あらすじ
狂躁の季節が来た。長州藩はすでに過激派の高杉晋作をすら乗り越え、藩ぐるみで暴走を重ねてゆく。元治元(1864)年七月に京へ武力乱入するが会津藩勢らに敗北、八月には英仏米蘭の四カ国艦隊と戦い惨敗……そして反動がくる。幕府は長州征伐を決意し、その重圧で藩には佐幕政権が成立する。が、高杉は屈せず、密かに反撃の機会を窺っていた。
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Posted by ブクログ
3巻。
幕末が舞台。吉田松陰は安政の大獄で亡くなったが、その精神はずっと生きていた。
高杉晋作が主人公。まさに主人公っぽい。
時々著者ご本人である司馬遼太郎さんが関係ない話をしてきて、なんかおもろい。
幕末のこの時期に、西洋は、きっちり幕藩体制の弱点を握っていて、賢いなーと思った。
このあと30年くらいで列強側に立って中国を蝕む側になるのが皮肉だし、ある程度うまくいってたのもすごいなと思う。
日本人の運命を高杉晋作ひとりで決めた瞬間があった。まず、長州藩は勝手に関門海峡を抜ける艦隊を砲撃してイギリス人たちを怒らせた。
それから外国船が関門海峡に集結して報復された。
和睦のときに宍戸というひとが変な出で立ちで登場した。烏帽子(神社の神主さんがかぶっているカチカチの黒い帽子)と袴で、神主みたいなやつだ。
担当の英国人は、宍戸なるものはその藩にはいないはずだ、ではこの人は誰かと、不審に思いつつ話を聞く。魔王のような不遜な態度で揺るぎない調子だ。
その彼が実は高杉晋作だった。
この交渉は何度か行われた。宍戸はやたらと人気だった。幕府の役人も藩の役職のあるやつらもみんな逃げ腰でなにも決めないなかで宍戸は決めていくからだ。
ここでの活躍がやがて、明治政府をつくり、日本が形を変えていくことになる。大袈裟かもしれないけれど、でも多分、その解釈で合ってる。なぜなら、その一行のなかに初代総理大臣になる人物や、明治政府の大臣たちが名を連ねているからだ。
こんなにどうしようもない状況から日本政府を作り上げて、直接自分達につながっていくのが不思議でたまらない。いま生きてるこの世界をこの目で見ていることが、すこし辿ればこんな状況のなかで、魔王こと宍戸こと高杉が、英国人あいてに引き下がらずになんとかしてきたと思えるのが、感慨深くもあり、不思議でもある。江戸時代から明治政府へ移行するときは、本当に綱渡りだったんだなぁ。
Posted by ブクログ
長州藩や高杉晋作が色々な出来事を経るたびに攘夷・佐幕・開国と立場がコロコロ変わっていくのが興味深い。また奇兵隊を作った高杉晋作が、自分のために奇兵隊を使わず、他の人間に運用を任せていたという点も興味深い。幕末を経て近代の日本の国家ができるまで、色々な人間が関わるため、日本の細かい歴史を知る点では非常に興味深く読むことが出来た。攘夷・佐幕・開国と揺れに揺れた長州藩が、最終巻でどうなっていくのか?。引き続き読んでいきたいと思う。
Posted by ブクログ
「藩の天地は俗論が満ちている」と、晋作は言い、いきなり「やるかね」と、言った。人を説得するにしても、晋作という男は鳥の声ほどの短さでしか言わない。あとは相手の目をじっと見、その精神から立ちのぼる気のうごきをみるだけである。
山県は、天性、農民のように自重ずきで、軽快な行動力をもっていない。かんじんの軍略の才も二流で、志士であるために多少は必要な教養も歌学のほかになく、さらに歴史像をみる目も聴衆の未来を洞察するような目もなかった。ただ一つ、かれは人事の才があった。自分の隊内権力を安定させるための配慮はじつにみごとであり、この才があるがために隊士も自然この軍監こそ奇兵隊秩序の中心だとおもうようになっている。
この時期、奇兵隊氏は二百人ほどであった。山県は、わずか二百人で、全藩士を向うにまわしてのクーデター戦争ができるとはおもっていなかった。山県は、そのことを言った。
「なるほど」晋作は、さからわなかった。かれはその生涯で一度といえども他人を説得したことがない。相手に気がなければそれでしまいさ、とつねにあっさり割りきっている。それに、藩論が佐幕に傾いた以上、いまさら二百人で決起したところでひとびとはついてくるまい、とも思っている。その点、山県と同意見なのである。ただ山県が、
ーー死に物狂いでやってみましょう
と、気を動かせば、その気をひっさらって雲をよび、雷電を鳴動させてみせるつもりはあった。が、あきらめた。