収益多様化の戦略
GAFAをはじめとする現代の巨像たちのビジネスモデルと、日本の伝統的なビジネスモデルを統一した理論で説明し、今後日本企業が闘っていく上での方策を指南する痛快なビジネスモデル論。
これまで、ものづくりを中心とする日本の伝統的なビジネスモデルは、プロダクト魅力の向上によるWTP(支払
...続きを読む意欲)の増大<顧客への価値提案>と、オペレーションエクセレンスによるコストの低下<価値の提供プロセス>の間に生まれる差分を価値創造として捉えてきた。しかしながら、近年のSaaS的なビジネスモデルやプラットフォーマーは「収益源の多様化」による価値獲得プロセスを開拓してきている。価値創造を単純な売価と原価の利ザヤではなく、誰に課金するのか、何に課金するのか、どのタイミングで課金するのかという幅広い収益源に着目したのが彼らの慧眼であった。単一な利ザヤでは、原材料費の高騰リスクに耐えられないことや、少なくともプロダクトの売価に収益の限界がある。しかしながら、フリーミアムモデルや広告モデル、三社間モデル等、プラットフォームに集まってくることそれ自体に課金ポイントを生み出すことや、キュレーションやマッチングをしていくことによりフィーを獲得するなどであれば、もうそこに売価の限界はなく、GAFAのように等比級数的な収益の拡大を見込むことができる。
そして、このような収益源の多様化という利益イノベーションには、楠木健の言うような骨太のストーリーが必要である。例えばネットフリックスであれば、利益イノベーションによるサブスクモデルにより、資金を蓄積し、その資金でオリジナルコンテンツを作ることで、ネットフリックスからの流出の障壁を作り、独自の模倣困難性を構築している。利益イノベーションは一定の模倣可能性があるが、競合が模倣する頃には、時すでに遅し、参入障壁を幾重にも作りこんでいく。テスラであれば当初の収益源は温暖化ガス排出枠の販売であった。そもそも膨大な初期投資と緻密な技術を要する自動車産業は、元来参入障壁が大きく、テスラのような新興が食い込めるマーケットではなかった。しかしながら、参入当初の設備投資の赤字を埋めうる温暖化ガス排出枠販売に勝機を見出し、盤石な収益源を作ることで、いまでは全く新しいクルマの形を提示する強固なプロダクトを生み出せるにいたった。このような骨太のストーリーを生み出していくことができるかが、まさに本書における収益の多様化戦略を進める要諦がある。
また、収益多様化に関する詳細部分である第4章では、収益源をロジカルに抽出している。
自社ビジネスおよびプロダクトを中心にとらえた際に、その補完プロダクトと補完サービスに視野を広げ、次に課金できるポイントを探していく。自社のみではなく、一歩引いてみること、そして自社と顧客の二社の関係からも視野を広げ、この二者間のトランザクションに新たなる第三者にとっての付加価値がないか、ひいては課金ポイントがないかを考える。こう捉えた場合、プロダクトの買い手というものはもはやいち課金プレイヤーにすぎない。さらに、顧客への解像度を一歩高め、主要顧客に加え、顧客関係者(顧客の家族や友人であり顧客の便益を考え、時にはプロダクトやサービスの金額の全額を負担する)と状況優先顧客(おかれた状況を優先して、追加の課金に応じる顧客。ユニバーサルスタジオ等のファストパスを買う人々は、並ぶ時間を買っているとみなせるため、これにあたる。)への課金ポイントを探っていく。まさに顧客を中心としたときに、空間(関係者)・時間(状況優先)的に広がりを持って見ていくのである。顧客関係者というモデルは、個人的には保険業では非常にわかりやすい。一般的な死亡保険は、遺族保障の性質があるため、主要顧客は遺族保障を必要としている残された家族であるが、保険料支払いは顧客関係者である契約者によってなされている。私の仕事でもある福利厚生保険も、主に便益を受ける(保険の対象者)は従業員であるが、支払いは企業が行う。まさに、従業員の福利や厚生に特化したプロダクトを先鋭化し、課金ポイントを顧客関係者である企業側に置いている点で、実は非常にイノベーティブなビジネスモデルであったことが今回分かった。脇道にそれるが、企業の賠償責任保険というものも、実は顧客は賠償事故の被害者である取引先で、これまた契約者が顧客関係者となる。財物保険は、まさに財物価格に保険料収益源の限界がある(現に一般に火災保険は昨今の激甚災害により収益化がかなり難しく、企業も自家保有化の流れは進む)一方で、賠償責任保険や福利厚生領域の第三分野商品は契約者を顧客関係者に位置づけて課金ポイントを綺麗にすり替えることで、保険ビジネスは静かなイノベーションを起こしてきた。
脇道にそれたが、このように顧客の解像度を高めるとともに、顧客以外にライバル企業や取引企業、補完企業等、様々なプレイヤーを見つけては課金ポイントを探っていく動きが、極めて重要になる。第五章ではこれらを利益スイッチとして、2進法で綺麗に類型化されたビジネスモデルが鮮やかに列挙されている。
本書を読み、改めて思うことは、付加価値というものは「人がつまらなさそうにしていることを、簡単にできること。そして、簡単にできるから、好きだからやっているうちに知らず知らずいろんな知見やデータが集まっていき、その副残物が付加価値となる」のではないかと思う。人生はスラムドッグミリオネアのように、人生の過去のあらゆる点と点が繋がる瞬間がある。自分が意図せずやってきたことが、実は強力な付加価値として人々を魅了し、あわよくばパトロンになってくれることもあるかもしれない。(課金ポイントは無数に広がっている)
最近読んだ本にも影響されているが、自分でもなぜ好きか説明できないような「偏愛」が価値を生み出すのである。いささか概念的な感想になってしまったが、本書は極めてロジカルに書かれており、私の駄文とは比べ物にならなないくらいプラクティカルな内容が書かれている。ぜひご一読を。