芝健介のレビュー一覧

  • ヒトラー 虚像の独裁者

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     ヒトラーの生涯と死後のヒトラー像変遷について良く纏められている書籍。ヒトラーの独裁者以外の人間像を垣間見れた他、戦後のヒトラーに対する関心や研究についても興味深い内容が多い。近年のヒトラーを一種のネタの様に扱う事例は、現代の権威主義・全体主義的国家の拡大とマッチしたものかなと考えた。

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    2025年11月12日
  • ヒトラー 虚像の独裁者

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     ヒトラーの反ユダヤ主義は、当初は「異質な人種」としてのユダヤ人から「公民権」を奪い、最終的にはドイツから追放すべきであるというレベルだった。

     ナチ党の世界観の本質的な構成要素をなす反ユダヤ主義については、『わが闘争』で、この「ウィーンでの修業と苦難の時代」においてみずからが「いままで内心で経験した最も大きな旋回」経験であったとして、新約聖書のパウロの「ダマスカス回心」にまでなぞらえており、「私は弱よわしい世界市民から熱狂的な反セム主義者になった」と印象的に跡付けている。

     ヒトラーは、ドイツ民族にとって生物学的に劣った、危険な「人種」であると見なし、ユダヤ人を「寄生虫」や「疫病」に例え、ドイツ民族共同体の健全性を脅かす癌のような存在だとした。ヒトラーは、「私が本当に権力の座についたなら、私の最初にして最重要の任務はユダヤ人の絶滅となるだろう」と言っていた。

     ナチス・ドイツの反ユダヤ主義は、当初の「公民権の剥奪と追放」から「組織的な大量絶滅(ホロコースト)」へと、段階的かつ決定的な変化を遂げた。 この転換の契機と変化は、主に第二次世界大戦の勃発とその後の独ソ戦の進展によってもたらされた。

    隔離と追放(1933年~1940年)
     ナチス政権初期の目標は、ユダヤ人をドイツ社会から排除・隔離し、最終的に国外へ強制移住させることであった。 1933年にはユダヤ人の公職追放が行われ、1935年にはニュルンベルク法が制定された。これにより、「ドイツの血と名誉を守る」名目の下、ユダヤ人の公民権が剥奪され、ドイツ人との結婚や性交渉が禁止された。

     1938年の「水晶の夜(Kristallnacht)」は、ナチスが扇動した大規模なユダヤ人襲撃事件である。多くのシナゴーグや商店が破壊され、ユダヤ人に対する殺害や逮捕が行われ、以後、ユダヤ人に対する暴力が常態化した。

     1939年の第二次世界大戦勃発とともに、ポーランド侵攻によりユダヤ人は都市内のゲットー(隔離居住区)へ閉じ込める政策が開始された。

     ユダヤ人政策が「追放」から「絶滅」へと転換した最大の理由は、戦争による広大な領土と多数のユダヤ人支配の実現、および戦況の悪化にあった。

    1. 独ソ戦と「移動殺人部隊」の活動(1941年6月〜)
     1941年6月、ドイツはソ連に侵攻(独ソ戦開始)した。この結果、ナチスの支配下にあるユダヤ人の数は一気に数百万人規模に増加した。追放や隔離だけでは対応できない大量のユダヤ人に対処するため、SS(ナチス親衛隊)の特別行動部隊(アインザッツグルッペン)は占領地で集団銃殺を行い、大量殺戮を開始した。これは、ユダヤ人の組織的絶滅の前段階となった。

    2. ヨーロッパからのユダヤ人強制移送の限界
     当初、ナチスはユダヤ人を遠隔地(例えばマダガスカル島)へ移送する計画を立てていたが、戦時下の制海権の制約や膨大なコストにより、計画は非現実的であることが判明した。 また、隔離したゲットーも過密化し、飢餓や病気の蔓延により非効率となった。こうした状況下で、ナチスはこの「ユダヤ人問題」を根本的に解決する必要性を強く認識し始めた。

    3. ヴァンゼー会議での決定(1942年1月)
     この状況の中で決定的な転換点が訪れる。1942年1月、ナチス高官たちはベルリン郊外のヴァンゼーで秘密会議を開催した。この会議において、ヨーロッパ全土のユダヤ人に対し、組織的・計画的に「最終的解決」を実行することが決定された。

     「最終的解決」とは、ユダヤ人を絶滅収容所へ移送し、ガス室等を用いて大規模な殺害を行うジェノサイド(大量虐殺)を意味する。これにより、ユダヤ人の隔離・追放政策は、国家の総力を挙げた産業的な「絶滅」へと完全に切り替わった。

     この転換は、単なるユダヤ人への憎悪だけでなく、「人種的に劣った者を根絶することでドイツ民族の繁栄を達成する」というナチスのイデオロギーと、戦時下の資源およびロジスティクスの論理が結びついた結果である。

     最初は、ユダヤ人の公民権の剥奪、追放、そして暴力的な虐殺、隔離、そして収容所、ガス室での大量虐殺と発展していった。ホロコーストが突発的な狂気ではなく、ナチス体制下での段階的な政策決定と、戦争の論理によって導かれた結果だった。

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    2025年10月31日
  • ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌

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    この本はホロコーストの歴史を学ぶ入門書としてとてもおすすめです。ホロコーストはアウシュヴィッツだけではなく、一連の巨大な虐殺事件であり、それがどのような経緯で起こったのかが非常にわかりやすく解説されています。フランクルの『夜と霧』とセットで読めばよりその雰囲気が伝わってくると思います。

    新書ということでコンパクトにまとまっていてとても読みやすいのもありがたいです。アウシュヴィッツやホロコーストの歴史をまずはざっくり学んでみたいという方にぜひおすすめしたい1冊です。

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    2024年08月17日
  • ヒトラー 虚像の独裁者

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    読む前にドイツの近現代史をさらっておくことをおすすめします。読んだ後になんとも言えない徒労感のようなものが残りました。

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    2023年05月15日
  • ヒトラー 虚像の独裁者

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    ヒトラーをどのように捉えればよいか。政治手法、社会構造。現在の捉え方、これからの捉え方に対する警鐘も感じ取れる。

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    2021年10月07日
  • ヒトラー 虚像の独裁者

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    ヒトラー関する歴史学的な徹底検証がなされている。歴史は曲解されがち。ファクトに忠実でありたい。

    (vページ)
    神話や過大評価に踊らされぬよう、できるだけ正確な事実にもとづくヒトラー像を分有することが、あらためて要請されているのではないだろうか。

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    2022年01月08日
  • ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌

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    [整然とした狂気]人類の歴史において、最も悲惨な形相の1つを呈したといっても過言ではないナチスらによるホロコースト。ともすれば「ヒトラーが反ユダヤ主義のために開始して……」と単直線的な理解になりがちなこの問題に、深く、そして複合的な視点からその原因や成り立ちを追った作品です。著者は、ナチスやファシズムに関する著書・訳書を多く手がけられている芝健介。


    答えの出ない問題だとは思うのですが、それでも本書を読むと「なぜこんなことが」という疑問が次々と浮かんできます。本書の7割ほどが当時どのようにホロコーストに至ったかという事実でできあがっているのですが、「ナチスの閉じた理論内」ではその1つ1つのステップが非常に「合理的」であったことに改めて背筋の凍る思いがしました。


    〜第二次世界大戦前のヨーロッパには、構造的・文化的共通性があった。だが、それがいま失われつつある。そのなかで共通の記憶を考えたとき、大戦中のホロコーストの記憶ではないかという認識が広まりつつある。ホロコーストにまつわる記憶は決して均質ではないが、ヨーロッパ各国・各地域に遍く存在する。そしてそこには、犠牲者の追憶や人間の尊厳の回復への強い願いが見られる。〜

    アウシュヴィッツを訪れたときを思い出した☆5つ

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    2016年07月03日
  • ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌

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    余計な感情抜きに、ホロコーストの全体像を把握できる。細かい情報も軽く入ってるので、ここからもっと詳しく知りたいと思えるようになってる。
    絶滅収容所と強制収容所の違いなど、結構知らなかったことがたくさんあった。
    映画で主に取り上げられるドイツやポーランドの当時の状況ぐらいしか知らなかったけど、他のドイツ領となったところの状況ももっと詳しく知りたいと思った。

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    2016年04月08日
  • 体験者「ゼロ」時代の戦争責任論

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     学術的で難解なところ、興味が持てないところも多々あったが、総じて学ぶところの大きな読書だった。体験者「ゼロ」の時代に戦争責任を論ずるためには、体験者「ゼロ」という認識をしないこと、という禅問答のような結論だったが、極めて重要な指摘だと思った。「戦争」とは実際の戦闘のみを指すわけではなく、その背景となる植民地主義帝国主義は、責任を問われることもなく未だ継続する現象で、被植民地住民にとっては未解決の問題でもあるからだ。文学や現代史を学ぶことによって、過去の証言や記録をどれほど自分の問題として捉えられるか、という非体験者のあり様が改めて問われている。最近の戦争を語る軽々しい言葉に危機感を募らせている今、心に染みる言葉が多かった。

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    2026年07月20日
  • 体験者「ゼロ」時代の戦争責任論

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    先の大戦に対する戦争責任をいかに未来の日本人が負っていくかを論じた本ではあるのだけれど、
    私はこれを読んで今後起こりうるかもしれない戦争について思いを馳せた。
    今まで先の大戦に関して民衆には責任がないと思っていたけど、この本を通じて民衆にだって責任はあるんじゃないかと思い始めた。
    確かに今とは時代が違うし、民衆が知らされていなかったことが多かったとは思う。
    ただ無知でいること、無関心であること、戦争反対と思っても声をあげないこと、空気に流されること、その一つ一つが日本を戦争に進めていくのかもしれないとこの頃の日本を見て思う。
    民衆にも戦争責任があるなら、先の大戦に対する責任を負うことだけでなく、未来に戦争を起こさせない責任も負わなければいけないと思った。戦争責任についてもっと勉強したい。

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    2026年03月21日
  • ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌

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    知りたくないけど、知らなければならない歴史の1ページ。

    本書でも指摘があるように「ホロコーストはヒトラーが指示によるユダヤ人が大量虐殺」と思っていたが、事実は随分異なることがわかった。

    経緯をざっくりまとめると、
    ・当初ナチスが目指したのはユダヤ人の追放
    ・ヒトラーが首相就任後、ユダヤ人からの諸権利剥奪、「アーリア化(ユダヤ人の公職追放や財産没収)」、国外追放開始
    ・政治犯、捕虜、障害者、エホバの証人(徴兵拒否のため)らとともにユダヤ人も強制収容所へ移送(飢餓や寒さ、衛生状態の悪さでの死者多数)
    ・強制収容所にて、主に軍需産業向けに強制労働開始
    ・ナチスドイツの占領地拡大にともない、域内のユダヤ人激増。捕虜もソ連兵を中心に激増。
    ・収容しきれなくなり銃殺していく。
    ・銃殺は現場のドイツ兵が耐えられなくなり、ガス殺考案される。ユダヤ人の国外追放から、ヨーロッパユダヤ人の絶滅へ目標が変化
    ・ナチスドイツの戦局悪化のなか、ユダヤ人の収容所移送、殺害は活発に実施

    議論されていること
    ・責任の所在 ヒトラーの反ユダヤ思想が根底にあるのは間違いない(演説や『我が闘争』で繰り返し主張あり)が、ヒトラーは部下に口頭で指示し、部下が意図を汲んで自主的に動くことを好んだため、実際大量虐殺の指示があったか確証なし
    ・なぜ絶滅政策に向かったか
     ①意図派 ヒトラー個人のユダヤ人憎悪のイデオロギーを重視。戦争はユダヤ人絶滅のための口実を与えたにすぎない。ヒトラー以前からのユダヤ人憎悪を系譜を受け継ぎヒトラーが実行した
     ②機能派・構造派 ナチスのユダヤ人政策の紆余曲折と先鋭化を重視。ユダヤ人の処遇を模索するなか、選択肢が失われていき、抹殺する技術開発(!)もあり絶滅政策が採用された。官僚機構の権限、指揮命令系統が混乱を来たし、省庁や組織間の調整がうまくいかないなか、場当たり的に対処していった帰着。

    個人的には②の方が実態に近いと感じる。①であれば、もっと早々に絶滅政策の実行を模索するだろうし、論点はそれをどう隠蔽するかや、どう円滑に処理するかになると思う。しかし、本書での経緯を見ると、ユダヤ人や捕虜を集めたはいいが処理しきれず、殺して人数を減らすのが手っ取り早い、という考えに至ったように感じる。その狂気の思考と意思決定に正常なブレーキが働かなかったことが、ホロコーストに至った実態なのでは、と感じた。

    いずれにせよ、ホロコーストの恐ろしさに身震いした。生存者の証言の惨さ、そして異常な死者数はこの世の地獄のようだった。

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    2026年01月05日
  • 体験者「ゼロ」時代の戦争責任論

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    戦争体験者がいなくなった時に、如何なる戦争責任論を以て、戦争を防ぐか。碩学の論文・討論集。

    印象に残った点を二つ挙げる。
    一つは、従来日本で語られてきた戦争責任論は、個人の体験・証言に依存したものであるということだ。個人の戦争体験は、圧倒的な迫力を以て聞き手の感性に訴えかけるものだが、普遍性に乏しい。論理的に構築された、普遍性のある戦争責任論を打ち出していく必要があると感じた。

    もう一つは、「戦後責任」というワードは、韓国語に翻訳不可能であるという点だ。韓国では未だ朝鮮戦争が終結しておらず、戦後は訪れていない。世界を見渡せば、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争、ウクライナ戦争など、1945以降も戦争は起こっている。戦争を過去のものとし、忘却に走らせる負の側面が戦後という言葉にはあるのかもしれない。

    戦争は明白な人権侵害行為であり、決して発生させる訳にはいかない。「日本の戦争は間違っていなかった」などの矮小な議論に終始するのではなく、人類の最悪の犯罪行為を如何にして防ぐか。これについて考えるヒントが、本書にはある。

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    2025年10月22日
  • ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌

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    ホロコース関係の本は何冊か読んだので、わりと知っていることが多いのだが、その起源から、どのように拡大していったかということについて、バランスよくまとめてあって、頭の整理ができた。新書の入門書ではあるが、多くの本が出ていて、諸説がある問題なので、概説書として良いと思いった。

    初版は2008年なので、その後もいろいろな研究が進んだと思われるが、最後の章でさまざまな研究の位置付け、議論の論点などがまとめてあるのが役に立つ。

    こうして全体像を見てみると、改めて、ホロコーストというときに、アウシュビッツだけに意識がいってしまうが、それは絶滅収容所のある意味最終型であって、それ以前にもさまざまな形での殺害がなされてきていたことをわかりやすく整理してくれている。

    ヒトラー、ヒムラー、ハイドリヒの次にアイヒマンの名前を連想してしまうのだが、改めて経緯と全体のなかに位置づけるとアイヒマンはかなりの小物であることもわかる。

    たくさんのアイヒマンがいて、戦後もうまく立ち回ったものも多かったであろうと思う。

    もちろん、これはアーレントの「エルサレムのアイヒマン」での議論を蘇らせるものである。アーレントはアイヒマンのサラリーマン性、机上の官僚的な殺人者というものを持って、「凡庸」といったわけでは実はない。

    自分で考えないこと、それらしいクリシェしか言わないこと、小役人ぽさを演じるだけでなく、大物ぶったり、悪を演じるたりすることも含めてのこと。

    などなど、思いはあちらこちらに向かった。

    基本的には、ホロコーストの歴史の大きな流れということで迫害する側の分析が中心になっていて、被害者側の視点は少なめ。

    全体を俯瞰してわかりやすくみるということは大事なことだが、一方、それによって見えなくなっていることも多い。そして、著者もそこに意識的であるということに好感を持った。

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    2024年09月06日
  • ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌

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    特にホロコーストに関しての書籍ではあるが、ホロコーストに至るまでの過程が概説としてわかりやすくまとめられているので、ナチス関係の入門書としてもわかりやすい。

    またこうやって概説として歴史を知ることは、個々の出来事として知っていた点を、線として理解出来るのでとても助かる。
    ヒトラーが政権を取ったからホロコーストが起きたなんて粗い話ではなくて、以前から反ユダヤ感情は高まっており、その反ユダヤ感情を煽るかたちでヒトラーが政権を取る。それに当初からユダヤ人を絶滅させようなどという考えはなく、他国に追放するというかたちを取ろうとしていた。だが、支配圏が広がることで当然ユダヤ人も増えていき、最終解決策としてユダヤ人絶滅にシフトしていく。
    システマティックにユダヤ人を殺害する過程もアインザッツグルッペンと呼ばれる移動虐殺部隊を利用した殺害から、ガストラック、ガス室への変化なども、効率化を図るという視点で興味深い。

    ナチス関係の書籍は文庫や新書だけでもかなりある。ちくま文庫なんかにはより専門的なものもあったりするので、ここからいろんな本にアクセスするのも良いだろう。

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    2024年05月01日
  • ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌

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    必ずしも、はじめからユダヤ人の絶滅をナチ党が考えていたわけではない。しかし、占領下のフランスが、マダガスカルへの移送を当時のドイツに打診してきたように、ヨーロッパからの追放という形での対応があり、おそらくヨーロッパでのユダヤ人への抑圧はあったのだろう。ベロックの『ユダヤ人』を読んだあとだと、なまなましく感じる。
     また、処分という名目で殺害されたのが、必ずしもユダヤ人だけではなく、優生学的見地から自国内の障害者や弱視者なども含み、ドイツが戦線を東に広げるに従って戦争捕虜を労働力に使い使えなくなると殺害していた。殺害されたユダヤ人600万人(推計)の上に独ソ戦の捕虜や、運動家、ボルシェビキなどが上積みされる。
     ユダヤ人に対しては人種絶滅というお題目が掲げられ徹底的であったという特別な事情があるが、そもそも、命や人に対して情が薄い。一次大戦の戦後処理でドイツが経済的に追い込まれていたということはあるのだろうが、戦線が拡大し併合していく国のさきざきで、まず労働力としてユダヤ人たちが追い込まれていく。領土がふえれば、そこに住む人もふえるわけで、東へ向かってひろがっていく。ヨーロッパのイメージからドイツやその近辺のイメージが強いが、ポーランドや特にハンガリー系のユダヤ人の死亡者数も多い。現地の人々にユダヤ人を撲殺することが強要されたりと 占領下だったとしてもやらされた方だってたまったものでないのではないか。現地の人にしてみたら、隣近所の可能性だってあるのだから。 
     この本が書かれた時点ででてくる数字や史料によるのだろうが、官吏の作った記録帳などが、相当程度残っているようだ。膨大な紙の断片的記録があるのかもしれない。この本では、アウシュヴィッツだけではないホロコーストの全体像のあらましがわかる。
     歴史としてどう考えるかについても、その経緯について一章をさいてふれられている。いまなお、ヒトラーが最終決定権を握っていたのかは決着がつかず、多くの忖度があったかもしれないことは記憶にとどめておくべきだ。また、散発的な蜂起があったり、脱走に成功したわずかな人々が、助けを求める事実はあったが、実際に手がついたのはほとんど戦後といっていい。なぜ、こんなにたくさんの人が唯諾諾と殺されてしまったのか、また殺したのかはわからないことなど多い。
     
     
     

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    2023年12月29日
  • ヒトラー 虚像の独裁者

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    ヒトラーという人物について、何者でもなかった若年期からその生涯を追い、過度な神格化や悪魔化をされがちなヒトラーの「正体」を見極めていく本。
    様々な伝説や喧伝、はたまた罵倒や悪評に埋もれがちなヒトラーの等身大のラインを浮き彫りにしていく本と言えるだろう。
    ヒトラーの歩みに合わせて、自然とドイツ第三帝国の興亡も辿れるので、そこらへんのドイツ史の通史的理解にも良い。

    後半では本人死語のヒトラー評について解説しているが、『帰ってきたヒトラー』まで挙げられているのは少し驚きであった。

    ヒトラー率いるナチスが国民に提供し、人気を博したのは「無責任さ」であったとする下りがある。他責傾向が増し、自身の持つ困難の原因を他所に求めがちな現代の世の中、再び帰ってくる萌芽はすでにあるのかもしれない。

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    2022年10月16日
  • ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌

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    狂気に満ちた歴史の一言。ホロコースト、ナチスの残虐行為の歴史の全体像が見える。

    社会の不満が積もったことでナチスの台頭を許してしまった歴史は、現代社会にも通づる部分がありそうな気がする。グローバル化や多文化政策の急進によって、労働者階級の反感が増したり、極右政党が誕生したり、過去の苦い歴史の懸念が頭によぎる。

    加えて近年は新型コロナの影響もあり、不満のはけ口としてポピュリズム運動に拍車がかかる可能性も否定できない。まさに今このような歴史を振り返る必要性があるのかもしれない。

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    2021年02月23日
  • ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌

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    ホロコースト=ユダヤ人大虐殺だと思っていたが障害者や反逆者など、ユダヤ人以外も犠牲になっていたことが分かった。都合の悪い歴史を葬り去るのではなくきちんと向き合っているドイツを日本も見習わないといけない。

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    2020年08月11日
  • ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌

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    ネタバレ

    ホロコーストの全体像を描き出した一冊。
    「いずれにせよ本書を通して、ホロコーストというユダヤ人大量殺戮について、狂気に満ちた独裁者ヒトラーがアウシュヴィッツで行うよう命令し、実行されたといった直線的なものでは決してないことを理解して欲しい」(あとがき、P267)

    ドイツ国内、ヨーロッパにあった反ユダヤ主義の雰囲気。
    ユダヤ人位相→隔離→殺害と進んでいった様子が明らかにされている。強制収容所、基幹と支所、労働収容所、そして絶滅収容所へ。
    ゲットーにおける様相の違いなど。
    また、ユダヤ人のみならず捕虜・障害者・政治犯など様々な人々が非人間的な扱いを受けた。
    「ゲットー」(Ghetto)ユダヤ人強制居住区 約400箇所
    起源は中世ヴェネツィア。隔離・移動制限はあるものの、安全だった。
    ワルシャワ・ゲットー、ウーチ・ゲットーなど。
    ハイム・ルムコフスキ(ウーチ・ゲットーのユダヤ人評議会議長)
    対ソ戦での苦戦→東への移送は無理となった。
    ゲットーも受け入れられない状況。
    ヘウムノ絶滅収容所1491.12ガス殺の始まり
    (独:クルムホーフ)
    「ラインハルト作戦」「ヴァンゼー会議」
    「強制収容所」は1933年ナチ党政権獲得後に作られた。

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    2016年02月23日
  • ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌

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    ヒトラー政権によるユダヤ人政策の推移を解説する。
    紆余曲折が順を追って解説される他、
    ゲットーの仕組みや生活ぶりが興味深かった。
    終章であるホロコーストと歴史学では
    ホロコーストをどのように捉えるべきか
    研究された成果を紹介しており、
    より深く学んでみたいと思わされる。

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    2014年05月17日