物価の専門家である渡辺努先生の最新作。物価に関しては、誰よりも洞察が深い。著書は読ませていただいているが、毎回、とても良い勉強になっている。
「2022年春以降のインフレは輸入物価が上昇したことから始まった。海外要因が収まれば日本のインフレも沈静化するとの見方が多かったが、筆者は当初から、今回のインフレは単なる「輸入インフレ」ではなく、賃上げなど国内の化学反応から起きているので、持続性を持つと考えていた」P5
「(慢性デフレのはじまり)2002年に経団連が「春闘の終焉」を宣言し、2003年には連合がベースアップの統一要求を断念した。これにより賃上げは事実上停止し、賃金は毎年据え置かれることとなった」p8
「ソ連では価格が存在しないか、あっても需給を反映せず、資源配分が悪化した。日本では価格そのものは存在したが、それが据え置かれ続けたために、資源の効率的な移動が妨げられた。つまり、形は違えども価格メカニズムの機能不全という点で、慢性デフレ期の日本は旧ソ連と同じ問題を抱えていたのである」p13
「来るべき「インフレの時代」とは、価格メカニズムの復活によって経済のダイナミズムが改善する一方で、その裏側として格差の拡大を伴う時代なのである」p16
「慢性デフレは、① 商品の価格が上がりもせず下がりもせず、毎年据え置かれる、② 賃金が上がりもせず下がりもせず、毎年据え置かれる、という2つの特徴を持っている。価格が上がらないので労働者は賃金据え置きを受け入れる」p25
「(価格据え置きと賃上げ要請なし)筆者が知っている限り、こんなことをやっていた国は日本以外ない」p27
「(第2次安部政権の「異次元の金融緩和」2013~)は、インフレ予想も賃上げも振るわず、そのため輸入物価の上昇を国内物価の上昇につなげることができなかった。それに対して、今回はインフレ予想と賃上げの両方が大幅に上昇し、好循環の条件が満たされた」p37
「労働生産性の高まった企業や産業では、賃金が上がり、それが魅力となって企業や他産業に勤めていた労働者をひきつける。一方で、生産性の振るわない企業・産業は賃金が低く抑えられ、そのため労働力を失い、相対的に縮小していく。このようにして、有望な企業・産業で働く労働者の割合が増え、それがその国の平均的な生産性を上昇させるというメカニズムが働く。これが健全な姿だ」p53
「(コストカット経済(後ろ向きの経営)は、活力を失わせる)ミクロで見れば、後ろ向きの経営はその企業の利益を改善させる。しかし、ある企業がコストカットの一環として仕入れを減らせば取引先の企業の売上が減ってしまう。つまり、コストカットによる経営はその他の企業の売上を犠牲にしてはじめて成り立つものだ。誰もが同時に後ろ向きに転じるとなると、おたがいにコストを押し付け合うことになり、誰も救われないという事態に陥る」p60
「(「高いニッポン」から「安いニッポン」へ)慢性デフレが始まった90年代半ば、日本の賃金は世界でトップクラスになった。日本と米国の労働者の賃金を比較すると、日本の方が高かったということだ。内外の賃金で実質化した円ドルレートが過度に円高だったと言ってもよい。そうした中で、このままでは日本企業が国際競争力を維持できないとの認識が財界に広がり、円建ての賃金を引き下げる努力が始まった。これが慢性デフレの始まりだった」p66
「(OECD内での賃金順位)1995年、日本は第2位(1位はスイス)と確かに世界トップクラスだ。2000年2位、2001年5位、2002年8位、2003年11位、以後2桁順位」p68
「2000年代に起きた一連の出来事は「密約」の存在を裏付けている。第1は、2002年3月の「トヨタ・ショック」だ。この年の春闘でトヨタがベアゼロの回答をしたのだ。トヨタの収益は決して悪くなく、ベアゼロに追い込まれる状況ではなかった。しかしトヨタは、この先、国際競争で生き残ることを考えると、これまでのようなベアを続ける余裕はないと労組に宣言したのだ。その宣言は他企業にも波及し、多くの企業がベアゼロへと舵を切った」p69
「賃金の正常化が今後順調に進めば、賃金マークダウン(賃金が本来あるべき水準からどれだけ抑制されているかを示す指標)が解消されるので、少なくともその分は、実質為替レートへの円高圧力は和らぐことになる。それに伴い、日本の賃金と物価が海外との対比で安すぎるという「安いニッポン」現象も是正の方向に向かうと考えられる」p75
「名目為替レートは、①実質為替レートと、②日米の価格比で決まるが、今後、物価と賃金の正常化が進む中で、両方の要因が円高化に寄与すると考えられる」p76
「家賃や理美容代など価格粘着性の高い品目に日銀が重点的に注意を払い、金利政策をそれらの品目に強くリンクさせて判断しているのは理に適っている」p128
「(何もせずに待てばよい(植田日銀))利上げをすれば失業が増える。インフレの沈静化は必要だが、そのコストを誰も払いたくない。だったら、何もせずに待てばよい。待っているうちに不況が来る。そうすれば嫌でもインフレ率は下がる。もしその不況で十分にインフレ率が下がらないとしても、もう少し待てば次の不況が来る。そうこうしているうちにインフレ率は所望の水準まで下がるだろう。この方法であれば利上げで十分なコスト(失業)を払うことなくディスインフレを実現できる」p131
「(関税の影響)関税により国内品への代替が進むと、生産効率やコスト競争力に劣る国内品へと切り替えることにより、経済の資源配分効率が悪化し、その結果、マクロ生産性が悪化する」p136
「物価の上昇が先行し、賃上げが追いつかない状況では、物価の上昇を抑え込もうという方向に政治家の議論が迷走しがちになる。しかし進むべきはそちらではなく、一層の賃上げだ。物価は市場メカニズムに委ねる」p144
「日銀はインフレターゲットを設定しています。物価上昇率の足元の数字または見通しがインフレターゲットを上回ったときに利上げするのが経済学のロジックです」p155
「(消費税の増税)3回の消費税増税の経験から学ぶべきポイントは、売り手は、消費税率が変更されるタイミングを、課税前価格を変更する絶好のチャンスと捉えていたという事実である」p223
「フィンランドでは、消費税の増税では、多くが消費税前価格を値上げさせるが、消費税の減税では、さほど消費税前価格を値下げしない、ことが明らかになっている」p225
「フランスの事例では、消費税減税が行われたとしても、消費者が利得を独り占めできるわけではないという事実(レストランが消費税減税に併せて値上げすることによって利益を増やす)」がある」p226
「(ロケット羽根現象)ガソリンなど、原価上昇時には即値上げするが、原価下降時には、値下げは遅らせる現象がある」p227
「エネルギー補助金のように、「物価を下げる」ためにインフレ税収を使うのは本末転倒」p236