あらすじ
11月初め。フョードル殺害犯として逮捕されたミーチャのまわりで、さまざまな人々が動きだす。アリョーシャと少年たちは病気の友だちを見舞い、イワンはスメルジャコフと会って事件の「真相」を究明しようとする。そして裁判で下された驚愕の判決。ロシアの民衆の真意とは何か!【光文社古典新訳文庫】
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Posted by ブクログ
ミーチャの印象、ひと言で言うと「クソデカ感情マン」でした。愛も怒りも破滅願望も恩義も全部デカい。
重要なキーワードのひとつが「罪」かと思う。無実の罪で囚われるミーチャ。殺人をそそのかした罪の意識に苛まれるイワン。
この「罪」という単語が原文だと何になるのか気になる。「謎解き『罪と罰』」(江川卓さん、新潮選書)によると『罪と罰』の「罪」という単語には作者の拘りがあるらしい。ロシア語で罪を意味する単語はふたつあり、『罪と罰』に採用された単語は人間の決めた法律や社会的規範という掟をこえる行為のことらしい。(もうひとつのほうは神の掟に背く行為を指す)。私のイメージだと『カラマーゾフ』に出る「罪」という単語は、神の掟に背く行為で、良心の呵責と関連のある「グレーフ」なる単語。ちょっと調べるのは時間かかりそうなので、ひとまずぼやくていどで。
個人的に気になる関係性はスメルジャコフとマリア・コンドラーチエヴナさん。3巻にあった2巻のあらすじだと「デート」って言われてたし。4巻でマリアさんがスメルジャコフの世話してるし。
私が何より気になるのはマリアさんの名前。5巻『ドストエフスキーの生涯』によるとマリアはドストエフスキー の母の名前と同じらしい。ありふれた名前だから注目するほどじゃないと思うだろう。でも殺されたフョードルの名前をドストエフスキー自身の名前が同じ点の意味を言及するのなら……わざわざ母親の名前が出てくることも注目したくなるよね。
5巻では、スメルジャコフの犯行は第一の小説で終わる物語だとあったが、案外そうでもないんじゃ。第二の小説でマリアさんは重要人物になるかもしれない。
第二の小説は子どもたちの物語だと言うから、もしかしたらマリアさんの子ども(※さすがにスメルジャコフとの子じゃないと思うけど)がスメルジャコフの分身的存在として登場し、活躍する説もあり得るかも。
5巻の『ドストエフスキーの生涯』だとドストエフスキーの母マリアさんが彼にとって大きな意味のある存在だったことが分かる。母の病死の衝撃により、母と同日に亡くなった国民的大詩人プーシキンの死を翌日まで知らなかったらしいし。母の死のショックでドストエフスキーも病を患った説があるし……。
『カラマーゾフ』の自伝的要素は解題等で繰りかえし言及される。特に父ミハイルの死は『カラマーゾフ』に密接に関わるものだと分かる。となればマリアさんに母と同じ名前をわざわざ付与したのは意図的なんじゃないでしょうか。私はマリアさんが第二の小説のキーパーソン説を推します。
……というのが途中段階の感想だったが。
『ドストエフスキーの生涯』を読みすすめたところ、マリアという名前は母というより最初の妻の名前から取っていると判明。ドストエフスキーの小説にはたびたびマリアという名前が出るそうだ(まだ全部は読めていないので知らなかった)。妻マリアはドストエフスキーの原罪意識のシンボルともあったが。『カラマーゾフ』のマリアさんは案外スメルジャコフの良心や罪の意識の象徴だったりして。
ってか妻マリアさんの連れ子の名前がパーヴェルで、スメルジャコフの名前と同じなの気になる。『カラマーゾフ』のマリアさんはスメルジャコフにとって、母親の代わりみたいな位置づけだったりして?
マリアさんはスメルジャコフが本心を話せる貴重な存在みたいだし。
やっぱり気になるマリアさん!
読む前は「4巻も太いなぁ! 700ページって。悪魔か。長い話苦手な私にこれはキツい……」と思っていたが、普通におもしろくて読んじゃいましたね。
Posted by ブクログ
自らの思想を怪物化させたスメルジャコフの告白と悪魔の幻影に追い詰められ、発狂へと至るイワンの悲劇が凄まじい。続く法廷劇では、検察の過剰な心理分析や弁護士の巧みな弁論術が空転し、真実から最も遠いところで「父殺しの物語」が完成してミーチャに有罪が下される。近代司法や人間の知性の限界を冷徹に暴く一方、無実の罪を背負いながら「すべてを許す」と叫ぶミーチャの姿には、逆説的にゾシマ長老の説いた受苦と赦しの魂が宿る。人間の底知れぬ暗部と崇高さを描き切る。圧巻。
Posted by ブクログ
最初から読むのに2ヶ月かかった。場面描写が冗長でなかなかきついものがあったが、あの最終章を読ませられたら黙るしかない。面白かった。
最終章の弁護人カッコ良すぎる。裁判の小説も面白いな。あの駆け引き。検事がかわいそうだったが仕方ない。
弁護人の先進的な考え方に民衆(陪審員)が着いて来なかった。残念。まぁでもリアルだろう。この不条理さはカミュの「異邦人」を読んだ後の感覚を思い出させる。ちょっと違うのだが
罪と罰が最終的に救われる小説(弁護人の台詞にも罪と罰を思い出させる一説があった)だったのとは対照的。ドストエフスキーに何があったのか。エピローグも楽しみ。イワンの大審問官読み直したい。というか1巻2巻は読み直したいかも。
尊属殺人の不合理さを100年前に指摘していたとは
Posted by ブクログ
ミステリーの行方にドキドキしてるってのに、最初はコーリャとかいう自称社会主義者の14歳の少年とアリョーシャとのなんだかこれいる?っていうエピソードから始まります。が、これがとても良いのです。アリョーシャの修道院を出ても変わらぬ態度を堪能出来ましたから。
そしてイワンとスメちゃんのやりとり。これこそ真実でしょ?でも、イワンも悲しいかなもう1人の自分という悪魔に苦しめられてる…
そういうのぜーんぶ持って第12編の『誤審』へ。ここはまるでオリエント急行の殺人の後半のように事件の真相が暴かれていくかとおもいきや、ミーチャの態度がおもろすぎて…自滅しかねませんよ!
さらに検事と敏腕弁護士との腕の見せどころみたいにもなっていて、思わずうなってしてしまいます。
そして判決をくだすのはなんと、「お百姓たち」。。
お、おまいらに何がわかるんだい!!
…ここまでが4巻でした。
カラマーゾフの兄弟は未完の小説と言われていますし、5巻はエピローグということですが、いったいどこまで書かれているんだろうとドキドキしています。