詩集・俳句作品一覧
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 「どうして役者にならなかったの?」子どもの頃の卒業文集に“将来の夢”と題して「世界の舞台に立つ役者になりたい」と綴ったことがあるからでしょうか、今でもクラス会の席で友人に尋ねられ、びっくりすることがあります。残念ながら、大きな舞台に立つことはもうありませんが、日々の生活の中で、ある時はわたしやぼくに、又ある時は小さな生きものや風景の中に、自分自身がすべり込んでしまう不思議な瞬間を体験することがあります。その、対象と一体となっている瞬間というものは、ひょっとすると私が役者として演じている時そのものなのかもしれないな、などと思う今日この頃です。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 こどもの澄んだ眼のおくには、ひろい空と海がある。うつくしい雲と花がある―そんなふうに思っていた。また私の記憶の中には、こどものころ見た何枚もの本の頁が仕舞われていて、どうかするとあざやかに、ひらりとこころによみがえることがあった。その頁には詩と挿絵があって、なつかしい抒情のせかいが展けていた。そうした記憶の頁からよみがえってくるような詩を、こどもの眼と耳に立ち還って書くことができないだろうかと、いつの頃からか念うようになっていた。つまりひそかな志しをも抱いてみたことになる。しかし一向、何もできず、何もせず時だけが流れ去っていたことに今更のように気付くのだ。―それにしても、ひそかな志しを捨てたことはなかったように思う。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 霧の中で手さぐりさながらに書きはじめ、夢中で書きためたものを、詩集にまとめてみました。すると、生きる喜びや悲しみを、見つめている私自身を、見つけることができました。人も虫も鳥も動物も植物も、いろいろな思いを、かかえて生きています。地球という、たった一つの星で、同じ時間を生きています。そう思うと、まいごのようなちぎれ雲も、一しずくのつゆも、であうものは、みんないとおしく感じます。一篇でも、だれかの心にひびく詩があればとてもうれしいです。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 小学生のころから、私は詩を読むことが好きでした。なかでも、教科書に載っている詩を朗読する時の心のときめきは、ずっと、この胸底に残っています。そして、いつの間にか、私も詩を創るようになりました。幼い日を過ごした、いなかの川岸に咲いていた野菊の花を眺め、「まあ きれい!」と思ったり、ヨモギの葉かげで羽化するテントウムシを見つけ「なんて ふしぎ!」と思ったり、家の近くにあった竹林の笹の音を「わあ すてきな風の音楽!」と感じたことなどをもとにして、小さな詩を書き、先生に見ていただいたことなど思い出します。それから長い年月を重ねた今も、日々の暮らしのなかで、はっと心に響いてきたものを、「ときめきノート」に記し続けています。私の詩は、このなかから生まれてきました。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 さあ いつも夢みる少年少女のみなさん。限りなく自分の世界を求める君たちに贈るこの詩集を読み味わい、ひとつでも共に感じ、心をふるわせるものがあったら、君たちもぜひ君だけの青春を詩ってください。青春真最中の君の今こそ、君の喜怒哀楽を、君の言葉で、君だけの愛の世界として詩ってください。そうすれば、君の明日がきっと明るい未来となって拓けるのです。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 「せんせい/さんすうの とき/ひっさん だいじや/よこがき だいじや/くりあがり だいじやって/だいじ だいじ ゆうて/いちばん だいじなん どれ」(たかはら かずひろ) ・・・何の約束ごともありません。まちがいだらけの字です。読むのに時間のかかる字です。子どもたちは、でも何のとまどいもなく、ぼくに第一報を送ってくれました。・・・書くことを別に苦ともせず、全員がとまどいつつもすらすらと書いてくれたここから、ぼくの一年五組での詩の授業が出発しました。(抜粋)
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 ジュニア・ポエム双書93『花のなかの先生』を出版してから、六年が経ちました。ソ連の収容所でなくなられた、小学校時代の恩師に捧げたこの詩集は、たくさんの方々から深い共感をいただきました。きびしい自然と過酷な労働から、ふたたび日本の土を踏むことのなかった先生の目になって、この国を眺めますと、私たちの国はなんとおだやかな自然と平和に満ちていることでしょう。その残された自然と平和を、大切に守って生きていきたいという思いは、ますます強くなるばかりです。詩集『雨のシロホン』には、そんな私の思いをこめて、この愛する国と郷土の海や山、木や生きものたち、公園や子どもたちの姿を収めました。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 こどもたちと 一緒にすごしてきた三十七年間 そして今も 教えるというよりはなんとたくさんのことを こどもたちから知らされ教えてもらったことか。わかってるつもり 見えてるつもりが みえていなかった こどものこころの宇宙。広く深い星のかずかず。その限りないかがやきに驚き 立ちどまり 考えとまどうことばかりでした。そうした道々のなかで 生きるということのあれこれを まっすぐに思い 書きとめようとしましたが・・・。今 ふりかえり 貧しく恥ずかしい思いばかりのこます。しかし、生きる一つの節として こどもたちに「ありがとう」の気持ちいっぱいを、この小さな詩集「秋 いっぱい」に託しました。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 少女のころ、お気に入りの詩集をくり返し読みながら、こんな美しい言葉をつかう「詩人」って、どんな人たちなのだろうと想像しました。私みたいにくいしんぼうで、ワルイ心を持っているはずはない、と思いました。私は、ひとつの夢を誰にも話さず、胸の奥のほうにしまいこみました。それからずいぶん月日が流れて、とっくの昔に大人になっていた私は、ふと、胸に浮かんだ思いを言葉にしてみたのです。それは、心のつぶやきのようなものでしたが、これが「詩」なのかもしれない、とおもいました。不思議でした。「詩」は、ありふれた日常の中から、湧き水のようにしみ出してきたのです。こうして、心のつぶやきのような「詩」が、一編一編増えていきました。いつか一冊の詩集をもちたい―胸の奥にしまった少女の日の夢が今、本当のことになろうとしています。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 TV、新聞などにも紹介された、話題の新宿路上書家(Calligraphy Street Artist)大西高広の心温まる作品(販売可、書、詩、絵)、路上エピソード、活動記録、写真、ファンの声などで編む詩画集。 ある人が僕に肩書きを考えてくれた。 Calligraphy Street Artist 日本語にすると「書道の街頭芸術家」と言ったところでしょうか。書道も独学、言葉も独学。ただ、路上で墨を磨り、色紙サイズの画仙紙に想いを込めた言葉を書く。そしてそれを買って頂くことを生業としています。 路上では、そこを通れば垣根なく、誰からでも見てもらえる。作品を書く僕と、見てくれる人との、生身のやりとりがある。 僕が伝えたい想い。 それは、仏教を信心する中で感じた「あたたかさ」。 その「あたたかさ」をひとりでも多くの人に伝えられたらなぁ。(本書「ご挨拶」より) http://www.rai0024.com/
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 札幌にいながら、外国を感じられる風景を爪句に。「ポートランド市とアメリカ合衆国」「ミュンヘン市とドイツ」「瀋陽市と中華人民共和国」「ノボシビルスク市とロシア」「大田広域市と大韓民国」「アジア・オセアニア」「北米」「南米」「ヨーロッパ」「アフリカ」の10のカテゴリーに分類。共著者12人を加え、札幌にいながら世界旅行気分を味わう。異国料理のレストラン、イベント、モニュメント、庭園、動植物など、様々な外国がそこにある。
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 「かえっておいで」 きっと 野菜だよ/ばあちゃんからの おくりもの/ぼくは/ガムテープを はがして/箱を あけた//ああ いいにおいだ/野菜の すきまに/まっ赤に うれた リンゴが 三つ//かあさんが いった/「リンゴが いなかに/かえっておいでって いってるよ」//じいちゃん ばあちゃん/笑い笑い リンゴを つめたのかな/これは とうさんへ/これは かあさんへ/これは ぼくへ
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-俳句の可能性、普遍性を追求し、作り手と読み手の異同、俳句の師弟関係、なぜ文語なのか等、俳句の魅力と奥深さを伝える一書。
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-里山は日本の原風景!俳句の季語を手がかりに、著者が田んぼのまわりで考えたことは、自国自給の季節のものが食べられるようにという、一見平凡だが大事なことばかり。蛇笏賞受賞作家による心洗われる俳句エッセイ。
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 私にとって詩を書くということは、“今、この瞬間としっかり向き合う”ということです。心がふと立ち止まったり、揺さぶられたりした出来事や出会いを忘れない為に、言葉に紡いでいく作業です。それは感動したことだったり、嬉しいこと、悲しみ、怒りだったりもします。もし自分の心を動かす何かがその中にあったとしたら、それとしっかりと向き合いたいと思うのです。つらい時に詩を書いて、気持ちが楽になったことも何度もありました。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 29篇収録の北原悠子詩集。 いつの頃からか、すべての思いを手放し、心静かに待っていると、求めていた言葉が遥かな高みから私のもとに降りてくるようになりました。 送り届けられた言葉を書き写すこと――詩を書くとはそういうことなのだと分かった時から、いつメッセージが降ろされてもいいように、日々魂を耕すことが私の大切な仕事になりました。 そうして生まれた作品たちは、私に自分をみつめ、人生を肯定し、人を愛しそして祈ることを教えてくれました。(著者、あとがきより抜粋)
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 この詩集は、私の心のアルバムです。毎日のくらしの中での感動や喜び、悲しみ、それにさまざまな思いが、ひとつずつの詩になって、私の生きる支えになりました。詩集の中で、お好きな詩が見つかりましたら、どうぞ声に出して読んでみて下さい。それは、詩にとって一番幸せなことですから。小さい方には、少しむずかしい所やよくわからない事があっても、あまり、急いでわかろうとしないで下さい。わからない事、未知の部分をたくさん持つことは、あなたの人生を豊かで楽しいものにするでしょう。今、私の手をはなれ、ひとり立ちした詩集が、あなた方のともだちになり、話し相手になれたら、それは、どんなにかすばらしいことでしょう。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 私は、信州の周りを山に囲まれた小さな城下町で育ちました。秒刻みで変わっていく都会とは異なり、そこは今も自然に恵まれ、四季の変化に富んだところです。絶好の遊び場であった城跡の城跡の石垣――。クワガタを見つけたヤナギの木――。大人になった今でも、そこに立つと、あの時の姿や笑い声、誰かを呼ぶ声を聞くことができます。また、その時こころの動きまでが、あたかも、つい先程の事のように思い出されるのです。それは、喜びや感動であったり、あるいは戸惑いや不安であったりもします。そんな時の思いやこころの動きなどを、こうして一冊の詩集にまとめあげることができました。)―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 尾崎の詩の速度のある直截性は誰にも似ていない―尾崎においては、さよなら、とも言わずに修辞の時代が完全に終わっている。しかし、修辞の問題ではなく本質論として、尾崎の詩は隠喩的ではなく換喩的である。すなわち、相同性や差異が問題なのでなくて、いかに異なっていようと分かちがたく結ばれていることが問題なのである。生と死と、現実と夢と、男と女と、ことばとモノと…彼の詩の根本的な痛みと官能はここから来ている。だから彼のことばは直接、心の深部に触れてくるのだ。
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 《 short poem × photo 》十七文字で刻む、新しいshort poem 「青踏や誘われしまま途中下車」 ―古代、季節のなかで、星と星の出会いが星座と神話を生みだした。いま、人と人、人と風景の出会いが生みだす、十七文字の星座と物語― 「京の町袴で駆ける春一番/家遠く二人して追ふ蛍かな/届かぬは川向こうの紅葉かな/木枯らしや自説を曲げぬ漢あり」
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 これらは26の光の手紙である。この詩集はとりわけ易しい言葉を選んで綴られている。しかし、平易な言葉たちが、私たちの心に引き起こす複雑で連続的な化学反応のようなものを説明することは難しい。そして最後には、何故、これほどまでにきっぱりと単純に、私たちの心を打つのか? 彼女の言葉が、とても寒い国を通り抜けて届けられたことに思いを馳せざるを得ない。(帯文より)
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 carnet d'amour ―誰かを愛したら、そっと開いてみてください。手帖のように、あなたのそばに置いて―恋をしている大人と恋を忘れた大人へ あなたのひつじさんはどこに? 「宣言*デクララシオン よるのそらには/たくさんのせいざがあって/みようとするひとにだけ/はてしないものがたりを/くりひろげてくれるものです/それは/みようとしなければ/えいえんにみえない/ただのくらやみにすぎなかったのですが/どうしてだったのか/ひつじさんと/もういっぴきのひつじさんは/であうまえから/いつもおなじように/せいざをみていました/もしかしたら/くらやみだったのかもしれませんが/であったあとも/よるのそらに/おくられてゆく/ふしぎなものがたりに/むちゅうになってしまいました/そして/にひきのひつじさんは/せんげんしたのでした/そのくらやみに/ちからのかぎり/あたらしいせいざをえがいてみようと」
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 若山牧水にとって朝鮮への旅は、金剛山の幽水で下痢を起こして以来風土病のような症状に悩まされたものの、非常に愉しい体験であったらしく、随筆「朝鮮紀行」や「流るる水」などにその感動や感興が生き生きとして表白されている。本書は、この牧水の生涯で最長かつ最後の旅の、在鮮五十七日間は云うに及ばず、往復の内地路程を含めて全八十九日間を克明に追ったものである。「葉書日記」や「朝鮮紀行」にも語られていない空白の日々や部分は、残された彼の書簡・日記を唯一の資料とし、推理、類推をしながら埋めて行った。
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-三回忌を迎える河野裕子の原点ともいえる評論デビュー作。真正面から短歌と向き合い、身体ごと、いや魂ごとぶつかっていった渾身の軌跡。
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 生活語への新たな視座-。北海道から沖縄までの121人の詩人たちが参画。
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 北海道から沖縄までの47人の詩人たちによる、「生活語(方言)」で書かれた詩の数々を収録。その豊穣な土壌に、新しい風と光を招く作品が満載。多彩で豊かな風土から生まれた、ことばの結晶が輝く一冊。
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-福井に生きた幕末の歌人、橘曙覧が「たのしみは~とき」の形で詠んだ「独楽吟」。福井市では、貧しさの中にあっても心豊かに生きていた郷土の歌人、橘曙覧の世界に学び、生活の中で感じた身近な楽しみを詠んだ歌を「平成独楽吟」として募集しています。また、「万葉集や実朝以来の歌人」と正岡子規に絶賛された曙覧にちなみ、一般短歌もあわせて募集しています。この作品集は、平成24年度の入賞作品と、審査員長による評を掲載、入賞者の日常に訪れた「たのしみ」について触れることができる内容となっています。曙覧の「独楽吟」に註・歌意・解説を付けた解説本『全訳註 独楽吟』も配信中。【※本作品はブラウザビューアで閲覧すると表組みのレイアウトが崩れて表示されることがあります。予めご了承下さい。】
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-福井に生きた幕末の歌人、橘曙覧。「独楽吟」は「たのしみは~とき」の形で詠まれた52首の連作の短歌で、まるで「こま」を回しながら遊ぶように曙覧の楽しみが詠み込まれており、貧しさの中にあっても心豊かに生きていた彼の生き様を窺い知ることができます。天皇皇后両陛下御訪米の際、米大統領が歓迎スピーチで「独楽吟」の1首を引用したことでも有名です。「独楽吟」の世界に触れやすいよう、1首ごとに註・歌意・解説を付けました。親交があった福井藩第16代藩主松平春嶽の「たのしめる歌」も掲載。自治体発行としては異例のロングセラーとなった書籍を電子化。福井市などが募集している「平成独楽吟」作品集も配信中。
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