広瀬和生のレビュー一覧
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同じネタでも噺家によって演出は異なる。どの師匠についたかにもよるし、噺家自身の感性・強み・工夫といったものが大きく影響してくる。人気でかかることの多い4つのネタ『芝浜』『富久』『紺屋高尾と幾代餅』『文七元結』について、おそらく日本でいちばん落語を聞いている著者が、源流にさかのぼり、実名を挙げながら、系統立てて解説する。
たとえば『芝浜』は〈よくできた女房が亭主を立ち直らせる美談として洗練させた〉という三木助が源流。談志は〈現代人としての感情を大胆に注入し、別次元の「感動のドラマ」に仕立てた〉。利口な役は大家におしつけ、亭主に惚れている可愛い女房へ変え、ダンナをだます罪悪感からの解放といった -
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三遊亭兼好の「落語とは業の否定」というのが白眉。
芝浜にすれば、「金を使い続ける、酒を飲み続ける」というのが業だろうと。
それを止めるなんてのは、業の否定じゃあなかろうか、という提起。
なるほど・・・。談志ファンの自分も唸ります。
ただ、芝浜は落語の中では異端ですよね。(広瀬氏も文中で語っています)
業をどう捉えるかという話で。
業=人間の悪、ではなく業=人間のダメなところ、と家元は捉えていたのではないかと。
すなわち、談志は人間を優しく捉えていたのではないか、とのこと。
・・・なるほど。
さすが、現役の落語家。
落語を感覚的に捉えて実感とともに論理的に分析する。
オススメです -
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『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』(2014年、講談社単行本、2016年に+α文庫化)を改題、増補改訂した文庫本。
文庫本と比べ、単行本は文字が大きいのが魅力だった。文庫本は文字が小さくなるものの、増補され、情報も新しくなり充実した内容にアップデートされている。書き下ろしの第1章「小三治から見た近代落語史」もわかりやすい。近代落語史にしては短く、23ページ分しかないが、ポイントを押さえ端的に書かれている。著者の力量を感じた。
単行本では第1章だった「小三治インタビュー」は、本書では第3章に移動している。核となっているのは、単行本と同様、第2章の「小三治落語」の演目である。単行本が発行さ -
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志ん朝が亡くなった2001年から2019年まで、約20年の東京落語界の動きを記した記録である。本書を読めば、この間の落語界の流れをつかむことができる。
どのイベントで、どのような演目が演じられたかが書かれている部分は読み物としては面白味はないが、資料としての価値は高い。所々に著者の考察や評論が加わっているが、そういう部分は読み物として面白い。なかでもやはり、談志について書かれた文章が一番面白い。
広瀬氏のこれまでの本に書かれてきたことが、リライトされている部分もある。談志の項は、『談志の十八番』 (光文社、2013年)にも書かれていたし、小三治の項は『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』 -
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『#「落語家」という生き方』
ほぼ日書評 Day316
内容的には軽めのものだが、この手の芸能本は読むのに時間がかかる。今回であれば落語の噺のタイトルが出てきて、馴染みのないネタであれば都度Googleさんのお世話になる。下手したらYouTubeだ。
一般書で、カントやヘーゲルと言われて、それをその場で読んでみるてことは、普通ないから、それに比べると回り道する時間がかかるということだ。
内容としては2015年の本で、ちょうど本書に登場する師匠方をけっこう聴きに行ってた時期で、個人的には非常にはまった。
その中でも最後の三遊亭白鳥師匠、自分の高座を録音して「ウケたところを探すんじゃない、 -
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広瀬和生さんといえば、ヘヴィメタル雑誌の「BURRN!」の編集長というイメージが強いです。
私は中学から高校にかけて同誌を愛読しており、大変お世話になりました。
恐らく、私のような「BURRN!」愛読者は、「広瀬さんが言うなら」と全幅の信頼を寄せているはず。
だから、「すべては志ん朝の死から始まった」と、耳慣れない持論を展開されても、「なるほど、そうか」とすんなりと受け入れてしまいます。
実際そうなのでしょう。
少し長いですが、ここはポイントだと思われるので、引用します。
「志ん朝は、『昭和の名人』が体現した『古典落語の美学』を理想的な形で継承する、唯一無二の存在だった。それがなくなったという -
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落語界において落語の今を活字化してくれる広瀬和生さんの存在は大きいですね。
今回は「桂米團治×柳家花緑」「桃月庵白酒×春風亭一之輔」「春風亭百栄×三遊亭兼好」「柳亭こみち×三遊亭粋歌」の4つの対談。
印象に残ったところをメモしとくと・・・
・米朝が落語とは何かという問に「おじいちゃんが孫に聴かせるおとぎ話」と答えたそうだ。業の肯定とかイリュージョンというよりはわかりやすかもしれない。
・花緑が弟子の教育に頭を痛めていて、師匠の墓参りに行きたいと思っても、それを弟子たちに「行け」と命令すると恐怖政治になるのでしたくない。でも行くような気持ちにはなってもらいたい どうすればいいのかと悩んでると -
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「BURRN!」編集長として音楽評論の世界に携わってきた著者が、落語評論家としてのみずからのアティチュードをまとめた一冊。
ここで著者は、落語の本質を「同時代の観客の前で演者が語る芸能」としたうえで、評論家とは「ツウの客」「最も良い客」であろうとすることで「演者」と「客」の中間に位置する「媒介」として、客の側に語りかける者、いわば「水先案内人」のうような存在であるとする。それゆえ入門者に対しては、歴史でもあらすじでもなく、まず同時代の「誰を聴けばいいか」という情報を提供することこそが評論家の役割ということになる。そしてこうした立場から生まれたのが、著者の『この落語家を聴け!』(2008年、集 -
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週刊ポストに2017年8月から2021年9月まで連載したコラム「落語の目利き」に加筆・修正を加えてセレクトした単行本。若手が元気なプチ落語ブームから一転してのコロナ禍、そして復興へと向かった激動の4年間をリアルタイムで切り取った記録である。(p5、p325を編集)
単行本では、見開きの2ページで1本分の記事となっている。週刊誌でリアルタイムで読む分には良いが、一冊の本としてまとまると、物足りなさを感じる。分量が決まっているので、深みや広がりがないせいだろう。文章は評論ではなく、レポートといったほうが適切だ。
文章の型は下記のような具合で、大体同じだ。
20XX年○月○日に開催された「○○