あらすじ
1805年夏、ペテルブルグ。英雄か恐怖の征服者か、ナポレオンの影迫るロシア上流社会の夜会に現れた外国帰りのピエール。モスクワでは伯爵家の少女ナターシャが平和を満喫。だが青年の親友や少女の兄等は戦争への序走に就いていた。愛・嫉妬・野心・虚栄・生死――破格のスケールと人間の洞察。世界文学不朽の名作! 新訳。
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Posted by ブクログ
何年も前から新潮文庫の方を何十回も本屋で開いては文章に謎の拒否感を感じて本棚に戻していたこの小説。
他の人の訳なら、脳が突っ張ねることもないかと、この岩波版を購入してみました。結果としては、他の方のレビューある通りにこちらも決して読みやすい訳文ではありませんが、それでも内容にぐいぐい引き込まれて最後まで(と言ってもまだ一巻だけですが)読み通すことができました。
この巻に収録されているのは第一部の第一遍と第二編。第一遍はモスクワの貴族社会が舞台で、主人公挌の青年ピエールの遺産相続の顛末。第二編は一転して対ナポレオン戦争の最前線で、主人公格の一人アンドレイを軸に戦場での日常風景から始まり、侵攻してきたフランス軍をアンドレイの所属するロシア軍の一部隊が食い止めるという壮絶な戦いをクライマックスにして終わります。
第一遍は正直、退屈でした。かなり進んでから出ないと誰が主要人物なのか掴みにくいし、公爵やら伯爵やら色んな地位の人が入り乱れて相関関係の把握も大変。ちょっと読んだだけで、この小説から脱落する人が多いのもすごく頷けます。ペテルブルグからモスクワに視点が移ったあたりでなんとなく話の筋が見えてきて、ドルベツコイ公爵夫人が自分の借金の心配がなくなる辺りからはよくある遺産相続争いのストーリーとして読めました。といっても、悪役であるワシーリー公爵とエカテリーナが何を考えてるかは最後まですごい掴みづらかったです。
第二編は、全く逆の感想で、読んでる途中は興奮しっぱなしでした。なぜ、これを第一遍にしなかった(笑)
トルストイは従軍経験もあるそうで、その経験を十分に生かして、当時の戦争の最前線で兵士たちが何をしていたのか、何を考えていたのかを非常に生々しく描けていると思います。特に自分のお気に入りは、はじめの方のロシア軍の兵士たちが橋の上を押し合いへし合いしながら渡っていくシーンです。雄大なオーストリアの大地の風景描写から始まって、無数の人間が川のように流れていく、その場所にまさにいるかのような臨場感があります。例えて言うなら気合の入った映画の導入部のよう。もっというと、テレビシリーズのアニメが劇場版になった感じ、でしょうか。デティールのある描写が散りばめられていて、自分の頭の中には実写映画のイメージとジブリアニメのイメージの二重写しで再生されました。
将軍から一兵卒まで、みな人間臭い思考形式で、戦争中なのに流れている空気にはユーモアを感じます。
クライマックスの一場面、準主人公のニコライが興奮のあまり砲撃を受けて馬が負傷して動けなくなっているのにしばらく気づかず突撃している気になっていて、はっと我にかえって、命からがらフランス兵から逃げ延びるシーンは滑稽さと暴力の恐ろしさが同居していて作者の現実に対する深い思慮を感じます。戦争は非人道的な行為ですが、戦争しているのは紛れも無い人間一人ひとりなのだな、というのがすごく伝わります。
総合すると、この作品を読まないでいたのはすごく勿体無い! といった感じです。幸い、まだ今年は時間が作れそうなので、最後のチャンスだと思いあとい五冊、読み切ろうと思います。