あらすじ
死者の乗る船が渡来する港町・ラポネルでの騒動を後にして、コルとミューリは再びラウズボーンへの帰路につく。
教会の不正を糺し、王国との争いを収める決意を新たにするコル。賢狼の娘ミューリはというと、理想の騎士冒険譚を執筆するのに大忙しな様子で。
そして、ラウズボーンへと戻った二人を待っていたのは、ハイランドと教皇庁の書庫管理を務めるカナンだった。カナンは“薄明の枢機卿”コルによる聖典俗語翻訳をさらに世に広めるため、教会が禁じた印刷術の復活を持ち掛ける。
さっそく職人を探すこととなったコルとミューリ。だが、教会から追われる身の職人は協力する代わりに、『心を震わせる物語』を要求してきて――!?
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Posted by ブクログ
元々は『狼と香辛料』のスピンオフとして企画された『狼と羊皮紙』もどうやら、この辺りで折り返しに入ったらしい。このVII巻では前巻で少しずつ明確に見え始めた「コルが世界をどのように変えていくのか」という本作のメインテーマの一つをより深める巻になっている。
前の巻ではコルとミューリは異端の疑いを晴らすために赴いた場所で、本作を動かす要素の一つである「西の果ての新大陸」についてより深い知識を得ることになった。そしてその過程において、コルは教会の教理の根幹をなしていると思われる一つに対して疑いを持つようになる。すなわちそれは、「この世界は本当は月のように丸いのではないか?」といった、現実世界でも中世において大きな議論となった問題だ。
本作におけるコルは、この「もしかすると大地は丸いのではないか」という考えを、どうしても頭から離すことができない。21世紀に生きる読者である我々からすれば、地球が丸いというのは当たり前の知識である。しかし、この世界ではかつて歴史上でそうであったように、地球は平でなければならず、その考えを権威づけているのは、教会そのものであるらしい。歴史上ではガリレオが異端審問にかけられて「それでも地球は動いている」といった逸話がよく知られているが、同じような関係がこの小説世界でも成立しているようだ。
そもそもコルの旅立ちの理由は「正しい神の教えを伝えることができていない教会組織をたてなおす」ことが目的だった。言い換えてみると、コルは教会という組織の在り方については批判的であったわけだが、教理そのものに対して批判をしていたわけではない。
ところが大地が丸いかもしれないという疑問は、その考え方の枠組みに対する疑問を揺るがしてしまう。
神学に対してかなり柔軟な解釈をしているコルであっても、神の教えとして語られている世界と現実世界が異なっているとなった時に、どのような反応をするのかというのはまだちょっと予想がつかない。なんとなく地球が世界が丸かろうと平らであろうと、神の意思は変わらないと言いそうな気もするけど。
さらにこの巻では、現実の歴史と同じように、宗教改革を導く一つの要素として活版印刷の可能性も示される。すでに現実の歴史を通り過ぎてきた自分たちは、印刷技術によって聖書や宗教文書が広まり、宗教改革を後押しすることになったことを知っている。
この世界でも同じように、印刷技術が知識の独占を崩し、教会の権威を揺さぶることになるということをコルやル・ロワたちはすでに気がついているし、教会側も間違いなく気づいているだろう。どのような組織においても情報の秘匿性は常に権力の源泉となるからだ。正し本作ではライトノベルということもあり、結構あっさり技術者が見つかってしまったりもする。
全体として、本作はこういった物語を大きく変えていく要素を提示するという位置付けになっているようで、あまり大きな冒険は起こらない。一応コルがクリーベント王子に誘拐されるという事件は起きるのだが、読んでいる感覚としては、国家を揺るがす大事件というより、王家の内輪の問題をどう収めるかという話に近く、アニメ作品だったら第一話あたりにきそうな話だな・・という感じがする。むしろ読者としては(そして劇中のコルが心配しているように)、「これは後でミューリが怒り狂うだろうな」というところに意識が向いてしまう。そのあたりはぼやかして書いているのだが、実際には間違いなく狼になったんだろうな・・とか想像してしまう。
おそらくそういった「物語を展開させる要素」の一つとして先に処理をしておかないといけなかったのであろう、ハイランドとクリーベントの関係もこれまでの因縁はなかったのようにきれいにまとまる。王宮を舞台にした骨肉の争いや、こじれた姉弟の感情のぶつかり合いを期待していると、少し物足りないかもしれない。考えてみると、このシリーズで最も緊迫感が高かったのは、エイブがロレンスを殺そうとした時だった。あの時は実際にロレンスは怪我をしているし、一歩間違えたら死んでいた。
ミューリとコルの組み合わせでは、なかなかああいった緊迫感を生むようなシーンは出てこないかもしれないが、これだけ大きな戦いになるのであれば、一回ぐらいはアクションシーンがあってもいいのではないだろうか。とはいえ、本来は神学の話なので、むしろ公開問答とかで話が終わってしまう可能性もある。
Posted by ブクログ
いやあ、なんというか、物語がすごく広がってきたなあという印象。
もとより、教会と王国の対立、聖典の俗語翻訳、新大陸と、中世ヨーロッパで実際に起こった出来事が散りばめられてきたわけだけど、今回は活版印刷が重要なモチーフ。
しかも、禁断の技術として。
こういう、さもありなんという設定がいつもながらすごいなあと思う。
現代人の感覚では見落としがちなことも当時ではほんとにすごいことだったんだよね。
それにしても今回はミューリの出番はほとんどなくて、コルが自分でなんとかしていく展開で、いやあ、彼もホントに成長したんだと感心した。
それでも、ラスト、彼がミューリのことを自分にとってどんな存在だと思っているか、ハッキリ分かるくだりは胸熱だよね。
いつか、コルたちに相応しい戦場が訪れるかもしれない。
その時、きっと彼と彼女は共に真っ直ぐその戦場を駆けていくのだろう。
それが教会との宗教的な戦いなのか、新大陸なのかは分からないけれど。
ふたりの冒険をこれからも追っていきたい。
途中、ミューリが夢物語の自分たちの騎士物語を書いているけれど、一度読んで見たいものだ。
そして、彼らの旅はすでに十分、伝記作家が後世に伝える冒険譚だと思うな。