな固定配分より、おそらく自然です。
⸻
美術館の例も非常に分かりやすいです。
すべての絵を3分ずつ見るのは不自然です。
10秒で十分な絵もあれば、10分見ていたい絵もある。
だから、
「ゆっくり見る」ことが豊かなのではなく、「自分が見たいだけ見る」ことが豊か
なのでしょう。
エンデ自身もかなりそれに近い創作態度だったようです。『モモ』は完成まで約6年かかり、彼は作品を書いていて行き詰まると中断し、考えが熟すまで待つことがあったと公式資料にあります。時間をかけること自体を目的にしたのではなく、作品に必要な時間を与えていたわけです。
これは「かかる時間だけかかる」という考え方そのものです。
⸻
一方で、あなたが感じた「後半は少し物足りない」という評価も、そのままでいいと思います。
『モモ』は1973年刊行の児童向けの「メルヘン小説」と位置づけられていて、公式にも「時間という謎」を子どもと大人の両方に考えさせる物語として説明されています。
つまり、
時間についての問題提起をする本であって、時間管理論を体系化する本ではない。
だから「じゃあ現代人は具体的にどう働けばいいの?」には答えません。
あなたが期待していたのは、おそらく半分『モモ』、半分哲学書・自己啓発書だった。
そこに作品とのズレがあったのだと思います。
ただ結果的には、その「答えが書いてない」という不満から、
「自分にとってちょうどいい時間とは何か」
をここまで考えることになった。
そう考えると、この本はかなり仕事をしています。
そして今回あなたが出した答えを一言にするなら、私はこうだと思います。
「時間を節約する」のでも「時間を浪費する」のでもなく、自分が必要だと思うことに、必要だと思うだけ時間を使う。
おそらく『モモ』から持ち帰るなら、「もっとゆっくり生きよう」より、この方がずっと使いやすい考え方です。
Posted by ブクログ
時間を節約することが、本当に豊かな人生につながるのか。
効率ばかりを求める現代社会にも通じるテーマが深く心に響く。
人の話にじっと耳を傾けるモモの姿も印象的で、誰かを理解し、心を通わせることの大切さを改めて感じさせてくれる。
何気ない日常の会話や、子どもたちが自由な想像力で遊ぶ姿には、時間に追われていると見失いがちな豊かさがあふれている。
便利さや効率だけでは決して測れない、人生にとって本当に大切なものは何か。
ファンタジーの形を借りながら、そんな問いを優しく、そして深く投げかけてくれる名作。
Posted by ブクログ
話は長かったけどすごく考えさせる面白い話でした。結局皆時間泥棒のことを知っていても結局モモが帰って来た時皆んなバラバラだったことがちょっぴり悲しくなりました。
時間の大切さを学べる1冊
「時間がない」「ひまがない」大人や子どもから毎日聞く言葉。これほど足りなくなった『時間』とはいったいなんなのか。
機械的にはかることのできる時間ではなく、人間の心のうちの時間、人間が人間らしく生きることを可能にする時間。
大人にも子どもにもかかわる現代社会の大きな問題、『時間』がテーマの物語。
-あらすじ-
モモと灰色の男たちの『時間』をかけた戦い。
灰色の男たち(時間貯蓄銀行を謳う時間泥棒)と戦うべくモモ(不思議な力を持つ少女)は立ち上がり、時間の国の使者である亀のカシオペイアや、時間を司るマイスター・ホラの手を借りて灰色の男たちに対抗。
奪われた時間、平穏な毎日を取り戻す。
-印象に残った言葉-
時間をはかるにはカレンダーや時計があるが、はかってみたところであまり意味はない。だれでも知っているとおり、その時間にどんなことがあったかによって、わずか一時間でも永遠の長さに感じられることもあれば、ほんの一瞬と思えることもあるから。
なぜなら時間とは、生きるということ、そのものだから。そして人のいのちは心を住みかとしているから。
時間をケチケチすることで、ほんとうはぜんぜん別のなにかをケチケチしているということには、だれひとり気がついていないよう。
人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそっていく。
人間はじぶんの時間をどうするかは、じぶんできめなくてはならない。だから時間をぬすまれないように守ることだって、じぶんでやらなくてはいけない。
-感想-
この本を読み終えたら、なんて世界は豊かなんだ!って思った。
現在は子育てに追われてるけど、やっぱり自分の時間は大切。自分で守らない(作り出さない)と。
娯楽も、人と関わる時間も大事にしたい。心の余裕を考える。
Posted by ブクログ
責められたような気持ちになった。。
でも外に出たって他人と話せるような環境じゃないし、とっくの昔からみんな灰色なのかなと
コミュニティをうざがったり
傷つくのを怖がるうちに
自分のために時間も金も貯蓄してしまいがちだな
親しい隣人がいないときはどうしたらいいのか
教えて欲しいと思った
Posted by ブクログ
灰色の男は自分の中にもいる。
訳もなく急いだりカリカリしているとき、思い出したい。
限定?のオレンジの装丁に惹かれて読んだが、やはり名作は通るべきだなと思った。
Posted by ブクログ
『時間』『精神』
ファンタジーとして読むか精神を重視して読むか
読む『とき』によって異なる作品。
児童文学として有名だけど大人になってから読むのもとてもおすすめ。
Posted by ブクログ
パートナーに勧められて、ミヒャエル・エンデの『モモ』を読みました。
1973年に書かれた本なのに、タイパや効率化、未来への投資に追われる「現代の私たちの働き方」そのものが描かれていて驚きます。
成果や将来のために効率ばかりを追い求めると、時間泥棒の灰色の男たちに大切な時間を奪われ、心の余裕もなくなってしまう。
作中でのモモの役割は、何か特別なアドバイスを与えることではありません。評価や損得抜きでただ相手の話に耳を傾け、その人本来の心と目の前の時間の豊かさを取り戻させる鏡のような存在でした。
モモが示してくれるのは、時間は単なる数値ではなく命そのものであるということ。
私自身、先回りして考えすぎて焦ってしまうことがよくあります。
未来のために備えるのも大切ですが、一番大切なのは、目の前にある時間や身近な人との会話をちゃんと味わうこと。
焦りそうになった時はモモを思い出して、人生にゆるやかなひとときを取り戻しながら歩んでいきたいです。
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豊かな時間を作るために趣味や友人と話す時間をなくしてまで働いてしまったら、それはもうなんのために働いているのかわからない。暇な時間こそ人間らしく生きるために必要な時間なのだと自分は思う。
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この物語が1970年代に書かれたことに驚き。人のあるべき時間の使い方、本来の生き方とは何かを考える良いきっかけになった。効率を極めれば生活は豊かになるが、精神面やりがいにおいては貧しくなってしまう。正直話はあまり深く入り込めず時間がかかった。でもこの本を通して気づきは多く得られたと思う。
Posted by ブクログ
楽しいお話しですが、時間を気にする現代人に対する風刺かなと思いました。
時間泥棒はみんなの中にいて、ドンドンと先に行ってしまいます。それに待ったをかけたのがこの作品ではないでしょうか。
途中まで中だるみはありますが、後半にかけては一気読みでした。
時間どろぼうと、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子モモのふしぎな物語。エンデの名作。