平和は努力無くして我々の元には訪れない。我々が平和を愛し、戦争を望まなくても、戦争は彼方から我々に忍び寄ってくる。世界を見渡せば常に国家間の紛争だけでなく内戦やテロがいつも何処かで起こっている。今はまさにウクライナとロシアの戦争、そしてイスラエルによるガザへの侵攻など、日々ニュースで流れるものもあれば、国家による少数民族への暴力、自爆テロなどあげたらキリがない程、世界は平和とは遠くに置かれた市民がいる事を忘れてはならない。我々日本人は戦後80年、一切そうした場所とは無縁に生きてきたと言っても過言ではないだろう。勿論、記憶に新しいオウム真理教による地下鉄サリン事件や、秋葉原の殺傷事件、安倍元総理の殺害など、恐怖を感じる事件は度々起こってきたが、警察官の日々の努力で無事に解決してきた。自衛隊が出動する機会の無いこれら出来事は、犯罪・事件として国民に認識され、これを機に日本の平和が損なわれた、衰退したと実感したものは少ないだろう。そう、日本は依然として平和な国なのだ。しかしながら世界には、その様な事件レベルに止まらず、ミサイルやロケット弾、戦車やドローンからの攻撃に晒されている市民がいくらでもいる。そこでは、当たり前だが人々は血を流し、武器をとって戦っている。
戦後日本は長らくアメリカの庇護の元に、諸外国から直接領土を攻撃される事なく過ごしてきた。そして竹島だけは韓国に上陸され実効支配をされ続けてはいるものの、その他領土領海を他国に奪われる事なく、自衛隊が戦闘に巻き込まれた事は幸にして無い。この背景にあるのは勿論日本の安全保障政策が成功してきたからであり、何よりアメリカの存在の大きさが影響してきた事は言うまでも無い。何故なら、日本の周辺には日本とは基本的な国の在り方、考え方を必ずしも共通でない国家が存在し、何より他国の領土を国際法に反してでも奪いとる事を恐れない国は沢山いる。例えばウクライナに攻め込んだロシア、更には台湾を国内問題としてさっさと片付けてしまいたい中国、日本の上空を越えて実質的なミサイルであるロケットを放つ北朝鮮など、そうした国々から未だに攻撃を受けてない。彼らの国益を考えれば、当然日本を攻撃できる能力を行使する可能性は十分あるはず、にも拘らずだ。彼らの行動を抑止しているのは、当然、日本の自衛隊の存在とアメリカの沖縄駐留軍であるのは明白だ。屡々、国防費の削減や自衛隊の縮小、沖縄からの米軍撤退を求め、日本が武装せずに平和を貫けば、戦争に巻き込まれないと主張する声を聴くが、これは本当に楽園の幻想に取り憑かれたか、脳天気としか言いようが無いと感じる。仮に完全に武装をやめたとして、無防備な状態の日本を攻撃すれば、経済的に繋がりの深いグローバル社会に於いて、世界の国々が黙ってはいない、そう考える人も多いだろうが、事実経済封鎖されたロシアを止める事はできなかったし、イスラエルに至っては、各国が批判はすれど何も手を出せない。そして経済的な結びつきで言えば、世界の国々は中国との縁が切れる方が余程自国に不利益になる。つまり批判はすれど手は出さないと言う可能性は高い。そこへきて昨今いずれの国々も自国優先、犠牲を払ってまで他人の生命を守りたくはないというナショナリズムが優先する。トドメはトランプ大統領の経済のブロック化だ。これはいつぞやの大戦前の世界情勢に近い。最早、太平洋を目の前にした楽園のビーチに、無防備で寝そべる日本という国を、飢えた輩が襲わずにいる方が可能性としては低いのではないか。
安全保障に関しては本書で述べられるように様々な議論があっても良いし、寧ろ、巻末で「日本国民の一人として、引き続きこの問題を考え続けて、アジア太平洋地域の平和と安定のために日本がどのような貢献ができるのか、自分なりに答えを探し続けていきたい」と述べる筆者と全く同じ気持ちである。本書はただ闇雲に政府の施策に反対する立場の人間や、与党に対して反対の立場を取るだけの政党のやり方を批判する。それは必ずしも与党が正しいという事ではなく、表面だけで反対するのではなく、中身を理解し共感できる部分とそうでない部分を分けて議論を戦わせるべきだと、再三述べている。確かに、政権を取った時の主張と政権から脱落した後の主張が180度変わる、政権を取る前と取った後でまるで違う意見に変わる、と言った事はこれまで見てきた事だし、私の記憶から決して消えないだろう。「また言ってるな、自分達ならやれるのか?」。国会中継を見ながら突っ込むところが多いが、逆を言えば第2党がそれだから、政権与党も安寧として、堕落していくのではないかとさえ感じる。やや本書の内容とはずれたが、そうした状況にもズバズバと切り込んでいく本書は、私にとっては読んでいて爽快であったし、何より平和を構築するためにはどうしたら良いか、世界から紛争を無くし、人々が血を流す事なく平和な日常を手に入れるためにはどうしたら良いか、そうした疑問を一緒になって考えていく、良いきっかけになると感じた。
日本国憲法前文にはこうある。『自国のことのみに専念して他国を無視してはならない』、国際協調主義に関するものだ。日本が自国の平和だけを希求し続ければ、いずれ世界から虫の良い奴ら、自分勝手のレッテルを貼られ、しっぺ返しを喰らうだろう。そして沖縄からアメリカの抑止力がなくなる事は、本書が再三リスクとしている「力の真空」を産み、太平洋の楽園を虎視眈々と狙う国々からの嫌がらせや妨害を受けるだろう。紹介されているエドワード・ルトワックの言葉『汝、平和を欲するなら、戦いに備えよ』。この言葉が再び私の頭の中で繰り返し響いていた。